CDN(コンテンツデリバリーネットワーク)の市場が拡大を継続している。直接の牽引役となっているのは、Webコンテンツ自体の増加・大容量化だが、近年CDNサービス事業者各社は、コンテンツの高速伝送に加えて、Webアプリケーションを保護するセキュリティ機能や、エッジ処理機能の充実に力を入れている。大手パブリッククラウドもCDN機能を強化する中、CDN専業ベンダーが企業の支持を拡大し続けている理由は何か。主要各社にセールスポイントを聞いた。(取材/銭 君毅 文/日高 彰)
ITサービス市場で
2ケタ成長を継続
地理的に分散した多数のサーバーや広帯域のバックボーンネットワークを通じ、コンテンツを高速かつ安定的に配信するCDN。音楽や動画など大容量のマルチメディアコンテンツの配信や、多数のユーザーが同時にアクセスするオンラインゲームの提供には欠かせない存在になっている。
CDN自体は新しいものではなく、1990年代後半にはインターネットのボトルネックを解消するソリューションとして商用サービスが始まっている。基本的な仕組みは、元のWebコンテンツを格納する「オリジンサーバー」とは別に、そのコンテンツを一時保存する「キャッシュサーバー」を用意し、エンドユーザーに対してはオリジンサーバーではなくキャッシュサーバーからコンテンツを届けることで、オリジンサーバーの負荷を軽減し、大量のアクセスや大容量の転送が発生したときもオリジンサーバーがダウンしないようにするというものだ。インフラの構成はCDN事業者によってさまざまだが、大手事業者は高性能な大規模ネットワークをグローバルに構築しており、エンドユーザーが世界中どこにいても、できるだけ高速・低遅延でコンテンツを配信できる仕組みにしている。
米調査会社のMarketsandMarketsは、昨年発行した調査報告書で、世界のCDN市場は2019年の124億ドルから、24年には221億ドルまで拡大すると予測している。平均すると、毎年12.3%の成長が5年継続する計算だ。コンテンツ配信サービスのみならず、ビジネスシーンでも動画が日常的に用いられるようになっており、さらに5Gのサービス開始がコンテンツの大容量化に拍車をかけている。また、日本市場について言えば、テレビ局がNHK・民放とも番組のオンライン同時配信に乗り出したこともCDN需要増の大きな追い風になっている。
しかも、昨今報じられているように、新型コロナウイルスの感染拡大で世界中の人々が外出を避け、自宅で過ごす時間が長くなっていることから、3月以降インターネットのトラフィック増に加速度がついている。実際には今後、先に挙げた予測値以上にCDNの市場が拡大する可能性が高い。
訴求ポイントの中心は
セキュリティ機能に
CDN事業者は、このような急激なトラフィック増に対応するためにインフラの強化を継続しているが、大容量のコンテンツを安定的に転送するというサービス自体は、性能的な差は発生したとしても、機能的な違いは見えにくい。一方、事業者間で競争が激しくなっているのが、Webアプリケーションの信頼性や可用性を担保するための周辺機能だ。
各社が注力しているポイントとして口を揃えるのが、Webアプリケーションを保護するためのセキュリティ機能だ。具体的には、Webサーバーやアプリケーションの脆弱性を突く攻撃トラフィックをブロックするWAF(Webアプリケーションファイアウォール)と、大量の同時アクセスを意図的に発生させてサービスを妨害するDDoS攻撃への対策機能だ。
顧客情報や決済などをオンラインで取り扱う業種では、WAFやDDoS対策の重要性は明らかだが、情報提供を目的とした一般的な企業のWebサイトでも、改ざんによってエンドユーザーのPCや他のサーバーへの攻撃に使われたり、本来多くの人に情報発信をしたい非常時にサイトがダウンしたりといったトラブルが発生すると、責任や評判失墜の問題になる。
従来であれば、このような事態に備えるにはインターネットとWebサーバーの間にセキュリティ機器を設置するのが定石だったが、機器を増やせば管理の手間も増大する。さらに、Webアプリケーションの脆弱性やそれを利用した攻撃手法をめぐっては、常に新しい情報が発生しており、一般企業の運用担当者がその動向をフォローし続けるのは難しい。
