現場でDXを進めていくには、現場の理解が得られなければならない。新しいシステムを入れると、「新しいシステムを覚えるなら、転職して新しい仕事を覚えても同じだ」と、退職者が急増する現場を多く見てきた。人は恒常性(ホメオスタシス)があるため、変化を嫌う生き物だから仕方ないことである。だからこそ、変化は与えるのではなく、変化を自発的に起こしてもらわなければならない。現場の了承なしにDXを進めると人員流出になりかねないということをSIerは常に念頭に置いておかなければならない。
自発的に行うためには、DXではなくBPRを現場には求めたい。BPRは、効率化・省力化を目的としている。DXはマーケティング、人材・組織、顧客経験の3面を同時に着手し、ビジネスモデルを変えていかなければならないので、経営者のビジョンが大きく関わってくるが、BPRは効率化・省力化なので、現場の人でも自身の業務の本来の目的が分かっていれば行うことができる。まずは、現場の人にデジタル技術を使って自分の業務が楽にすることを考えてもらうことがポイントだ。現場がデジタル技術に味をしめ、BPRを自発的にもっと入れたいというくらいに慣れたら、経営者主導のDXも現場に受け入れてもらう土台ができたと認識していいだろう。
では、どうやって現場の人にシステム導入を意識してもらえば良いのだろうか。そのためには現場の人々に自身の業務内容を仕事と作業に分けてもらう。仕事と作業の違いとは何だろうか。付加価値を生み出すのが「仕事」であり、業務プロセスを進めるのが「作業」である。
例えば、ある工場に100万円を投資し、80万円のアウトプットができたとする。そのとき、あなたが経営者であったら、「ちゃんと仕事してよ」といいたくなるかもしれない。だが、工場の人々は口をそろえて「いわれた通りにちゃんと作業しました」と答えるだろう。今度は100万円を投資し、120万円のアウトプットができたとする。経営者のあなたは「よくやった!」と工場の人々を褒めるが、工場の人々は「いわれた通りに作業したまでです」と答えるだろう。100万円が120万円となったプラス分20万円が付加価値である。この20万円分の付加価値を生むためにどうするかを考えるのが仕事である。
仕事と作業の違いが分かったら、現場の人の業務内容を仕事なのか、作業なのか、を分けてもらおう。分類したら、作業の部分はなるべくデジタル化できるようにさらに細かく書き出させる。なお、デジタル化する作業は内心「最もやりたくない」と思っているものにフォーカスさせると良い。やりたくないものをデジタル化していくのが最も効率化・省力化につながる。
BPRを行う際に使える技術は、IoTやAI-OCR、RPAが挙げられる。IoTやAI-OCRは導入すればすぐに使えるので手軽に始められる。RPAはPythonやUipathなどのツールを用いてプログラムを書く必要があるので、なかなかハードルが高いかもしれない。しかし、反復性のある業務などは行っていけるようにデジタル化していくと良い。
先ほどの特に作業を細かくする書き出しは、デジタル化するときにはどんなフローで行っているのか要件定義のときに大いに役立つ。DXを行う前にBPRの段階で要件定義を現場が体験することで、業者に依頼するときには暗黙知を入れてはいけないのだということを身に染みて理解することができる。これまで起きたイレギュラー例も漏れなく、業界を知らない人と定義をすり合わせながら説明できる力を現場に鍛えさせておくことが大事だ。
DXの実行を唐突に現場に押し付けると、冒頭でも話したように、退職者を大量に生むか、社員を置きざりにしたまま、IT化していっても使われないシステムを作るだけになってしまう。システムが使えたとしても「ただ仕事をロボットに奪われた人」を増産するだけになりかねない。現場がデジタル技術を使うことに抵抗感なく、積極的にデジタル技術を受け入れ、変化を望むようになることがDXを行うために必要なポイントである。組織イノベーションあってこそ、DXは効果を発揮する。ITに「作業」を代替してもらい、人間にしかできない、価値創造的な『仕事』に集中的に時間を投入していこう。
■執筆者プロフィール

並木将央(ナミキ マサオ)
ロードフロンティア 代表取締役社長 ITコーディネータ
1975年12月31日生まれ。経営と技術の両面の知識でDXに精通、現在の世情や人間観をも背景としたマーケティング、経営手法や理論の活用方法で、企業や各大学で講演や講義を行っている。さまざまな分野で経営やビジネスのコンサルティングを実施している。電気工学修士、MBA、中小企業診断士、AI・IoT普及推進協会AIMC、日本コンサルタント協会認定MBCなどの資格も持つ。