SIerがシステム構築の大工さんなら、C(loud)Ierは、クラウド時代の料理人である。アマゾンやグーグルの各種クラウドサービスを組み合わせて、ユーザー企業にぴったりのかたちで提供し、導入後の運用も手がける。クラウドに特化した構築は新しいビジネスなので、プレーヤーの数はまだ限られているが、このところ、社員数30人前後の小規模なCIerが技術力を発揮し、売り上げを伸ばしている。小規模だからこそ強い、彼らの成功の秘訣は何か──。CIer各社のビジネスモデルや事業拡大に向けた取り組みを取材し、その答えを探る。(取材・文/ゼンフ ミシャ)
1分でわかるCIの市場動向
調査会社IDC Japanは、クラウドインテグレーションを(1)「プロフェッショナルサービス」(コンサルティングやSI)、(2)「マネージドサービス」(運用管理の支援)、(3)「サポートサービス」(IT教育など)に分けて、市場動向を調べた。それによると、とくにプロフェッショナルサービスの高まる需要にけん引され、国内のクラウドインテグレーション市場は2012年の1528億円から、17年までに5793億円に伸びると予測している。12~17年の年平均成長率は30.5%だ。
市場の可能性をものにするには、ITベンダーのクラウド構築力が問われる。IDC Japan ITサービスの松本聡・リサーチマネージャーが「サービスベンダーの事業規模にかかわらず、強いベンダーは『より強く』、特徴をもたないベンダーは急速に競争力を失って淘汰の危機を迎える」と警鐘を鳴らすように、ITベンダーは、特定の業種のニーズに精通するなど、専門スキルを磨くことが求められている。
苦労と決意でつかんだ新規事業
クラウドの「化学式」を知れ
「お客様は当社に『のどが渇いている』と声をかけてくる。その要請を受けて、当社のエンジニアは、水素と酸素を適切な量で結合させて、水としてお客様に届ける」。
アマゾンウェブサービス(AWS)の構築を手がけるサーバーワークスの大石良代表取締役は、クラウドインテグレーションのビジネスを化学にたとえる。実際、コンピューティング資源を1時間10円からの低価格で利用できるAWSは、アプリケーション実行基盤「Amazon Elastic Compute Cloud(EC2)」や分散データベース「Amazon SimpleDB」など、20以上のサービスで構成されている。さらに、これらの多くが英語版だけで提供されることもあって、個々のサービスをシステムに料理するには、高度なスキルが必要だ。そんな状況にあって、ユーザー企業はクラウド構築・運用をプロ集団であるCIerに発注することが増えている。
●「おもしろい」を訴える 調査会社のIDC Japanは、クラウド導入のコンサルティングを行ったり、構築や運用を手がけたりするクラウドインテグレーションの市場は、2012年の1528億円から17年までに5793億円に拡大すると予測している。こうしてクラウドインテグレーションが活性化している裏に、CIer各社の苦労と決意がうかがえる。サーバーワークスは、10年に、AWSを日本語で操作でき、バックアップなど運用機能も備えた独自ツール「Cloudworks」を投入し、クラウド構築事業を本格化。ところが、電話をかけたりメールを送ったりする従来の営業スタイルがうまくいかず、初年度の受注実績はわずか2件──大赤字だった。

サーバーワークス
大石良
代表取締役 それでも諦めなかった大石代表取締役は、ホームページやソーシャルメディアで情報を発信し、問い合わせを受けることにつなげる「プル型営業」に切り替えた。雲(クラウド)のイラストを取り入れたポップなデザインでAWSの活用事例を紹介し、クラウドの「おもしろい」を訴求することに力を注いできた。その戦略が実を結び、2012年の売り上げは前年の8倍に増加した。東日本大震災の後に日本赤十字のインフラをAWSに移行する案件を受注したのをきっかけに、「クラウド構築事業がブレイクすると確信した」(大石代表取締役)という。