また、クラウドの普及以降、企業はITインフラを自社で保有・運用するのではなく、サービスとして利用したいという意向が強くなっている。Webサイトにアクセスしてくるエンドユーザーとオリジンサーバーの間に位置するCDNが、セキュリティ機能をマネージドサービスとして提供しているのならば、企業にとってはそれを利用するのが自然な選択肢になる。複数の製品やサービスを組み合わせるより、もともと大量のアクセスをさばくことに長けているCDNにセキュリティ機能を集約した方が、構成・運用のシンプルさと性能の両面で有利になるからだ。
このような特徴がニーズにマッチする典型的な業種が、政府・自治体だ。サイバー攻撃のターゲットになりやすく、万が一情報漏えいやシステムの不正操作が行われた場合の被害は甚大。さらに、自然災害などが発生した場合、多くのユーザーが情報を求めて殺到する。CDNを導入すれば、非常時の情報発信継続を目的としたインフラ強化と同時に、攻撃に対する防御力も高められるので、サービスの可用性をトータルで改善できる。
Eコマースのような、Webアプリケーションの運用が事業活動そのものである業態にとってCDNの重要性は言うまでもないが、最近では製造、飲食、医療、教育から、場合によっては農林水産業に至るまで、あらゆる業種でWebサービスやモバイルアプリに依存した事業が展開されている。動画配信のように常にヘビーなトラフィックが発生するサービスでなくても、セキュリティ強化やサービスの安定稼働のため、CDNが求められるシーンは増えている。
パブリッククラウドとは
補完的な関係に
近年では新しいWebアプリケーションを立ち上げる際、基盤としてパブリッククラウドを使うことが一般化している。多くのパブリッククラウドは、WAFのようなセキュリティ機能を提供しているほか、Amazon Web Servicesの「Amazon CloudFront」のように、パブリッククラウドが自らのCDNサービスも用意している。これらの機能を利用すれば、あえて専業のCDNを別途利用する必要はないようにも思えるが、実際にはCDNとパブリッククラウドはともに伸びている。
AWSやAzureなどの大手パブリッククラウドは豊富な機能を用意しているが、クラウド事業者自身から提供されるサポートは限定的で、基本的にユーザー自身がサービスの仕様を理解し、必要なコンポーネントを組み合わせてアプリケーションを構築する必要がある。それに対し、専業のCDN事業者はWebアプリケーションの運用に特化した機能を揃え、パフォーマンスとセキュリティを高めるためのベストプラクティスを提供している。当然のことながら企業にとってクラウドを使いこなすことは目的ではなく、重要なのはWebアプリケーションの運用を通じてビジネスの成果を上げることであり、その意味では専業CDNサービスの方が企業のニーズには直結している。
また、パブリッククラウドから見ると、CDNはエンドユーザーにより近い位置に配置される、言わば「エッジ」寄りのインフラである。エンドユーザーの端末の画面サイズに応じて異なる形式のコンテンツを配信したり、地域によって広告を出し分けたりといった処理は、エッジ側で行った方が効率が良く、ユーザーにも高品質の体験を提供できる。また、一部のCDN事業者は、IoTセンサーからのデータ収集・分析のためのエッジコンピューティング基盤として、CDNを活用する提案を行っている。
機能的には、パブリッククラウドと専業CDNは重複する部分が多くなっているが、もともとグローバルにコンテンツを配信するためのインフラとして発展し、世界の主要インターネットサービスプロバイダーとダイレクトに接続されているCDNは、エッジ処理の基盤としてはパブリッククラウドよりも有利な立ち位置にある。確かにCloudFrontのような“パブリッククラウド純正”のCDN機能は売り上げを伸ばしているが、CDN専業ベンダーの領域を完全に侵食するというよりは、むしろ補完的な関係で双方の市場が拡大していくと予想される。
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