企業向け女子高生AI「りんな」という
AIチャットボットの次なる可能性
数多くAIエンジンを開発してきたマイクロソフトだが、ディープラーニングを活用した女子高生AI「りんな」は大きな話題を呼んだ。日本でもトップクラスの普及率を持つLINEをインターフェースにしたことで多くのエンドユーザーがりんなとお喋りを楽しんだことだろう。
りんなが持つ特技は「雑談」である。家族や友人に話しかけるように、りんなに話しかけると、それにエモーショナルに応えてくれる。りんなの開発者であるマイクロソフト ディベロップメントのA.I.&リサーチの坪井一菜プログラムマネージャーは「目的を達成するタスク型のAIがある一方で、コミュニケーションを醸成するような感情的な部分を機械に持たせることも大切なのでは」と考える。その上で、「技術が発展したことで似たようなモノやサービスが生まれる中、愛着を持って接することができるキャラクターを持たせることで離れさせない理由になる」と強調する。
(左から)マイクロソフト ディベロップメントの陳湛プリンシパルソフトウェアエンジニア、
坪井一菜プログラムマネージャー
一般消費者向けサービスが目立つりんなだが、法人向けの利用でいうと、そのAIエンジンは主にマーケティングに用いられている。企業や自治体のイメージに合わせたキャラクターにカスタマイズし、広告塔として活躍している。18年8月にはこのビジネスモデルをプラットフォーム化し、「Rinna Character Platform」としてサービスを開始した。パートナー企業を通してユーザー企業ごとにカスタマイズされたキャラクターを提供する。その他、しりとりなどのゲーム機能や、ユーザー企業の製品を会話の中から紹介するレコメンド機能などを提供予定だ。マイクロソフトディベロップメント サーチテクノロジー開発統括部の陳湛プリンシパルソフトウェアエンジニアは「人に何かを推薦するには会話の中に入れることが最も抵抗感が少ないと考えている。レコメンド機能によってどれだけ自然な推薦ができるか開発を進めていきたい。また機能についてはまだまだ追加していく。期待して欲しい」と意気込んでいる。
近年、業務効率化を目的としたチャットボットがある中、りんな開発チームは異なる思考を持つ。坪井マネージャーは「AIはあくまでも統計データを基にしたものなので100%完璧な解答を出すことはできない。むしろ正解を出すのであれば人がQAを設定したほうが確実になる」と指摘する。そして「私達としては、人と一緒に新しいことを考えることの方が向いていると考えている。レコメンドのような、人に新しい選択肢をくれるというのがAIの本質だろう」と語る。
チャットボットにIBM Watsonを使う
メリット・デメリット
アイアクトが考える
Watson低価格戦略
自社内でAIを新たに構築するにしても特別なアセットや巨大なコストをかけられる企業はそう多くない。そのため、すでにAPIとして公開されている他社のAIを使うのは選択肢の一つになる。さまざまなAIエンジンが公開されているが、AIチャットボットのエンジンとして最もポピュラーなAIの一つとして挙げられるのが「IBM Watson」だ。ウェブサイトの構築・設計などを生業とするアイアクトは「Cogmo Attend」を提供。Watsonをベースにしており、同じくWatsonを基にしたチャットの中でも比較的低い価格設定になっている。また、AIベースになっていることからExcelでまとめたFAQで回答を作成することができる。月額料金とは別料金のオプションとして利用方法のレクチャーを実施しており、解約も少ないという。チャットボットシステム自体を提供するよりは、チャットボットを構築するための枠とノウハウを提供することで効率化を支援しているのである。低価格で終わるのではなく、使いやすい機能を具体的なノウハウとセットにすることで各ユーザーの課題に即したチャットボットが実現する。
(右から)アイアクトの星さくらマーケティングマネージャー、西原中也取締役CTO
