一進一退が続く国内情報サービス市場において、SIerのビジネスモデルが再び大きく変わろうとしている。本特集では、グローバル、ソフトウェア開発、クラウドの大きく3項目のテーマで主要SIerの取り組みをレポートする。グローバル進出の一段の加速やソフト開発の自動化、クラウド活用の高度化で、SIerのビジネスモデルはどう変わろうとしているのか。多様化するSIerのビジネスを追った。(取材・文/安藤章司)
大手SIerの海外進出が勢いを増している。NTTデータが中南米への進出を本格化するのをはじめ、これまで主な進出先を中国としていた他の主要SIerは、ASEAN方面への展開を加速している。中国でのオフショアソフト開発も、現地の人件費高騰や人民元の上昇によって新しい開発形態へとシフトしつつある。一方、国内市場は全般的に追い風は吹いているものの、大幅な成長は見込めない状況が続いている。
【Theme 1】グローバル
●トップは中南米に本格進出 
NTTデータ
岩本敏男
社長 情報サービス業界を取り巻く環境は大きく変わりつつある。2013年を振り返ってみると、グローバル進出で最も大きな動きを示したのは、業界最大手のNTTデータだ。10月末にスペインの年商800億円規模の大手SIer「everis Group(エヴェリスグループ)」をグループに迎え入れることを発表するとともに、年商約150億円余りの米オプティマル・ソリューションズ・インテグレーションのグループ化を11月に発表。この2社だけで1000億円近い売り上げ増となる見込みだ。
NTTデータは、2015年度(2016年3月期)の海外売上高の目標を3500億円としているが、2014年3月期のグローバルビジネス売上高は2900億円の見通しなので、単純合算ベースで計画よりも1年前倒しで目標を達成できる可能性が高い。年商規模が大きいエヴェリスグループの従業員数は約1万人で、中南米に多くの拠点をもっている。NTTデータの岩本敏男社長は、「中南米市場への本格的な進出の嚆矢となる」と、期待を高める。
中国・ASEAN地域のビジネスも大きく様変わりしている。一つは中国オフショアソフトウェア開発の刷新と、もう一つはASEANへの拠点展開の強化だ。中国の人件費高騰や人民元高が続いており、もはや従来の労働集約型の中国オフショアソフト開発が成り立ちにくくなっている。そこで主要SIerは、仮想開発環境上で日中のSEが共同でシステムを開発する新しい手法や、人件費が比較的安定している内陸部での開発比重の拡大を進める。
日中の政治摩擦が断続的に起きている状況にあって、中国での大規模なM&A(企業の合併と買収)や積極的な営業拠点の展開は抑制気味となっている。NTTデータも2016年3月期に向けた中期経営計画のなかで、北米と欧州、中南米はM&A絡みも含めて大幅な成長を見込むが、巨大市場である中国での成長については保守的な見方をしている印象だ。その一方で、中国ほど大きくはないが、高度成長が期待できるASEANでのM&Aや拠点拡充は急ピッチで進んでいる。
●ASEAN地域が競争の最前線に 今年10月にインドネシア・ジャカルタとタイ・バンコクに拠点を新設し、ASEAN地域の拠点数が計4拠点となったITホールディングス(ITHD)グループのTISは、ITインフラやERP(統合基幹業務システム)を軸にビジネスの拡大を図る。TISにとって実質的に初の海外ビジネスだった中国ビジネスでは、経験不足もあって、今のかたちになるまでおよそ10年あまりの歳月を要した。だが、「ASEANでは4~5倍の速度でビジネスを根づかせる」(丸井崇・海外事業企画室長)と、スピード感をもって取り組む。
具体的には、ITインフラの代表格であるクラウドサービスの立ち上げ、TIS本社の事業部門と海外拠点の一体的な運営、グループ会社などを通じてベトナムでのアウトソーシングやオフショアソフト開発拠点の拡充──の三つを、ほぼ同時に成し遂げようとしている。
クラウドは、インドネシアでTIS独自の「Cloud Berkembang(クラウド・ブルクンバン)」のサービス提供を今年8月にスタート。ベトナムでは、ITHDグループのアグレックスがベトナム大手SIerのFPTソフトウェアと合弁でアウトソーシング拠点を開設。直近では100人規模の人員で、2015年をめどに500人規模へ拡充する予定だ。
海外拠点は単独採算で捉えるのではなく、あくまでもTIS本体の事業部門と一体のものとしての運用を徹底する。そうでないと、海外では単なる体力のない中小企業になってしまうからだ。「ASEANの営業拠点はまだ少人数だが、これは先遣隊という位置づけ。この背後に数百人、数千人の事業ラインが控えている」(TISシンガポール法人の山本学社長)と、事業部の露払い的存在だと話す。
