失敗事例に学ぶヒント
国がつくったSaaS基盤「J-SaaS」
すべてにおいて想定外!?
国家プロジェクトとして経済産業省が主導し、1年ほど前の2009年3月31日にサービスが始まった「J-SaaS」。膨大な資金を投じて構築された巨大なSaaS型サービスは、50万社のユーザー獲得という挑戦的な目標達成は夢物語に終わり、5000社にも届かないという惨憺たる状況にある。複数のISVから26種類ものアプリを調達し、ユーザー企業は一つのポータル画面から欲しい機能を選んで月額で利用できるようにしたものの、中小企業には相手にされていないわけだ。なぜなのか?
敗因の一つに、知名度の低さがあった。ノークリサーチの調べによれば、開始2か月の時点での従業員数20人未満のSMBに対する「J-SaaS」知名度調査では、「J-SaaSは知らないし、利用もしていない」という回答が83.6%にも達していた。SMBは大企業に比べてITに関する情報を率先して収集しようとする気持ちがない。そのため、大企業に比べてPRや普及にいっそう力を注がなければならないことが分かる。
また、コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)の山本祥之理事(インテリジェントウェイブ社長)は、システム自体の問題点を指摘する。「各アプリのデータ連携ができていないことが最大の課題。一つの基盤で動作していても、異なるアプリ間のデータが連携できなければ、個別にアプリを購入するのと同じで、利便性が低い」。システムにも問題があるというわけだ。
さらにこんなデータもある。「J-SaaS」を活用しない主な理由として筆頭に挙がったのが、「欲しいアプリケーションがない」だった。経理やグループウェア、顧客管理(CRM)など多様なジャンルのソフトを揃えたが、それらはSMBにとって魅力的なメニューではなかったわけだ。
グループウェア最大手で、今年度から本格的に各業種に特化したアプリを他社と開発しているサイボウズの青野慶久社長はこう話す。「グループウェアを10年ほど提供してきて気づいた。中小企業が欲するのは、どの業種にも共通して使えるような汎用的な業務アプリではなく、各業種に特化したニッチなアプリ。だから、当社は各業種の業務知識をもつ企業と組み、共同開発する道を選んだ」。
知名度不足、利便性や中小企業に適したアプリの欠如など、「J-SaaS」が失敗した裏にはさまざまな要因がある。それに加えて、SaaSというサービス形式の機運が高まっているなかで、「初期投資が安い。すぐに始められる。だから中小企業に受け入れられる」と短絡的に考えたことも間違いだっただろう。
「中小企業にはSaaSで」という戦略を練っているITベンダーが多い。それだけに、今後のビジネス戦略を立案するうえで、ISVやSIerが「J-SaaS」の失敗から学ぶ点は多い。

「J-SaaS」のトップ画面。何度かリニューアルしたが…
スペシャリストに聞く
SMB攻略に必須のポイント
「ベンダーは中小企業の業務を熟知すべき」  |
ノークリサーチの 岩上由高アナリスト |
私はSMB、とくに中小企業の現場を目にし、一方でITベンダーの中小企業向け戦略も聞き、SMBのIT市場を調査・分析する立場。両者の意見や考えを知る者として感じる大きなポイントがある。それは、ITベンダーが中小企業の業務現場を知らないということだ。
大企業向け製品から基本機能だけを抜き出して安価に提供するやり方は、通用しないと思っているITベンダーは、数は少ないものの現れてきてはいる。SMB市場を真剣に調べて、SMBのニーズをくみ取った製品を開発しようという機運も出てきた。ただ、ITベンダーの話を聞いていると、大半が大企業の職場や業務フローをイメージして、製品開発に取り組んでいる気がしてならない。
大企業には必要でも中小企業には不要なソリューションはあるし、その逆で、中小企業だからこそ必須なITソリューションもある。多くのITベンダーは、「中小企業はこんな形で業務を遂行しているはずだ」という“思い込み”で製品を企画している。それが、そもそも間違いである。極端にいえば、中小企業の職場で1週間ほど業務を体験すれば、どんなソリューションが必要なのかのヒントがみえてくると思う。「どんなフロア構成で、どんな業務が回り、どの程度のスキルの人に、何を効率化するためにITを提案するのか」。実態を知ったうえで戦略を練れば、チャンスの手がかりがみえてくる。
もう一つの観点として、「中小企業に適しているのは、SaaSなのか、それともオンプレミス型なのか」という質問を、ITベンダーから頻繁に受ける。その議論はあまり意味がない。初期投資が不要で、運用の手間がないから、導入するなどとは考えられない。「SaaSなのか、オンプレミス型なのか」という議論はあくまでITを届ける手段の話で、提供するサービスや情報システムに魅力を感じてもらわなければ、どちらも中小企業に売れるわけがない。
大企業に比べて、中小企業はまったく別の次元で戦略を練る必要がある。そのためには、とにかく中小企業の業務や職場を熟知することが第一歩となる。(談)