日本の情報サービス業は、グローバル化の成功なしに、持続可能な発展は見込めない。トップSIerは、今まさに中国・ASEANへの拠点づくりや、競争力を高めるための再編に取り組んでいる。5年後、SIerのあるべき姿を探った。(取材・文/安藤章司)
→前編から読む役割分担を明確化
非相似形で対等な協業関係へ
情報サービス業が競争力を保ち続けるためには、業界全体でフォーメーションを組み直す必要がある。総合力を発揮する大手グループと、専門分野に特化した力量を発揮する中堅・中小グループに分かれ、それぞれの役割分担を果たす。従来のように相似形の中小SIer・ソフトハウスで多重的な下請け構造をつくるのではなく、お互いに強みを生かす非相似形で対等な協業関係の形成が求められている。
「海外出稼ぎ」ではダメ  |
コア 簗田稔社長 (JASA会長) |
SIerの業界再編の行き着く先は、年商規模を裏付けとした総合力で勝負する大手SIerと、得意分野に専門特化した強みをもつ中堅・中小SIerへの役割分担である。
現状の年商規模が大きくても、強みのあるパッケージソフトをもたず、受託ソフト開発中心で、またクラウド/SaaSに欠かせないコストパフォーマンスのよいデータセンター(DC)も十分に揃えず、なおかつグローバル進出にも消極的であれば、まず勝ち残れない。規模が小さく、特徴のない受託ソフト開発がメインなら、なおさら淘汰の波にされされる確率が高くなる。
「主要SIerのポジショニングマップ」(下図)は、横軸に総合力と専門力を取り、縦軸にそれぞれの競争力やグローバル展開力の有無を取ってマッピングしたものである。総合力があり、グローバルでのビジネス基盤を着々と整えているSIerは右上に寄っている。得意分野に特化しつつ、グローバルで高い競争力を発揮するSIerは左上に寄る。業界再編や事業改革によって、右上か左上かに大きく二極化が進んでいくことが予見される。
ポジショニングマップは、年商規模や経営方針、グローバルへの取り組みなどをもとに、『週刊BCN』編集部が独自に作成した。この結果、右上にはNTTデータや野村総合研究所(NRI)、ITHDなどが名前を連ね、左上には東洋ビジネスエンジニアリング(B-EN-G)やコアなどが位置づけられた。二極化できず、中途半端なまま(図では下半分の領域)では、業界再編後に居場所がなくなる危険性がある。
専門特化した領域に位置するB-EN-Gは生産管理システムに強く、コアは組み込みソフトに明らかな強みをもつ。ただ、いずれもグローバル化が著しい製造業の顧客がメインターゲットになるだけに、生産管理や組み込みソフトの分野で、グローバルトップクラスの強みを維持していかなけばならないという過酷な使命を帯びる。組込みシステム技術協会(JASA)の会長を務めるコアの簗田稔社長は、「海外では他社にはない自分たちの強みで勝負することに尽きる」と断言する。中国なら中国の現地で優秀な社員を育て、得意技で差異化を図るべきだと。そうではなく、「例えば、日本の社員を中国に派遣して、特徴のない受託ソフト開発を行うなどの行為は絶対にやるべきでない。これではもはや“海外進出”とは呼べず、単なる“海外出稼ぎ”だ」と、釘を刺す。
若手の意識改革を進めよ とはいえ、中堅・中小SIerの多くは、コアやB-EN-Gのように海外拠点を設けたり、NTTデータやITHDのように巨大な高規格DCを自前でもてるわけではない。SIerのグローバル進出に向けた「緊急提言」をまとめたJISAの西島昭佳・グローバルビジネス部会長は、「どんな中小ベンダーも、必ず強みをもっている。その強みを前面に出して、すでにグローバル進出しているベンダーと組んで展開する。つまりは、NTTデータのような会社をうまく使えということだ」とアドバイスする。西島部会長は、NTTデータで製造ビジネス事業本部副事業本部長を務めており、大手といえども、すべての商材を自前で揃えられるわけではないことを痛感している。
だからこそ、それぞれの分野ごとに強みを持ち寄り、例えばNTTデータが世界で開拓してきた販路で売る。「もしNTTデータが扱わないというのならば、『ああ、そうですか。それなら富士通さんに扱ってもらいます』と言えるくらい競争力が出てきたらしめたもの」(西島部会長)という。イメージとしては、NTTデータグループの主力ERPパッケージ「Biz∫(ビズインテグラル)」とB-EN-Gの生産管理システム「MCFrame」を連携させたり、あるいはソフト開発のインフォテリアが主力製品の一つとしているスマートデバイス向け情報配信サービス「Handbook(ハンドブック)」を中国大手SIerの東軟(Neusoft)グループの1社に供給したりなど、強みを持ち寄る構図だ。従来の多重下請け構造ではなく、得意領域をベースとした対等な協業関係へとフォーメーションを組み替えることが急務だ。
