当初、2020年とされていたサービス開始時期を前倒しし、19年にプレサービスが始まることとなった次世代移動通信規格の「5G」。高速大容量かつ低遅延のモバイル通信を使えるようになる時期が、もうすぐそこまでやってきているのだ。NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手キャリア3社は独自の戦略を打ち出し、具体的な商用化に向けてSIパートナーの拡大を積極的に進めている。キャリアはパートナーに対して何を支援するのか。また、パートナーにとってキャリアと組むメリットはどこにあるのか。その取り組みの全容を紐解く。(取材・文/銭 君毅)
5Gは「B2B2X」
5Gのサービスが始まろうとしている。最近までサービス開始時期は2020年とアナウンスされてきたが、この10月、総務省で開催された5Gに関する公開ヒアリングの場で、大手携帯キャリア3社は19年内に「プレサービス」のかたちで5Gをスタートする意向を表明。海外諸国の5G事情に押されるかたちで、5Gの実現はもはや目前となった。
電話に始まり、メール、写真、ゲーム、動画と、モバイル通信で利用されるコンテンツ容量は日を追うごとに膨らみ、それに合わせて通信技術は進化している。5Gは4Gと比べ、およそ100倍の通信速度を持つとされる。とはいえ、4Gでも現時点で利用できるコンテンツのほとんどは快適にアップロード・ダウンロードできるようになっている。果たしてそれほどのスペックが必要なのか疑問に思うかもしれない。また、携帯キャリア各社は、ITベンダーをはじめとするさまざまな企業に向けて、5Gを軸にした協業を呼び掛けているが、そもそも5Gのサービスエリアは未整備で、5Gに対応する端末がどれほど普及するかも分からない。ITベンダーが5Gに投資するのはリスキーだと感じることもあるだろう。
ソフトバンクの湧川隆次・先端技術開発本部本部長
IoT事業推進本部副本部長
しかし、ここで重要なのは、4Gまでのモバイル通信は、スマートフォンに代表されるコンシューマー向けのサービスが中心だったのに対し、5Gの本質はそうではないということだ。
ソフトバンクの先端技術開発本部本部長IoT事業推進本部副本部長の湧川隆次氏は「3Gは電話、4Gはデータネットワークだとしたら、5Gはサービスデリバリーネットワークと捉えている」と指摘する。「4Gまではスマホをメインにサービスを提供してきた。しかし、5Gになると事業モデルが変わり、B2B2XのようなかたちでSIerや企業が5Gを使って事業をつくり、それがコンシューマーに届けられるというビジネスモデルを想定している」という。また、NTTドコモの法人ビジネス戦略部サービス企画担当課長の宮本薫氏は「5Gのサービスを提供していくに当たって、デバイスだけでなく、その上に載るアプリケーションなども必要になる。NTTグループ全体として、今後のビジネスモデルはB2B2Xと考えており、間のBにしろ、右のXにしろ、関連する企業・団体をパートナーとして捉えている」のだという。
(左から)NTTドコモの宮本薫・法人ビジネス戦略部サービス企画担当課長、
奥村幸彦・5Gイノベーション推進室5G方式研究グループリーダ担当部長、
松尾充倫・ネットワーク部技術企画部門技術推進担当課長
これまでは無線通信を行うデバイスは限られていたが、近年、IoT化が進み、車、ドローン、家電などのさまざまな機器が通信を行うようになってきている。そうなると、キャリアが直接、エンドユーザーに向けて通信環境を用意するのではなく、ビジネスパートナーが運営するサービスの一部として、通信が提供される形態が増えていくのである。
KDDIの松永彰・技術統括本部モバイル
技術本部シニアディレクター
SIerにも大きなチャンス
携帯キャリア3社は今年、相次いでIoTをテーマにしたラボ環境や、5G時代を見据えたパートナープログラムを立ち上げた。前述のとおり、5Gの主戦場はIoTだが、その実現のためにはネットワークを構築するだけでは不十分で、ハードウェア、アプリケーションはもちろん、セキュリティーなども視野に入れなければならない。ユーザーの課題を理解し、解決のために必要な技術を組み合わせ、最適なかたちでソリューションを提供する。この一連のプロセスはSIerが最も得意とする分野であり、携帯キャリア各社がSIパートナーとの協業を拡大しようとするのは、こうした背景がある。
