地方自治体で、無償のオープンソースソフト(OSS)やOpenOffice.orgを利用したシステムの導入が増えている。財政危機の折、コスト削減策などの一環として無償ソフトウェアの利用を検討するケースが多くなってきた。ただ、全体としては、まだ少数で、「売り手」の側も消極的な姿勢が目立つ。現在の実態を検証した。
・「OpenOffice.org」とは
「OpenOffice.org」は、文書作成や表計算、プレゼンテーション、図形描画、簡易データベースなど日常の業務で必要な機能をすべて含むオープンソースの統合ソフトウェア環境。国際標準のファイル形式ODF(OpenDocument Format)のリファレンス実装としての役割を当初から担い、WindowsやLinux、MacOS Xなど、複数のOSに対応して多様な環境で利用することができる。(日本OSS推進フォーラム作成の資料から抜粋)
OSSの扉は開いた OSSコンソーシアム事務局長であるマインドの屋代和将取締役によれば、OSSを導入する自治体は、2~3年前に皆無だったが、ここへきて事例が出てきているという。ようやく「扉が開いた」という状況だ。一方のOpneOffice.orgに関しては、BCN調べで福島県会津若松市や山形県など、25自治体関連で導入、あるいは導入を検討している。全体からすると少数だが、横の自治体の事例をみたうえで検討する例が増えており、ドミノ的に拡大する可能性がある。
Linuxなど、オープンソースの利用に関しては、都道府県庁や政令指定都市など、規模の大きな自治体の基幹システムなどで採用が進んでいる。こうした体力のある自治体は、自前で開発基盤を構築し、コスト削減やソースコードを公開して、各自治体のシステム環境に応じた開発をしようとしている。
ただ、規模の小さな自治体は、依然としてWindowsベースの統合型のパッケージシステムを導入する傾向にある。政令指定都市などのようにIT担当者が豊富に揃っていないという事情があり、慣れたシステムを入れて、Windowsベースのシステム導入や保守に慣れたベンダーにヘルプデスクやサポートなどを任せ、負担を軽減することを考えているようだ。
OpenOffice.orgに関しては、アシスト(ビル・トッテン代表取締役)のように移行に関する導入前後の支援サービスを展開するベンダーが登場して、採用事例が増えていることから、これからの拡大が予想される。ただし、アシストのように体制を万全に整えたベンダーはまだ少なく、OpenOffice.orgの利点を理解していても、導入する側で対応できない状況が続いている。
Windowsベースで実績のある“枯れたシステム”とは異なり、まったく新しいソフトになるわけで、導入障壁はまだ高い状況だ。それでも、「扉は開いた」ことで、自治体の意識変化もみられることから、OSSやOpenOffice.orgの導入支援の技術力やノウハウを習得しようとするベンダーが登場してきそうだ。
「OpenOffice.org」推進派
20自治体以上が導入・検討へ
会津若松市の導入が触発?
北海道夕張市は、負債632億円を抱えて、全国の自治体で初めて事実上の財政破綻に陥った。2006年のことである。1999年から2000年前半の「平成の大合併」で、市町村の数は1727市町村(2010年3月現在)まで減少したが、この半数近くの自治体が財政破綻の危険をはらんでいるとみられている。
多くの自治体で無償ソフトウェア「OpenOffice.org」を採用する動きが活発化しているのは、財政逼迫の折、全庁的なコスト削減を狙った動きと無縁ではない。この動きをさらに加速させている背景には、「Microsoft Office 2003」のサポートが終了する2014年を控え、多くの自治体で統合オフィスソフトの移行検討が始まっていることがある。財政難とサポート切れが重なって、「OpenOffice.org」への注目度は倍加されることになった。
2008年、IT先進自治体である福島県会津若松市が、「OpenOffice.org」を導入した。現在、実情を視察する自治体が相次いでいる。都道府県として初めて導入した山形県もその一つ。山形県は、県庁や出先機関を含め、約5600台のパソコンを対象に「OpenOffice.org」への移行検証を開始し、2011年6~7月には移行を完了する。このような成功事例が、他の自治体にとっては「OpenOffice.org」を導入する動機づけになっているようだ。
山形県の導入を受託したのは、先に紹介したアシストだ。同社によると、「山形県の場合は、Microsoft Officeの新規移行に悩んでいた。当社は『OpenOffice.org評価検証支援サービス』を展開しているが、導入検討期・評価検討期に移行全体の計画イメージや、OpenOffice.orgに移行した際の課題解決に向けた取り組みを6か月間にわたって実施し、導入を納得してもらった」(神谷昌直・公開ソフトウェア推進室長)という。
行政事務の大半は、オフィスの基本機能で十分とされている。しかし、部門によっては、マクロ機能を使うなどでExcelなどをかなり改良して使っている場合があって、移行に手間取る場合があるほか、Microsoft Officeで作った行政文書など、OpenOffice.orgに移行した際、帳票に打ち出す時に不具合が生じることも想定できる。
アシストはこうした事態を回避するため、「全行政部門にヒアリングを実施し、1台1台の使用状況を分析したうえで、OpenOffice.orgでも同等の業務ができるように仕様を変更する作業を行った」(蓑輪哲彦・公開ソフトウェア推進室技術担当主事)。この作業を終えたのが昨年9月。ここから一部職員に試用してもらい、支障がないとの評価を得て、順次導入を開始している。ただし、マイクロソフト製品が必要と判断した職員は、無理にOpenOffice.orgに移行せず、サポート期間が残っている2014年まで並行運用する。
OpenOffice.orgに移行するには、アシストが実施したような移行プロセスを踏むという負担があり、費用も発生する。また、長年使い慣れてきたMicrosoft Officeから離れてOpenOffice.orgを使うとなると、導入前後の研修やトラブルに備える体制が必要で、費用もかさむ。それでも、山形県の場合は「Microsoft Officeに切り替えた場合の費用と比較しても、“真水”で約8000万円が浮く見込みだ」(神谷室長)と効果を語る。
同様に、会津若松市で約1500万円、愛媛県の四国中央市でも約3300万円のコスト削減に成功しているという。アシストは、導入を検討する秋田県の支援も始めており、そのムーブメントはとどまるところを知らない状況だ。アシストの場合は、OpenOffice.orgに関する自治体ビジネスだけで、今年度(2011年3月期)、前年度対比で150%以上の売上増を見込むほどの勢いだ。
とはいえ、OpenOffice.orgを導入したり、導入検討する自治体は全体としてはまだ少数である。この現状について、OSSコンソーシアムの屋代事務局長は、「OpenOffice.orgに限ったことではないが、オープンソースソフト(OSS)の業務アプリケーションも含め、導入実績が少ないということが普及を妨げている。いままで実績のあった製品が使われる傾向にある。また、トラブルやサポートなどについて、誰が責任をもつかという体制面の課題もある。ただ、実績が出てくれば、そのよさが伝わって、普及するだろう」と話す。
自治体は横の自治体をみて動き、また共通利用できるところを利用したいというニーズが高い。アシストのように、導入前後の体制を万全に整えられるITベンダーが充実してくれば、OpenOffice.orgの普及も早まりそうだ。
[次のページ]