今年半ばから急浮上した感のある新たなIT産業のトレンドが、FinanceとTechnologyを組み合わせた造語である「Fintech(フィンテック)」だ。文字通り、金融と最新のITを融合して新しい価値をもつサービスを創出しようという動きだが、もはやバズワードになってしまった感もあり、ビジネスとしての実体がみえているプレイヤーは限られているという印象だ。「消費者金融のクライアントに、フィンテックで何か提案しろと言われて困っている」。あるSIerは、実際にそんな悩みに直面している。フィンテックは一体誰に、どんなビジネスチャンスをもたらすのか。(取材・文/本多和幸)
ベンチャーのイノベーションが市場を牽引
FinTech協会を立ち上げ市場創出
●金融機関やITベンダーも参加 まずは、現在の日本のフィンテック市場の構造について見てみる。主なプレイヤーは三つに分類される。フィンテックのアプリケーション開発を担うベンチャー企業、そうしたベンチャーの技術・サービスを活用して新しいビジネスを創出する金融機関、そして両社をつなぐとともに金融機関の新ビジネス創出を支援するSIerなどの既存のITベンダーだ。
現時点で市場を牽引しているのは、フィンテックのベンチャー企業といえる。10月1日には、フィンテックの業界団体として、一般社団法人FinTech協会を立ち上げた。11月10日時点で、正会員である「ベンチャー会員」は22社、金融機関やSIer、コンサルファームなどで構成される賛助会員的な位置づけの「法人会員」は23社となっている。協会の代表理事を務める一人が、モバイル決済サービスや決済・金融ビジネスのコンサルを手がけるインフキュリオンの丸山弘毅・代表取締役。同氏は協会発足の背景について、次のように説明する。

丸山弘毅
代表理事
インフキュリオン
代表取締役 「フィンテックのベンチャーは大企業とビジネスをすることが多いが、たどり着いた窓口で全然話を聞いてもらえなかったり、提案を1か月塩漬けにされるようなことも珍しくない。そういう無駄な時間はベンチャーにとっては致命的なので、1年ほど前に、ベンチャー同士が集まって、人脈や情報の交換の機会をつくろうという話になった。そうして始まった会合がどんどん大きくなり、大手の金融機関やITベンダー、議員や官僚も参加してくれるようになったので、不定期の会合を開くだけでなく、日本のフィンテックを盛り上げていく活動をするために組織化しようということで協会設立に至った」。
協会のミッションは、業界全体の声として、フィンテックの普及の阻害要因となる時代に合っていない法規制の緩和を訴えるなど、ビジネス環境の整備を図るのはもちろん、フィンテックのエコシステムを活性化させることを重視している。会員同士のカジュアルなコミュニケーションのなかで、ビジネスのマッチングができるような場も提供していきたいという。
丸山代表理事は、「スマートフォンの普及などによって私たちの行動様式がかなり変わっていて、そこを起点に、こうしたらもっと便利になるということを各プレイヤーがそれぞれの立場で考えて、広く他者と連携してアイデアを実現していくのがフィンテックの本質。そのためにもオープンなエコシステムを志向している。なかには、大手のSIerがベンチャーを取り込んで垂直統合するというケースも出てくるだろうが、それはそれでいいと思う」と話す。
●五つの分科会で課題抽出 
星川高志
理事
クラウドキャスト
代表取締役 フィンテックと一口にいっても、非常に広い範囲の業務をカバーしているわけだが、協会としては、八つの分野に分けて市場を定義し、ほぼすべての分野でベンチャーのビジネスが立ち上がってきているとみている(図参照)。これを踏まえ、当面の具体的な活動として、「個人資産管理・会計」「決済・送金」「セキュリティ」「投資・融資」「法令・コンプライアンス」の五つの分科会で、現状の課題を抽出していく。

マーク・マクダッド
理事
