「OpenOffice.org」中間派・否定派
コスト削減できても課題山積
TCOで判断するとコスト高
統合オフィスソフトで作成したファイルは貴重な情報資産であり、将来にわたって読み書きできるようにしておく必要がある。また、これらを特定の企業(マイクロソフトなど)にコントロールされたくないという要望がある。それに応えるために「OpenDocument Format(ODF)」がつくられ、国際標準化機構(ISO)と国際電気標準会議(IEC)でも国際標準規格(ISO/IEC 26300)として認定された。2010年2月には、「ODFが日本工業規格(JISX4401)としても認定され、理想のファイル形式が整った」と、OpenOffice.org陣営では強調している。
総務省は、日本政府の対応として「情報システムに係る政府調達の基本指針」を発表し、オープンな標準を優先する方針を掲げた。これに先行して実行する“部隊”として自治体の存在が重要だが、現状では25程度の自治体で導入・検討が進んでいる程度だ。
NECの自治体担当者は、OpenOffice.orgの普及度合いについて「先行事例が出始め、2010年頃から、何件か自治体側からOpenOffice.orgに関する質問を受けるようになったが、商談にはつながっていない」(青木英司・公共ソリューション事業部統括部長)と実情を語る。したがって、現在のところ、アシストのように支援体制を整えてOpenOffice.orgの導入に備えた調査・分析・導入支援の体制を整備する計画はないという。
NECが実感しているOpenOffice.orgの課題について、同社の松本健一・公共ソリューション事業部GPRIMEソリューション部マネージャーは「Microsoft Excelのマクロの埋め込み量が莫大で、特殊なツールでも使わないと、これらをOpenOffice.org環境に移行しづらい例がある。こうした対応を、部門別でなく、自治体職員個々人のクライアント端末を対象に実施する必要がある。とくに、自治体はミリ単位で帳票の仕様が決まっており、これに対応したり、導入後のサポートが負担になる可能性がある」と指摘する。
NECは、自治体からOpenOffice.org案件が多数舞い込むなど、要請頻度が増えれば対応する考えだ。だが、まだそこまでのニーズはないと判断している。
では、肝心の日本マイクロソフトはOpenOffice.orgの普及度合いをどうみているのか。同社の三野達也・Office製品マーケティンググループ部長は「確かに、複数の自治体でコスト削減の観点からOpenOffice.orgを採用する動きが出ている。しかし、IT資産のTCO(総所有コスト)を考慮した場合、多くの自治体では二の足を踏んでいる」と現状を分析している。問題点としては、マイクロソフトが世界で実施しているセキュリティ・パッチの適用やWindowsアップデートなど、コンプライアンス(法令順守)の観点でみると、OpenOffice.orgには課題が多いという。こうしたセキュリティ関係のコストや、常時入ってくるOpenOffice.orgに慣れ親しんでいない新入職員に対する再教育費用などをトータルに換算すると、Microsoft Officeが費用面で問題になることはないという主張だ。
同社の試算では、国内の自治体、民需も含め、クライアント端末数を母数にすると、OpenOffice.orgの市場シェアはかなり小さい。同社の松田誠・Office製品マーケティンググループエグゼクティブプロダクトマネージャーは「自治体職員の生産性がOpenOffice.orgで高まり、情報共有ツールなどを含めて周辺機能でバリュー(付加価値)の上がる機能が整ってくれば脅威になる」とみているが、同社のOffice製品のビジネス全体への影響は「限定的だ」と意に介さない。現状では、導入する側の体制に関する課題があることや、OpenOffice.orgの拡張機能などが不足しているため、脅威になっていないとの見方だ。
「オープンソースソフト」推進派
自治体のOSS案件は1割程度
GPLの問題あり、採用進む?
