ITベンダーの視点3
NTTデータ、作ってからが勝負、人も知恵も大量に投じて作り込む
NTTデータは、2013年に「ビッグデータビジネス推進室」を立ち上げた。社内に分散していたIoTやAIに関する開発担当者やコンサルタントを一つの部署に集め、推進体制を強化すると同時にノウハウの集中を進めた。18年に「AI&IoT事業部」と名称を変更しているが、役割は変わっていない。
上流段階の「何がAIで解決できるのか」の部分から深く入り込み、顧客企業の生データを預かって分析し、課題と解決策を提案するところまでやることもある。「部署名からは、センサーデータなどの外部データを主に扱うようにも見えるが、従来から扱ってきた企業内の基幹データ系との連携を行うことで価値を出すことを目指している」とAI&IoT事業部コンサルティング担当課長の小林大介氏は説明する。
(左から)NTTデータの三澤弘士郎課長、奥田良治部長、小林大介課長
同社のAIビジネスの特徴は、顧客に徹底的に寄り添い、伴走することにある。「従来のSIerというと、AIならAIを組み込んだシステムを作って、『さあお使いください』というイメージだが、AIの場合はいきなり使おうとしても企業側にスキルもノウハウもない。われわれがサポートしながら実際に使っていただいて、一緒に成果を出すことが求められている」とAI&IoT事業部コンサルティング担当部長の奥田良治氏は話す。
例えば、AIを組み込んだデータ分析のシステムを開発し、稼働したタイミングで20人以上の社員が顧客企業に乗り込み、データの取得や運用が正しく行われているかを分析する。そのように対応するSI企業はあまりない、と顧客の評価も良いという。「目的はビジネスの課題解決にあるので、導入してからが勝負とも言える。運用段階での改善が不可欠なのは言うまでもない」(奥田氏)。
AI&IoT事業部が取引する顧客企業では、よく言われるようなAIプロジェクトの挫折やPoC疲れのような事態になっているところは意外と少ないという。その理由は、小さく始めて、小さな成果を長期的に積み重ねることを実践しているからだ。
「AIのモデリングから業務システムへの組み込みまで3年かかるような顧客企業もある。やりたいこと、目的がしっかりしている企業ではそれくらい時間がかかる。われわれは、その企業を技術的に支援しながら、ひたすら励まし続けるのが役割だ」(AI&IoT事業部コンサルティング統括部課長の三澤弘士郎氏)。
とはいえ、3年間なにも成果を出さないプロジェクトはあり得ない。「いくら長期的と言っても、節目節目では経営側にプロジェクトの成果を説明する必要がある。現時点での成果はこうで、今後こうなります、という道筋がなければ経営者も納得しない。そこをどう見せていくかを、顧客企業と一緒にアレンジするのが、私たちSIerの腕の見せ所とも言える」(小林氏)。短期的に華々しい成果を求めず、地道な成果を出し続けることがAIのビジネス導入の王道かもしれない。
NTTグループが持つ研究開発力をフルに生かせることも強み。ある顧客企業では高度なAIを使って課題を解決したいと考えていたが、NTTデータがみると、むしろAI以前のデータ処理のプロセスに問題があることが判明した。そのためAIの利用はいったん保留にして、別の解決策から始めることにしたという。
「NTTデータは技術に関してはマルチベンダーを掲げており、ソフトウェアも適材適所で選択する。われわれはコンサルタントではあるが、データ分析やAI研究の出身なので、技術の目利きができる。しかし、全ての顧客に特定のソリューションを一方的に推すことは絶対にしない。何が必要か、何がフィットするかを客観的に判断する。AIありきでなく、本質的にはデータ駆動型のビジネスを目指すことが重要だ」と奥田氏は指摘する。
AIプロジェクトを支援する人材の確保にも力を入れる。新卒や中途採用も行うが、同時に社内人材の教育も重要だという。新たに「AIの里」と呼ぶ社内研修制度を開始した。AI活用に関する基本的な知識や企業のDX支援ができるノウハウの教育を行う。「AIは技術の変化が非常に激しい分野なので、サービスを提供するわれわれのビジネスもどんどん変わる。それについていかなければいけない。マネジャークラスになってもインプットが欠かせない時代になっている」と三澤氏は話す。
専門家の視点
武蔵野大学 中西崇文 准教授
ビジネスインパクトを意識したAI導入の手順を知ること
ビジネスにAIを実装する際に重要なのは、「データに関する“四つの段階”を経ることだ」と指摘するのは、大規模データ分析やナレッジ共有の研究を専門とする、武蔵野大学データサイエンス学部准教授の中西崇文氏。4段階とは「表出化」「要件化」「データ化」「指標化」のことである。
武蔵野大学 中西崇文准教授
「まず必要なのは、課題とそれに対応するデータを定義する表出化、次に要素を取り出す要素化、どうやって情報を集めるかのデータ化、そして集めたデータをビジネスの指標として扱うための指標化だ。この手順を踏まないと、やみくもにデータを集めたり、分析する段階でデータの不足が生じたりして、ビジネス改善の目的が果たせなくなる」
中でも、最初の段階の表出化、つまりビジネス課題の定義が最も重要だと中西氏は言う。「多くの企業で実証実験が立ち消えになるのは、この課題の表出と定義が曖昧なことが理由。企業内でこの役割を担う人材が不足しているとも言える」
ビジネス課題の表出とは具体的にどういうものか。「ファームノートという北海道のIoTベンチャーでは、農業向けのIoTソリューションを開発し、牛にセンサーをつけて『発情期』を個別に予測して、繁殖に役立てている。酪農家にとって、発情期を逃して子牛の繁殖ができないことによる損失は1頭当たり数十万円になることは以前から分かっていた。ただ、どの牛にいわゆる“盛りが付いている”のかは、入念な観察と酪農家の経験による判断に頼らざるを得なかった。同社では個々の牛の運動量と餌の食べ方のデータを分析することで、発情期に入った牛を特定し、しかるべくカップリングで繁殖のタイミングを逃さないサービスを提供している。これにより、酪農家の作業負担も軽減している」
この事例のように、ビジネスにインパクトのある案件を実施することで、ほかにも使えるアイデアが出てくる良い循環が生まれるという。
「ビジネス課題を見つけるのは、企業内の現場担当者にしかできない。よくあるのは、データサイエンティストを雇い入れて、企業内のデータをいきなり分析させるというものだが、それではありきたりの結果しか出てこない」
AIにできること、できないことを見極める
課題がはっきりしてデータが取れる(取れている)ことが分かれば、それをどう分析するかの段階に進む。ここでも中西氏は、「AIにできることを意識して行うべき」と言う。
現在のAIにできることは、大きく分けて「ラベル付け」「回帰予測」「データの似ているところを見つける(クラスタリング)」「データの関連を探る(探索)」「推論」の五つしかなく、「データサイエンティストは、この五つの機能を組み合わせて、課題を解決する仕組みを作っていく。つまり、やみくもにデータを分析させても、出てくる結果はなんの役にも立たないことになってしまう」。課題を見つけるビジネス部門と、AIをどう使うかの分析部門の役割分担と協力が欠かせないということだ。
さらに、中西氏は「AI導入の本当のメリットは、使っていくことで学習が進み、改善していくこと」にあると言う。「1ショットのデータを分析して何か結果が得られても、それで終わりではない。その結果を踏まえてどう改善していくかが重要だ。AI自体が学習機能によって効率よくなるのはもちろんだが、AIの力を生かし、人や組織をどう変えていくのかが、むしろAI導入の本質になる」