マネーツリー営業部長 協会の理事を務め、個人資産管理・会計分科会の活動をリードするクラウドキャスト(弥生と資本提携し、経費精算アプリや弥生の会計ソフト向けのモバイルインターフェース機能などを提供している)の星川高志代表取締役は、「ベンチャーは、エンドユーザーに一番近いところからフィンテックをみている。その視点を大事にして、最終的にエンドユーザーの利便性をあげるにはどうしたらいいかを提案していくことが重要」と話す。また、同じく理事に名を連ねるマネーツリー(国内1550以上の金融機関などから明細データを自動で取得できる個人資産管理アプリ「Moneytree」を提供し、セールスフォース・ドットコムやメガバンク系のベンチャーキャピタルから出資を受け、IBMとの協業も進める)のマーク・マクダッド営業部長は、「例えばセキュリティなどでも、フィンテックの新しいサービス・技術を評価する基準がない。何もしないと勝手につくられてしまいかねないので、フィンテック業界が自ら最初の議論に参加して、市場をいい方向に導く努力をしたほうがいい」と、分科会の活動の重要性を強調する。
監督官庁はフィンテックをどうみるか
金融庁 総務企画局企画課信用制度参事官室企画官
神田潤一氏に聞く
金融分野は、国民の利益を守るという観点から、厳しい規制が敷かれている。しかし、テクノロジーの進化と現在の法規制の間にギャップが生まれているのも事実。フィンテックという新たなイノベーション領域を、監督官庁である金融庁はどう捉え、どんな施策を展開しようとしているのか、総務企画局企画課信用制度参事官室の神田潤一・企画官にうかがった。
●日本で一番明るくて熱気に溢れた業界 ──フィンテックのトレンドを率直にどうみているか。 神田 海外の先行事例などは以前から情報収集していて、金融サービスの改革や利用者の利便性の点でプラスになる可能性が高い一方で、既存の金融機関が否応なしにサービスの変革を迫られるという厳しさの二つの側面があると考えている。昨年から、総理の諮問組織である金融審議会でもフィンテックを取り上げてきたし、今事務年度の金融行政方針でも、重点施策の一つに挙げていて、国として非常に高い関心をもっている。
金融機関側もチャレンジしなければという意識は高まっていると感じているし、政治の世界も同様だ。
──金融庁としては、どんな取り組みを進めていくのか。 神田 新しい動きをサポートしていくと同時に、そうした動きに対応できていない部分について、優先順位をつけて法整備をしていく。その際、ユーザーが安心してフィンテックのサービスを利用できると同時に、イノベーションを阻害しない、業界が健全に発展していくような仕組みを考えなければならない。
──法整備の具体的なテーマは? 神田 大きく三つある。まず、送金や預金の受入、貸出など、伝統的に銀行が担ってきた金融サービスを、スマートフォンやウェブ上で銀行以外の多様な業者が提供するようなケースについて、現在の法制度では曖昧な部分がある。関連する業務を横断的に捉えたうえで、新しい動きをしっかりと見極めながら法・規制体系のアップデートの議論を継続していく。
二つ目は、仮想通貨への対応。昨年のマウント・ゴックス(東京にあったビットコインの取引所)の経営破綻のような事件が出てくると、画期的な技術・サービスでも信用を失って普及が阻害され、業界全体にとってマイナスになる。マネーロンダリング対策や利用者保護の観点で、早急に対応すべきとの意見が多い。
最後は、金融機関に対する規制緩和だ。ウェブ上で商サービスをやっていた会社が、銀行事業に参入するという動きはなし崩し的に進んでいるが、反対に既存の銀行には銀行法の縛りがあって、新しいサービスを始めづらい側面がある。
──IT側のプレイヤーの動きをどう評価しているか。 神田 フィンテックの新しいサービスを世に出しているスタートアップ企業は、日本にもたくさんある。グローバルな視点やビジネス経験をもち、技術にも詳しい人が多い。日本で一番明るくて熱気に溢れた業界であり、今後の金融の中核を担っていくものと考えている。
新しいことを始めるにあたっては、壁を感じることもあるだろうが、そんなときは私たち官僚をどんどん使ってほしい。幸い、難しい問題を解いていい点数を取るのが得意な人間が集まっている(笑)。これまで受けた要望にもとづく個人的なアイデアだが、金融庁としても、フィンテックのベンチャー企業が法規制の解釈などで悩んだときに、相談を受けられるような窓口をつくる必要があると考えている。国もフィンテック市場の動きの速さに負けないように対応していきたい。
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