Special Feature
熱気帯びる 複合現実への期待 企業が直面する課題の具体策となるか
2020/03/26 09:00
週刊BCN 2020年03月23日vol.1818掲載
MRは次のコンピューティングが
プラットフォームになる
「われわれはMRというテクノロジーが次世代のコンピューティングプラットフォームになると考えている」と上田プロダクトマネージャーは強調する。矢野経済研究所の予測では、25年のAR/VR/MRと360度動画の市場規模はコンシューマー、法人と合わせて1兆1952億円と試算しているが、マイクロソフトではMR単体で建設・製造・医療などの現場で4兆8000億円、一般のオフィスなどで2兆2000億円、法人全体で計7兆円の市場があると見込んでおり、MRに対する期待値は高い。3Dデータを活用して現実世界を拡張することで、PCやスマートフォンのような既存の情報デバイスでは得られなかった高い作業効率が実現するとみる。HoloLensというデバイスは直近のマイクロソフト全体の戦略上でも重要な役割を持つ。近年同社ではWindows OSからクラウドへと主力ビジネスの軸足を移してきたが、そのコンセプトは「インテリジェントクラウドとインテリジェントエッジ」という大規模なコンピューティングリソースと高機能なエッジデバイスを組み合わせる考え方がベースになっている。HoloLensはここで言うインテリジェントエッジ側のデバイスであり、より「Microsoft Azure」の活用を拡大させるツールと位置付けられている。
マイクロソフトのHoloLensの可能性
MRソリューションのキモとなるHoloLensは17年から発売されている。透過型ディスプレイや深度センサーなどを搭載し、スタンドアローンで稼働する。発表当時から実証実験を中心に活用されてきたが、19年11月には次世代機のHoloLens 2が登場した。グラスの跳ね上げ機能を追加し、装着感も大きく向上。視覚野は2倍となり、ジェスチャーの感知性能は両手指を認識できるまでになった。また、UIを刷新したことで誤操作が少なくなったことでより本格的な業務での活用を見据えたデバイスへと進化している。
HoloLens2(出典:日本マイクロソフト)
トヨタ自動車ではすでに整備業務などに導入しているほか、19年12月にはコールセンターアウトソーシング事業を展開するベルシステム24ホールディングスが、HoloLens 2を活用してユーザーサポートサービスの品質向上を目指す実証実験をスタートするなど、市場の関心は高い。
アプリケーションを用意し
すぐ使えるソリューションに
マイクロソフトではクラウドとエッジを組み合わせたユースケースの拡大を目指しており、AzureとHoloLensを連携させるサービスも多数用意している。代表的なのが「Azure Spatial Anchors」と「Azure Remote Rendering」だ。Spatial Anchorsは現実世界で認識した空間情報データをクラウド上で保管・管理し、他のデバイスでもアクセス可能にするサービス。AndroidやiOSにも対応しており、HoloLensで認識した空間データをタブレットやスマートフォンでも共有できるようになる。HoloLens 2単体の価格は約40万円ほどで、そう簡単に数を揃えられるデバイスではない。Spatial Anchorsを活用することで、HoloLensを1台購入するだけで多くのエンドユーザーが3Dデータの価値を共有できるようになるのだ。一方のRemote Renderingは、3DデータをAzureでレンダリングしその結果をHoloLensへとリアルタイムに反映するサービス。HoloLensは自身で一定のコンピューティングリソースを持つがそれにも限界がある。建築物全体のデータなど非常に巨大なデータを読み込む際、HoloLensだけで動かなければ、Azureの巨大なコンピューティングリソースでそれを動かそうという考え方だ。
そのほか、「Dynamics 365」にはHoloLensで活用できる設計支援や遠隔地視覚共有といったアプリケーションを用意。Dynamics 365を利用していればHoloLensを購入してすぐに業務で活用できるような動線を構築している。
HoloLensは
MRのSurface
一方で、今後よりHoloLensを本格的に普及させていくにはパートナーによるソリューションの開発やユーザーの開拓が必須となる。同社では17年から「Microsoft Mixed Realityパートナープログラム(MRPP)」を展開し、ここ3年近くで20社以上が同プログラムに加入している。加入企業には日本マイクロソフトによる営業機会や開発情報が早期に提供される。基本的にはオープンなプログラムでどんな企業でも加入を申し出ることは可能だが、認定にあたってはマイクロソフトとともに実際の顧客とPoCを回し、本当に案件をこなせるかを評価する厳しいプロセスを経る。上田プロダクトマネージャーは「メインストリームの製品ではとりあえず認定だけをとるというケースもあるが、MRやHoloLensはこれからマーケットを広げていこうという段階。試験的な加入はできるだけ排除し、本当にわれわれと一緒になってマーケットを作り上げてくれる熱意のある企業とやり取りをしていきたい」と強調する。
これまで同社は「Surface」ブランドで2 in 1デバイスやタッチ操作などの新しいテクノロジーを、市場に向けて提案してきた。上田プロダクトマネージャーは「クラウドをメインビジネスとしているので、Azureと連携できるデバイスをどんどん広げていきたい。新しいマーケットをわれわれが先導して開拓することで成長スピードを加速させていく」と語る。HoloLensについても、戦略的にSurfaceと同じような位置付けにあり、パートナーとの連携は積極的に深めていく考えだ。現時点で同社はHoloLensに代表される透過型グラス搭載のMRデバイスの技術をOEMパートナーに公開していないものの、上田プロダクトマネージャーは「すでにVRデバイスの技術詳細については各パートナーに公開してきた。今後、MRについても普及状況次第で公開することも考えられる」とコメントした。
