大手SIerなど7ベンダーが損保会社のデジタルトランスフォーメーション(DX)案件に共同で取り組んでいる。自動車保険でドライブレコーダーやGPS、各種センサー機器から得たデータを分析することで、自動車保険の業務の大幅な効率化、自動化を実現するとともに、事故の予防にも役立てる意欲的なもの。システムの名称は「テレマティクス損害サービスシステム」。ユーザー企業で、三メガ損保の一角を占めるMS&ADホールディングスグループのあいおいニッセイ同和損害保険は、「損保業界初の取り組み」としており、従来の電話や紙の書類への依存度を下げ、デジタルによる新しいサービスや価値の創出につなげていく。(安藤章司)
左から日本IBMの加藤 洋専務、富士通の東 純一常務、
野村総合研究所の山本明雄常務、あいおいニッセイ同和損害保険の樋口昌宏専務、
SCSKの工藤敏晃常務、大日本印刷の沼野芳樹執行役員、
SBI FinTech Incubationの木村美札代表取締役
IT投資は総額20億円
日本の技術を総動員
あいおいニッセイ同和損害保険では、近年、急速に発達してきたドライブレコーダーやGPS、各種センサー機器に着目。これらデバイスからデータを取得するテレマティクス技術を使った損保業界初となる「テレマティクス損害サービスシステム」が、早ければ2020年度上期にもシステム全体が完成する見込み。従来の事故に遭った顧客から損保会社のサポートセンターに電話が入り、オペレーターが事故状況を聞き取って過失割合などを判定するアナログ的な自動車保険業務とは一線を画す。IT投資は総額20億円。オールジャパンの開発体制で実現を目指す。
同システムでは、車載センサーから得たデータから事故発生を検知し、ドライブレコーダーの映像などを分析して、過失割合の判定・交渉を行う。顧客からの電話で聞き取った主観的、推測的な判断ではなく、データに基づく客観的、実測的な判断を行うことで、業務の効率化や的確さを高める。紙の書類への依存度も下げ、保険金の支払いまでの日数を現行の半分程度に短縮することが可能になるという。
注目すべきは、この前例のないテレマティクス事業を支えるシステムを、日本を代表する大手SIerなど7ベンダーがユーザー企業と二人三脚で開発している点である。プロジェクトメンバーの構成は、野村総合研究所が全体の取りまとめ役と設計、SCSKが車載センサーで得たデータから事故を検知する独自のアルゴリズム、富士通がドライブレコーダーの映像解析エンジン、大日本印刷とインテリジェントウェイブは裁判所が下した判例のデータベース(DB)を用いた過失割合の判定エンジン、日本IBMとSBI FinTech IncubationがIBMクラウド上でのAPI連携基盤をそれぞれ担当している。
AIが危険を予測し
事故を防ぐ保険へ
事故検知を担当するSCSKの工藤敏晃・常務執行役員金融システム事業部門長は、「衝突データだけで、事故なのか、段差を乗り越えただけなのかを従来の仕組みで判断するのは極めて難しいため、独自に学習済みAIを開発した」と話す。海外の事故時の衝撃データと事故ではないときの衝撃データを取り寄せてAIに学習させるとともに、異なる種類のデバイスから集まった異なる仕様のデータでも精度が保てるようチューニングを実施。事故判定の精度を94%まで高めた。
また、ドライブレコーダーの映像やGPSから得たデータ解析では、顧客が運転する車のみならず、事故相手の車を含む事故状況の全体像の把握が可能になる。映像解析を担当する富士通の東純一・執行役員常務は、「センターラインを越えていたかどうか、一旦停止の義務はどちら側にあったのかなど、数センチ単位の精度で空間位置を割り出せる」と、富士通が特許を持つ技術的優位性をアピールする。
開発の最終段階では、映像解析AIにより事故状況と判例DBを照らし合わせて、過失割合の判定支援を行うところまで計画。過失割合の支援システムを担当する大日本印刷の沼野芳樹・執行役員情報イノベーション事業部長は、「高精度な自然言語検索機能を持つOpAI(オーピーエーアイ)を活用し、事故状況と過去判例から非常に細かい粒度で過失割合を導き出せる」と話す。OpAIはグループ会社のインテリジェントウェイブ独自のAI技術によって開発したものだ。
コネクティッドカーや自動運転車、第5世代移動通信システム(5G)の普及によって、自動車が常にオンラインでつながっている状態になることが見込まれる。今回のテレマティクス損害サービスは、自動車のデジタル化、オンライン化の時代の保険料の適正化や保険業務の効率化、コスト削減などのニーズに応えるとともに、将来的にはAIが危険を予測する機能を一段と強化し、「事故に至る前に運転車に注意を促すことで“事故を予防する保険”に変えていく」(あいおいニッセイ同和損害保険の樋口昌宏・取締役専務執行役員)と、DXによる新しい価値創出に力を入れていく。