小規模企業のサーバーワークスでは、20人ほどのエンジニアがAWSの構築に携わっている。とても大手のシステムインテグレータ(SIer)に勝てる数ではないが、同社のエンジニアの多くはいわゆる「クラウドネイティブ」である。エンジニアのキャリアをスタートした時点からAWSに特化してプログラミングなどのスキルを身につけ、誰よりもクラウド構築に精通している人材だ。
大石代表取締役は、「クラウドインテグレーションは、従来SIのように、たくさんの人が携わるわけではない。だから、大手とか小規模とか、ITベンダーの大きさではなく、多くのサービスを組み合わせるための化学式をどれだけ知っているかが勝負を決める」として、自社の技術スキルに自信をみせる。
売上減少を踏み越えて軌道に乗せる
経営者の覚悟が企業の進路を決める
クラウドインテグレーションは、一つひとつの案件の利幅が薄く、ボリューム販売がカギを握る「薄利多売」のビジネスだ。ここでは、サーバーワークス、アイレット、グルージェントの中小CIer3社と、大手ベンダーとしてクラウドインテグレーションの体制を整えた富士通の取り組みにスポットを当てて、各社のビジネスモデルや進んでいる業務提携を紹介する。
サーバーワークスは、もともと大学向けの合格発表システムの開発を事業の柱としていた。合格発表システムは、発表直後にアクセスが集中し、一定のごく短い期間のために、数多くのサーバーを用意する必要がある。その効率の悪さに不満を抱いていたサーバーワークスの大石代表取締役が目を向けたのは、クラウド型でコンピューティングリソースを提供するAWSだった。2008年、AWSのライセンス販売に乗り出すが、「当時はまだ、CIerになるとは想像もしなかった」(大石代表取締役)と振り返る。
AWSやGoogle Apps、Salesforceなどのクラウドサービスが生まれた米国では、ユーザー企業がライセンスを購入し、自社でクラウドを構築するのが主流だ。一方、日本ではITをアウトソーシングする考えが深く根づいていて、クラウドの普及が進んでいる現在も、自社で構築を行う企業が少ない。サーバーワークスは、2010年後半から、「クラウドの構築をサポートしてほしい」との要望を受けるケースが増えてきて、支援ツール「Cloudworks」を投入し、クラウドインテグレーションへの参入に至ったという経緯がある。
クラウドインテグレーションに参入するにあたって、経営者は強い覚悟をもつことが重要だ。クラウド構築は、案件の規模が従来型SIに比べると小さく、薄利多売のビジネスになるからだ。そのため、立ち上げ時期には売り上げが減少することは避けられない。実際、サーバーワークスではクラウドインテグレーションに舵を切った当初は、売り上げが4分の1に激減した。しかし、その後、ホームページやソーシャルメディアを活用した営業方法で案件の数を以前の4倍以上に増やすことに成功し、「結果として利益を上げることができた」(大石代表取締役)という。
●お堅い会社もクラウド活用 
アイレット
後藤和貴
プレミアエバンジェリスト 今年6月、野村総合研究所(NRI)とともに日本で初めてAWSの最上位パートナーである「プレミアコンサルティングパートナー」に選出されたアイレット。同社もサーバーワークスのように、小規模のCIerとして事業を伸ばしている。3年前に、AWSの導入から運用・保守までをサポートするツール「Cloudpack」を導入し、とくにここ1年は案件が急増するようになった。もともとウェブシステムの受託開発をビジネスとしてきた同社だが、現在は、クラウド構築は売上比率が75%を超え、メインの事業になっているという。
後藤和貴プレミアエバンジェリストは、「AWSは、管理コンソールがほとんど英語だったり、支払いは米ドル限定だったりと、利用へのハードルがいろいろある。そんななかにあって、それらをすべて当社でクリアし、お客様は言語や支払い方法などを気にせずにAWSを気軽に利用できることが、当社のサービスの強みになる」と言い切る。直近では、ECサイトなど社外システムをクラウドに移行するサービス事業者だけではなく、「メーカーが一部門でシステムをAWSに移したりと、お堅い会社でもクラウドの活用を進めている」として、ユーザー企業のすそ野が広がっていることを語る。
