SMBを狙う
ベンダーの戦略とは SMB市場を攻略するために、すでに動き出しているITベンダーもみられる。製品・サービス、ソリューションではなく、SMB市場に果敢にチャレンジする有力ITベンダーは、どのような戦略を推進しているのか。
プリンタメーカーのSMB戦略
機器販売からの脱皮、サービスへ
日本製紙連合会の「2010年紙・板紙内需試算」によれば、一般オフィスで使われる「情報用紙」は、2009年、リーマン・ショックの影響で前年比8%の割合で落ち込み、2010年は微減するという。事務費の経費削減の動きが顕著になり、コピー用紙の節約、投資信託関連の目論見書などを電子化する動きが活発化した影響が出ている。
コピー・プリンタメーカーの収入源である印刷・コピー用紙やトナーなどの消耗品は、今後、安定的な成長を期待できない。そこで中・長期的な視野で新たな収益モデルの構築に本腰を入れている。その一つが、マネージド・プリント・サービス(MPS)だ。オフィス内のプリンタをアウトソーシングで請け負い、顧客は機器購入の負担が減ると同時に保守・メンテナンスなどのランニングコストを削減できる仕組みだ。世界的にデファクトスタンダード(事実上の業界標準)になりつつある提供方法で、国内各社はここ1~2年でMPSに着手し始めた。
日本を除く世界の売上高が80%ほどあるOKIデータは、すでに海外でMPSの実績を上げている。同社はMPSを国内の従業員500人以下のSMBに本格的に売り込もうとしている。現在、国内のMPS売上高は約10億円。これを14年度(15年3月期)に30億円まで伸ばす計画だ。中里博彦・執行役員は、「機器販売は手離れがいいが、販売した後の収益が得にくい」とみており、従量課金制で継続的な収益が見込まれるMPSを、販売パートナーと共同で推進する方針だ。
OKIデータと同様にページプリンタを主力機として販売活動してきたNECも、サービス展開へシフトする。現在、大手ITメーカーというNECのスケールメリットを利用した「クラウド・プリンティング・サービス」の構築を急いでいる。
プリンタの販売に加え、パソコン、サーバーなどをクラウドで一元化し「いつでも・どこでも安全に印刷できるサービス」(岡田靖彦・パーソナルソリューション販売推進本部長)を展開中で、ワークスタイルの変化に応じたサービス型のプリンタ環境を提供する。
海外進出するSMBを狙うSIer
クラウドで攻める戦略
5年後のSMB市場の成長を見据えたとき、欠かせないのがグローバル市場へ進出した企業への対応である。人口減少が続き、成熟した国内市場に見切りをつけた製造や流通の大手企業は、中国・ASEANをはじめとするアジア新興国へ積極的に進出している。完成品をつくる大手メーカーが中国へ進出すると、サプライチェーンでつながる中堅・中小の製造メーカーは発注元である大手完成品メーカーに続いて中国へ進出するケースがこれまで以上に増える。流通・サービス業でも、大手流通が進出して販路整備が進めば、専門ショップなどSMBの進出がより盛んになるのは必至だ。
海外進出するSMB向けのビジネスで、もう一つキーになるのがクラウドコンピューティングの活用である。SMBは本社事業所でさえ、専任の情報システム担当者を置くことが難しいのが実情であり、ましてや海外事業所で自前の情報システムを運用するのは負担が重すぎる。そこでITベンダーが運営するデータセンター(DC)に格納したシステムをクラウド方式で利用する形態が、向こう5年を見据えたときにSMB向けの提供方式の主流になると思われる。
大手SIerのITホールディングス(ITHD)グループのクオリカは、独自に開発した生産管理システム「AToMsQube(アトムズキューブ)」の中国での中堅・中小の製造業ユーザー向けの販売に力を入れている。その第1号ユーザーとして、11年1月に金属加工の興和工業所の中国山東工場に納入。クラウド方式で提供することで、3か月の短い準備期間で本稼働にこぎ着けた。興和工業所は、11年8月、油圧ショベルの中核部品であるシリンダロッド生産工場を中国で短期間に立ち上げたとして、小松製作所(コマツ)から原価部門グランドパートナー賞を受賞している。