MSパートナーが語る
市場の実態
MRのテクノロジーを活用した業務支援システムに関して、本格導入の検討が進んでいるとはいえ、現時点で事例が公開されているソリューションはまだ実証実験段階のものが多い。MRPPの一社で、AR/MRシステム開発を手掛けてきたホロラボの中村薫CEOも、「確かにこれまではPoC(概念実証)段階の案件が多く、そこから先へ進めている企業が少ないのは事実」と認める。しかし、いわゆる“幻滅期”を迎えているわけではなく、「外から見えている以上に、ユーザー企業各社の本気度は高い。建設業を中心に、本当に現場の中で使いたいという企業は増え続けている」という。
引き合いが先行している建設業では、人手不足やベテラン社員の退職に伴う、技術やノウハウの移譲が切実な課題となっている。外国人労働者の受け入れも拡大しており、言葉の壁がある従業員に対し、どのように的確な教育や業務指示を行うかという問題もある。
ホロラボでは、3D CADのデータをARやMRシステム用に自動変換することで、建設や製造の現場で用いられているデータを簡単に可視化できるサービス「mixpace」を提供しており、HoloLens 2対応版も今月発売した。
中村CEOは、AR/MRの利点を「建設業や製造業の設計担当者は、建物や製品を当然3次元でとらえている。しかし、そのデータを見る段階や、コミュニケーションの段階では、紙や画面を用いるため2次元に落ちてしまう。それをものづくりの現場でまた3次元に戻している。最初から最後まで3次元で通していれば、このプロセスに関係する全員にとってよりわかりやすく、効率的になる」と説明する。
つまり、データや最終製品は3次元で生成されているにもかかわらず、途中でそれを3次元のまま見る手段がないというギャップが問題となっている。社内や顧客との間での意思疎通に齟齬が生じる恐れがあるほか、それを防ぐために模型やプロトタイプを制作する場合、制作や運搬で経済的にも時間的にも高いコストを要するという問題もある。ホロラボは、すでに存在するCADデータをHoloLensで見られる形式に変換することで、新たに3Dコンテンツを制作する追加コストなしで、3次元と2次元の間にある溝を埋めようとしている。
IT連携による
3Dデータの向こう側
情報システムとの連携によって、3Dデータの可視化という機能以上の価値が期待できるのも、AR/MRテクノロジーの魅力だ。同社のmixpaceはCADデータだけでなく、BIM(Building Information Modeling)と呼ばれる建設管理データのAR/MR化にも対応している。CADが図面に相当するデータであるのに対し、BIMはいわば「建材単位」で建物をデータ化したもので、建物の3Dモデルに加えて、それを構成する建材一つ一つについて、メーカー、サイズ、価格といった情報を付加することができる。このため、BIMのデータを可視化して工事中の建物に重ねることで、施工の進捗を視覚的に確認するといった使い方が可能になるほか、稼働中の設備に適用すれば、仮想空間上で配管に触れると、管の交換時期や必要なコストを表示するといったソリューションも実現できる。
このようなシステムを構築する場合、建設業者の業務システムがもつデータへのアクセスが必要となるが、同社ではマイクロソフトが提供するデータ活用基盤「Power Platform」を用いることでこれを実現する。Power Platformはノンコーディングで業務アプリケーションを作成できる「Power Apps」や可視化アプリケーションの「Power BI」、ワークフロー自動化ツールの「Flow」から構成されるソリューション群で、メジャーなクラウドサービスに接続するためのコネクタを用意しているだけでなく、オンプレミスの基幹システムのデータにもアクセスできる。業務システム自体に大きな改修を加えることなく、蓄積されているデータをHoloLensで活用可能になるわけだ。
現場にはまるのは
必ずしもHoloLensではない
一方で、中村CEOは「ユーザーが抱える課題によってはHoloLensである必要もない」と指摘する。ARで簡単な部材の情報や手順書といった2Dデータを表示したい場合、HoloLensを使うことで先端的な体験を得られるものの、それは「スマートグラス」などと呼ばれるより安価なウェアラブルディスプレイや、タブレットでも十分に役割を果たせるからで、むしろ「直近ではタブレットでの引き合いが非常に強い」と中村CEOは語る。特にiPadは建築現場や製造工場ですでに導入されているケースが多く、使い慣れたデバイスをそのままAR用の表示端末として利用できることが評価されているという。いずれにしろ、大企業を中心にAR/MRの本格導入を検討するユーザーは増えつつある。特に建設業のように、大手と協力会社との関係が強い業界では、大企業が活用するツールが中堅・中小企業へと降りていく傾向があり、潜在的なユーザー層は広い。次世代デバイスが登場し、アプリケーションが揃いはじめたことで、AR/MRの本格活用への道筋が見えてきた。
AR/MRを、一部の企業や開発者だけが触れる“先端テクノロジー”として見る時期は過ぎようとしている。業務で現場が抱えている問題を解決するための、“新たなデータ活用の仕組み”として捉えるべきだろう。

AR(拡張現実)やVR(仮想現実)に続き注目を集めるようになったMR(複合現実)。2017年にマイクロソフトが「HoloLens」を発売したことをきっかけに一つのテクノロジージャンルとして確立されつつある。19年11月には「HoloLens 2」が発売され、徐々にソフトウェアベンダーもそろってきた。ユーザー側でも人材不足を背景に、導入を検討し始めた企業も多い。20年は「MR元年」となるのか。
(取材・文/銭 君毅)
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