OSSコンソーシアムの屋代事務局長が、会員やオープンソースソフトウェア(OSS)団体に所属するベンダーに聞き取り調査を行ったところ、「実際にOSSを自治体に導入した経験のあるベンダーは、全体の1割程度だった」という。しかし、「2、3年前はゼロだったことを考えれば、扉は開いた」と、少しずつではあるが、OSSの普及が早まっていることを実感しているという。
商用のOSやミドルウェアがアプリケーションソフトウェアに機能を提供するために用意しているAPI群は、開発者に対して仕様は公開しているものの、内部コードは公開していない。マイクロソフトが提供する製品は、ソースコードを公開していないので、内部構造を理解することは困難。そのため、「自治体間で財務会計システムなどを共同利用するとき、アイデアを持ち寄り、もっといいシステムに仕立てていきたいと考えても、ソースコードが公開されていないために、追加開発などをすることができない」と、屋代事務局長は言う。
屋代事務局長が経営するマインドは、国内初の純国産オープンソース人事給与・勤怠管理システム「MosP」を提供している。Javaで開発したウェブシステムをオープンソースGPLで提供している。GPLは、UNIX互換のオープンソースソフト群の開発プロジェクトであるGNUプロジェクトで開発したソフトや派生製品に適用されており、ソースコードの公開を原則として、使用者に対してコードを含む再配布や改変の自由を認めている。
最近では、自治体に提供されたウェブサイトやシステム内に、このGPLが組み込まれた形で納品されているケースが出てきた。屋代事務局長は、「OSSは、全体のシステム投資を下げられるだけでなく、GPLへの対応などを必然的に行う必要性が出てきた」と、自治体ビジネスを展開する多くのベンダーがOSSの技術に長け、サポートできる体制を敷く必要があると指摘する。
現在、政府の後押しで「自治体クラウド」を導入する自治体が増えてきた。これもOSSと同様にコスト削減などを理由とした戦略だ。いま、基幹システムでLinuxなどオープンソースを活用しない自治体は減り始めている。ある自治体向けビジネスを展開するベンダー幹部は、「自治体案件を担う地域のベンダーがこうした事実を知らない」と、OSSの利用価値に気付けば普及が始まるとみている。
「オープンソースソフト」中間派
大規模自治体でLinuxが浸透
中小規模はWindowsベースを好む
自治体ビジネスを全国で展開するNECが受託あるいは非受託を含めた案件のうち、現在約10%がオープンソース案件になっているという。同社によれば、自治体がオープンソースか否かを選択する傾向は、「都道府県庁や政令指定都市では、サーバーなど基幹システムでLinuxを使う傾向にある。一方、市町村では、Windowsベースのパッケージ化されたシステムを選んでいる」(松本マネージャー)というかたちに分類できるという。
これはどういうことか。都道府県や政令指定都市では、IT担当者やCIO(最高情報責任者)を配置し、自分で基幹システムの開発基盤を構築しているケースが多い。その基盤にオープンソースが使われている。特定ベンダーのアーキテクチャの依存性を排除する目的と、コスト削減が主な理由だ。とくに後者の場合は、規模が大きい自治体ほどクライアント端末台数が莫大。Windowsベースの基幹システムを導入していると、端末がサーバーの機能を利用する権利「CAL(Client Access License)」の料金を各端末ごとに支払う必要がある。
一方、規模の小さな自治体では、すでに“枯れたシステム”でシステムトラブルやセキュリティ上の問題、ヘルプデスクの人員不足などの心配をせず、少ないIT担当者でも対応できると考えられているWindowsベースで自治体用に仕立てられたパッケージを好む傾向にあるという。
現段階でNECは、規模の大小で分類し、マルチベンダーで自治体案件に応えられる技術とノウハウ、製品群などを用意している。「基幹システムに限らず、図書館管理システムや施設予約システムでは、LinuxOSを使ったアプリケーションを出している。大規模自治体では、特定メーカーの依存性をなくす目的でLinuxアプリケーションへのニーズが出てきている」(青木統括部長)と、メニューを拡大していく方針だ。
OpenOffice.orgに比べて、オープンソースに対する日本マイクロソフトの戦略は異なる。同社の光延裕司・業務執行役員公共営業本部長は「基幹システムなどを、LinuxOSで提案するベンダーが徐々に増えているのは事実だろう。当社では、こうした動きを受けて、Windowsベースを押し付けるような戦略を改め、全世界でLinuxOSなどオープンソースのシステムとの相互運用性を確保する技術的な研究を進めている」と話す。
それでも、Windowsベースだけで構築したシステムで大幅なTCO削減を実現した自治体もある。例えば佐賀県庁では、公共サービスの質の維持向上と経費の削減を目的とする「イノベーション“さが”プロジェクト」のなかで、マイクロソフトと共同で「職員ポータルサイト(電子県庁)の最適な構築方法の研究」に取り組み、10年間で30%のTCOを削減した。
オープンソースかWindowsベースかの選択は、自治体のIT技術力やサポート体制、あるいは自治体を支援する地場のSIerなどの力量により変化する。だが、従来のようにWindows一辺倒の状況は緩和し、マルチベンダー化されることは間違いなさそうだ。