●大手CIerは人海戦術を展開 クラウド構築のニーズが高まり、中小規模のCIerが力を発揮している状況にあって、これまで技術者の数で勝負してきた大手ITベンダーは新たな対応を迫られている。大手ならではの強みとは何か。2013年度(14年3月期)に3000億円をクラウド事業の売上目標に掲げている富士通は、約2000人の認定技術者を擁し、「クラウドインテグレータ」と名づけたプロ集団を走らせて、大手企業での全社的なクラウド活用を支援することによって、中小CIerとの差異化を図っている。
富士通のクラウドインテグレータ2000人は、コンサルティングから導入支援までのノウハウをもつ人材だ。富士通がおよそ2年をかけて、体系的に育成してきた。クラウドプラットフォームサービス本部クラウドサービス事業部の池田尚義シニアマネージャーは、「クラウドインテグレータは、富士通のクラウドをはじめ、AWSやSalesforceなど、あらゆるクラウドを揃えたポートフォリオを生かして、お客様に一番適しているクラウドを提供することができる」とアピールする。さらに、セキュリティポリシーや社内規約との整合性も取るなど、大手ユーザー独特のニーズにきめ細かに応えるという。
直近の課題は、クラウドインテグレータ2000人以外の技術者のクラウドに対するマインドをいかに高めるかにある。クラウドプロデュース部長の矢ケ崎功氏は、「当社は、オンプレミス型システムの構築を得意とするエンジニアが多いので、クラウドの組み合わせに対する意識は道半ばだ」とため息をつく。そうしたなかにあって、富士通が力を注ごうとしているのは、CIerとのパートナーシップだ。
池田シニアマネージャーは、「今は競合しているけれども、明日は一緒になってビジネスを展開するということを考えられる会社はたくさんある」とほのめかし、パートナー獲得を加速していくという。

(左から)富士通 池田尚義 シニアマネージャー、
富士通 矢ケ崎功 クラウドプロデュース部長活発なCler同士の提携――競合から協業へ

グルージェント
栗原傑享
代表取締役 パートナーとの協業を方針に掲げているのは、富士通だけではない。このところ、CIer同士の業務提携が活発に進んでいるのだ。
Google Appsのライセンス販売や構築、セキュリティなど追加の独自商材を展開するグルージェントは、今年3月、Google Appsの有力販社であるソフトバンクテレコムとパートナーシップを結んだ。これまで競合だったソフトバンクテレコムと共同提案し、力を合わせてクラウド構築の市場を攻める。ロールモデルとして、業界が注目する提携だ。
グルージェントは、ソフトウェア開発を手がけるサイオステクノロジーのグループ会社である。日本大学の学外メールシステムを「Google Apps for Education」に移行するなど、文教市場で豊富な実績をもっている。同社はもともと、Google Apps関連商材の開発を手がけてきたが、2012年に、これまでサイオステクノロジーにあった販売機能を受け継ぎ、開発と販売の両面で、迅速にクラウド構築案件に対応することができる体制を築いた。
今後の事業拡大にあたって、高い営業力を誇るソフトバンクテレコムとの協業がキーになる。栗原傑享代表取締役は「現在、当社が周辺のインテグレーションを行うかたちで、ソフトバンクテレコムとの共同提案を行っており、すでに数字的に成果が上がっている」と、パートナーシップへの手応えを語る。提携を強化し、案件の獲得につなげる方針だ。
サーバーワークスも、パートナー提携に積極的な姿勢を示している。この9月に、セールスフォース・ドットコムのCRMプラットフォーム「Salesforce」の構築を手がけるテラスカイと資本業務提携契約を締結した。テラスカイはサーバーワークスの株式のおよそ3分の1を取得し、サーバーワークスはテラスカイの株式のおよそ1割を取得した。
今後、サービス開発やマーケティング活動、営業などの分野で一緒になって、AWSやSalesforceなど、「適材適所でクラウドを使い分けるハイブリッドクラウド」(サーバーワークスの大石代表取締役)の実現によって事業の拡大に取り組む。