前回は、コロナ禍においてはリーマンショック時と異なり、日本企業のIT投資はむしろ加速していることを述べた。コロナ禍という「外圧」が、IT化の遅れで近年グローバル競争において劣勢であった日本企業にとって、大きく変わる転換点となる可能性がある。今回は、これから企業のデジタル化をどのように進めていくかについて考えていきたい。
効率化のためのデジタル化
これまでの回で、日本企業は「人間系」(アナログ・暗黙知)の仕組みを基に発展してきたことによりIT化が遅れ、グローバル競争で後れを取っている点を指摘してきた。一例をあげると、売り上げが100億を越える一定規模の企業であっても、基幹業務全体をERPでカバーできている企業は半数に至らないと思われる(会計業務はIT化できているが、販売や生産管理は古いシステムをつぎはぎで使っている―実質的にはほとんど使えていない―という企業は多い)。今、コロナ禍において急速にIT投資が進んでいるのがこの領域である。業務の属人化を防ぎ、業務をいわば「効率化」するためのシステムである。
海外拠点まで含めて基幹業務がデジタル化されていることは、ますます不透明になるグローバル情勢の中で、サブライチェーンの柔軟性を確保し、利益管理を実践していくための必要不可欠な条件となる。逆の言い方をすると、基幹業務をきちんとデジタル化できていない企業は、今後は生き残りが困難になる。
現場のデータをいち早く収集し、そのデータの意味付けや重要性の見極めを行い、素早いアクションにつなげる「変化への対応力」が問われる時代になっているのである。
差別化のためのデジタル化
基幹業務のデジタル化がいわば必要条件であるのに対して、今後重要になってくるのが競争領域、他社と差別化を行い、優位性を保つためのデジタル化である。可能にする具体的な技術として、AIやIoTなどが挙げられる。
製造業を例にこれらの技術の応用を考えてみる。例えばAI技術を使うことにより、需要予測を行って生産計画を自動立案する、工場の最終検査工程で画像認識により不良品を自動で抜き出すことなどが可能になる。またIoT技術を使うことにより、工場の機械の稼働率を監視しリードタイム向上につなげる、もしくは熟練工の作業動作を分析することにより作業者の「ムリ・ムダ」を抽出することなどが可能になる。
ポイントはデジタルの活用により、これまでベテランに頼ってきた業務をシステムで代行、あるいは一般の担当者にも遂行可能とすることにある。従来、日本企業が強みとしていた「暗黙知」をデジタル化することにより、より広い範囲でその価値を共有し継承することが可能になる。
「デジタルツイン」環境の構築
効率化のためのデジタル化や差別化のためのデジタル化は、「デジタライゼーション」と呼ばれる。一方で、手書きの帳票やアナログ情報を単純にデジタルに変換することは「デジタイゼーション」と呼ばれる。
デジタイゼーションとデジタライゼーションを組み合わせることにより、効率的で柔軟性を備えた企業の仕組みを構築することが可能になる。見方を変えると、業務や情報をデジタル化することにより、現実をデジタルに写像する「デジタルツイン環境」を作り上げることができる。これにより時間軸を超えて、様々な状況をシミュレーションすることが可能になる。
実際に現時点で「デジタルツイン環境」を完全に構築できている企業は極めて少ないと思われるが、デジタイゼーションとデジタライゼーションを不断に進め、「デジタルツイン環境」を構築していくことが求められている。
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは
DXという言葉を聞く機会が非常に多くなっており、言葉が独り歩きしている感もあるが、DXと気軽に語ることには非常に違和感を覚える。なぜならDXは「とてつもなく難しいこと」であるからだ。
DXの定義はさまざまだが、著者は「デジタル技術を活用してビジネスモデルを変革すること」と捉えている。デジタイゼーションやデジタライゼーションというデジタル基盤を整備した上で、デジタル技術を自社の製品・サービスに組み込んで、ビジネス自体を変革しようという試みであり、まさに業務改革ではなく「業務革命」なのである。
製造業を例にとって考えてみる。製造業では今、「モノ売りからコト売り」への転換が叫ばれている。例えば、自社の製品にIoT技術を組み込むことにより、顧客が自社製品を活用する状況を把握し、自社製品の状態を監視し予知保全につなげることなどにより、これまでの「製品売切り」からのビジネスモデルを変えることができる。「お客様とつながり続ける」ことが可能となるのである。
このようなDXの取り組みは当然、一朝一夕にできるものではなく、5年10年あるいはそれ以上の長い年月をかけて取り組むべき課題である。
これから
日本企業はデジタル化の遅れにより、グローバル競争で後れを取っていたが、これまでの「暗黙知」を上手にデジタル化できれば、遅れを取り返して再び優位性を獲得することができるのではないだろうか。
なお、これまで「日本企業がデジタルで強くなるための処方箋」というテーマで述べさせていただいたが、次回以降、MIJSの各代表に連載を引き継いで、それぞれ異なった視点でIT・デジタルを解説する。
■執筆者プロフィール

羽田雅一(ハネダ マサカズ)
MIJS(Made In Japan Software & Service Consortium) 理事長
ビジネスエンジニアリング 社長
1987年、エンジニアリング会社に入社、プログラマーやシステムエンジニアとして製造業向けのシステム開発に携わる。96年、SCMパッケージ「mcframe(エムシーフレーム)」を企画・開発し、同システムの営業・導入などに携わる。99年4月、ビジネスエンジニアリングが設立となり、同社に入社。20年4月、代表取締役社長に就任。著書に、「ものづくりデジタライゼーション」「グラス片手にデータベース設計~生産管理システム編~」(共著)などがある。