KDDIの技術統括本部モバイル技術本部シニアディレクターの松永彰氏は、「5GやIoTではディープラーニングや機械学習など、新しい技術を組み合わせて、新しい価値を考えていかなくてはいけない。単なるネットワークだけではない価値を出していく必要がある。そういう意味では、システムインテグレーションが重要だというのはいうまでもない」と、5GにおけるSIの重要性を語る。
同様にソフトバンクの湧川氏も「IoTのキープレイヤーはSIer。顧客の課題を理解し、ソリューションをつくり、それを提供していく。われわれはこのループの中に5Gが入って、加速していくというイメージを持っている。使いようによっては、何にでも利用できることから、SIerにとって5Gは重要なポジションを担っていくだろう」と強調する。
NTTドコモの宮本氏は「SIerの5Gへの関心は非常に高い」と話す。同社今年1月、パートナーに5Gの検証環境を無償提供する「ドコモ5Gオープンパートナープログラム」を発表。10月9日現在、参加企業・団体は1800を超えており、ITベンダーやサービス事業者だけでなく、学校や自治体を巻き込んで5G活用への取り組みが進んでいるという。5G関連ビジネスに、SIerが入り込む土壌が出来上がりつつあるのだ。
キャリアは要件を求めている
サービスエリアや端末などの環境整備がこれからの5Gでは、たとえソリューションを作り上げたとしても、商用化できるまでどれだけの期間が必要なのか、まだ分からない。そのため、5Gに関心があるITベンダーであっても、通信サービスが始まってから取り組もうと考えるかもしれない。しかし、それではすでにキャリアと組んでサービスの開発を進めているITベンダーとの間に大きな差が生まれる可能性がある。
ソフトバンクの湧川氏は「パートナーが、5Gを使ってコンシューマーやビジネス向けにサービスを提供する場合、どういう要件が必要になるのかを知りたい」と語る。「基本的にコンシューマーではベストエフォートでしか提供できなかったが、ビジネスの場合だと、通信帯域保障や輻輳(ふくそう)回避、SLA(サービスレベル保証)も含めて考えていかなくてはならい。5Gでは、われわれが思い込みでネットワークを作るのではなく、顧客からこういうネットワークがほしいというニーズを踏まえてネットワークを作る」のだという。
また、現段階でのキャリアとパートナーとのやり取りが、サービスエリアの整備にも反映される可能性がある。KDDIの松永氏は「基地局は需要があるところからと考えている。都会だろうが、地方だろうが、『このユースケースで5Gを使っていきたい』と考えているお客様がいれば、基地局の設置はそこから始めていくことになる」としている。
4Gのように大部分の端末がスマートフォンであれば、通信速度やエリアの要件は定義しやすかったが、エンタープライズ向けとなると、ユースケースごとに異なる要件が出てくる。携帯キャリア各社は、パートナーと連携を深める中で要件をヒアリングし、フィードバックを得ることで、ネットワーク構築のロードマップをより明確化しようとしている。逆に言えば、今キャリアとパートナーシップを組むことで、自社が目指すサービスに合った5G環境が出来上がる可能性があるということだ。
「周波数もまだ割り当てられていない段階で、多くの企業、自治体とともに連携するというのは、3Gや4Gの頃ではあまりなかった。5Gの対象となるエンタープライズ分野では企業や団体の持つアプリケーションによって要件が違ってくるため、それに合ったネットワークを提供するのはオペレーターとしての責務だ」として、松永氏はパートナーからの要件を参考にする準備があると語る。初めてエンタープライズが主役となった5Gは、正式に始まっていない今だからこそITベンダーに商機があると言えそうだ。
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