沖電気工業は10月3日、製造現場や社会インフラ領域でのAI処理に特化したエッジコンピューターを発売した。価格は1台18万円で、機械学習の推論処理を行うハードウェアとしては既存製品の約半額。国内電機メーカー各社がデータセンターやクラウドを軸にしたAIソリューションに力を入れるのに対し、エッジにフォーカスする戦略を明確化した。すでに、同社とこれまで縁遠かったAI開発ベンダーがパートナーとして手を挙げているという。(日高 彰)
鎌上信也社長
インテルのAIチップも搭載可能、性能はCPU単体の25倍に
「高度IoT社会の実現には、大量のデータのリアルタイム処理が必要だが、クラウドへの集中は、遅延や通信コスト、セキュリティリスクといった問題が発生する」
製品説明会で同社の鎌上信也社長はこのように述べ、これを解決するためのアーキテクチャーとして、業務の現場でデータ処理を行うエッジコンピューティングへの注目が高まっていることを説明した。IT市場ではここ数年、クラウドの成長が目立っていたが、IoTとAIの普及によって、エッジ側へのシフトが始まりつつあるという見方だ。
鎌上社長は「沖電気は100年以上前から、今でいうエッジデバイスを開発してきた」と話し、IoTの世界観と親和性の高い企業であると強調。しかし、センサーや通信技術には長年の強みをもつ同社だが、IoT向けにコンピューターを製造・販売するのは初の試みだ。同社のIT事業全体を見渡しても、サーバーは他社からのOEM供給に頼る体制が続いており、「OKI製」のコンピューター自体が、久しく途絶えていた商材だ。
新製品の「AE2100」は、CPUにインテル製のAtomプロセッサーを搭載する汎用マシンだが、それに加えて同じくインテル製のAIアクセラレーター「Myriad X」を搭載可能としているのが特徴。画像、音声、振動といったデータをAIで処理する際に、CPU、内蔵GPU、Myriad Xをフル活用することで、CPU単体に比べ約25倍の性能を得られるという。AE2100にMyriad Xを搭載した場合、価格は20万円台を見込んでいる。
また、マイクロソフトの「Azure IoT Edge」認定を取得しており、Azure上で構築した分析ワークロードを簡単にエッジ側へ配信できる。多数のAE2100を展開する場合も、ユーザー企業は自前で管理・運用のプラットフォームを用意する必要がない。そのほか、無線LAN、LTEや、センシング用途で使われる920MHzマルチホップ無線などの通信機能も内蔵する。
「いいものがない」から自社で作った
この時期にあえて新たなハードウェア製品を発売する理由を、同社で情報通信事業本部長を務める坪井正志常務は、「私たちがエッジにAIを展開しようとしたときに、いいエッジコンピューターがなかったから」と説明する。
機械学習技術を用いるAIには、大量のデータを入力してモデルを構築する「学習」の段階と、そのモデルを利用して分析や状況判断を行う「推論」の段階がある。今回のAE2100は、これらのうち推論の処理をエッジ側で行うことを目的としているが、すでに市場に存在するサーバーでリアルタイムの推論を行う場合、多くはGPUボードの追加が必要になる。沖電気によると、Myriad X搭載のAE2100は、GPU込みで1台50万円以上していたサーバーと同程度の推論性能があるといい、サーバーのコストを約半額にできる。
AIアクセラレーター搭載のエッジコンピューター「AE2100」
また、従来工場の生産ラインの制御等で用いられてきた産業用コンピューターと比べても高い耐環境性能を有しており、オプションで屋外設置用のキャビネット等も用意される。坪井常務は「実験やPoC(概念実証)のレベルだとどんな機器でもいいが、実際に現場で使う段階になると、品質保証をやりきってくれるメーカーの製品でないと困るという声は大きい」とし、社会インフラのようなミッションクリティカル領域への適用には、同社がものづくりの経験の中で磨いてきた品質が強みになると強調する。
具体的な導入イメージとしては、道路に設置したカメラの映像を元にした交通状況分析や、製造ラインの振動や音を分析することによる異常検知といったシステムが想定されている。クラウド上で分析を行う場合に比べ、通信コストやリアルタイム性で有利となり、特にカメラやセンサーの設置件数が多くなるほど、その差は歴然としたものになる。
また、新製品の発売に合わせて同社では「AIエッジパートナーシップ」プログラムを開始。従来からデバイスの販売で取引のあった電子部品商社に加え、すでに10社以上のAI開発企業が参画している。坪井常務は、エッジでのAI処理に適したプラットフォームがなかったことの表れだとし、エッジへの注力は他社との大きな差別化要素になると見込む。同社ではエッジおよびAI関連の売上高を向こう3年で300億円まで成長させる計画。