中国山東省にあるコマツ工場の周辺には、興和工業所をはじめとする協力会社が多数進出しており、さらに原価低減に向けた現地調達も進む。クオリカでは、一連のサプライチェーンにつらなる「中国地場の事業所からの引き合いも上々」(クオリカ中国法人の齊藤哲男総経理)として、早い段階で日系企業を含めた中国でのユーザー企業を100社に増やす方針だ。比較的規模の大きいユーザー企業に対しては、ITHDグループのインテックが中国での販売に力を入れている東洋ビジネスエンジニアリングの主力生産管理システム「MCFrame」を、主に客先でシステムを構築するSI方式で販売するなど、顧客規模に合わせて製品や提供形態を柔軟に変えることで需要を掴む。
日立製作所は、中国でのSMB向け生産管理システムとして「WEBSKY-Light(ウェブスカイライト)」をクラウド方式での提供をスタートしている。「わずか1か月で本稼働にこぎ着ける迅速さ」(日立製作所の竹山雄一GEMPLANETソリューション部長兼WEBSKYセンタ長)を売りにして、まずはグループ会社で自動車用イグニションコイルなどを製造する阪神エレクトリックの中国事業所に今年8月に納入。2015年までに中国地場のビジネスパートナーなどと組んで累計800社への販売を目指す考えだ。
製造業分野でグローバル化が進み、クラウドを切り口としたSMB市場が盛り上がってきたのに続き、サプライチェーンの行き着く先である流通小売・サービス業分野でも、今後、同様に市場が活性化することが期待されている。SMB市場は、サプライチェーンのグローバル化と利便性の高いクラウドに支えられるかたちで堅調に拡大していくものとみられる。
失敗から学ぶ
「SMB=SaaS」の誤解 SMB向けIT事業では、「SMBにはSaaSが適している」といわれて久しいが、それで成功しているケースは少ない。「初期投資が少なく、運用の手間も省ける」という謳い文句は、確かにSMBには適合しているはず。それでも、SMBはそれを受け入れていない。なぜか。
経済産業省が主導してつくり上げたSaaSプラットフォーム「J-SaaS」。中小企業にSaaSを売るのがいかに難しいかを説明する時、「J-SaaS」を例に挙げるのが一番わかりやすい。
「J-SaaS」とは、今からおよそ2年半前の09年3月31日にスタートしたSaaS型サービスだ。経済産業省が主導し、税金を使ってつくり上げたSaaSで、国内ISV十数社が協力して26種類ものアプリケーションを用意した総合サービスだ。このプロジェクトに国は約40億円もの大金をつぎ込み、中小企業にITの導入を促進させようと目論んだ。しかし、結果は惨たんたるものに終わった。当初の計画では、サービス開始後1年後の目標は、10年3月末時点で従業員20人以下の中小企業50万社の獲得。しかし、現実には利用本数は1041本で、ライセンスベースでは1662ライセンス。実は、この数字には無償版のユーザーも含まれており、有償版だけをみると、利用本数は174本で、ライセンスでみると344ライセンスしかなかった。
魅力的なアプリケーションを複数用意し、告知も行ってITコーディネータの力も活用し、全国の中小企業にアピールしたはずだった。それなのに、「J-SaaS」はなぜ普及しなかったのか。それは中小企業はSaaSを求めているわけではなかったからだ。「J-SaaS」にアプリケーションサービスを提供し、後に撤退した、あるISVの社長は当時を振り返ってこう話す。「『初期投資が少なくて運用も楽』といううたい文句だけで、中小企業に響くと思っていた。だが、そもそも中小企業はITの利便性や有効性に気づいていない。それ(ITの力)を認識してもらう前に、SaaSというITの提供方法について話をしてしまったために、まったく受け入れられなかったのだろう。中小企業のITに対する意識は、SaaSかオンプレミス型システムかといった議論をする以前の段階だ」と話している。
SMBのユーザーにとって、ITはまだまだ説明が必要なツール。提供方法や価格ではなく、それを使いこなすことのメリット、今の問題がどう解決するかを説明することのほうが重要なわけだ。目的ではなく、手段を先に説明してしまったことが、J-SaaSが失敗した理由。それは何もJ-SaaSだけにあてはまることではないだろう。中小企業のユーザーにアプローチする手法を見つめ直す必要性をJ-SaaSの事例は示している。

J-SaaSのトップ画面。鳴り物入りでスタートしたが、惨たんたる結果だった