freee
繁忙期でも安定稼働できる態勢に
クラウド会計ソフトを開発・販売するfreeeは、3月2日から原則在宅勤務に移行した。決算シーズンで確定申告の時期にも重なるという、会計ソフトにとって年間で最も業務が忙しくなるタイミングでの決断となった。
佐々木大輔代表取締役は、夜間の障害時にエンジニアが遠隔でも復旧作業を行えるようにするなど、安定稼働のため長年にわたって整えてきたBCPの態勢が、今回のコロナウイルス対策においても有効だったとみている。
「もともと会計システムの問題で決算の遅れが生じるようなことはあってはならないが、エンタープライズ版をリリースして上場企業の会計管理にも多く利用いただくようになり、安定稼働に対する要求レベルが一段上がっていた。加えて、一昨年から銀行法が変わり、銀行とシステム接続する企業は金融庁の管理下に入っている。金融インフラを担うクラウドサービスの企業として、常時稼働や社会的責任について、より厳しい水準を求められるようになった」
そこで、システム的な安定稼働の担保に加え、営業や顧客サポートなども、本社が被害を受けたときでも運用できる態勢を整えてきたという。「BCPで近年強化してきたのは、仮に本社が倒壊しても、セキュアなVPN回線によってリモートで通常業務と同じことができるかの検証だ。単なるテストではなく、通常業務時と同じ量のアクセスに耐えられるのかを確認してきた」(佐々木代表取締役)。ただ、同社にとって最大の繁忙期でのフルリモート導入については、「通常のBCPではここまでのキャパシティを想定していなかった」(同)。
そこで、2月中旬の時点で最悪の事態を想定し、雇用形態を問わず全従業員が在宅勤務した場合に耐えられるかをシミュレートしたところ、「自社が保有しているハードウェアを洗い出してみると、対応できると分かった」という。それを受けて、3月2日から全従業員を原則在宅勤務へと移行。繁忙期であっても、「この事態でお客様の状況も大変であるため、しっかりとフルサービスで提供していかなければいけないと思っていた」と佐々木氏は話す。
同社ではリスク管理委員会を設けており、BCPに関する情報収集とアクションプランを策定する役割を担うほか、今回の在宅勤務の事務局も兼ねている。社員の端末、通信環境などを調査し、不足している社員には手当を行った。
チーム力で在宅勤務を乗り切る
在宅勤務の初期の段階では、極限まで例外(出社)を認めないスタンスで臨んだ。「端末の貸与や書類への捺印など、どうしても必要なものを除き、原則一切の出社を不可とした。結果的にはその制約によって、働き方のイノベーションが生まれてきた部分もあると佐々木氏は言う。
同社では、もともと営業時のコンサルティングをはじめ、商談から導入、運用支援まで、ほとんどのプロセスはリモートで実施してきた。「これまでは『どうして電話会議でやるの?』という顧客もいたが、今回の外出自粛で状況は一変した。ウイルスが収束しても、リモートビジネスの存在感は非常に大きくなると思う」と佐々木代表取締役。大口の顧客に対しては訪問も行っていたが、今後は全てリモートをメインにすることが、顧客の負担低減にもなるのではないかとみている。
長期化する状況に対して、佐々木代表取締役はどう見ているか。次のように語る。
「経済的なインパクトを起こさないという意味では、うまくいっていると評価している。ただし、もともとチームビルディング(組織形成)に力をいれてきたことで、リモートでも同じ目標に向かって業務ができているということだと認識している。現在、そこへの投資ができないことがもどかしい」
佐々木代表取締役は、在宅の長期化によって、チーム力の“貯金”が徐々に減っている点を危惧している。社内の各チームに、1日1回の雑談のビデオチャットを必須にするなど、オンラインで交流はしているものの、終日1人での仕事を続けることにストレスを感じ始めている社員もいる。互いの信頼関係がどうしても薄れてくるため、どういう対応が必要かを考えているという。
一つのヒントとして、従来から行っていた「オールハンズ」という週に1回のミーティングがある。現在オンラインで実施しているが、むしろ会議室に集まって行うよりも効果的だということが分かった。オンラインの場合は自分から発信しないことには理解してもらえないので、発信力を高める力もつくし、発表に対するリアクションがコメントの形で大量に集まる。オンラインでも活発なコミュニケーションを続けていくことが大事だという思いを、佐々木代表取締役は強くしている。
freeeでは在宅でもオンラインミーティングでコミュニケーション 活発化を図る
(提供:freee)
在宅勤務のキーワード
今回4社の取材を行うなかで、いくつか共通の話題があった。それらに加えて一部関係者の情報をまとめると、テレワーク時代の課題と解決策が見えてくる!?
