ソフト開発の工数を大幅に削減するローコード開発の手法が改めて注目を集めている。DX(デジタルトランスフォーメーション)関連のアジャイル的な開発と相性がよいことに加え、低コスト・短納期を武器に“不況に強い”ツールとしても有望だ。コロナ・ショックによる景気後退の懸念が強まるなか、ユーザー企業は外注費を削減し、内製化による開発ニーズが高まることが予想される。ローコード開発の手法を積極的に駆使するSIerの取り組みをレポートする。
(取材・文/安藤章司)
DXの流れに不況要素が加わる
ソフトウェア開発で、できる限りプログラム・コードを書かないようにするのが「ローコード開発」の手法やツールである。手書きでプログラム・コードを書かないため、開発のスピードや品質を向上させる効果が期待できる。近年のDXの流れの中で、素早く的確に業務やビジネスを変革するツールとしてローコード開発の手法を取り入れるユーザー企業やSIerが増えている。
さらには現在、コロナ・ショックでユーザー企業のIT予算の削減が危惧されている。そうした中で、ローコード開発はエンジニアの動員数が少なくて済む分、コストを抑えられる点が改めて評価されている。
DXの文脈では、古い設計の基幹系システムやクラサバ時代の遺物といったレガシーシステムを、ウェブやスマートデバイスの画面に対応できるようにしたり、システムを作り直す際にローコード開発の技術基盤に切り替えたりするケースが多い。ローコード開発ツールは、データベースの設計からテスト環境、次のバージョンアップにつなげる改善策のフィードバックまでの基盤を提供するものから、画面設計を中心とした比較的簡易なツールまで幅広くある。
例えば、ポルトガル発祥の「OutSystems(アウトシステムズ)」やウルグアイに本社を置く「GeneXus(ジェネクサス)」は、基幹系システムの刷新を重視する傾向があるのに対し、キヤノンITソリューションズの「Web Performer(ウェブパフォーマ)」や、沖縄のジャスミンソフトが開発する「Wagby(ワグビィ)」 は、ウェブアプリケーションのUI(ユーザーインターフェース)設計に長けている。ローコード開発ツールを活用するSIerは、ローコードの手法を活用したいと考える分野によってツールを選択している。
プログラム・コードをできる限り書かないという手法をより広く捉えれば、古くはグループウェアのLotus Notes(ロータスノーツ)、今ならばサイボウズのkintone(キントーン)やSalesforce(セールスフォース)上につくられた業務アプリケーションも、広義のローコード開発と位置づける人もいる。また、NTTデータの「TERASOLUNA(テラソルナ)」といったSIerが独自に構築した開発フレームワークなどもローコード化へのアプローチの一つと捉えられる向きもある。クラウド上のアプリケーションやSaaSを組み合わせるのもコードを書かない方法の一つだ。
今回は基幹系システムの刷新にも応用可能な汎用性の高いツールに焦点を当ててレポートする。
内製化の流れを最大限に活用
ローコード開発は景気後退の局面でも注目される傾向がある。ユーザー企業が財務的に厳しくなるのに伴い、大型のIT投資が縮小、先送りされるなかで、限られた予算でもソフト開発やシステムの改修が行えることがその理由だ。
ローコード開発をシステム構築(SI)の主軸に据えるBlueMeme(ブルーミーム)は、リーマン・ショックのどん底にあった2009年に事業をスタート。当時は手組みのソフト開発の案件が軒並み先送りとなり、大手SIerはSE稼働率の低下に頭を悩ませていた。プログラム・コードを手書きしていてはコストがかさんで予算縮小にあえぐユーザー企業のニーズに合わない。そこで、ブルーミーム創業者の松岡真功・代表取締役は、「パッケージソフトやSaaS/ASP、自動プログラミング(現ローコード開発)であれば、ユーザーあたりのコストを抑えられる」と考えた。
しかし、創業間もない当時のブルーミームにとって、開発費がすべて持ち出しとなるパッケージやSaaSの開発はリスクが大きすぎる。また市場全体を見渡しても請け負いのソフト開発の規模のほうが何倍も大きい。大型プロジェクトこそ景気後退で先延ばし、縮小になったが、「小口でスピード感が求められるソフト開発市場はむしろ拡大する」(松岡代表取締役)と予測。そこで、コストとスピードを両立させるローコード開発と、俊敏性のあるアジャイル開発の手法を組み合わせることで、リーマン・ショック後の不況を乗り切り、今の成長につなげた。
