クラウド商材の商流が見えてきた。仮想化対応のデータセンター(DC)の設備投資が大きく進展。この資産を活用したクラウドコンピューティングビジネスが活発化している。商流の形成を巡っては、コンピュータメーカーやSIer、入り乱れての駆け引きが過熱。自らに有利なビジネスモデルの構築に躍起になっている。この特集では、クラウドビジネスに本腰を入れるメーカーやSIerの動向から、商流形成の行方を追う。
見えた!クラウドの商流形成 主要メーカーの動向
アウトソーシング伸びる
VDCに大規模な先行投資
IT投資が抑制されるなかでも、DCを活用したアウトソーシングサービスは力強く伸びている。向こう数年間はクラウド商材がけん引役となり、持続的な成長が可能だという見方が支配的だ。コンピュータメーカーや大手SIerは、クラウドを支えるVDC(仮想化対応のデータセンター)に100億円単位で投資。ユーザー企業の基幹業務システムを支える次世代のインフラづくりに取り組む。基幹系のクラウドシステムを稼働させるためには、周辺のSIやサービスのマッシュアップ、ネットワークの再構築などさまざまなビジネスが発生する。1社単独ではカバーしきれないため、営業や保守サポート体制の整備など、クラウドを巡る商流が新たに形成されつつある。
プラス2%とマイナス4% データセンター(DC)を中核とするアウトソーシングビジネスは、IT業界にとって数少ない成長分野だ。日本IBMの見通しによれば、国内IT市場全体で2008~2012年までのアウトソーシングの金額ベースの年成長率は2%強。ソフトウェアやSI・コンサルティングサービスを抜いて最も高い成長率の見込みである。一方、ハードウェア販売は同約マイナス4%と縮小を予測する。これまでのIT業界で主役の座にあったハードやソフトなどの「製品販売のビジネスの割合が減少し、クラウドやSOA(サービス指向アーキテクチャ)をベースとしたサービスビジネスが伸びる」(日本IBMの岩井淳文執行役員)と話す。
ハードを製造・販売するメーカー自身が“ハードはマイナス成長”という厳しい見通しを出すのは異例。見方を変えれば、サービスビジネスに軸足を移すという日本IBMの強い意志が感じられる。同社では、SIerなどのビジネスパートナーにおいても、製品販売が落ちてサービスが伸びる傾向が「顕著に現れている」(同)と分析。日本IBMとビジネスパートナーがともに改革を推進していくことが、クラウドなど次世代のサービスビジネスの迅速な立ち上げに欠かせないと判断している。
パソコン事業を売却したIBMほどラジカルではない国内ハードメーカーも、クラウドには敏感な反応を示す。NECは全国53か所あるDCのうち、向こう2~3年のうちに10か所をVDCに改装する。ライバルの富士通も館林システムセンター(群馬県)に約6000ラックを設置可能な最新鋭の新棟を建設。今年11月からサービスを始める。富士通では、既存のDC設備も一部改修し、今年10月から本格的なクラウドコンピューティングサービスを立ち上げる計画である。日立製作所も大規模なクラウドサービスのメニューを体系化した「Harmonious Cloud(ハーモニアスクラウド)」を7月に始めた。
全国の販社網を生かせ コンピュータメーカーにとって、クラウドは諸刃の剣である。クラウドの基本形態は、ITベンダーがDC設備やサーバーを保有し、サービスのみを提供する仕組み。ハードが販売しにくくなるにもかかわらず莫大な投資をしてクラウドに乗り出す背景には、「やらなければ、他社にとられるだけ」(メーカー幹部)という切実な問題がある。逆に、クラウド分野で「メーカーだからこその強みを発揮することも可能」(富士通の佐藤直人・サービスビジネス本部アウトソーシングサービス推進部担当課長)という見方もできる。例えば、クラウドに使うことを前提とし、製品ごとの仕様のばらつきを極力抑えた低コストでシンプルなハード設計をするなど、メーカーだからこそできる工夫の余地は少なくない。
もう一つ、メーカーの強みはオフコン全盛時代から連綿と築き上げてきた代理販社網にある。NECはクラウドをベースとしたSaaSビジネスを共同で推進するパートナーとして、住商情報システムやキーウェアソリューションズ、ウルシステムズなど約50社を、ここ1年余りで増やしてきた。今年4月からは、対象を全国約350社のビジネスパートナー(旧NEC特約店)に拡大。SI力の高いパートナーを中心に参加を働きかけており、「反応は上々」(NECの細田稔・マネージドプラットフォームサービス本部長)と、手応えを感じている。
総力戦の様相呈する 日本IBMは、今年7月1日付で同社内の各事業部門を横断的にカバーし、ビジネスパートナーとの関係を強化する組織「パートナー・ストラテジー&マーケティング」を新設。これまでは、ハードやソフトなどジャンル、製品ラインによって個別にパートナーと連携していた。だが、ビジネスの形態がクラウドをはじめとする総合的なサービス形態へと変わっていく今の時期は、日本IBMの各事業部門とパートナーの利害の調整役が必要と判断している。「パートナーと力を合わせて戦略的なビジネスモデルの構築を急ぐ」(岩井執行役員)と、クラウド時代に適した協業体制の再構築に乗り出した。
しかし、サービスへ傾注するアウトソーシング部門と、ハードウェア部門との軋轢は想像以上に大きい。富士通は、今後3年間のクラウド関連ビジネスの累計で3000億円の目標掲げる一方で、PCサーバーの国内出荷台数を08年の約8万台から2010年には20万台へ増やすという挑戦的な目標も掲げる。クラウドが増えれば、サーバーの販売台数は減るため、一見すると相反する目標をどう両立させるのかが大きな課題となっている。NECはクラウド関連ビジネスで、向こう4~5年内をめどに年間1000億円を目指すとしているが、その傍らで「ハード問題は今でもくすぶっている」(関係者)と明かす。“ハードはやめられないが、クラウドも落とせない”と、メーカーの葛藤は根深い。
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