こうした事情から、後続の事業部門が進出しやすいよう、まずはITインフラの「Cloud Berkembang」を立ち上げ、その後、このITインフラ上で稼働するERPにビジネスを発展させていく段取りをとる。中国では1989年にオフショアソフト開発を本格化させ、2003年にTIS上海法人を開設、2010年に天津でデータセンター(DC)を開業した。今、このDCでは、インドネシアの「Cloud Berkembang」の姉妹サービスともいえる「飛翔雲」クラウドサービスが稼働している。ASEANではこれら中国での経験を踏まえ、今年、ほぼ同時期に凝縮して展開しているのだ。
【Theme 2】ソフトウェア開発
●中国とどう向き合うか 「2013年はもう少し勢いがあってもいいはずなんだが……」。情報サービス産業協会(JISA)の幹部は、経済産業省「特定サービス産業動態統計」を見ながらつぶやいた。この統計をベースにしてJISAがまとめている情報サービス産業の売上高推移は、「伸びが期待できる」とされた2012年、2013年と、前年同月比でほぼ一進一退が続いている。リーマン・ショック後のような落ち込みこそみられないものの、大きく伸びる様子もみえず、国内市場の成熟度合いが増していることを印象づけるものである。
こうした状況のなかで、国内SIerが売り上げや利益を伸ばすには、M&Aを行うか、コストを下げる、生産力を高めるなどによって競争力を強めるしかない。主要SIerは主に中国の割安な人件費を活用する「中国オフショアソフト開発」によってコストを下げてきたが、今となっては割安どころか、ブリッジSEなどの諸経費を入れると、日本の地方都市のSE単価よりも割高になることもあるほど。従来型の中国オフショアソフト開発はもはや成り立ちにくくなっている。そこで、主要SIerは生産性を高めるためのソフト開発の自動化や、より安い人件費を求めて中国の内陸部や、ASEANのベトナム、ミャンマーに活路を見出す動きが活発になっている。

TISシンガポール法人の山本学社長(左)と、TISの丸井崇・海外事業企画室長 新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)は、中国主要拠点である上海のSE単価上昇を踏まえ、内陸の武漢にオフショアソフト開発拠点を開設。すでにある大連の開発拠点と日本の4地域を結んで仮想開発環境「SDCクラウド」を拡充する。NSSOLが独自に開発したクラウドサービス「absonne(アブソンヌ)」上に構築したもので、複数拠点のSEが仮想的に一つの開発プラットフォーム上で開発作業を進められるのが特徴だ。似た仕組みとして、インテックは仮想共通開発基盤「ezPlatform」で武漢と大連、上海、日本を結び、NTTデータはソフト開発の自動化プラットフォーム「TERASOLUNA(テラソルナ)」を日中間で適用している。
ソフト開発は、大きく分けて設計→製造(コーディング)→試験(テスト)の工程に分かれる。従来は最も人手が必要で、しかも付加価値の低い製造工程を人件費の安い中国へ委託してきた。このやり方が通用しなくなったので、仮想環境上で設計から製造、試験まで日中共同で分け隔てなく行うというのが基本的な考え方だ。同一労働・同一賃金ではないが、付加価値の高い仕事をすればそれだけ高い報酬が得られる。どうしても労働集約的な作業が発生する場合は、中国内陸部かASEANで行うというスタイルが定着しつつある。
中国地場SIerの動き――合従連衡が急ピッチで進む

曲玲年理事長 中国オフショアソフト開発を巡っては、中国の内部に新たな動きがあった。今年11月に、中国主要都市で主にオフショアやニアショアソフト開発などを手がけるアウトソーシングサービス団体が、初の全国連合会「中国信息技術服務与外包産業連盟」を立ち上げた。初代理事長に選出されたのは、日本の情報サービス業界にも精通している北京服務外包企業協会(北京アウトソーシングサービス企業協会)の曲玲年理事長。2014年には、連合会からさらに格上げして「中国服務外包協会(中国アウトソーシングサービス協会)」の創設準備を進めている。
中国のアウトソーシングサービス業界は、これまで地方団体はあったものの全国団体は存在しなかった。中国を代表する全国団体を発足させることで国との交渉力を高めるとともに、全国規模でアウトソーシングサービスの技術水準の向上、沿岸部と内陸部の連携強化などを進めていくものとみられる。中国信息技術服務与外包産業連盟の初代理事長に就任した曲玲年理事長は「日欧米からの受注拡大に加え、中国国内でのアウトソーシング案件の受注増にもつなげる」と、海外と中国国内を両翼と捉えて中国ITアウトソーシング産業の振興に努める考えだ。
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