理化学研究所(理研)と富士通が共同開発したスーパーコンピューター「富岳」が、2021年3月9日に共用を開始した。スーパーコンピューターの性能を競う世界ランキングでは2位以下に大きな差をつけて1位を獲得。本稼働前から新型コロナウイルス感染症の研究や対策のために活用されるなど、大きな注目を集めている。いよいよ研究機関や民間企業での本格活用が始まる富岳は社会のイノベーションにどんな貢献をするのか。富岳を頂点とする日本のスーバーコンピューターの開発・活用の取り組みを追った。
(取材・文/大河原克行  編集/前田幸慧)

新型コロナ対策にも活用 本稼働前から数々の実績を生む

 富岳は、スパコン「京」後継機の開発に向けた文部科学省の「フラッグシップ2020プロジェクト」により、2014年に開発がスタートした。富士通が開発、生産、評価を行い、19年12月から理研に搬入され、20年5月に設置が完了。その後チューニングなどの整備を経て、21年3月に共用を開始した。もともと21年度の稼働が予定されていたが、「国民の期待も高いことから補正予算を活用して整備を前倒しし、20年度内にフルスペックで利用を開始することにした」(文科省の萩生田光一大臣)という。

 共用が開始されるまでの間にも、富岳は多くの話題を提供した。19年11月には、富岳のプロトタイプが消費電力性能を実証する「Green500」で世界1位の座を獲得。20年6月には、理研に設置された富岳の6割程度のリソースを動かした段階で、スパコンの性能を示す世界ランキングで上位を独占。LINPACKの実行性能を指標とした「TOP500」で首位となったほか、実際のアプリでよく使われるCG法のプログラムで性能を評価する「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」、低精度演算での演算能力を評価し、AI処理能力評価を行う「HPL-AI」、超大規模グラフの探索能力で計算機を評価し、ビッグデータ分析などでの性能を示す「Graph500」の4部門において、いずれも2位に大差をつけて世界1位を獲得した。日本のスパコンが性能ランキングで首位となったのは、京が首位を獲得して以来、8年半ぶりのことだった。

 そして、20年11月に発表された最新ランキングでも、4部門で首位を維持。TOP500では2位の米国Summitに約3倍の性能差をつけ、HPCGでは同じく2位のSummitに約5.5倍の性能差、HPL-AIでは約3.6倍の性能差となった。また、Graph500では2位の中国Sunway TaihuLightに4倍以上の性能差をつけている。スパコンの性能競争は日本、米国、中国が競ってきたが、富岳によって日本は一歩抜き出た格好だ。

 HPCIコンソーシアムの朴泰祐理事長(筑波大学計算科学研究センター教授)は、「米中におけるエクサスケールシステムのスパコン開発プロジェクトは軒並み遅れており、米国エネルギー省(DOE)の『Aurora』は、18年の完成といわれていたものが、22年にまでずれ込むといわれている。中国3大エクサスケール計画も、今は情報が表には出てきていない。それに対して、富岳はすでに稼働し、成果を出し始めている」と胸を張る。

 また富岳では、文科省との連携によって、整備に支障がない範囲で約6分の1のリソースを優先的に供出し、新型コロナ対策に貢献する研究開発プロジェクトを複数実施してきた。「新型コロナウイルスの治療薬候補同定」では、2128種類の既存医薬品の中から、新型コロナの標的タンパク質と高い親和性を示す治療薬候補を探索し、数十種類の物質を発見。「室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策」においては、オフィスや教室、病室、飲食店、カラオケボックス、バス、飛行機などの室内環境において、ウイルス飛沫による感染リスクをさまざまな条件下で評価し、空調や換気、マスクなどを活用したリスク低減対策を提案した。これらは従来のスパコンでは実現できなかったものであり、共用開始前から富岳の成果が生まれている。

高性能だけでなく汎用性の高さが武器に

 4部門で世界一の性能を発揮していることからもわかるように、富岳の特徴は、単に高性能というだけではない。幅広い分野で汎用的に利用できるという点がこれまでのスパコンとは異なる。

 R-CCSの松岡センター長は、「四つの部門は、クルマに例えればスピード重視の性能と、買い物でどれくらいの荷物が積めるかといった性能を比べるぐらいに幅広い。富岳は、スーパーカーと同等以上の性能を持つファミリーカーを実現したともいえる」と説明する。
 
共用が開始されたスーパーコンピューター
「富岳」


 富岳は、Armのv8-A命令セットをスパコン向けに拡張した「SVE」を使用し、独自開発した「A64FX」と呼ばれるチップを採用している。水冷構造を採用したCPUメモリユニットにはCPUが2個ずつ搭載され、これをラックの片側に96個搭載。反対側にも同数が搭載されている。つまり、一つのラックに192枚のCPUメモリユニット、384個のCPUが搭載されていることになる。このラックが全部で432ラックあり、15万8976ノードで構成され、10万本以上の光ケーブルを使って、それぞれが400Gbpsの高性能ネットワークで接続されている。

 「スマートフォンに換算すると2000万台分の性能となる。これは国内で年間に販売されるスマホの数に匹敵する性能。富岳が2~3台あれば、日本のITのすべてをカバーできる性能を持つ」(R-CCSの松岡センター長)という。それだけの性能を持ちながら、従来のスパコン向けアプリの利用にとどまらず、広い応用分野への対応を実現しており、そこにArmの汎用性が生きている。
 
理化学研究所計算科学研究センター 松岡 聡 センター長