四国最大の人口約51万6000人を抱える城下町、愛媛県松山市。司馬遼太郎の長編歴史小説「坂の上の雲」の主人公三人の出身地にあやかり、「坂の上の雲のまちづくり」と名づけた地域活性化策を推進している。小説を活用した地域活性化策は、全国初の取り組みだという。ところで、雲といえばクラウドである。クラウドは地場企業のIT活用を把握するにあたっての目安となる。とくにIaaSの活用は、地場産業や地場SIerに大きく左右されるからだ。松山のSIerはどうか。(取材・文/畔上文昭)
●坂の上のクラウド 小説「坂の上の雲」の主人公は、正岡子規、秋山好古、秋山真之の三人。いずれも、松山の出身である。世界に追いつこうと、日本が必死に坂を上っていく明治時代を描いた小説で、日露戦争の日本海海戦でクライマックスを迎える。ロシアのバルチック艦隊の撃破に貢献したのは、作戦担当参謀・秋山真之の立案とされる「丁字戦法」であった。小説では、ロシアのリバウ軍港を出航したバルチック艦隊がなかなか日本海に到達しない。読んでも読んでも到達せずイライラが募るが、その航程を描ききることで、日本海海戦の意味と重みを伝えている。
クラウドは、バルチック艦隊ではないし、坂の上にあるものでもない。ただ、都市部で採用が進み、徐々に地方に波及しているため、もしかしたら、今か今かと待っている地域もあるのではないか。
愛媛県情報サービス産業協議会(愛情協)の赤松民康会長によると、「クラウドを活用した大型の開発案件は聞かない」とのこと。大手クラウドベンダーの勉強会などは盛り上がっているものの、エンジニアの勉強にとどまっていて、開発案件には至っていないとのことである。サイボウズ松山オフィスの久保正明副部長も、「企業トップが興味を示したとしても、なかなか採用に至らない」と同社のクラウド型アプリケーション開発プラットフォーム「kintone」における状況を語る。
クラウドの採用が進まないのは、ユーザー企業だけが悪いわけではない。どんなソリューションでも、SIer側が積極的でないと導入は進まない。「そういった意味では、われわれも変わらないといけない」と赤松会長。クラウドがすべてではないが、顧客ニーズに応えられる体制の必要性は強く感じている。いずれにせよ、クラウドはまだ、坂の上の存在になっていない。
●ニアショアとしての松山 IT業界は人材不足が続いていることと、中国の人件費が高騰したことで、ニアショア市場が注目されている。地域によっては、地場企業の案件よりも、ニアショアに注力する傾向がみられる。
「松山は地元の案件を請け負うSIerが多い」と語るのは、愛情協の中谷恭治・理事・事務局長(後述するユイ・システム工房 代表取締役)。松山の人件費は全国的にみると決して低くないことと、下請けでは苦い経験をしていることも影響しているという。
「都市部の案件は、単価が高いのが魅力的だが単発で終わりがち。とくに不景気になると簡単に切られてしまう。そのため、都市部の案件の下請けもあるが、継続的なつき合いができるかどうかを意識している」(中谷事務局長)という。苦い経験とは、リーマン・ショックかと思いがちだが、2000年頃のITバブル崩壊の経験とのこと。そこで学んだため、愛情協の会員企業にはリーマン・ショックの影響が少なかったという。
なお、愛情協の中谷事務局長は、四国IT協同組合の発起人で、専務理事を務めている。四国IT協同組合は、四国の産業をITで支えることを目的に、各県のIT企業が参加して、特産物の輸出のサポートなどを行っている。「バラバラでは勝てない。四県がまとまって、首都圏へ、そして世界へ出ていく」。ニアショアよりも、地場企業の案件に注力するのは、地域が活性化してこそのIT産業という想いがあるからだ。
●問題は後継者の育成 IT業界は新しいようで古い。愛情協でも、多くの会員企業が長い歴史をもっている。ただ、多くの会員企業のトップは創業者のケースが多く、一次産業のように代々受け継ぐという意識が薄い。そのため、近年は後継者問題が話題になっているという。「後継者がみつからず、廃業するケースも出ている」と、中谷事務局長。残されたエンジニアをどこで引き取るのか、廃業の前に打つ手はあるのか。愛情協としては、最適な後継者の育成方法を模索していくとしている。
地域の課題とITの役割

愛媛大学
社会連携推進機構
坂本世津夫
教授 地方創生にITを活用するという動きがある。テレワークがその代表例だが、都心からの距離やインフラ、地域の魅力などが求められるため、すべての自治体で共通な取り組みとするのは難しい。成功する自治体があれば、税金の無駄遣いとなってしまう自治体も出てくるだろう。
政府が推進した「e-Japan戦略」では、インターネット活用のためのインフラ整備が進んだ。そこまでは予算さえあれば推進できる。「問題は、整備したインフラ環境をいかにして活用するか」だと、愛媛大学の坂本世津夫教授は語る。坂本教授は、総務省の「地域情報化アドバイザー」と「ICT地域マネージャー」として、四国の自治体を中心にIT活用の推進をサポートしている。2003年には、内閣官房・経済産業省に「地域産業おこしに燃える人」に選定された。
地方創生や地域の活性化にはITの利活用が不可欠とする坂本教授だが、「重要なのは地域資源の活用。そこで必要とされるのは、考える力」だとし、戦略的な思考の上でITの活用があるべきだとしている。
ちなみに、坂本教授の担当ではないが、愛媛大学の取り組みとして、愛媛県愛南町における漁業のIT活用が挙げられる。愛南町では愛媛大学の協力の下、品質管理のための「魚のカルテ」づくりや、センサを活用した「赤潮予報」などに取り組んでいるという。
「ITは地域を変える力がある。しかし、そこでは思考力が必要」と坂本教授。地方の団体はITの利活用で悩んでいるため、IT業界にはそのサポートが期待される。
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