中国の対日オフショアソフト開発が新しい段階へ移行しようとしている。「量から質へ」「沿岸部から内陸部へ」「対国外から対国内へ」の3形態のシフトが同時に進行しているのだ。人件費の高騰と為替の変動、中国国内市場の一段の拡大が背景にあり、こうした動きは、今後、後戻りすることはないとの見方が大勢を占める。オフショアソフト開発の多くを中国へ依存する日本のSIerやITベンダーは、中国の急速で大きな変化への対応が強く求められている。(安藤章司)
中国国内の市場拡大が要因の一つ
北京、大連、上海が対日オフショアソフト開発の主要3都市として機能してきたのは、過去の話になりつつある。物価と人件費がうなぎ登りの上海SEの人月単価は「日本の地方都市よりも高い」(有力SIer幹部)といわれるほどの逆転現象が起きている。直接的に影響を受けるのは中国へ進出して対日オフショアソフト開発を手がける日系SIerと、中国の地場のソフト開発企業で対日オフショア事業を手がける中国ベンダーだ。収益構造が大きく変化するなか、日中双方のベンダーの動きが活発化している。
まず大きな動きがあったのは、中国の主要ソフト開発拠点の地場業界団体が連合して、全国組織の「中国アウトソーシングサービス協会(中国服務外包協会)」(仮称)を2014年をめどに発足させることだ。日本のITベンダーとも関係が深い北京や大連、青島、西安、南京、武漢、成都、広州、山東省、安徽省などの業界団体が連合会を設立。地域の業界団体が結束することで中国の中央政府への影響力を高めるとともに、ビジネス面での連携も進める予定だ(図1参照)。
地方団体を残しつつも全国連合会を設立する背景には、北京や大連といった沿岸部は人件費の高騰と優秀な人材の奪い合いが激しさを増す一方で、内陸部はまだ価格競争力があり、人材も豊富という事情がある。中国アウトソーシングサービス協会の初代会長に就任予定の北京アウトソーシングサービス企業協会(北京服務外包企業協会、BASS)曲玲年理事長は、「沿岸部と内陸部の連携を深める」との方針を示して、全国規模のより均衡的な発展を目指す。
日系SIerも中国オフショアソフト開発の変革を急ピッチで進める。まずは、製造工程(ソフトウェアのコーディング)における自動化によって、これまでの労働集約型のソフト開発手法を改める。二つ目として、ネット上に仮想開発プラットフオームをつくり、日中のエンジニアの共同作業を行う。従来の設計は日本、製造は中国という役割分担ではなく、中国の優秀な技術者を取り込むことで日本のソフト開発を補う方式に変える。そして三つ目が、沿岸部に比べればいくぶん人件費が安い内陸部へのシフトだ。

北京アウトソーシング
サービス企業協会
曲玲年 理事長 NTTデータは中国での主力開発拠点の軸足を長春、西安、重慶に移すとともに、北京、上海、無錫の沿岸部の主要拠点は、自動化ツールを用いた省力化や、中国の地場顧客の経営課題を解決する営業最前線のSE、高度なクラウドサービスの開発に力を注ぐ。沿岸部はIT投資が急拡大している地場顧客からの案件獲得に重点的に人員を配置し、ソフト開発を行うとしても自動化ツールを駆使する。どうしても従来型の手組みによるソフト開発が必要な場合は内陸部の比較的人件費が安定している地域で手がけるというスタンスだ。
ITホールディングス(ITHD)グループも中国での開発拠点は、すでに内陸部の西安が中心となっており、今はベトナムでの合弁会社を通じて2015年をめどに500人体制への拡充を目指している。また、国立ホーチミン市校工科大学と向こう3年にわたって研究助成金を提供するなど、「将来の人材確保に向けた取り組み」(TISの丸井崇・海外事業企画室長)も行っている。NTTデータもミャンマーやベトナムでの開発人員の拡充を進めており、中国からASEANの人件費の安い国へ一部シフトする動きもみられる。
ただし、単純に「中国からASEANへのシフト」と捉えると、本質を見誤る。中国のソフト開発は「量から質へ」「沿岸部から内陸部へ」「対国外から対国内へ」の三つのシフトを同時に進めており、そのなかでも日本のITベンダーが十分に追随できていないのが三つ目の中国国内での受注拡大を目指す動きだ(図2参照)。
中国のソフト開発業界は、中国に進出しているIBMやHP、Accentureなど外資系から多くの受託ソフト開発の案件を請け負っているが、その多くが中国国内で受注した案件である。BASSの曲理事長は「SAPやOracleの技術者は中国でも引っ張りだこで報酬も高い」と、中国国内のソフト開発プロジェクトが増えれば増えるほど、彼らは国内案件だけで十分な稼ぎを得られると実情を語る。従来の日本など外国からの受託ソフト開発中心の業態から、外国企業と連携した中国国内での案件獲得の拡大へとシフトしようとしていることを見逃してはならない。
日中協業は終焉を迎えるのか――答えは「NO」、ただし競争に勝てば
対日オフショアソフト開発など中国からみたソフトウェア輸出額は、年率10%余りの勢いで増えている(図3参照)。日本の感覚からすれば十分な成長率だが、中国のソフトウェア産業全体でみれば年率20%を超える勢いで成長していることを勘案すれば、相対的にみて伸び率がそれほど大きくはない。日本から中国へのソフトウェアの発注額は、国内市場の成熟度がすでに十分に高いことからほぼ横ばいで推移している。また、欧米系ITベンダーの海外オフショア開発先の中心がインドであることを考えると、中国のソフト会社が外国からソフトウェア開発の受注を、将来にわたって大きく伸ばし続けることは困難な状況だ。
そこで注目を集めるのが、中国国内のIT投資の拡大である。中国各地のアウトソーシングサービス協会が全国連合会をつくるのは、こうした中国国内の市場獲得に向けて影響力を高めるためという側面もある。
では、日本と中国のITベンダーの関係は終焉を迎えるかといえば、答えは「NO」だ。中国国内のIT市場は成長を続けており、欧米外資系ITベンダーも中国地場ベンダーと一緒になって売り上げを伸ばしている。BASSの曲玲年理事長は、「日本のITベンダーは成熟したサービスを得意とし、われわれが学ぶべき点も多い。向こう30年は成長する中国市場でどうして協業できないことがあるのか」と問いかける。
ポイントは、日本のITベンダーは欧米中の有力ITベンダーを打ち負かすことができるほどの競争力をもっているかという点と、驚異的なスピードで経済超大国へと変貌する中国市場に適応できるかという点だろう。今後、従来型の対日オフショアソフト開発の受注量は頭打ちになり、製造工程も自動化ツールによって工数や投入人員の大幅な削減は避けられない。そうでなければ人件費増や人民元高を吸収できないからだ。オフショア開発一辺倒だった昔の中国は忘れて、変貌を遂げる新しい中国との関係をいかに再構築していくかが問われている。