地場ベンダーと被災企業への貢献
行政案件の優先配分を MISAが全会員ベンダーの約3割に当たる70社から震災直後に調査した要望によると、多くのITベンダーからは、案件が減少することへの懸念が寄せられた。そうした状況を受けて、行政機関の制度や条例などをフル活用したり、災害復興基金などの助成金や自治体、公共機関などのシステム案件を優先的に地元のITベンダーへ発注することを求めている。
三陸沿岸地域をはじめとして、東北の被災地では、多くの企業が震災で事業継続が困難になり、倒産などに追い込まれている。「地元の民需を期待することは、中期的に難しい」。地場ITベンダー関係者の誰もが口にする。だからこそ、従来は首都圏にある大手ITベンダーに渡っていた案件の一部を地元に還元するほか、大手ITベンダーも、地場ITベンダーを絡めた公共案件にしてほしいと願っているのだ。
東北地方に本社を構えるITベンダーは、大半が首都圏などのITベンダーから得る「下請け案件」で生計を立てている。地元案件の減少が明らかな状況下で、首都圏が途絶えれば万事休すである。MISAの要望のなかでも、自治体やMISAなどIT団体に対して、「首都圏ビジネスの取り込み支援」を求める声は大きい。
MISA会長でもある東北インフォメーション・システムズ(TOiNX)の石塚社長は「復興支援で今年後半には一時的にIT需要は高まるだろう。しかし、当面は首都圏を含めた全国から、組織的に仕事を発掘する必要がある」と話す。ちなみに同社は、東北電力企業グループの一員として、現在、社会インフラやライフラインの復興に重点を置いているが、「今までもそうだが、これからはとくに、地元ITベンダーへこれら業務の案件を回していく」と、自らは被害が軽微だったため、自社案件を切り崩してでも地場ITベンダーに貢献する腹づもりだという。
有償でIT技術者派遣を しかし、災害復興や地場ITベンダーとのやりくりでは限界がある。サイエンティアは、受託ソフト開発ベンダーとして設立され、現在は粗利の高いパッケージ販売を主に展開しているが、「来期(2012年6月期)は売上高が2割は減少するだろう」(荒井社長)と、危機感を募らせている。そこで、創業当時の受託開発案件を全国に向けて積極的に取りに行き、収益減分の穴埋めをしていく方針だ。東北を中心に案件を獲得してきたSRA東北の阿部社長も「現状では、東北地方で売上を見込むのは難しい」と、SRAグループに協力を仰ぐほか、SRA東北発のシステムを全国の顧客に展開することで、当面をしのぐ考えだ。
全体を見渡せば、多くの地元ITベンダーからは「先が読めない」と嘆く声が聞かれる。「大阪餃子」など、大手小売・サービス業での実績をもつポイントカードシステムやASP型のCRM(顧客情報管理)などを主力事業とするテクノウイングは、「自粛ムードや関東地区の停電などが小売・サービス業にどう影響するかわからない」(横山義広社長)と、不安を募らせる。同社のシステムは「付加価値製品」であり、自粛ムードが高まれば優先順位が下がり、発注が後回しにされる危険性があるからだ。そこで同社は、窮余の策として少しずつ進めていた中国での展開を早める方針という。
技術者の派遣ビジネスで事業を行っているITベンダーは、もっと切実だ。東北地区の企業を中心に技術者を派遣しているアルゴソリューションズの宮・社長は「現状では、地元案件を取れそうにない。北海道や関東から南で仕事を見つける」と、苦渋の決断を迫られている。ただ、これを機に、すでに研究を進めていたクラウド事業を加速させるという。「クラウドでシステム開発を行う環境の構築を急ぐ」(同)。従来は、派遣企業に技術者を物理的に移す必要があるが、この基盤が完成すれば、技術者を派遣せずに企業のシステムを開発できるようになり、移動時間を有効に使って派遣事業と自社の開発案件を同時並行で作業をこなすことができ、事業の効率化できるのだ。
被災したITベンダーの多くが、このように“次の一手”として用意していたことを当面の事業継続として取り組み始めている。
一方、東北に拠点を構える全国区の大手ITベンダーはというと、今回のような天災時に備えていた対策本部が瞬時に立ち上がり、すでに被災企業の復旧・復興支援に手を貸している。日本IBMで仙台駐在の木村満城・MTS事業東日本第二地区技術部東北技術部長は、「東北地区の主要顧客のうち10社は、データセンター内に自社システムがあり自家発電で継続稼働した。だが、一部ではサーバーが倒れたり、天井が落下してシステム影響が出た」との現状報告を受けて、数日内に復旧へ向かい、主要顧客のシステムで停滞する事態には至っていない。
日本IBMで災害時に対策本部を動かす責任者でもある梅林悟・理事GTS事業MTS事業部長は「データ復旧の作業を無償提供しているが、沿岸部の企業では津波の影響でハードディスクが海水に浸かり、データ復旧できないケースがある。塩に浸かったらすぐに水で洗うことなどを徹底すれば、もう少し早くシステム復旧ができたはず」と、顧客企業への災害への備えを徹底すべきことが多くあったと残念がる。そこで、「被災地ばかりではなく、全国的に災害の備えに対する意識が高まっているので、当社のクラウドを利用したディザスタリカバリ(DR)などのソリューションを提案していく」(同)と、震災を機に災害に備えたシステムのあり方を提案していく考えだ。
全国の金融機関、官公庁、ライフラインなど、震災時に優先的に復旧させるインフラのシステムを多く手がけるOKI(沖電気工業)では、「復旧・復興対策は、10年スパンで考える必要がある。当社では、初動としてライフラインの復旧に全力を注ぐため、公共関係に従事する人員を全社から集め、東北地区に集中的に投入する」(早坂広行・東北支社長)と話す。
OKIグループで自治体システムなどの保守業務を担う沖電気カスタマアドテックでは、「当社保守員が動かなければ、ライフラインの復旧が遅れる。震災時にはガソリン不足だったが優先的に燃料を確保できるよう自治体からの配慮があった」(松藤研・東北支社長)ほどだ。同社社員は、福島第一原発の事故で立ち入り禁止となった地区にある銀行のATMの補修作業も行っている。無人とはいえ、ATMが故障して、よからぬ輩が紙幣を盗む心配があるためだ。「震災時のライフラインの再構築に当社は重要な役割を果たす。放射線の危険性などを顧みず、全力で復旧作業に当たっている」(同)と、その役割の重要性を認識している。
epilogue
現在、国レベルで復興支援金を投じて、津波で街ごと流された東北三陸沖の沿岸部を中心にした復興後の「新しい都市づくり」が計画されている。巨大津波を防ぐための防波堤や高台に町を再興する案など、物理的に今後の被害を食い止める都市構想が練られている。これとは別に、「スマート・グリッド(次世代送電網)」など、IT技術を有効活用して街全体の省電力化を実現したり、企業や自治体に対しても、クラウドコンピューティングを使った事業継続や災害対策に適した新しいシステムの提案ができる。
現状ではまず、東北地方の生活や産業がいち早く、従前のように復興することを最優先すべき時である。だが、将来に向けてIT産業界がすべきことを整理し、国や自治体に提案していくことが重要になる。そのうえで、震災直後に地場ITベンダーが事業継続や地元復旧・復興でとった行動は、今後の再興に向けて参考になることが多い。東北地方の復興には10年スパンで検討していくことになるというのが、一般的な見方だ。IT業界でも、10年のロードマップを描き、手だてを考えていく必要がある。