また、ローコード開発は「内製化指向」にも対応しやすい側面もポイントになる。企業は財務が緊迫してくると、外注費の削減を進めることになり、結果としてユーザー企業内で行う内製化率が高まる。実際には情報システム部門や情報システム子会社のSEを活用することになるが、少ない人数でもまとまった規模の業務アプリケーションを開発できるローコード開発ツールが重宝される。
元請け案件の獲得に効果あり
内製化指向が強まると、ユーザー企業から外部に出すソフト開発の仕事が減り、玉突きで元請けの大手SIerも外注費の削減と内製化率を高める。リーマン・ショック後には、それまで大手SIerの下請けで仕事をしてきた中小SIerの仕事がなくなる現象が発生した。「リーマンを上回る危機」とささやかれる今回のコロナ・ショックでも、同様の現象が起きる可能性がある。売上高に占める下請け比率が高い中小SIerにとっては危機的な状況となりかねない。
解決策への近道は元請け案件を伸ばすことだ。ユーザー企業の内製化指向のニーズに応えて、ローコード開発の手法による開発を提案することで、元請けベンダーとしてユーザー主導のローコード開発を支援するチャンスが増える。システム開発を丸ごと請け負うわけではないため、売上規模は相対的に小さくならざるを得ないが、一方でユーザーの内製化の一部を元請けとして手伝うことがきっかけとなり、景気回復後もユーザー企業との直取引が続く道が開けやすくなるメリットはある。
15年からローコード開発ツールのWeb Performerを使ったシステム提案を行ってきたSIerのキーウェアソリューションズでは、「Web Performerを使用した案件はすべて元請けで受注できている」(荒河信一・取締役執行役員常務)という。ここ数年はユーザー主導で推し進められるDXの流れで内製化ニーズが拡大。そのニーズにWeb Performerを使った提案が合致したことが挙げられる。コロナ・ショック後の景気後退局面で内製化指向が一段と強まれば、そのニーズをローコード開発によって捉えられる可能性が高まってくる。
ローコード開発は、手組みでプログラム・コードを書く場合に比べて工数が少ないため、動員するSEの数も少なくて済む。SEの頭数で売り上げを伸ばすビジネスとは方向性が大きく異なるものの、試行錯誤を繰り返して最適解を求めるDX推進の取り組みや、景気後退局面における内製化指向の強まりへの対応力に優れていることから、仮に売上規模が縮んだとしても、ユーザーニーズに的確に応えることによる価値の増大、引いてはSIerの粗利率の向上につながりやすく、総じて変化や不況に強い開発手法だと言える。
次ページ以降は、ローコード開発ツールを駆使してビジネスを伸ばしているSIerの動きを詳しくレポートする。
アライズイノベーション
パッケージソフトの実装に活用 「Wagby」の自由度の高さを評価
パッケージソフトを開発するベンダーもローコード開発の手法を取り入れている。人工知能(AI)を駆使した文書読み取り(OCR)ソフト「AI Read」を開発するアライズイノベーションは、AI OCRを業務に適応させるための画面開発ツールとして「Wagby」を活用している。
清水真 社長
AI機能を組み込んだAI Readは、従来のOCRに比べて大幅に認識精度が高まっており、紙の書類やファックスの活字だけでなく、手書き文字の読み取りにも精度を発揮している。ただ、いくら認識精度が高まったからとはいえ、最後は人の目でチェックする工程が必要とされ、そのチェックや修正に必要な画面設計や開発にWagbyを使っている。
読み取り対象の画像データを整理したり、読み取ったデータを基幹系システムに入力したりといった定型作業は業務自動化ソフト(RPA)の「WinActor(ウィンアクター)」を活用。これら一連の「紙からデジタルへの業務プロセスの自動化を推進するビジネス」(清水真社長)を同社は主軸に据えている。
ローコード開発ツールにWagbyを選んだ理由は、自動生成したプログラム・コードの手直しを許可している点にある。「99%満足なコードが生成できても、わずか1%ができないという歯がゆさがない」(同)ことを評価した。国産ソフトで国内ユーザーの声が届きやすいことも評価ポイントだ。
コロナ・ショックで多くの企業が厳しくなるなか、特に紙からデジタルへの変換作業を省力化し、コストを削減するニーズが一段と強くなると同社は見ている。景気後退の局面にはユーザーの属する業界の再編に勢いがつくことはリーマン・ショックで経験済み。再編のタイミングで業務を見直す流れに乗ってWagbyを駆使したAI Readの業務への実装、そしてWinActorによる業務自動化のビジネスを推進していく。
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