北海道のIT産業は、ニアショアの受け皿となり、総売上高が堅調に推移している。とはいえ、国内IT産業自体の今後の成長に不透明感を指摘する声がある。そこで、北海道IT産業の中心地である札幌市では、先手を打つべく、地域一丸となり、IoTや人工知能(AI)といった先端技術の活用に取り組んでいる。「サッポロバレー」とも呼ばれ、ITベンチャーの集積地として栄えたのも過去の話。札幌のIT産業は先端技術で変貌を遂げようとしている。(取材・文/前田幸慧)
これからはAIだ!
産官学連携で「オール札幌」体制を構築
先行きへの危惧が背景に
札幌市では2016年8月、AIやFinTechなどの先端技術を活用したイノベーション創出支援などを目的として、「札幌市IoTイノベーション推進コンソーシアム」を立ち上げた。
札幌市経済観光局
吉田泰斗IT産業担当課長(右)と濱口伸哉氏
きっかけは、経済産業省が推し進める地域におけるIoTプロジェクト創出に向けた取り組みの「地方版IoT推進ラボ」だ。札幌市は、昨年6月に開始した第一弾公募に応募し、選定を受けている。
背景にあるのは、札幌IT産業の先行きに対する不透明感だ。北海道IT推進協会のレポートによると、15年(平成27年度)の北海道IT産業全体の売上高は、前年比2.3%増の4213億円で、過去最高を記録。同協会では今後も売上高は増加の傾向を予測しているものの、リーマン・ショック以降は、4000億円前後で横ばい状態にある。
地方のIT産業おける特徴としてよく挙げられるのが、受託開発や多重下請け構造の問題。階層が下になるほど、案件の受注単価は下がり、景気変動の影響も受けやすくなる。
これは札幌も例外ではない。吉田泰斗・札幌市経済観光局国際経済戦略室IT・クリエイティブ産業担当課IT産業担当係長は、「ここからの成長を見据えるうえで、これまでの札幌IT産業の体質では、先行きに上昇傾向を描けるとはいえないだろう」と危惧を示す。「(地方版IoT推進ラボの公募があった)当時は第4次産業革命といわれ、IoTやAIをビジネスチャンスとすることが模索されていた時期。幸いにも、札幌はIT産業振興の歴史が深く、北海道大学をはじめとした学術研究機関も集積している。そういった時流を捉えつつ、札幌の強みを生かせる取り組みがしたい」との思いのもと、札幌市IoTイノベーション推進コンソーシアムを発足し、地方版IoT推進ラボとしての認定を受けるに至った。
産官学連携でAIに注力
札幌市IoTイノベーション推進コンソーシアムは、地域企業や大学・研究機関、IT業界団体、VC、金融機関、さっぽろ産業振興財団などの参加企業・団体で構成され、事務局である札幌市が中心となり、大学・研究機関と企業の産学連携や、先端技術を活用したプロジェクトと企業のマッチングなどを行う。現在までに、70社余りが同コンソーシアムに参加している。
昨年8月の設立後から現在までは、主に普及啓発活動を展開してきた。具体的には、AIやFinTechといった先端技術をテーマにしたセミナーを月1~3回程度のペースで開催。地場のIT企業から都度100~150人規模の人々が参加し、高い注目を集めていたという。なかでも、とくに地場の企業の間でAIへの関心が高いとわかったことから、今年6月1日、札幌市IoTイノベーション推進コンソーシアム初の専門部会として、「Sapporo AI Lab」を設立した。
Sapporo AI Labでは、AIをビジネスや生活のなかで活用していく社会実装を促すための人材育成や事業創出に取り組む。ラボ長には、北海道大学でAIを研究する川村秀憲教授が就任。また、シニアアドバイザーとして、はこだて未来大学のAI研究者である松原仁教授、アドバイザーには北海道でメディア・ポイントカードなどのマーケティング事業を展開し、グループ会社にドラッグストア企業「サッポロドラッグストアー」をもつリージョナルマーケティングの富山浩樹社長とインキュベーションなどを手がけるデジタルガレージの佐々木智也執行役員SVPを迎えた。他にも、IT関連団体の代表やAIに取り組む道内の大学教授、地元IT企業が運営メンバーに名を連ねるなど、学術機関との連携や事業育成を見据えた盤石な体制を整え、AIの社会実装に向け動いていく構えだ。
AIへの注目度は高い
設立間もないため、具体的な活動はこれからになるが、まずは札幌市内に2か所の活動拠点を設置し、リアルな場でのコミュニケーションを促進する。吉田IT産業担当係長によると、今年秋から冬頃をめどに、20~30人規模の、研究者とともにハンズオンでAIを学べるようなサテライトゼミを開講予定で、「実施に向けて準備を進めている」段階だという。また、一口50万円程度で実現可能なテーマを企業から募集し、研究者と企業をマッチングできるような産学共同企画も検討中。「地域の中小規模のIT企業からすると、大学の研究室とつながることにハードルを感じているところがある。一方で、大学側からすると、多額の費用がかかる研究だと何らかの成果につなげないといけないとの思いから手を出しにくい。“ちょっとしたプロジェクト”として、お互いにとって取り組みやすいものにしたい」と吉田IT産業担当係長。現在は実現に向けヒアリングを行っている段階だが、「感触はいい」とのことだ。
こうした取り組みを通じて、企業、学術研究機関、関連団体などにおけるエコシステムを構築し、AI関連の人材育成や事業創出を促進する。6月1日に開催したSapporo AI Labの設立記念イベントでは、当初の定員50人を大幅に超過し、150人以上が参加する盛況ぶり。同課の濱口伸哉氏は、「実際の活用自体はまだこれからだが、IT業界以外でも、AIに対する関心は高まっている」と期待をにじませる。
札幌市IoTイノベーション推進コンソーシアムとしては、当面はAIに注力する方針で、今後はニーズに応じて活動の幅を広げていく予定。「エコシステムの構築で好循環となるよう、いろいろ仕掛けていきたい」と話す。目指すは、AI社会実装を先導する都市“さっぽろ”の姿だ。
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