在宅環境(ハード編)
在宅勤務で最も切実な問題は、オフィスのような広い机、長時間疲れない椅子がないこと。特にエンジニアからは「デュアルモニターがなくて作業効率が落ちる」という声も多い。また、自宅に固定回線が整備されていない社員がいることは、IT企業各社でもよく聞かれる課題である。
在宅環境(ソフト編)
家族。特に子供がビデオ会議に乱入するハプニングが各所で話題に。和むという意見もあるが、大変なこともあるだろう。半面、一人暮らしの在宅勤務は長期化すると寂しさが募る。こちらは真剣に対策が必要だ。
Zoom飲み会
取材した4社ともが積極活用するビデオ会議ソフトウェアのZoom。映像音声の品質が高いことがウリだが、最近では仕事だけでなく、画面越しの「ランチ」「飲み会」などにも利用されている。上記「一人在宅者」には特に好評。一説によると、Zoom飲み会は大学生にも急速に広まっているという。
自宅がオフィスになれば、オフィスも変わる
取材した複数の企業が、在宅勤務が定着すれば、オフィスのデスク定員を減らしても在宅とのローテーションでやりくりできそうだと発言。新型コロナ収束後は、オフィスのデザインが大きく変わるかもしれない。
マネーフォワード
オンラインで集まる場をつくる
マネーフォワードのBCPは、2015年から自然災害への対策を中心にしたマニュアルを策定し、改訂を加えてきた。17年に上場した後はさらに厳格になっているという。
非常時は辻庸介社長が対策本部長となり、各部門の責任者との連絡体制などを取り決めてある。「19年の8月に、全社で危機管理シミュレーションを実施した。対策本部の設置から情報伝達の確認、さらにPRの専門家のアドバイスを受けて広報対応の訓練、模擬記者会見まで行う本格的な訓練を行った」(社長室の柏木彩・広報部長)
今回の新型コロナ対策は、基本的にそれまでのBCPの範囲で対処できているという。1月下旬の役員会で新型コロナの話題が挙がり、総務を中心に情報収集を開始、2月21日に正式に対策本部を立ち上げた。3月2日からは全従業員を原則在宅勤務に。法務部門や、新入社員のPC環境を整備するインフラチームなどが必要に応じて出社していたが、現在は「全ての社員が在宅勤務をしている」(柏木部長)という。一部、契約書への押印などで出社が必要な場合もあるが、それ以外の業務は経理や決済などを含め全て在宅で対応可能としている
新入社員が入社する4月1日にはオンラインで入社式を実施した(提供:マネーフォ
ワード)
また、社員のビデオ会議の環境として、Zoomのビジネス用アカウントを全社員分用意。またZoomの使い方についてもマニュアルを作成してイントラネットにアップするなどの対応を行った。
成果については、一長一短と感じている。むしろリアルの会議よりも効率的だと感じるときもあれば、一人暮らしの社員は話し相手がいなくて寂しい、子供がいる家庭では少し大変、といった場合もある。
長期化する在宅勤務の中で、業務以外のコミュニケーションの工夫もある。創業メンバーの瀧俊雄取締役によるFinTech勉強会を不定期にオンラインで開催していたが、そこから派生して週に2回、昼の時間に瀧取締役が進行するエンタメ番組を社内向けに発信。好評を得ているという。
また毎週、毎月の朝会もオンラインで行うようにしたことで、「むしろ参加意識が高まっている」(柏木部長)。オンラインでも社員が集まる場があることが意欲向上につながっているという。さらに、社内報の編集もオンライン上で進めている。
中小企業のテレワーク導入は遅れているのか
中小企業は大企業に比べて、テレワークに対応する余裕がないという論調を見かけるが、実際に中小企業にサービスを提供してきた側としてどう感じているか。freeeの佐々木代表取締役はこう答える。
「それは半分正解で、半分間違いだと思っている。中小企業は確かに大規模なIT投資はできないので不利だが、昨今はダウンサイジングが進み、大きな投資はいらなくなっている。むしろ、大企業から仕事を発注してもらう立場という構造的問題が大きい。いくら中小企業が在宅勤務の態勢を整えていても、大企業が呼びつければ電車に乗って会いに行かなければいけない。今回の新型コロナ感染拡大で当社自身がフルリモートを実施していて、その思いを強くしている」。大企業は、取引先も含めた商流全体を守る責任として、在宅勤務を積極的に採り入れるべきだと、佐々木代表取締役は感じているという。
マネーフォワードでは、辻社長が在宅勤務する社員に対して定期的にメッセージを発信する中で、自社の顧客である中小企業を支援する方策をみんなで考えようと呼びかけているという。すでにいくつかの支援策が出てきており、グループ会社のマネーフォワードシンカによる、スタートアップ企業とベンチャーキャピタルをつなぐ資金調達窓口や、国の助成金を検索できる特設サイトなど、同社の顧客でもある中小企業の事業継続への支援に乗り出している。これらのサービスは、在宅社員が協力し合って数日間という短期間で開発している。