日本マイクロソフトの平野拓也社長は、今年7月の就任直後、「2年後にクラウドの売上比率を50%に引き上げる」という目標を発表した。現在のところ、クラウド市場を牽引する製品・サービスがマイクロソフト製品であるとはいえないが、市場の主役であり続けるために、ついに本気になったのか──。モノ売りから脱却し、ITの利用価値を訴求する新しいビジネスを、パートナーと一緒につくり上げようしている。(取材・文/本多和幸、日高彰)
パートナーとともに取り組む クラウドへのビジネス転換
マイクロソフトはこの夏、クラウドサービス取り扱いパートナー向けの支援策「CSP(クラウドソリューションプロバイダ)プログラム」を刷新し、パートナーのサービスとマイクロソフトのクラウドを、統合的に提供するための環境を整備した。目的は単なる拡販ではなく、パートナー、そしてマイクロソフト自身のビジネス転換を加速することにある。日本マイクロソフトでゼネラルビジネスを統括する高橋明宏常務に、同社のクラウドパートナー戦略を聞いた。

クラウド転換でパートナーは収益性を高められると説く平野拓也社長(9月、都内で開催されたパートナーイベント「FEST2015」にて) ●間接販売がクラウド時代の強みに 
高橋明宏
執行役常務 「短期間の売り上げだけを考えた場合、確かにクラウドサービスは事業者が直接販売するほうが有利だろう。しかし“売り”ばかりにフォーカスしても、お客様の満足が得られるのか。導入、保守、サポートなど、それぞれのフェーズにおいて高い専門性をもつパートナーの力がなければ、クラウドは持続可能なビジネスにならない」。
日本マイクロソフトの高橋明宏・執行役常務(パートナー、中堅・中小企業向け事業担当)はこのように述べ、クラウド事業におけるパートナーの重要性を説明する。同社は来年度(2016年7月~17年6月)、クラウドの売上高を法人向けビジネス全体の50%まで引き上げる計画だ。その実現のため、今年度は昨年度に続き、クラウド関連で新規パートナー1000社の獲得を目標としている。既存パートナーを含めると、16年6月までに3500社のクラウドパートナー網をつくり上げる計画となる。Google AppsやAWSのパートナーにも積極的に接触を図っており、新たにOffice 365やAzureの取り扱いを開始する企業が増えているという。
高橋常務は「われわれの強みは、各エリアのパートナーと30年近く一緒にビジネスをやってきた実績があること。クラウドの時代でも、この枠組みを崩すつもりはまったくない」と話し、充実したパートナー網の存在そのものが、他のクラウドサービスに対する大きな優位性になるとの考えを強調する。
●量より質を重視する収益モデル マイクロソフトの既存パートナーにとっては、従来のライセンス販売からサブスクリプションサービスへと、ビジネス形態の転換を迫られることになる。高橋常務によれば、パートナーの経営層の多くは、自社の事業をクラウド時代に合った形に変えていく必要性をすでに理解しているという。しかし、「売り切り」からサブスクリプションへの転換期においては、単年度でみた場合の売上減は避けられない。「これからはクラウドを売れ」という号令だけでは、トップラインの数字を追いかける営業の現場は変わらない。
そこで、マイクロソフトがクラウド時代に合った評価の仕組みとして打ち出すのが、ユーザーがどれだけクラウドを利用したかに応じて発生する新たなインセンティブモデルだ。高橋常務は、「いくらすばらしいサービスでも“売って終わり”だと利用が進まず、解約されてしまう。販売数量より利用価値に重点を置き、お客様の実業務に役立つ形で導入、運用していかなければならない」と説明し、期間契約制のクラウドサービスでは「量より質」が重要になるという考え方を示す。よりていねいな販売活動が必要となるが、利用率がマイクロソフトとパートナーとの間で設定した目標値に到達すれば、パートナーに還元されるインセンティブの総額は従来よりも大きくなるという。
また、今はクラウドに対してユーザー側の関心が高いため、マイクロソフトにも多くの問い合わせが寄せられている。マイクロソフトは「Champプログラム」と呼ばれる営業支援施策を用意しており、パートナーはこのプログラムに参加することで、マイクロソフトに寄せられた案件の紹介を受けられる。さらに、充実したパートナー網を生かし、販売・構築・サポートといった各フェーズをパートナー間で分担できるので、自社の得意分野に集中しつつクラウドで収益を上げることが可能だ。
●ISVと協働で互いの商材を提案 日本市場で新たなパートナー開拓に注力する分野の一つに、高橋常務はISVを挙げた。ISVは今までも開発上のパートナーであったわけだが、従来のようにソフトウェアの開発を支援することよりも、「ISVのクラウドビジネスをいかに伸ばしていくのかともに考えていく」ことが施策の中心となる。具体的には、ISVがクラウドサービスと自社のアプリケーションを組み合わせたソリューションを開発し、それをマイクロソフトの営業部隊が販売するといった協業が考えられる。マイクロソフトとISVがもつそれぞれの顧客基盤のうち、重複しない部分に対して互いの商材を提案していくイメージだ。
また、高橋常務は「今後は『この企業がマイクロソフトのクラウドを扱っているの?』と驚かれるようなパートナーも加わるようにしていきたい」と話し、あくまで仮の話としながらも、リース、警備、電気・水道・ガスといった、ITを必要とするあらゆる月額型サービス事業者が、パートナーになり得るという見方を示した。
冒頭で触れたように、マイクロソフト自身、売り上げの半分をクラウドで稼ぎ出すという高いハードルに挑んでおり、既存パートナー各社と同じ課題を共有している。高橋常務は、「いばらの道を進んでいると思うが、その向こう側には一番大きな成功がある」と語り、これまでパートナー各社とつくり上げたエコシステムの価値をさらに高めていく方針を強調した。
クラウド参画のハードルを下げる

浅野 智
統括本部長 パートナービジネス推進統括本部の浅野智・統括本部長は、「CSP向けにフルセットのAPIを整備できたことで、パートナーとの連携がスケーラブルになった」と説明する。従来は、パートナーが自社サービスとOffice 365などをパッケージで提供したい場合、課金などの仕組みを個別に用意する必要があり、パートナー側の負担が大きかったが、今後はマイクロソフトが用意したAPIにアクセスすることで、ユーザー管理やサービスの注文などを行えるので、大規模な開発をしなくても連携サービスの提供が可能になる。
日本マイクロソフトは、9月2日に開催したイベント「FEST2015」で国内のパートナーに対しても、CSPプログラムの拡充内容をアナウンスした。浅野本部長によると9月半ば時点で「すでに約50社との間で、CSPプログラムの契約に向け具体的な話が進んでおり、さらに150社程度から問い合わせを受けている」といい、パートナー各社から高い関心を集めているようだ。また、新たにダイワボウ情報システムとソフトバンク コマース&サービスがクラウドディストリビュータとなったことで、中小規模のパートナーによる取り扱いも今後活発化するとみられる。
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