前出のJISA「緊急提言」では、「人月商売」と揶揄される受託ソフト開発から脱却し、自らを強みを伸ばせ、とうたっている。さらに「グローバル展開は一朝一夕でできるものではなく、次世代を担う中堅社員が主体となって取り組むべき」(西島部会長)と、若手が中心となって強みを伸ばし、海外へどんどん売り込みに行く企業文化づくりが大切だと訴える。
現地有力SIerとの協業を 日本のSIerの多くが進出先に選ぶ中国の情報サービス業キーパーソンは、日本の情報サービス業をどうみているのか。
東芝ソリューション(TSOL)と15年余りにわたってパートナーシップを組むNeusoftの劉積仁・董事長兼CEOは、「日本企業はプロダクトを海外で販売することについては一日の長がある」と、日本の製造業を高く評価する一方、「われわれSIerが主力とするITソリューションはプロダクト販売とはビジネスの手法が異なる。中国へ進出しているIBMやSAPをみると、彼らはうまく地元で人材を育て、有力SIerと協業関係を築いている。日本のSIerはこのあたりをもっと強化すべき」と忠告する。
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東軟集団 劉積仁 董事長兼CEO |
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東忠集団 丁偉儒 董事長 |
Neusoftは、TSOLやNECなどとオフショアソフト開発の分野で深い関係にあるが、アジア最大の情報サービス市場規模を誇る中国マーケットをターゲットとした協業は、実は始まったばかりだ。2011年に入って、TSOL、NECと相次いで中国市場向けのITサービスを提供する合弁会社を設立するに至った。劉董事長は、日系SIerやITベンダーの“控えめ”ともみえる慎重さを目の当たりにした。だからこそ、「もっと積極的に、もっと早くビジネスを進めよう」と呼びかける。中国の情報サービス市場は年率3割増の勢いで急成長する、まさにドッグイヤーの市場であり、控えめな協業では市場の成長に追いつけない。
中国進出を進める日系SIerに大規模な事業プラットフォームを提供する東忠ソフトの丁偉儒董事長は、「日本のSIerやITベンダーがもつ技術は、中国の経済発展にとって必ず役に立つし、むしろ必要不可欠であるとも考えている」と、日本の技術力を高く評価する。しかし、日本が高度経済成長をしている時代がそうであったように、今、急成長する中国市場は、ある面で売り上げ至上主義が幅を利かせる。「多少バランスに欠けても、売り上げ増でカバーできる。リスキーかもしれないが、それが中国の今のビジネススタイルだ。日本のSIerは妙な安定指向がある」とじれったがる。つまり実力はあるが、慎ましやかというわけだ。
東忠ソフトは、実はここに目をつけて、日系SIerのビジネスに役立つSE人材の供給、快適な通信環境を揃えた広大なソフトウェアパークを中国杭州市で提供している。すでにNTTデータやNEC、富士ソフト、シーイーシーなど名だたる日系SIerが東忠ソフトのプラットフォームを活用中だ。丁董事長は、「沿岸部の他の地域や内陸部などにもソフトウェアパークを開設していきたい」と、日系企業が中国全土でよりスピーディなビジネス展開ができるようにと支援していく構えだ。
再び成長軌道へ  |
| BASSの曲玲年理事長 |
日本の情報サービス産業のこれからの5年間には、課題は多いものの、明るい要素も決して少なくない。受託ソフト開発の需要が減る一方で、クラウド/SaaSをはじめとするサービス化の潮流をうまく捉えれば、ビジネスチャンスは大きく広がる。業界再編に伴うリストラで痛みを伴う局面も出てくるが、それでも自らのポジショニングを最適化した後は、再び収益を伸ばせる可能性が高い。
グローバルでは中国・ASEAN地区の市場が勢いよく伸びている。Neusoftの劉董事長や東忠ソフトの丁董事長がそうであるように、例えば中国現地の有力SIerは日系有力SIerとの協業に前向きであるケースが多い。日本の技術力への期待や、20年余りにわたってオフショア開発で築いてきた信頼関係がある。日本の情報サービス産業に詳しい北京アウトソーシングサービス企業協会(BASS)の曲玲年理事長は、「日系SIerと関係が深く、かつ中国のユーザー企業のことを熟知する中国地場の有力SIerは数多い」とみる。そして、力強く拡大する中国内需をターゲットとした協業機会がこれまで以上に増えると予見する。
5年後の情報サービス産業は、業界再編や構造改革、グローバル進出が一段と進み、再び成長軌道に乗っていると週刊BCN編集部は予測する。