7月に新年度を迎えた日本マイクロソフトのパートナー戦略がアップデートされた。同社は完全に「クラウドファースト」へと舵を切り、特にIaaS/PaaSの「Microsoft Azure」の成長にフォーカスしているが、パートナー戦略も大きな転換期にさしかかっている。明確になったのは、マイクロソフトのパートナーエコシステムが「顧客のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するため」に存在すべきだという強いメッセージだ。多くの既存パートナーにとっては、意識変革やビジネスモデルの転換を促す動きと言えそうだ。(本多和幸)
高橋美波・執行役員常務
顧客への価値創出に寄与できるパートナーしか生き残れない
日本マイクロソフトの新年度のパートナー戦略は大きく三つの柱から成る。「顧客の業種業態に最適な支援の推進」「パートナービジネスモデルの変革」「クラウド&AI人材の育成」だ。高橋美波・執行役員常務パートナー事業本部長は、「いずれもお客様視点で価値のあるパートナーエコシステムをつくるという観点での施策」だと説明する。
業種業態特化型で顧客のIT活用を支援する施策としては、6月に新たなパートナープログラムとして「MPN(Microsoft Partner Network) for Industry パートナープログラム」を発表している(週刊BCN1782号で詳報)。これは米マイクロソフトにはない日本マイクロソフト独自の取り組みで、プログラムへの参加パートナーに対して、Azureの採用を前提に、AIやIoTといった先進技術を活用した業種・目的別のシステムのリファレンスアーキテクチャーを提供する。これにより、パートナーはソリューション開発の期間短縮や人的リソースの圧縮、コスト削減などを図ることができるという。
同社はこのプログラムを通じて、SIパートナーだけでなく、従来のユーザー企業を幅広くパートナーエコシステムに取り込んでいこうと考えている。業種業態特化型のソリューションに落とし込むさまざまなノウハウはユーザー企業こそが持っており、開発の負荷を下げさえすれば、彼らがパートナーの立場で同社のビジネスエコシステムに参画する際のハードルも低くなるという発想だ。現在92社のパートナーがプログラムへの参加を表明しており、製造、流通、金融、ヘルスケアの4業種でリファレンスアーキテクチャーの提供を開始している。
日本マイクロソフトがMPN for Industry パートナープログラムを通してパートナーエコシステムの変革が進みつつある象徴的な事例として挙げるのが、フィンテックの有力プレイヤーでキャッシュレス決済関連サービスを提供するインフキュリオン・グループとの協業だ。インフキュリオンは、QRコード決済に対応したSaaS型ウォレットシステム「ウォレットステーション」という自社製品のプラットフォームにAzureを採用するとともに、ウォレットステーション構築の知見を生かして、MPN for Industry パートナープログラムで提供される「Intelligent Banking」というリファレンスアーキテクチャーの策定に協力した。
新たな認定制度の本格的な運用も開始
一方で、プログラムの発表から2カ月ほど経ち、「特に既存のSIパートナーなどから大きな刺激を受けたという声を聞くことが多い」(高橋執行役員常務)状況もあり、同プログラムが既存パートナーの意識変革を促している側面があることもうかがえる。
8月27日には、製造、流通、金融、ヘルスケアに加えてMaaS向けのリファレンスアーキテクチャーの提供も始めた。2020年6月末までには、さらにエンターテインメント・メディア、教育機関、政府・自治体向けに、DXの基盤になり得るシステムのリファレンスアーキテクチャーを提供する予定だ。
拡販のための戦略も、パートナー経由の単純なリセールを重視しない方針が鮮明になってきている。今年度は、マーケットプレースを活用した業種・業態特化のアプリケーション・サービスや、パートナーが開発したAzureの機能を補完するコンポーネント、Azure上で稼働するソフトウェアなどのラインアップを強化する。その上で、デジタルマーケティングやテクノロジーをフル活用したインサイドセールスなどにより、日本マイクロソフトとパートナーが顧客に共同でアプローチするのが基本方針になるという。高橋執行役員常務が強調するのは、「既に出来上がった製品やサービスをお客様に再販するだけのパートナーは活躍の余地がどんどん小さくなってしまう。マーケットプレース上で水平展開でき、顧客のDX支援に役立つ独自のノウハウや技術があるパートナーの存在感は反対にどんどん大きくなるはず」として、既存のパートナーにこうした拡販戦略の転換を変革のチャンスとして捉えてほしいと呼びかける。
その支援策も用意した。パートナーの業種特化型SEに対して、MPN for Industry パートナープログラムのリファレンスアーキテクチャーをベースにしたトレーニングを今年度からの新規施策として行う。
また、Azureを扱うパートナーの認定資格として、「Azure Expert MSP」「Advanced Specialization」の本格的な運用も開始する。Azure Expert MSPは最上位カテゴリーで、「取得も非常に難しく日本のパートナーも10社近くが挑戦中だが、富士通など3社しか取得できていない」(高橋執行役員常務)という。一方のAdvanced Specializationは、Azureの個別サービスや機能に関する確かな実績と知識を持つパートナーを認定するもので、日本のパートナーの認定取得はこれから本格化する見込みだ。ライバルであるAWSの認定パートナー制度と目的は同じで、顧客が信頼できるパートナーを選びやすくなるようにという意図がある。
同社の新年度のパートナー向け施策は、結局は業種業態ごとに適したDX支援のためのIT導入をいかに支援できるかという目的に集約されると言えそうだ。