ITベンダーがAR(拡張現実)関連のビジネスを拡大しようとしている。きっかけは、ARを使ったサービスを体験するコンシューマの認知度が高まったことにある。また、AR関連システムを導入してサービスを提供しているユーザー企業が、マーティングや営業支援の面で有効活用できると認識し始めていることも大きな要因だ。こうした動きに呼応して、ITベンダー各社は新規顧客の開拓に向けて新しいサービスやビジネスモデルの構築に動き出しているところだ。(取材・文/佐相彰彦)
ARっていったい何だ?
「Augmented Reality」の略で、日本語では「拡張現実」と訳される。CG(コンピュータ・グラフィックス)などでつくった仮想現実を現実世界に反映(拡張)することを指す。ディスプレイに映し出した画像に、バーチャル情報を重ねて表示することで、より便利な情報を提供することができる。スマートフォンやタブレット端末などスマートデバイスを使って画面上に建物や看板を映し出すと、文字や画像、音声などの付加情報が重ねて表示される。スマートデバイスの普及と、頓智ドットが無償で提供したソフト「セカイカメラ」によって、コンシューマ市場で一気に認知度が高まった。
以前は、AR自体にインパクトがあってサービスを提供すれば注目を集め、さまざまな場面でサービスが提供されていたが、今はインパクト性だけではコンシューマが興味を示さなくなっている。したがって、例えばイベントや観光などでは、テーマに関連した価値の高い情報を提供することがポイントになる。
ARサービスをコンシューマ向けに提供するユーザー企業は、質の高いコンテンツの作成に力を入れており、コンテンツを簡便に提供できる仕組みを求めている。こうしたニーズに対応するために、ITベンダーはSaaSなどクラウドでARサービスを簡単に導入できることを提案し、ビジネスとして実を結ぶようになってきている。
またARに類似するものとして、現実世界と仮想世界の情報を融合させる「MR(Mixed Reality、複合現実)」がある。MRは、目の前に3Dデータがあるかのように見えるだけでなく、触ることや動かすこともできる。専用のヘッドマウントディスプレイ(HMD)に装備されたカメラで撮影した写真データと3DのCGを組み合わせることによって実現する。製造業の生産工程でのコスト削減に適しているといわれている。【市場動向】
市場は拡大傾向
2015年には1800億円を見込む
国内AR市場が拡大している。黎明期といわれた2008年は、そのインパクトの強さだけが先行していたが、技術の進化や低価格化とともに、13年には市場が花開く可能性がみえてきた。18年には、多くの業種やシーンで使用頻度が高まり、AR関連のシステム・サービスを導入するユーザー企業とサービスを受けるコンシューマともに、誰もが意識せずにARに触れるフェーズに入るとの予測が出ている。

シード・プランニング
荒川信行
主任研究員 調査会社のシード・プランニングが2010年時点で発表したところによると、09年に約200億円規模だった国内ARサービス市場が15年には1800億円まで拡大すると予測している。3年が経過した現在、再調査を進めており、実際の市場規模がどれくらい変化しているのかを詰めている段階だが、「15年の市場は、3年前に調査した時とほぼ変わらない規模に拡大するだろう」と、荒川信行・リサーチ&コンサルティング部エレクトロニクス・IT/メディカル・ヘルスケアチーム主任研究員は説明する。なお、10年に発表した時点で、12年に約770億円、13年に約980億円、14年に約1380億円と予測。これらの数値も、「ほぼ変化がない」とコメントしている。
市場が右肩上がりに推移しているのは、ARを採用する業種が広がっているからだ。08年に立ち上がり、09年の時点でエンタテインメントや放送、地図ナビなどの業界でARを使ったサービスが始まった。荒川主任研究員は、「この時期は、インパクトが強く、開発するだけで価値の高いサービスと認められたといえる。しかし、サービス提供側はコンシューマから対価を得ることができず、システム構築にかけたコストと比較した場合、実ビジネスに結びつけるのは難しい状況だった」と分析する。
黎明期から5年を経て、13年はITベンダーがシステムやサービスを低価格にシフトしたことによってユーザー企業の業種に広がりがみられるようになってきた。それだけでなく、ユーザー企業がARサービスによって獲得した顧客情報のデータをマーケティングに生かすなど、間接的にビジネスを創出する動きも出ている。
