医療連携ネットがカギを握るスマートデバイス活用も本格化
医療ITビジネスのカギを握るのが、地域医療連携ネットワークシステムだ。地域全体で医療情報を共有することで、検査や投薬の重複を排除したり、診療所の端末から過去の他病院での治療履歴を参照したりすることが可能になる。さらにはクラウドやスマートデバイスを活用して、今後拡大が見込まれる訪問医療や介護を支援するシステム開発も活発化している。
●地域連携で医療費を削減 NECの医療連携ネット「ID-Link」ユーザーの広島県のある地域医療連携ネットワークは、検査の重複を極力なくすことで2012年度は前年度比17%も当該地域での検査費用を削減することができた。投薬にかかる費用も4%削減するなど、「大きな成果を上げている医療連携ネットが増えている」(NECの岡田シニアマネージャ)と話す。広島の成功事例のような削減幅は望めないにしても、前年度に比べての増加率がゼロ、あるいは伸び率を抑制するだけでも、地域の加速度的な高齢化の厳しい現状を考えれば成果があるといえる。
こうした医療連携ネットの成果は、病院や診療所、薬局、介護事業者など医療・介護業界のIT活用率の向上を後押ししている。医療・介護業界は医師を頂点として、看護師、薬剤師、介護支援専門員(ケアマネジャー)など、さまざまな有資格者によって構成されている。ベッド数200床以上の大規模病院から200床未満の中小規模病院、地域の診療所、薬局、介護施設の規模や種類も多様だ。医療連携ネットの考え方は、基本的には診察券1枚で、診療所や病院、薬局、どこへ行っても均質なサービスを受けられるようにするものなので、医療費の抑制だけでなく、患者にも多大な利便性を提供することになる。
とはいえ、情報を共有するにはIT化が欠かせない。医療連携ネットによって、診療や処方、検査情報を地域全体で共有し、具体的な成果が出てくるにつれて、中小病院や診療所でも「情報を発信して、共有したい」というニーズが顕在化し始めている。病院から発せられる情報をウェブブラウザなどを通じて参照することは可能でも、自らがIT化しなければ、こちら側から情報を発信することは難しいからだ。
●いまだに低い電子カルテ普及率 
日立メディコ
渡部 滋
本部長 日立メディコの推計によれば、ベッド数200床以上の大規模病院の電子カルテの導入率は7割ほどに達しているが、200床未満の病院や診療所では30%前後に過ぎない。医療連携ネットをみても、大病院の情報を診療所が参照する構図が大勢を占める。今後、中小病院や診療所からの情報発信が活発化すれば、地域の医療サービスの水準が一段と向上するのは間違いない。
富士通の医療連携ネット「HumanBridge」では医療情報の標準規格「SS-MIX」準拠のストレージサービスを提供しており、ここに診療所の電子カルテのバックアップを取るとともに、必要に応じて他の病院や診療所もこの電子カルテにアクセスできる仕組みを開発している。つまり、電子カルテをDCでバックアップを取るBCP用途と、「SS-MIX」準拠による情報共有を兼用することで、バックアップ程度のコストで医療連携ネットへの情報公開を可能にする仕組みだ。
情報発信には最低限、電子カルテの導入は必須になる。全国数千の中小病院、約10万の診療所の電子カルテ普及率30%前後の現状を考えると、まだまだビジネスが伸びる余地は大きい。日立メディコグループは、中小病院と診療所をメインターゲットとして電子カルテの販売に力を入れる。昨年度(13年3月期)から今年度(14年3月期)にかけての中小病院向け電子カルテ受注案件数は、「前年度比ほぼ倍の勢いで推移している」(渡部滋・メディカルITマーケティング本部長)と好調だ。今後はビジネスパートナー経由での販売比率を高めることを検討している。
●「訪問医療」をクラウドで支援 
エス・アンド・アイ
野呂秀明
担当部長 エス・アンド・アイは、診療所をターゲットとしてクラウド型の「Karte Cloudサービス」と日医標準レセプト準拠の「ORCAクラウドサービス」を展開しており、ここ2年ほどの間で約50診療所をユーザーとして獲得してきた。
