米セールスフォース・ドットコムが3年がかりで進めてきた開発プラットフォームの再構築が、節目ともいえる今夏の50世代目のバージョンアップで一応の完成をみた。SaaSのトップベンダーとしてのみならず、PaaSのパイオニアとしてもクラウド市場の立ち上げを牽引する役割を担ってきた同社は、「クラウドファースト」から「モバイルファースト」へとさらに一歩踏み込んだ。(取材・文/本多和幸)
誰でもアプリの開発者になれる世界を
セールスフォース・ドットコムは、もともと2007年にPaaSという概念を提唱したパイオニアであり、CRM、SFAなど同社のSaaSのプラットフォームを「Force.com」としてリリースしたのがPaaSの元祖といわれる。ユーザー管理や画面設計、各種APIといった基本的な機能を網羅していて、主にフロント系の業務アプリケーションをノンプログラミングで構築することができるという特徴を備えていた。
その後、クラウドビジネスのリーディングカンパニーの一社として成長を続けた同社だが、2013年には、「モバイルファースト」を志向し、新しいプラットフォームとして「Salesforce1」を発表した。モバイル端末向けのUIを自動生成するなど、モバイルアプリの開発にフォーカスして進化させたプラットフォームだった。

御代茂樹
シニアディレクター さらに同社は、その延長上の次のステップとして、マルチデバイス対応やマルチOS対応をもう一段上のレベルで進めるとともに、より簡単、スピーディに業務アプリを構築できるプラットフォームを再構築しようと考えた。そして2014年に発表したのが、「Salesforce Lightning(当時はSalesforce1 Lightningと呼ばれていた)」だ。アプリの構成要素をコンポーネント化し、柔軟にそれぞれを組み合わせて活用できるようにするというコンセプトで、まずは「Sales Cloud」をはじめとする自社提供SaaSの「Lightning化」を進めた。御代茂樹・マーケティング本部プロダクトマーケティングシニアディレクターは、「コンポーネント化することで、一旦構築したアプリケーションのどこかを変えたいとか、コンテンツを入れ替えたい場合に、コンポーネントを組み替えたり差し替えたりするだけで変更が可能になるし、追加も容易。コーディングができなくても、誰でもアプリの開発者になれる世界をつくりたかった」と、Lightningの狙いを説明する。
その後、プラットフォーム製品としての機能拡張を重ね、今年の夏に、3年がかりでようやくLightningのエコシステムが完成した」(御代シニアディレクター)という。ただし、旧型のアプリケーション基盤を求めるユーザーもまだ存在するため、PaaSのラインアップとしてForce.comも残存している。

Herokuは日本独自でAWSとの協業強化策を進める
Lightningに関してセールスフォース・ドットコムは、既存顧客のUX向上というよりは新規顧客の取り込みをまずは重視するという戦略を採っている。そのためLightningの普及は、まずはSales Cloud、Marketing Cloud、Service Cloudといった自社パッケージの販売とその機能拡張や連携するアプリの開発といったビジネスを基点にしていくことになる。御代シニアディレクターは、「当社のBIツール『Wave Analytics』、さらにはAIの『Einstein』なども、当社製、サードパーティ製を問わずLightning上のアプリに組み入れて使うことが可能になっていく。IBMのWatsonは先行者として高い完成度を誇っていると思うが、多額のIT投資が可能な会社しか使えない。一方でSFDCは、すべてのユーザーにAIを使った予測やレコメンデーションの機能を使ってもらえる価格設定になっている」と、Lightning上には、先端技術を活用したアプリケーション開発の“民主化”を進める仕組みが整っていると強調する。
また、LightningはSIパートナーなどのビジネスモデルにもポジティブな影響を与えるという。「コンポーネント化することで開発資産を再利用しやすくなる。例えばNECは、Lightningのコンポーネントをすでに100以上つくっているが、もともといろいろな部署で似たような機能をバラバラでつくっていたそうだが、コンポーネントにして整理して、共通のライブラリから選んで使えるようにしたところ、アプリの開発効率が大きく向上した。顧客が望んでいるビジネスモデルをフロントアプリケーションで支援していくためには、開発やインプリのプロセスをできるだけ短くして、変化に柔軟に対応できるプラットフォームを活用することが重要。Lightningは、開発の効率性や手戻りのなさが、本当の意味でのパートナーの利益を守っていると自負している」(御代シニアディレクター)。
また同社は、Lightningとは別の、より汎用的なPaaSとして、コンシューマ向けウェブアプリ開発などに強みを発揮する「Heroku」(2010年に買収)もラインアップしている。近年、これをIoTソリューションの中間サーバー構築に活用するなどの事例も出てきており、商機拡大のチャンスとみているようだ。近年、同社はAWSとの関係を深め、新たなデータセンターへの投資は行わず、AWSのIaaS活用を推進していく方針を明らかにしており、昨年発表したエンタープライズの開発組織向けPaaSである「Heroku Enterprise」のインフラもAWSだ。セールスフォース・ドットコムとAWSの日本法人同士が独自に協業強化を進め、営業協力や共同でのパートナー支援などを行う動きも出てきている。