マイクロソフトのウィンドウズNTは、「中身をすべて理解している」。NT版の第1号は「私が売った」と自負する。1995年の日本NCR在籍時には、これを営業担当として1人で年間100台以上「売りまくった」。「DNAはIT営業」だが、SE(システムエンジニア)の心得も持ち合わせ、その“両刀”を使い分ける。サーバー・ワークステーションのビジネスに携わってきた。起点となる時期には必ず前線で「トップセールス」を記録していた。「UNIX系システムはバージョンゼロの頃からマシンを大企業にセールスしていた」。時には、顧客先で受注獲得の目的でビジネスフローを書いた。
「ウィンドウズNT」は、当時の成毛眞・マイクロソフト社長の講演を聴き、「将来の汎用OSはこれだ」と惹かれた。程なくして、同社に転職する。「本質を語れるか。それが『クロージング(契約)』に至るポイント」。この作戦が奏功。北海道から福岡県の営業所を束ねる責任者になる。
「上新電機から松下電器産業までをカバーした」しかし、「原点回帰して基幹業務を扱いたい」と、SAPジャパンに移る。会社側の期待は大きい。同社が新規参入した中小・中堅市場(SMB)向けパートナー戦略の中心人物として抜擢された。「毎日、もの凄いストレス」。その都度、酒席で解消する。そんな外資系エキスパートが「SAPはドラマチックに変化している」と、ここが集大成の場と認識している。
プロフィール
竹田 邦雄
(たけだ くにお)1958年、広島県生まれ、45歳。81年、日本NCRに入社。最年少の「部下持ち課長」になるまで15年間、UNIX系システムなどの営業職に従事。96年、マイクロソフトに入社。製造・流通サービスを扱う第二営業部やNECなどチャネル担当を歴任。98―99年にかけて、同社の大阪営業所長、その後、札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡の統括部長を務める。00年、同社スモールビジネス事業部長、初代執行役員に就任。01年6月、ヘッドハンティングでSAPジャパンに転職。