医療・介護に焦点を当てた「データ活用ビジネス」の創出に大手ベンダーが力を入れている。富士通が健康・医療分野に特化した情報流通基盤サービスを立ち上げたのに対して、NECは強みとするセンサーデバイス技術を生かすビジネスを想定。日立製作所は自治体を顧客ターゲットとしつつ、地域全体でデータを活用する情報基盤の実現を視野に入れる。これまで医療・介護の“当事者間”に限定された情報共有を改め、自治体や産業・流通サービス業など幅広いプレーヤーがデータを共有・活用して、価値創出に参加できるかが成功のカギを握る。(安藤章司)
地域産業を巻き込んだ収益モデルの確立がカギ
国内初の健康情報流通基盤が本格始動
大手ベンダーが、医療・介護の「データ活用ビジネス」に取り組む背景には、2040年に向けて高齢者人口が増え続け、医療・介護の“当事者”だけでは支えきれなくなるという切実な問題がある。このままでは、就労人口の実に5人に1人が医療・介護に従事しなければ、高齢者の需要に応えられなくなると国は試算。厚生労働省と経済産業省が合同で行う「未来イノベーションワーキング・グループ」では、医療・介護側から一方的に高齢者にサービスを提供する方式では限界があるとし、異業種も含めた多様なプレーヤーが参加する相互参加型のネットワークが望ましいとする。
異業種とは、例えば宅配弁当やコンビニ、タクシー・バス、健康福祉関連の企業、そしてITベンダーが利用者の情報をオンラインで共有し、高齢者の生活支援や介護、重症化の予防に参画することが想定されている。現状では、どこにどういったニーズがあるのかが共有されておらず、また、どう衣食住の生活支援を行うと長く健康を保てるのかのエビデンスやノウハウも偏在している。大手ベンダーは、こうしたデータを共有し、広く活用することで新しい価値を生み出し、ビジネスにつなげていく情報流通基盤の整備に意欲を示している。
いち早く行動を起こした富士通は、国内初となる健康・医療に特化した情報流通基盤のサービスを今年2月にスタート。妊娠出産から健康管理、介護支援に至るまで一気通貫の情報流通を可能にしている。従来は電子カルテなら病院、介護システムなら介護事業所と、組織単位で使う健康情報の管理「EHR(Electronic Health Record)」方式だったが、今回のサービスは個人を起点とした健康情報「PHR(Personal Health Record)」である点が大きく異なる。PHRでは、個人の同意さえあれば、病院や介護、自治体、民間企業の「組織の垣根を越えたデータ共有、活用が飛躍的に進む」(岩津聖二・第二ヘルスケアビジネス推進部部長)ことが期待されている。
富士通では、すでにNTTドコモの「母子健康手帳アプリ」、サンスターグループと「先進予防歯科サービス」で、同基盤を活用しており、高齢者向けサービスも視野に入れて、現在、15件ほどの実証実験が進行中。サービスラインアップを増やしていく見通しだ。
価値を生み出す仕組みづくりが肝
NECは、デバイス側からのアプローチを試みる。産学連携で高齢者の自宅に動体検知センサーを取り付け、「日常的な動作のわずかな変化から健康状態を推測するアルゴリズムを開発」(小林素子・新事業・サービス事業推進グループマネージャー)。従来の見守るだけのサービスではなく、健康状態を先読みして、適切なサービスを適切なタイミングで投入することで「データから新しい価値を生み出していく仕組みづくりに力を入れる」(岡田真一・新事業・サービス事業推進グループシニアエキスパート)。
また、日立製作所は今年3月に「地域包括ケア情報共有システム」を製品化。自治体が持つ高齢者の情報を、本人同意のもとに地域全体で共有することで、「高齢者向けサービスの効率化を実現する」(飯森純・地域ビジネス推進センタソリューション営業G部長代理)狙いだ。国民健康保険や介護保険、要介護認定情報など高齢者の医療・介護データの多くは自治体に集まる。このため「自治体が持つ情報を多職種間で共有できる仕組みが確立できれば、データ分析、活用を通じた価値創出の道が開けやすい」(黒田穣・自治体ソリューション推進部第1グループ課長)と見ている。
医療・介護の情報共有は、これまで当事者間だけに閉じており、データ活用や価値創出は限定的だった。例えば、地域医療連携ネットワークでは、富士通の「HumanBridge(ヒューマンブリッジ)」やNECの「ID-Link」などがあるが、活用は医療分野に限定され、かつ費用負担の問題もあり、普及率は5割にも満たない。40年までには国民の3人に1人が高齢者になると予測される中、高齢者が持つデータをどう活用して、持続可能なモデルを創り出していくのかが問われている。