新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の発令によって、外出自粛の動きやテレワークの採用が一気に広がっている。これにより、国内のインターネットトラフィックが急増。特に昼間帯での通信量の増加が顕著だ。自宅でビデオ会議などのコラボレーションツールを活用する例も増加しており、こうした動きは今後の新たな標準になる可能性もある。将来的に、オンライン教育も本格的に始まれば、ネットワークトラフィックの負荷がさらに増大するのは明らかだ。日本のネットワーク環境はアフターコロナの社会に対応することができるのだろうか。(取材・文/大河原克行 編集/前田幸慧)
インターネットサービスプロバイダ(ISP)として国内最大シェアを持つNTTコミュニケーションズが4月28日に公開したインターネット接続サービス「OCN」のトラフィック推移データによると、新型コロナの感染拡大前と拡大後では、通信量に大きな差が生まれていることが分かる。
感染拡大前となる2月25日~28日の平日の通信量と、4月20日~24日の平日の通信量を比べると、夜間帯(17時~9時)のピークトラフィックでは11%増加。さらに、昼間帯(9時~17時)のピークトラフィックは49増%と、5割も増加しているのだ(グラフ参照)。
企業の在宅勤務取り入れや、自治体からの休業要請によって在宅することを余儀なくされた人たちが、昼間に自宅からネットワーク利用を開始している様子が裏付けられる。これだけ短期間に、昼間帯の通信量が一気に増加したことはない。
だが、これらのISPによるバックボーンのネットワーク帯域が飽和状態になるということは当面ないといってよさそうだ。NTTコミュニケーションズの庄司哲也社長は、「平時は、夜間帯にピークに迎えるトラフィックをベースに、一定の余裕を持たせた設計ポリシーでネットワークを運用している。テレワークや在宅学習などにより、日中の通信量が大幅に増加しているが、現状の推移であれば、このまま安心して利用してもらえるキャパシティを十分確保している」と話している。
総務省の高市早苗大臣も、4月24日に行われた閣議後の記者会見で、「事業者によってばらつきがあるものの、2月下旬と比較して、平日昼間が3~5割程度、休日昼間が1~2割程度増加。夜間は平日、休日とも1割弱程度の増加となっている。緊急事態宣言が出された4月以降、インターネットの通信量は平日昼間を中心に少しずつ増加しているものの、通信ネットワークは利用のピークに耐えられるように設計されており、現時点では問題ないと考えている」と発言している。
NTTコミュニケーションズでは、具体的な通信量を公開していないが、昼間帯の通信量は2月下旬の夜間帯の通信量規模近くまでは増加しているものの、現時点では夜間の通信量を超えているわけではない。昼間帯の通信量の増大幅は、これまでと同じく夜間の通信量ピークを前提にすれば十分対応できる範囲だ。
また、夜間帯の通話量が1割程度増加したという点でも、通信量が毎年15~20%増加しているというこれまでの経緯からみれば、ISP各社が当初から視野に入れている範囲の増強で足りるともいえる。もともと余裕を持たせて設計しているということを考えれば、外出自粛や在宅勤務で通信量が増加したとしても、バックボーンネットワークへの影響は少ないといえるだろう。
なお、総務省では4月10日に、インターネットに関する官民協議会を設置。「気を抜かずにしっかりと、官民で情報交換を密に行い、通信量の状況の把握に努める」と高市大臣は述べた。4月23日には、第1回会合を開催し、電気通信事業者やコンテンツ事業者など主要30社が出席し、インターネットの通信量の状況や、通信をより効率的に行うために採るべき方法などについて議論したという。
オンライン授業の本格化で
ネットワーク増強が急務に
だが、一つ注目しておく必要があるのは、教育分野でのネットワーク利用がまだ本格化していないという点だ。
全国の小中高校に対し、政府が臨時休校を要請したのが3月2日。それ以降、新学期が始まってもその状況は続き、多くの学校が5月31日まで休校を延長している。私立を中心とした一部の学校では、オンライン授業を行ったり、児童・生徒同士のコミュニケーションにコラボレーションツールを活用したりといった動きはあるが、これは全国的にみても少数にとどまる。
政府では「GIGAスクール構想」において、2023年度までに児童生徒1人1台のPC環境を整備する方針を打ち出しており、それがいよいよ本格的に動き出した段階にある。それは言い換えれば、現時点では、在宅でオンライン授業などが行える環境にはなく、それを実現するには、学校で利用する1人1台のPCを自宅に持ち帰ることができる仕組みを全国規模で採用したり、家庭におけるネットワーク環境を整備したりといった多くの課題を解決する必要があるということだ。
そして、教育分野におけるオンラインの活用は、バックボーンネットワークにも大きな影響を与えることも想定される。
関係者の試算によると、家庭で双方向型のビデオ授業を行う際には、高画質映像と音声では1Mbpsの帯域が必要になるという。100万人がこれを同時に利用すれば、1Tbpsの帯域が必要になるという計算だ。
オンライン授業が最も導入しやすい環境にある大学生だけでも国内に約300万人いることから、1Tbpsの帯域はあっという間に埋まってしまうだろう。現在、国内の固定通信のトラフィック容量は、主要ISP9社の合計で、ピーク時には25Tbps程度と推定されており、その影響度が大きいことが分かる。ここに約640万人の小学生、約320万人の中学生、約320万人の高校生が、それぞれオンライン授業を受講するとなれば、これまでの延長線上とは異なる帯域増強が必要になる。
もちろん、1Mbpsというのは、双方向の高画質ビデオ授業という、いわば理想の環境であり、現実的ではない。音声だけの授業としたり、ストリーミング配信や事前に教材をダウンロードして、質疑応答のところだけを双方向でやり取りしたりなど、工夫の余地は大きい。例えば、音声だけならば約100kbpsで済むため、使用する帯域は10分の1に収めることができる。また、早朝の通信量は極端に減少するために、この時間帯を使って教材を多くの児童・生徒にダウンロードすることも可能だろう。
小学校や中学校などで、全ての児童や生徒に対し一斉に在宅でのオンライン授業を行うというのは今回のような特殊な状況以外には考えにくいが、こうした教育分野での利用を想定すると、これまでのネットワークに対する考え方を見直さなくてはならないのは確かであり、それに向けた設備投資や制度の整備、環境変化も必要になるだろう。のちに改めて触れるが、児童・生徒が利用する家庭のネットワーク環境の問題はより重要視されることになる。
そして、バックボーンネットワークという観点でいえば、オンライン教育の広がりによって、これまでは夜間帯のピークを前提としていた帯域設計のポリシーを、昼間帯にピークを置いたものへと変更する必要があるかもしれない。新型コロナの感染拡大によって、バックボーンネットワークに対する変化はすでに生まれているが、終息後の社会では、ネットワークの拡張性や柔軟性、信頼性に対して、これまでとは違った考え方を持つ必要がありそうだ。
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