荒川主任研究員は、「サービスを提供する側は、コンシューマユーザーを増やすためにコンテンツや仕かけなどに工夫を凝らさなければならないが、ビッグデータの活用に期待が高まるなかで、ARが重要なツールになる可能性がある」と指摘する。こうしたことから、18年には多くの業種で活用されるだろうと予測している。以下、ITベンダーのARビジネスの現状、課題、将来像を探った。
【現状】
観光やイベントで案件が増加
大手製造業の導入が相次ぐMR
現状、AR関連の導入例で多いのが、観光やイベント関連だ。来訪者や参加者の増加を狙いとしている。新しい動きとして、メーカーが販売促進のために使うケースも現れている。ユーザー企業の導入の決め手になるのは、低価格で管理がしやすく、期間を限定して使えるクラウド・サービスだ。また、ARの進化形といわれるMRが、コスト削減や生産性向上を目的に大手製造業を中心に導入されている。
AR関連のシステムやサービスを導入するのは、地方自治体や観光協会が街の観光客に付加価値サービスを提供するために導入したり、イベント運営会社が展示会やイベントを活性化させたりするために使っているケースが多い。サービスを受ける利用者の興味を引き、観光やイベントのリピーターを獲得することを目的としている。ARはその目的を満たすものと捉えて、関連のシステムやサービスの提供に積極的な姿勢を示すITベンダーが出てきている。
その一社がTISだ。同社はクラウド型の「SkyWare」の提供を11年7月に開始した。これまで地方自治体を中心に、全国30か所の観光地をユーザーとして獲得した実績がある。「SkyWare」は、GPS位置情報に紐づけてARコンテンツを配信している。スマートフォンやタブレット端末を用いて、街の探索に適したルートを地図画面で表示することができるだけでなく、利用者がAR画面で目の前の景色に向けてデバイスをかざすと、施設の名称や現在地の距離を現実の風景と重ね合わせて表示することができる。また、移動軌跡の情報も収集できる。
TISは、AR関連を新規ビジネスと位置づけて、新しいソリューションを創造するアドバンストソリューション事業部アドバンストソリューション事業統括部のなかに位置情報ソリューション推進室を設置した。西部一英室長は、「1年間の利用で基本料金を150万円に設定しているが、期間限定の利用にも対応している。これがユーザー企業を増やしている要因」と説明する。また、クラウド・サービスなので、サービス開始までの導入期間が約3か月間と短期間で、管理が容易である点もユーザー企業の増加を後押ししている。
NTTコムウェアは、昨年9月、SaaS型ARサービスとして「SmartCloud イメージベースAR」の提供を開始した。このサービスは、画像認識技術を活用したソフト「イメージベースAR」をクラウド上で提供するもので、スマートフォンにインストールしたアプリケーションでポスターや雑誌などの写真を撮影すると、あたかもその写真が動き出したかのように関連動画が流れ出す。価格は、最少構成で14万円からに設定。これまでユーザー企業として、新聞社や観光協会、コンシューマ向け製品を提供するメーカーなどを獲得した。
岸本一成・エンタープライズビジネス事業本部営業統括部プロダクト営業担当課長は、「2次元データを読み取るマーカー型と比べて画像認識のほうが精度が高く、サービス利用者が使いやすいので、販売促進につながったとの評価を得ている」と、認識率の高さをアピール。同社のほうから企業に対して導入のアプローチをかけているほか、「最近では、企業からの問い合わせが多い」と自信をみせている。

HMDを使ってMRを体験できるキヤノンITソリューションズの「MREAL」 現実世界と仮想世界の情報を融合させたMR関連システムは、製造業が導入しているケースが多いようだ。キヤノングループでは、MRシステムとして「MREAL」の提供を昨年7月に開始。キヤノングループで販売とシステム構築を担っているキヤノンITソリューションズの新井三鉉・MR事業部長は、「自動車関連で大手4社、教育関連で大学の研究所に提供した」と実績を語る。
現在、ユーザー企業の32%が製造業で、次いで教育機関が29%を占める。売上高1000億円以上の大手企業を中心に新規顧客を開拓している。価格は1システムあたり1000万円程度に設定しているが、「ユーザー企業からは、実際に試用品を製造する手間やコストが省けて、費用対効果が高いと評価していただいている」という。ユーザー企業は、現在、100社弱で決して多いとはいえないが、「現段階では1案件の受注額が高く、ビジネスとして成立しつつある」と、今後の展開に期待している。
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