競争厳しい中国市場
ゆえにチャンスもある!
中国は何かと規制が多く、中国のITベンダーやSIerは優秀で、かつ成長も著しい――。中国ビジネスに積極的に取り組む野村総合研究所(NRI)の現地法人・NRI北京の伊達一朗・上海支店副総経理は、「日系SIerにとって、中国は一見“宝の山”に見えるかもしれないが、実際は競争が極めて厳しい市場」と、心情を吐露する。本稿では、そのなかでも外資系SIerにとって参入障壁が比較的低い流通・サービス業、製造業のSIビジネスの動向を中心にレポートする。
流通・サービス業
統合管理のニーズ高まる  |
アビームコンサルティング 梶浦英亮 執行役員プリンシパル |
外資系SIerにとって、莫大なIT投資が見込める金融業や、売掛金の手堅い回収が期待できる公共案件に食い込むのは容易ではない。しかし、狙う業種を変えれば、チャンスの糸口はつかめる。その有力候補が流通・サービス業である。
アジア市場に強いITコンサルティング大手のアビームコンサルティングは、中国通販会社レッドベビーの基幹業務システムを構築し、今年4月に本番稼働させた。中国では流通・サービスが急成長しており、製造業と同様、競争が極めて激しい分野。国内外の先進的なITシステムを自社に取り込み、並み居るライバル他社と差をつけたいと考える経営者が多い。アビームコンサルティングは、流通・サービスに実績が多いITコンサルティングファームだ。これまでに培った業種ノウハウと、SAPベースの提案を行い、受注にこぎつけた。
中国は日本の国土の約26倍の面積があり、地域差も大きい。流通・サービスで課題となるのは、システムをどう統合的に管理するかだ。
例えば、食品や日用雑貨系など、地場のメーカーから調達する比率が高いケース。地場メーカーのなかには省をまたいだ出荷・配送に十分対応できなかったり、他の省へ商品を移すと地方政府の地場産業育成の絡みで、税制面における優遇措置が活用できなかったりと、日本ではあまり馴染みのない場面にも出くわすこともある。
おのずと、調達が地域ごとにばらついて、販売・在庫の管理も煩雑になる。これを統合していくためには、「各拠点で個別に動くシステムを統合的に管理する仕組みが必要となる」(アビームコンサルティングの梶浦英亮・執行役員プリンシパル)。中国国内の消費市場はGDP(国内総生産)の伸びとともに急拡大。これに伴い、中小小売業者が雨後の筍のように増え続ける。小売事業者にとって成長の機会は多く、同時にこうした成長株をITの側面で支援する“ビジネスチャンス”もまた、山のようにある。
製造業
本格ERP導入のフェーズへ  |
東洋ビジネスエンジニアリング上海 岡文一 総経理 |
流通・サービス業と並んで、比較的参入障壁が低いのが製造業である。中国の製造業は今、質的に大きな変化を遂げようとしており、IT投資への意欲はかつてないほど高まっている。
中国ではEMS(受託生産サービス)など、これまで在庫・販売リスクが比較的少ない製造形態が多く、リスク管理に役立つ本格的な製造業向けERPの販売は苦戦気味だった。だが、ここにきて中国の企業自らのブランドでの開発・生産が急拡大。販売・在庫の管理レベルを飛躍的に高める必要性に迫られており、製造業向けERP構築を得意とするSIerは大きなビジネスチャンスの到来を肌で感じている。
製造業に強いSIerの東洋ビジネスエンジニアリングは、今年2月、上海の駐在事務所を現地法人へと昇格させた。同社が開発した製造業向け基幹業務システム(ERP)「MCFrame(エムシーフレーム)」の拡販を本格化している。在庫や販売に関して精度の高い管理を行うニーズの増加とともに「MCFrameに対する需要も高まっている」(東洋ビジネスエンジニアリング上海の岡文一総経理)として、向こう3~4年で売り上げの倍増を目指す。
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NRI北京 伊達一朗 上海支店副総経理 |
野村総合研究所(NRI)は、生産管理システム開発の米ベンダーQAD(キュー・エー・ディー)の売れ行きが好調という。中国を含むアジア全域で、すでに90セットほどを販売しており、中国では「ここ数年、内需市場を強く意識した製造業メーカーが増えている」(現地法人・NRI北京の伊達一朗・上海支店副総経理)と話す。
従来の請負型の工場が、人件費のより安い東南アジアへ移っていくことがほぼみえているなかで、中国の製造業は激しい競争に直面している。勝ち残るにはITによる支援が不可欠であり、製造業のノウハウが豊富な日本のSIerに商機がある。
グローバル開発
開発拠点を成長エンジンに  |
北京NTTデータ 玉置政一 総経理 |
大手SIerは、中国のオフショア開発拠点を“コストセンター”から“プロフィットセンター”へと、その位置づけを変えつつある。NTTデータは、世界各国の現地法人が、それぞれ得意分野を持ち寄って、最も効率のよいシステム開発の体制を、地球規模で構築。中国拠点はSIビジネスの競争力や収益力を高めるプロフィットセンターの一つして機能させる施策を打つ。
NTTデータでは、2013年3月期までに、海外売上高を昨年度(10年3月期)の約700億円から3000億円にまで伸ばす計画を立てている。中国の現地法人の北京NTTデータシステムズインテグレーションでは、NTTデータグループの世界戦略と歩調を合わせる形で、「日欧米中の世界4大エリアで受注した案件の開発」(北京NTTデータの玉置政一総経理)に取り組む。従来の対日オフショア開発メインのビジネスモデルからの変革である。海外で受注した案件を、海外で開発し、運用も海外で行う。現地法人の人件費やノウハウを鑑みて、最適な場所で受注・開発・運用を手がけるというグローバルモデルである。
新日鉄ソリューションズでは、中国の現地法人や協力会社の開発環境を、自社のクラウド基盤「absonne(アブソンヌ)」上に構築する取り組みを今年4月からスタート。中国市場への進出にも意欲的な同社は、日中の開発環境を仮想的に統合することで、開発の最適化を進める。中国をソフト開発の“下請け”と位置づけるのではなく、「グループの成長エンジンの一つに取り込む」(現地法人のNSソリューションズソフトウェア上海の岡本太郎・総経理助理)ことで、ビジネスを伸ばす戦略だ。


epilogue
コスト支払っても
将来の果実に期待
中国ビジネスの魅力は、なんといっても中国経済の成長スピードの速さにある。流通・サービスや製造業の企業で、売り上げが年率20~30%増はごく普通。なかには100~200%伸びたという例も珍しくない。だが、一方で売掛金の回収リスクの高さ、仕様があいまいで頻繁に変更される煩わしさ、中国で大きな案件を獲っても貨幣価値の違いが数倍あり、日本本社での評価が得にくいなど、さまざまな課題に直面する。
それでも、日本のSIerが果敢に中国進出を加速させるのは、将来の発展可能性に大きな価値を見出しているからにほかならない。国内市場が成熟し、大幅な成長が見込めない今、日本の隣国で地の利がある中国では、たとえコストを支払ったとしても、将来の果実を得るための積極的な姿勢が求められている。