近年聞かれるようになった、「プロティアンキャリア」という言葉をご存じだろうか。「プロティアン」とは、ギリシャ神話の海神プロテウスを語源とした言葉で、火にも水にも姿を変えた神にちなんで、「変化し続ける」や「変幻自在な」という意味をもつ。変化に応じて、変幻自在に対応していくことができるキャリアの形成を意味する。米・ボストン大学経営大学院教授のダグラス・ホール氏が提唱した言葉であり、筆者がその重要性を実感してきた「キャリアの掛け算」につながる概念でもある。
重要なのはアイデンティティとアダプタビリティ
新型コロナウイルス感染症の流行や、ロシアによるウクライナ侵攻、大型地震や大型台風による自然災害といった予測不能な事態が相次ぐ現代。技術進化のスピードも目まぐるしい「変化の時代」だからこそ、その変化に対応できるスキルを身につけていく必要がある。企業だけでなく、個人もまた、変化し続けなければならない。
日本では従来、メンバーシップ型の組織運営がメジャーだった。そこでは、新卒一括採用で入った会社の中で「人に仕事をつける」という考え方で、与えられた仕事を組織内で学んでいく。そうすれば同じ組織の中で、年功序列でステップアップできるというキャリア形成が一般的だった。ところがその手法では時代の変化に企業も人もついていけなくなってきた。
新卒で企業に入社した際に個人が持ち合わせているスキルの多くは、大学時代、高校時代に学んだものだ。知識がアップデートされないまま、与えられた仕事を続けているだけでは、リストラも免れない。新たに時代や市場に求められるスキルに応じて、企業が採用した中途採用の社員に、仕事を奪われてしまうかもしれない。
自分は何をしたいのか、何ができるのか、どんな仕事をしたいのか、という「アイデンティティ」をしっかり軸として持ちながら、市場のニーズ、「その時代、場所で求められている形」に、適応していく「アダプタビリティ」を身につけて、柔軟に変化をし、進化を遂げてく必要がある。
自分が築き上げてきたアイデンティティ自体を失うことなく、アダプタビリティをもって、スキルのアップデートや、次の展開に対応する新たなスキルを取得する。こうしたリスキリングはまさに、今後生きていくための手段なのだ。
キャリアの足し算ではなくキャリアの掛け算を
アダプタビリティを取り入れながら、自分のアイデンティティをどう築いていけばいいだろう。
例えば、ポーカーでも麻雀でも「手」がある。その手がなければ、勝負をすることはできない。目の前の挑みたい勝負に勝つためには、どんなカードや牌が必要なのか。そう考えると、自ずと何が自分に足りていないかが見えてくる。
また、デザイナーがデザイン思考やデッサン、クリエイティブクラウドを学ぶのは「アイデンティティの強化」に相当する。これは「キャリアの足し算」だ。しかし、例えばデザイナーがコミュニティマネジメントを学んだとすれば、コミュニティデザインという新たな職種を生み出すことが可能になる。変化の時代に求められるのは、こうした「キャリアの掛け算」から生まれるプロティアンなキャリアなのだ。
そのためには、同じ仕事を受け身で続けるだけでは難しい。個人も学び続け、自らをアップデートし続ける必要があるだろう。先行きの見えない不安定な時代。アイデンティティを確立しつつも、アダプタビリティを持って変化していくことこそが、持続可能な働き方の指針になっていく。
■執筆者プロフィール

滝川麻衣子(タキガワ マイコ)
Schoo 執行役員CCO
大学卒業後、産経新聞社に入社。広島支局、大阪本社を経て2006年から東京本社経済部記者。ファッション、流行、金融、製造業、省庁、働き方の変革など経済ニュースを幅広く取材。17年4月からBusiness Insider Japanの立ち上げに参画。記者・編集者、副編集長を務め、働き方や生き方をテーマに取材。さまざまな企業の取り組みや課題を取材する中で「社会人の学び」の重要性を確信し、21年12月、Schooに入社。コンテンツ部門責任者として、これからの社会で必要とされるコンテンツ制作に従事。