病院
医療画像の閲覧に最適 病院での利用で想定できるのは、電子カルテや医療画像システムの閲覧端末としての活用だ。
医療機関向けシステム開発に強いトライフォーは、院内の情報システムに保存されているデータをiPhoneで閲覧できる「ProRad DiVa」を開発・販売している。通常の画像データよりも細部まで表示する必要がある医療画像は、表示に時間がかかったり、高いスペックのコンピュータが必要だったりするが、独自技術によって、iPhoneでストレスなく高精細な画像を表示できるようにした。遠隔地から医療画像を確認できれば、緊急対策にも役立てることができるわけだ。京都府の洛和会音羽病院は、この用途で「ProRad DiVa」を活用している。そしてトライフォーは、すでに「ProRad DiVa」でのiPad対応を済ませている。iPhoneに比べて大画面・高精細のiPadには、iPhoneを超える需要が見込まれる。
一方、医療機関と密接な関係がある医薬業界での導入が進む、との見方もある。
前出のイシンの大木代表取締役は、「大塚製薬が1300台も導入することで、他の医薬業者もかなり高い関心を示している」と語る。そのうえで、「MRは他の業界の営業担当者と違って、大量の資料を持ち歩いているし、プレゼン時間が少ない。iPadなら、これらの資料をすぐに表示でき、提案しやすい」と話す。医薬業の大塚製薬が最初に大量導入に踏み切ったことも、うなずけるというわけだ。
学校
eラーニングとのセット販売に商機 底堅いニーズが最も見込めるのが学校だろう。iPhoneの導入に関しても、けん引したのは大学を中心とした学校だった。2009年5月に青山学院大学が社会情報学部の学生に無償貸与。学生と教職員向けに、約550台を導入して話題になった。
少子化の影響で、各学校は新入生の獲得に躍起で、ITを学生向けサービスの一つに位置付けている。そのなかで、若者にも人気があるiPhoneを無料で利用できるとなれば、入学志望の学生を集められるとみた学校で導入が進んでいるのだ。青山学院大学のほか、横浜商科大学はすべての学生と教職員に対し無償貸与することを決め、実に約1700台ものiPhoneを導入した。
ソフトバンクBBのある幹部は、「iPhone以上に可能性を感じる」と感触を話している。横浜商科大学の事例は、iPadにも応用でき、ヒントが多い。ソフトバンクBBは、iPhoneを納めただけでなく、グループ会社とも協力して無線ネットワークシステムを構築し、また、eラーニングシステムも導入している。画面が大きく、高精彩な画像を表示するiPadは、電子教材を活用したeラーニングに適している。iPhone以上に学校が目を向ける可能性は高い。
ソフト開発のインフォテリアは、iPad国内発売日に、コンテンツ作成・配信システム「Handbook」で対応製品を発表した。これは、PDFや動画、静止画などさまざまな形式のデータをiPad用に最適化して作成・配信するシステムで、主なターゲットユーザーを教育機関に定めている。
システムインテグレータがみるiPad
SIビジネスに貢献する端末なのか
法人での利用にもさまざまな可能性が広がるiPadだが、モバイルPCやスマートフォンを使ってシステムを構築し、ソリューションを提供しているシステムインテグレータ(SIer)は、どのような見解を示しているのか。ニーズが見込めそうな医療機関と学校に強く、iPhoneをグループ全体で約400台導入し、iPadの社内利用も検討している老舗SIer、日本事務器(NJC)に聞いた。同社の田中啓一社長は、iPadにビジネスポテンシャルを感じており、「まずは医療・介護・福祉事業者へ浸透する」と読む。
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| 自身もiPhoneとMacのユーザーというNJCの田中啓一社長 |
NJCは、中堅・中小企業と、医療・介護・福祉事業者、教育機関向けSIビジネスに強い。医療・介護・福祉事業者のユーザーは2000社・団体を超え、教育機関向けには学習支援のパッケージソフトをもつなど、これらの業種・業界の業務知識ももち、実績もある。
iPhoneを活用したソリューションの企画にも積極的で、「まずは自社導入して使い勝手を探る」(田中啓一社長)という方針から、グループ会社も含めてiPhoneを約400台社内で利用。もちろんiPadの導入も検討中で、約70~80台のタブレットPCをiPadに代えようとしている。さらにNJCは、iPhoneやiPadとの親和性が高い「Google Apps」のユーザーで、2010年5月から社内のメールシステムを「Microsoft Exchange」から「Gmail」に全面的に切り替えたほか、グループウェアは「Googleカレンダー」に統一した。「Google Apps」の正規代理店として、導入支援、利用コンサルティングサービスも手がけ、約10社・団体のユーザーを獲得している。
田中啓一社長は、iPadの可能性をこうみている。「ユーザー企業・団体からは、すでに『iPadを活用した提案が欲しい』という要望をもらっており、さまざまな業種・業界で受け入れられる可能性がある」。そのうえで、「われわれのビジネスとしては、まずは実績がある医療・介護・福祉事業者が対象になるだろう」とした。
病院では、これまで医師や看護師が持つコンピュータとしてPDAを提案するケースがあったが、それがiPadに置き代わる可能性があるという。介護事業者向けでは、「操作が分かりやすい『iPad』は、コンピュータスキルが乏しい年配者に向いている。在宅介護を受けている患者が、事業者と連絡を取るためにiPadを活用したり、自身の健康管理のために利用したりすることも想定できる。それらに着眼する事業者もいるだろう」と話している。
いずれにしても「まだ可能性を模索している段階」と田中社長は言う。「場合によっては、ある特定企業・団体に試験導入して、どんな利用に適しているのか、どのようなソリューションが必要かを一緒に検討していく可能性もある」としている。
ただ、ビジネスとしては旨みがない部分もある。「iPadは、基本的にアップルかソフトバンクから調達することになり、定価で再販する可能性が高い。端末の販売では利益を取ることを考えていない。だからiPadを活用したソリューションは、モバイルPC以上に付加価値が求められる」と説明する。
導入の可能性は大きいものの、単純な再販による利益は期待できないiPad。SIerにとっては、どのようなソリューションに仕立て上げることができるか、力を見せどころなのかもしれない。
記者の眼
「iPad」は何と比較するべきか 「iPad」の法人市場への浸透を考えているなかで、「iPhone」とは何が違うか、「iPhone」にはない価値は何かを追求していた。いろいろ思案したが、「iPad」と「iPhone」の違いは、細かい点を除けば、画面サイズと通話機能の有無に尽きる。とくに画面サイズが大きくなったことは、単純ではあるものの、その威力は大きい。資料を見やすくし、操作性を向上させた点は、業務用端末として「iPhone」以上の可能性をもたらすことは間違いない。iPhoneの画面サイズでは、操作性や表示で難があったソリューションを、「iPad」で提案する価値はある。
一方で、別の観点からみれば、モバイルPCと比較した場合の優位性を示すのも価値があると感じた。モバイルPCにはない携帯性、操作性、起動時間の早さ、インターネットとの親和性ははるかにモバイルPCよりも上で、「iPhone」と比較した場合に比べて優位性は多い気がする。企業・団体は、モバイルPCの買換え提案、「iPad」のメリットを生かしたモバイルソリューション提案をする価値は十分あるといえそうだ。

iPadとiPhone、そしてモバイルPCの違いとそれぞれの強みを明確にした提案がカギを握る