エス・アンド・アイはユニファイドコミュニケーション領域で豊富な実績をもつSIerだ。診療所向け電子カルテについてもスマートデバイスを活用して、訪問医療先からも参照できるだけでなく、その場で入力した情報は診療所の看護師やスタッフとも即座に共有することができる仕組みを提供している。同社の野呂秀明・営業開発本部担当部長は、「国の方針もあって、今後は訪問医療への対応ニーズが高まる。当社のユニファイドコミュニケーションの技術を医療分野にも積極的に応用していく」と、電子カルテとクラウド、スマートデバイスを組み合わせたサービスを展開することを明らかにしている。ビジネスパートナー経由での販売を主体として、向こう2年でユーザー数を今の4倍に相当する約200診療所に増やす方針だ。

キヤノンITSメディカル
木野本務
社長 訪問医療の領域は、キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)グループのキヤノンITSメディカルも重要視している。富士通の診療所向け電子カルテでトップクラスの販売実績を誇る同社は、「スマートデバイスを活用した訪問医療支援システムは、今後確実に市場が拡大する」(木野本務社長)とみており、キヤノンMJグループが強みとするDCを活用するクラウドサービスやスマートデバイスを駆使するサービス拡充に取り組んでいく。診療所向け電子カルテやレセコンの販売も好調で、今年度(2013年12月期)は「受注ベースで2ケタ増を見込む」(同)と好調ぶりを語る。
●コンサルで病院経営を黒字化 
KCMC
森田直行
会長 他のSIerとは異なるアプローチで医療ITビジネスに挑むベンダーも存在する。京セラの「アメーバ経営」を継承するコンサルティング会社のKCCSマネジメントコンサルティング(KCMC)は、厳しい経営環境に置かれている病院のコスト構造に着目。2007年から本格的に始めた病院経営のコンサルティングサービスは年間5~6病院の受注で推移してきたが、ここへきて年間10病院ほどの受注へとペースアップしている。森田直行会長は、「これまでコンサルティングしたおよそ30病院はすべて黒字化を実現した」と胸を張る。
病院は医師を頂点として成り立っているが、同時に小さな診療科がたくさん集まり、さらに治療や検査、調剤、入院、リハビリなど、病院の各セクションが連携して機能する組織でもある。しかし、医療費は医師が診断したレセプトの点数をベースに支払われることから、各セクションのコスト構造がみえにくかった。そこで、小集団の分別採算を基本とする「アメーバ経営」を適用することで利益を出しやすい仕組みに変える。
具体的には、これまですべて診療科に割り当てられていたコストを、「院内協力対価」という名目で診療科以外の放射線科や薬剤科、病棟、リハビリ科などの各部門に割り当てて原価管理表を作成。定期的にコスト管理をチェックする仕組みを導入することでコスト意識を高める。例えば、病棟で午前中に患者が退院する。これまでは日次でベッドの空きを管理していたので、次の患者の入院は早くても翌日だった。これを午後に入院できるように工夫し、かつ医師にも午前退院と午後入院がうまくつながるよう病棟側と連携するなど、「細かいところでコストを削減する工夫が生まれるようになった」と、アメーバ経営にもとづくコンサルテーションの成果を披露する。
変化はチャンス
数少ない成長市場をものにする

NTTデータ
富田 茂
室長 少子高齢化や医療水準の向上に伴うコスト増、毎年およそ1兆円ずつ増える国民医療費、厳しい病院経営──。日本の医療制度は、このままではさらに混迷の度合いを深めてしまう可能性が高い。そこで求められるのがITを活用した地域ぐるみの変革である。患者を地域全体で受け止め、重症化させない予防医療を重視するという考え方だ。在宅医療・介護も広がりをみせる。
レセコンや電子カルテの分野でNECや富士通などメーカー系ほどシェアをもたないSIer最大手のNTTデータではあるが、「クラウドをベースとするネットワークサービスといった新しい医療ITの領域はまだ立ち上がり始めたばかり」(富田茂・ヘルスケア事業部戦略企画室長)とみて、今後、医療ITで大きくビジネスを伸ばす可能性を感じている。
調査会社のIDC Japanは、国内ヘルスケア関連IT市場の2017年までの年平均成長率を1.8%、2017年の市場規模は1兆913億円と予測している。国内IT市場の成熟度合いが増すなかで数少ない成長市場であるとともに、NTTデータの富田室長が指摘するように“立ち上がり始めた”ばかりの市場でもある。医療・介護という国民生活に不可欠な領域でITをもっと積極的に活用していくことが求められている。