iOSやAndroid、Windowsの各OSをベースにしたスマートデバイス(スマートフォンとタブレット端末)関連のビジネスが、法人市場で花開く兆しがみえてきた。しかし、これまでパソコンなどを販売してきた「売り手」は、依然として疑心暗鬼だ。製品・サービスは十分に揃っているのか、パソコンよりも安価なスマートデバイスを売って利益は出るのか──。こうした声に応え、販売する側の視点でスマートデバイスの市場を展望した。(取材・文/谷畑良胤)
タブレット導入、4割超の企業が検討 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の調査によると、iPadやAndroid版のタブレット端末を「導入済み」「試験導入中」「検討中」とした企業は44%に達している。売上高1兆円以上の大企業に限れば74%を占め、この先ますますタブレット端末の導入が増えるのは確実だ。
スマートデバイスの導入は、2011年後半から加速している。先行導入した企業の利用実態がみえてきたことや、タブレット端末の種類が増えたことに加え、セキュリティや業務アプリケーション製品など、利用上必要なプロダクトが整いつつあることも要因だ。
製品・サービスの条件面が整備されつつあることに加え、利用シーンが拡大。昨年前半までは、カタログなどのドキュメントを閲覧するビューワーやグループウェア用の端末での利用が主だったが、BI(ビジネス・インテリジェンス)や顧客管理、在庫管理など、基幹システムと連携した利用が増えてきている。
利用シーンが拡大したことで、「商売になる」と判断したITベンダーは多いはずだ。単なる端末と通信回線の販売を目的とした販売であれば、通信キャリアが担えばこと足りる。しかし、基幹システムと連携したスマートデバイスの活用となれば、サーバーやストレージ、あるいはクラウドコンピューティング環境などの重要システムをいじる必要があるためだ。
ユーザーの利用ニーズが高まり、製販体制も整いつつあるなかで、スマートデバイス・ビジネスは、にわかに花開く時期が来ているといえる。
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利用シーンの拡大
[単純な閲覧から基幹連携にも浸透]
「IDバレー」を掲げるバレーボール全日本女子チームが、32年ぶりに銅メダルを獲得した2010年11月の世界選手権。テレビには、眞鍋政義監督がiPadを手にしながら選手に指示を出すシーンが映し出されていた。対戦する各国選手の傾向や戦術などを、iPadで確認しながら戦況を分析していたようだが、眞鍋監督が閲覧したドキュメントの配信システムには、インフォテリアのスマートデバイス向け社内情報配信サービス「Handbook」が使われていた。
09年6月にiPhone向けのコンテンツ作成・配信・閲覧サービスとして販売を開始した「Handbook」だが、利用社数が急激に伸びたのは、iPadが日本市場に投入されてからだ。インフォテリアの平野洋一郎・社長CEOによれば、2010年度(11年3月期)に比べて、11年度はユーザーの利用容量課金ベースで4倍に拡大。平野社長CEOは、2012年を「ビジネスタブレット元年」と言ってはばからない。「Handbookのビューワーの提供にとどまらず、企業内データの連携の延長線上でビジネスを拡大したい」と、マスターデータ管理(MDM)製品などとの関連製品を市場に投入し、スマートデバイスの需要増に備える。
アップルがiPadを日本市場で発売した10年6月を起点に、中堅・大手のIT先進企業を中心にiPadの大量導入が始まった。例えば、ある国内大手製薬会社は、医薬情報担当者(MR)に数千台のiPadを配布。現在では、多くの製薬メーカーのMRに普及し、対面で医療関係者向けの製品説明用資料などをパソコンではなく、iPadで説明する用途で使われている。しかし、当初、前出の製薬会社は、iPadに不慣れなMRが現場で資料閲覧などに四苦八苦し、医師の心証を悪くするケースが相次いだという。
そこで、この製薬会社の場合は、iPad利用を中心にMRと補助業務をこなす事務職員のワークスタイルを見直し、訪問数拡大へと結びつけた。スマートデバイス導入のコンサルティングを手がけ、製薬会社への支援経験があるイシンの大木豊成社長は、「MRの医師訪問は平均1日3件で、1件あたり90分を要する。それ以外は、調べごとなどをする待ち時間。病院でパソコンを開く場合、イスに座る必要がある。だが、MRは、医師を待つために立って時間を過ごす。このときに、スマートデバイスは役に立つ」という。大木社長の支援では、MRの訪問件数を1.3倍に伸ばし、自宅作業を軽減した案件があると話す。経営トップの判断で一気に導入した先駆事例の失敗談を参考にして、最近はスマートデバイスに適した業務への適用を検討したうえで利用する企業が出始めているのだ。
MRの利用もしかり、パソコンを持ち込めない場所でスマートデバイスを使うことができ、IT利活用を促進する起爆剤になる可能性がある。スマートデバイスの企業利用に詳しいデロイトトーマツコンサルティングの八子知礼テクノロジー・メディア・テレコミュニケーションズパートナーは、「ITに馴染みが薄いブルーカラー層や低ITリテラシーの業務領域にスマートデバイスが普及し、国内企業の労働生産性を引き上げる要因になる」と話す。例えば、建築現場で現場監督は、職人の勤怠管理や日々の原価管理などを行う。普通は会社に戻ってからパソコンで記入・報告するが、これを業務の合間にスマートデバイスを使ってこなすことが可能になる。
八子氏はこれ以外にも「暗い場所では、マニュアルを高照度のデバイスで読みこなしながら作業できるなど、これまでパソコンを持ち込めない領域の生産性を高めるデバイスになる」と、中小企業でも用途に応じて利用が進むとみる。
だが、現段階では「ビューワーやグループウェアなどの情報系に導入が限られる。業種・業態向けのユーザーインターフェース(UI)も増えたが、指タッチで使うには、まだ陳腐で工夫が必要な機器が多い」(八子氏)と、基幹システムなどと連携した使い方をする領域で利用できるUIとシステムの選択肢が増えることを期待する。
イシンの大木社長も、「現在進行中の案件でiPadをビューワーとして使っている顧客から、売上・在庫管理をリアルタイムに行いたいという要望が出てきた」と、利用の幅を広げようとするユーザーは増える傾向にある。
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