AIエンジンにWatsonを選択した理由をアイアクトの人工知能・コグニティブソリューション担当の西原中也取締役CTOは「さまざまなAIエンジンを検討したが、一般的な企業が利用することを考えた場合、長年企業向けのビジネスに強かったIBMのWatsonがベストだと判断した」と語る。また、Watsonは高額ではないのかという指摘に対しては「いくつもAPIが存在する中で、当然高いものもあるが、われわれはチャットボットでの利用に適したAPIを使っている。特別高額というわけではなく、スペックもマッチしているだろう」と西原CTOは答える。
Watsonをベースにしたチャットボットの多くが月額数10万円で提供される中、同社のCogmo Attendは月額10万円という価格だ。この料金設定は、同社がこれまで取り組んできたウェブサイトの構築・設計事業に関係している。「もともとウェブサイトにチャットボットを組み込んだ場合、最も利用される機能になるだろうという想定で開発していた。サイト内検索はもちろん、システムへの書き込みも可能になる。一般的なサイト内検索機能の相場は5万から10万円、メール機能も10万円ほど。サイト機能の代替として使ってもらう場合、それぐらいの価格感でなくてはいけない」と星さくらマーケティングマネージャーは語る。
現在は既存の他社製品との連携を進めており、機能の拡充を図っている。有人チャットとの連携も検討しており、ターゲット層を開拓したい考えだ。
木村情報技術が
自社開発に踏み切ったワケ
一方、同じくWatsonをベースにしたチャットボットシステムを提供するベンダーに木村情報技術がある。同社が提供する「AI-Q(アイキュー)」は社内業務の効率化を目的としたパッケージサービス。社内の問い合わせや文書検索を効率化し、時間を創出する。16年から販売を開始し、導入企業は70社を超えている。これまでサービスを提供する中で、ユーザーがデータを用意する際に大きな負荷がかかると実感していた。そのため、社内で想定される問い合わせをプリセットで用意することで、データ準備の手間を省いている。プリセットデータのカテゴリーは約30ほどで、目的に合ったデータを選択することで、システムの導入と導入後のチューニング作業を簡略化できる。また、回答の基となるQAデータの作成補助やAIのチューニング代行サービスを用意しており、導入支援の部門に開発部門以上の人員を配置している。木村情報技術の橋爪康知取締役CIOは「チャットボットの扱いに慣れていないお客様が多い中、導入時、導入後のサポートは非常に重要な意味を持つ。多少の費用を支払ってでも支援が欲しいと考える層をターゲットにしている」と語る。
AI-Qを開発したきっかけについて橋爪取締役は「もともとWatsonが使いたくてAI-Qを開発した」という。15年頃、医療向けのカンファレンスにてWatsonの事例を見つけたことがきっかけだったといい、製薬業の業務効率化ソリューションを提供することを構想していたという。Watsonという技術が先行していたため、自社でAIを開発する予定はなかった。しかし、現在は独自エンジンの研究開発に取り組んでいる。橋爪取締役は、「Watsonは非常に優秀なエンジン。しかし、専門的な分野になると弱くなってしまう」と指摘する。チャットボットサービスの開始当初、基本的な案件には対応できていたものの、提供範囲が次第に拡大するにつれ、専門分野への対応が難しくなってきていた。橋爪取締役は「しばらくはWatsonエンジンの前段後段のシステムで調整してきたが限界があった」ため自社開発に乗り切ったという。
独自AIエンジンは開発から半年かけサービス化、現在も継続して開発を続けている。開発状況について橋爪取締役は「精度でいえばまだまだWatsonに勝てない。しかし、エンジンの前後のシステムで精度を調整するノウハウを持っていたことからサービス化することができた。今は独自エンジンの精度をWatson並みに引き上げた上で大々的に公開したいと考えている」と語る。今年中には正式なリリースを予定しているという。もともとメインステージとしていた医療分野での提供拡大を考えており「この分野でAIといえば木村情報技術だよねと言われるようなベンダーを目指す」と意気込んだ。