“雲の下”ビジネスが活発化 グローバルの大手クラウドベンダーの登場で、“暗雲”が立ちこめたかにみえる国内IT業界。だが、有力SIerを実際の動きを観察すると“雲の上”で戦いながらも、主軸は“雲の下”のビジネスに置くケースが目立つ。中堅・中小企業に強い日立情報システムズは、「リアルの世界とクラウドをつなぐ雲の下ビジネスのほうが実際には重要だ」(矢島章夫専務)とみている。顧客企業にとって、中味が見えないクラウドのことよりも、日々使う業務システムが円滑に動き、なおかつ維持運用コストが安くなることがより大切な関心事であることは明らか。SIerとしてこの部分の検証やクラウドSIを充実させることが、ビジネスの拡大につながると踏む。
左図の「クラウドベンダーのポジショニングマップ」で示すように、コンピュータメーカーやSIerは自分たちの利益を最大化できるポジションを模索している。ハード製品を持つメーカーは、企業数で言えば圧倒的に多い中堅・中小堅企業から大企業に至るまで幅広くクラウドビジネスを展開する構えをみせる。資本力やハードの調達力があり、かつ全国の販社網を持つメーカーならではの強みだ。一方、大手SIerの多くは、ユーザー企業の基幹業務システムのクラウド化を視野に入れていることから、全体的にサービスレベルが高い方向を目指す傾向が強い。いずれも、GoogleやAmazon、Salesforceとは競合しない領域である。
多様化するクラウド クラウドのサービス形態も急速に多様化している。右図の「4パターンに分かれるクラウドサービス」では、クラウド設備の“所有者”と設置する“場所”でクラウドの形態が分かれることを示している。aパターンはGoogle、Amazon型で、IT資産の「所有から利用へ」の流れに沿ったクラウドの原型である。これに対してbパターンは設置場所と運用などを外部のITベンダーに委託するケースで、クラウドを「所有し、かつ利用する」というケース。cパターンはサービス形態であるものの、富山の置き薬のように、ITベンダー所有のクラウドを顧客にレンタルする形式だ。dパターンは、客先にクラウドを構築するもので、ITベンダーからみれば従来の売り切り型のSIビジネスと何ら変わりはない。
大手SIerのなかには、aパターン以外は「規模のメリットは見込めず、クラウド化する意義が半減する」「所有から利用への流れにも反する」と、手厳しい見方が根強い。だが、ハードベンダーにとっては、bやcパターンは少なくともハードは売れる。グループ企業が数十社以上あるユーザー企業なら、個別にシステムを動かすより、仮想化して運用したほうが、それなりに効率が上がり、コストも下がるはずだ。「ユーザーのなかには、ブラックボックスに基幹業務システムを預けるわけにはいかないと、難色を示す企業が少なくない」(大手SIer幹部)という状況で、クラウドの中味が見える方式を好む向きもある。既存のビジネスモデルの崩壊を恐れるITベンダーと、クラウドに不安を感じるユーザーの利害を調整するため、当面はクラウドサービスの多様化が受容される時期が続く見込みだ。
クラウド上で提供されるサービスの中味をみても、アプリケーションサービスを提供するSaaSや、プラットフォーム貸し出しサービスのPaaSに加えて、クライアントパソコン端末を仮想化するDaaS(デスクトップのサービス化)が本格化しようとしている。仮想化ソフト開発大手のシトリックス・システムズ・ジャパンはDaaSに積極的で、今後、この流れが拡大するのは必至。サーバーの仮想化から始まったクラウドサービスだが、プラットフォーム、アプリケーションへ範囲を拡大させ、クライアント端末のデスクトップ機能まで射程圏内に入れる。
SIerの基盤開発が本格化 一見万能にみえるクラウドも、実際に運用するとなると、越えなければならないハードルは予想以上に高い。ハードや仮想化ソフト、OS、管理ツールなどは市販されているものを活用すればよいが、クラウドシステムトータルでみたセキュリティやリソース監視、課金などのシステムは、SIerが独自に構築する必要がある。ユーザー企業の基幹業務システムを構築するSIerは、当然ながら既存のシステムや今後構築するシステムをシームレスにクラウド環境へ移行させる技術力が必須となる。大手SIerが主戦場とする基幹業務システムともなれば、サービスの停止が許されない。かつ古いシステムとの互換性も求められ、「アプリケーションを円滑に開発する次世代基盤の構築こそが、クラウドビジネス成功へのポイントになる」(TISの前西副社長)と指摘する。
TISは、自らのクラウド基盤上で機能する開発基盤や管理・監視基盤などの独自開発に着手。ここ数年のうちに完成させ、金融系の大規模ユーザーの基幹業務システムのクラウド化に着手できる体制を整える。京セラコミュニケーションシステム(KCCS)も、この10月から「クラウド上で稼働する開発・運用基盤の開発に着手する」(松木憲一取締役)としており、よりアプリケーションに近いクラウド基盤の開発競争が激化する見込み。マイクロソフトは、SIerのこうした需要を見越したうえで、現在開発中のクラウド「Azure」のシステムの一部を、SIerなど「ビジネスパートナーに外販することもあり得る」(前田浩・執行役エンタープライズパートナー営業統括本部長)と、ビジネスチャンスを虎視眈々と狙う。クラウドの進展によって、中堅・中小企業向けサーバーOSの販売にかげりがみえるだけに、OSビジネスの比率が大きいマイクロソフトも必死だ。