自社開発プロダクトで勝負している企業コンソーシアム「MIJS(Made In Japan Software & Service Consortium)」は、さまざまな事業分野でトップクラスの企業の集まりなので、これまで大所高所から日本のITを引っ張る提言を行ってきた。筆者はMIJS立上げメンバー(Faunder)の1人でもあるが、個人的には15年前に「日本のITの近代化」をライフワークに掲げ、そのテーマに真剣に取り組んでいる。その経験を踏まえて、今回は企業から日本全体に広げて処方箋を作成する。
デジタル競争力が低い理由
新型コロナウイルスで日本がIT後進国だということが露呈されたのは記憶に新しいが、現状の立ち位置がどのくらいなのだろうか。トレノケートホールディングスの調査によると主要63カ国中29位であり、4年連続で順位を落としている。
デジタル競争力 日本のランキング推移
(トレノケートホールディングスがグラフ作成)
この位置で低迷している理由はいろいろある。日本人は、なんでもお上(政治)のせいにしがちだが、政府だけが悪いのではない。ここでは五つの立場に分けて、それぞれが原因の一端を担っている状況を示す。共通するのは、「私はITが苦手」という言葉を平然と(なぜか少し胸を張って)言う風潮だろう。一般の人はもちろん、政治家や経営者もこの言葉を口にしたままいっこうに克服しようとしない。
実はデジタル社会が広まっているのは、なにも日本だけではない。世界的にデジタル化が急速に広まっており、デジタル人材不足は万国共通の課題である。この広がりはこれからますます加速こそすれ減速することはない。その現状に目を背けていつまでも「ITが苦手」で通そうとすると、日本の競争力はますます低下し、社会の豊かさが色あせてしまうのだ。
デジタル競争力低迷の原因
改善の兆しと今後の進むべき道
実は改善の兆しも見えている。五つの立場ごとの取り組み状況と改善課題を見てみよう。
1.政府・官僚
2021年9月にデジタル庁が創設されて、ようやく日本も国をあげてデジタル化を推進しようという体制になった。22年1月にはデジタル田園都市国家構想もぶち上げられ、「デジタル基盤の整備」「デジタル人材の育成・確保」「地方の課題を解決するためのデジタル実装」「誰一人取り残されないための取り組み」という四つのテーマが掲げられている。
デジタル庁は、これまでのところスピーディに改革を推し進めているように思われる。心配なのは、それがガバメント全体に浸透できるかどうかだ。デジタル庁まかせで、他の省庁のマインドセットが変わらなければ、例えばなにかシステムを構築するとしても発注者責任が果たせず業者丸投げ体質が続く。その結果、利用者が使いにくいシステムが今後も生まれてしまうことになるのだ。
2.ユーザー企業
米国ではSIerという存在が小さく、ユーザー企業自らがエンジニアを確保してシステムを構築・維持する。これに対して、日本企業では情報システム部門がシステムのお守りが中心で、システムの新規構築や刷新などは大手SIerにおまかせすることが多い。
現在、日本でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が声高に叫ばれている。しかし、IT力なくしてDXはない。企業がデジタル力を身に着けずにSIerに丸投げしているようでは、DXなんて土台無理な話しなのである。
もちろん、大手企業の一部はこれに気付いている。ここにきて急速にITエンジニアの採用を増やし、エンジニアの取り合いが激化している。「大手ユーザー企業に人を取られちゃって……」と嘆くSIerの声もよく聞くようになってきたが必ずしも悪いことではない。エンジニアの比重がSIerからユーザー企業に変われば、わずかばかりであるが米国型に近づいているともいえる。
3.SIer(IT企業)
日本のIT業界は、エンジニアの常駐・派遣の割合が非常に大きい。これもまた、プロダクト・サービスの割合が大きい米国と比べると著しい違いである。これまで、そして現在も圧倒的な人手不足が続いているため、このような人材派遣業体質でも十分潤ってきている。この30年くらい「このままではいけない」というSIer経営者の声を何度も聞いてきたが、日本語の壁にも守られて体質改善ないまま成長し続けている。
ここでも心配事はある。米国などの海外企業がSaaSを武器に国内のシェアを大きく拡大しており、これらに仕事を奪われるかも知れない。また、ユーザー企業自らが、採用やリスキリングなどによりデジタル人材を確保することで、自らの存在価値が小さくなるおそれもある。
IT業界の明るい材料としては、国内でもSaaSを武器にしたスタートアップ企業が次々と勢力を伸ばしていることである。5年後、10年後の勢力図はどのようになっているだろうか。
4.教育
20年に小学校のプログラミング教育が必修化された。今のところPythonのようなテキスト言語ではなく、Scratchのようなビジュアル言語が主体ではあるが、早いうちからプログラミング的なものに触れる機会を得られるのは良い傾向だ。この流れを受けて中学校のプログラミング教育も始まっている。こちらはもう少し実際のプログラミングに近いものを教える必要があるのだが、パズルのようなScratchとは違って、教えるにはスキルが必要で教員不足が懸念される。
教育の課題はこれまでにもあった。例えば日本の情報系大学のIT教育は“浅く広く”なので、卒業生のほとんどは満足にプログラミングができない。その結果、企業に入ってイチから研修するわけだが、これは海外(米国だけでなく、中国やベトナムなども)と比べると非常に残念な状況である。海外では大学でITスキルを身に着けていないとIT企業に入社できないが、日本はスキルはなくてもいいという風潮なので、自ら学ぶ意思も弱いということも拍車をかけている。
この状況を打破するのは時間がかかりそうだ。20年に小学生だったデジタル世代が大人になって教える側に回ってくれるのを待つしかない。それよりも、学生が自ら学ぶ風潮を醸し出す方が早道に思える。そのためには、IT関連のコミュニティをもっともっと活性化して、学校教育に頼らずに一人ひとりのITスキルアップが行える社会になる必要がある。
5.一般の人たち
若い人たちは、まだ、大丈夫だろう。生まれたときにネットもスマホもある世代なので、デジタル社会をうまく生き抜く力を身に着けることができるだろう。問題は年配者である。日本は高齢化社会であり、既に60代以上が40%弱、50代も含めると60%にもなる。
「お年寄りなんだから仕方がない」と置き去りにしてはならない。日本人の平均寿命は男性が約82歳、女性が約88歳であり、まだまだ人生は十分に長い。お年寄りの多くは、今のままでいいと思っているかも知れないが、今後、社会は容赦なくデジタル化が進み、IT弱者のままでは今よりもずっと生きにくくなる。日本のマジョリティを締め、その人たちの今後の長い人生を考えると、年配者にITリテラシーを付けてもらうのが最優先ということが分かる。
無理って思う人は、識字率を思い浮かべてほしい。昔から日本の識字率は100%近く、他国を圧倒していた。それは当時の教育のなせる業である。つまり教育のやりようによって、国民全てがITリテラシーの高い驚異の国家を作っていけるはずなのだ。
■執筆者プロフィール
梅田弘之(ウメダ ヒロユキ)
システムインテグレータ 会長
MIJS(Made In Japan Software & Service Consortium) faunder
1995年、システムインテグレータを設立し、現在、代表取締役会長。2006年に東証マザーズ、14年東証第一部上場、21年東証スタンダード。「日本のITの近代化」と「日本のITを世界に」の二つのテーマをライフワークに掲げている。日本初のECパッケージ「SI Web Shopping」や開発支援ツール「SI Object Browser」、統合型プロジェクト管理システム「OBPM」などの自社製品のほか、日本初のWebベースのERP「GRANDIT」もコンソーシアム方式で開発。