●“お客様”意識が拭えず では、どうしたら激しい逆風下で中国ビジネスを立ち上げられるのか──。図3に示したのは、世界の情報サービス市場の状況と、中国情報サービス市場のベンダー別シェアである。IBMやHP、アクセンチュアの世界大手が名前を連ねる世界ITベンダートップグループには、富士通が堂々と入っており、それに続く第二グループのNTTデータや日立製作所(情報・通信システム事業部門)がトップグループ入りを虎視眈々と狙っている。ひるがえって中国情報サービス市場をみると、世界トップのIBMやHP、アクセンチュアの名前は見えるものの、残念ながら日系ベンダーはまとまったシェアが獲れていない。
当然ながら、中国の「反日感情」だけでは説明がつかない。BASSの曲理事長は「日系ベンダーは、中国市場で“お客様”のままであることが大きい」と指摘する。中国でのオフショアソフト開発がある程度の成功を収めたこともあり、日系ベンダーのなかに、いつまでたっても発注者、つまり“お客様”気分が抜けないというのだ。IBMやHP、アクセンチュアはいち早く中国に土着化し、経営幹部以下、ほとんど中国人が占めるが、日系SIerは彼らほど地場化が進んでいるかといえば、まだギャップがあるといわざるを得ない。中国のユーザー企業が何を望んでいるのか、どんなことが課題なのかを探り当て、いちSIerとして真摯に解決に向かい合うためには、地場で厚みのある人材育成が欠かせない。
日系SIerが、中国の欧米トップベンダーに比べて有利な面もある。逆説的だが、日系SIerがこれまで“お客様”として綿々と中国にソフト開発を発注してきたことで、中国には日本式のソフト開発の手法や業務アプリケーションの仕組みを熟知し、かつ漢字を通じて日本語をある程度理解する人材を多く育成してきた。ガートナー ジャパンの調べによれば、大連に7万人、北京に4万人、上海に3万人の規模で、こうした日本式の情報システムに関するスキルをもつ人材層が形成されている。これは、札幌や福岡に相当する人材規模であり、日中情報サービス業にとっての貴重な共有財産でもある。
●中国には厚い人材層がある 
中訊軟件集団
時崇明
董事高級副総裁 日系SIerとの関係が深い中国有力SIerは、思いつくだけでも東軟集団、中訊軟件集団、大連華信計算機技術、東忠集団、広東華智科技と数多い。それぞれが日系SIerと太いパイプをもっている。大連、北京、上海だけでも14万人規模の人材層が存在するからこそ、日本のオフショア開発の8割方は中国に発注せざるを得ない状況にある。逆の見方をすれば、こうした人材力を中国地場市場におけるビジネスにつなげられれば、欧米トップベンダーとは異なる方式で中国市場の開拓につなげることができる可能性が高い。
対日オフショア開発をメインとして成長してきた中国SIerは、往々にして中国市場における営業力が弱い側面がある。だが、日本の中国オフショア開発の発注額が徐々に回復してきているとはいえ、日本国内市場の成熟度の高まりに伴い、今後大きく伸びるとは期待しにくい。対日オフショアを手がける多くのSIerは、成長途上である中国市場を重視する動きを強めており、中国地場市場への食い込みを狙う日系SIerと方向性が一致する。
中訊軟件集団も中国市場でのビジネス拡大を進める1社であり、「将来的には日本向けと中国向けの売り上げ構成比を半々にする」(時崇明・董事高級副総裁)と、対日オフショアが多くを占める現在の売上構成比を変えていく方針を示す。
日系SIerがもつノウハウと、中国主要都市で多くの人材や開発拠点をもつ中訊軟件集団のような地場有力SIerのリソースを組み合わせることで、中国地場ビジネスでのチャンスは大きく広がる。懸念材料の政治摩擦や反日感情の高まりに遭遇しても、日系SIerのビジネスパートナーである中国地場SIerが前面に出てきて、中国地場ユーザー企業とコミュニケーションを図ることで、中国ユーザーは安心して発注できるという構図を期待することができる。
日系SIerが単独でビジネスを展開できれば、確かに儲けはすべて自分のものにできる利点はある。だが、ビジネスパートナーと組むことは、利益は折半となるが、一方でリスクも折半できる。日中の政治摩擦が続くが、日系SIerと二人三脚でビジネスを展開するビジネスパートナーの存在は大きなアドバンテージになる。
【epilogue】
産業構造の転換が進む中国
欠かせない日中双方の英知と努力
中国経済全体でみれば、成長鈍化の傾向が強まってきている。高度成長の歪みを是正するための調整期ともみられており、数年続く可能性も指摘されている。中国のGDP構造を大きく製造業系とサービス業系に分けるとすれば、その比率は6対4で製造業系が多くを占める。しかし、向こう20年の産業構造の転換によって医療や年金、教育などサービス業系が増えて、比率が逆転する見通しだと北京アウトソーシングサービス企業協会(BASS)は分析する。
20年後は今の米国のサービス業系のGDP規模と中国のそれは同程度になり、労働集約型の産業構造からの転換によって、ITの活用度合いも一段と高まる。中国市場は日本の情報サービス業にとって有望市場であることに変わりはないという見立てだ。
政治的な摩擦が絶えない状況にあって、中国市場の開拓は難しいが、日中双方の情報サービス業の英知と努力によって乗り越えていくしかない。