Special Feature
企業研究特集 セイコーエプソン 長期ビジョン見直しの真の狙いは? インクジェットへの追い風を推進力に
2021/08/09 09:00
週刊BCN 2021年08月09日vol.1886掲載

セイコーエプソンは2025年度を最終年度とする長期ビジョン「Epson 25 Renewed」に取り組んでいる。同社の事業を成長領域、成熟領域、新領域に分け、それぞれに合わせたメリハリをつけた事業運営や投資を行い、収益性の確保と将来にわたる成長を目指すことになる。コロナ禍においてペーパーレス化が進展し(関連特集12-13面)、岐路に立つプリンタメーカーとしての新たな挑戦とは――。
(取材・文/大河原克行 編集/本多和幸)
見通しの甘かった従来のビジョン
セイコーエプソンは16年3月に、25年度までの10年間の長期ビジョン「Epson 25」を発表し、20年度まではこれを推進してきた。しかし今年3月、ビジョンを大幅に見直し、「Epson 25 Renewed」を発表。25年度までの経営指標などを新たに設定し直した。
小川恭範社長は、コロナ禍での社会環境の変化が大きく影響したことを理由の一つに挙げながらも、「事業戦略や見通しの甘さに加え、過度な売り上げ成長を前提とした計画だった。また、戦略実行のスピードも不足していた」と振り返る。ハードウェア中心のビジネスモデルから脱却できず、ソリューションビジネスを創出できなかったこと、成長分野としていた商業・産業用プリンティングでは、品揃えや販売体制の構築に遅れがあったこと、デジタル化において打ち手が少なかったことなどが反省材料だという。「顧客理解や競合視点が不足し、性能の良いモノを作れば売れるというマインドが残っていた。社会要請の変化への感度不足、全社戦略への落とし込みの弱さ、戦略実行のための能力不足と自前主義への偏重といった課題も表面化した」と自らに手厳しい。
もともとエプソンは、垂直統合や自前主義を強みとしていた。インクジェットプリンタはその最たるもので、ヘッドを製造するための装置まで自前でつくりあげている。これが他社との大きな差別化につながっていた。だが、このビジネスモデルがエプソンの手掛ける全ての製品で有効なわけではない。事業領域によっては、コア部分は自ら開発しても生産は外部委託したり、一部のテクノロジーは外販することで成長戦略を描いている。
その一つが、20年度からスタートしたプリントヘッドの外販事業の本格化だ。従来の「MACH(Multi-layerACtuatorHead)」の外販に加えて、独自技術の「PrecisionCore」の外販を強化。日本を中心とする限定的な企業への外販ビジネス体制を見直し、中国や欧米の企業にも販路を拡大。商業・産業用プリンティングのデジタル化における中核的技術としてのポジションを獲得し、収益の最大化につなげる。エプソンにとっては大きな転換だ。
オフィスプリンティングは固有の強みをまだまだ生かせる
Epson 25 Renewedでは、同社事業を、成長領域、成熟領域、新領域の三つに分けている。成長領域では、年平均成長率15%という高い伸びを想定。25年度には、収益の半分をここから叩き出す考えだ。先に触れたプリントヘッドの外販のほか、オフィスプリンティングや商業・産業プリンティングも、ここに含めている。
テレワークによって出社が減り、社内での印刷機会が減少しているオフィスプリンティングや、デジタル化の進展によって印刷需要が変化している商業・産業プリンティングは有望な市場には見えないが、エプソンが成長領域に位置づけているのには同社固有の理由がある。
例えば、オフィスプリンティングで市場の主流となっているレーザープリンタは、大量、集中印刷には適しているが、新たな働き方や環境意識の高まりの中で求められている印刷の分散化や低コスト化、小型化、低消費電力化では不利。そこでインクジェットプリンタの優位性が発揮できる。オフィス内だけでなく、在宅勤務用に大容量インクタンクプリンタを提案することも可能だ。レーザーからインクジェットへのテクノロジーシフトを推進するために最適な市場環境が整ったとも言え、それに素早く着目した販売パートナーが関心を寄せている。「オフィスプリンティングでは、売る人や使う人たちにインクジェットの良さをもっと訴求する必要がある。それが理解されれば、インクジェットシフトに拍車がかかる」と小川社長は見ており、そのチャンスが訪れているというわけだ。
また、市場全体の8割をアナログ印刷が占める商業・産業プリンティングは今後、デジタル化の潮流が本格化すると見られている。コロナ禍においてデジタルマーケティングの動きが進展し、デジタル技術を活用した個別印刷や小ロット印刷、短納期生産が求められ、デジタルデータを活用した分散印刷、近消費地印刷も注目を集めている。そして、デジタル印刷はアナログ印刷の課題である作業工程の煩雑化、廃液処理をはじめとする環境負荷などの解決も可能となるため、廃棄物削減、職場環境の改善といったメリットも訴求できる。商業・産業プリンティングについては、25年度までに現在の約2倍となる2000億円の売上規模に成長させる意欲的な計画を掲げているのも、こうした背景があるからだ。
そして小川社長は「商業・産業プリンティングの領域では、ソリューション提案型営業を深化させたい」とも語る。デジタルを有効活用した顧客接点の創出、拡大地域別や領域別に重点を定めた組織強化も進めるという。
このように、インクジェット技術を中核に据えるエプソンにとっては、オフィスプリンティングや商業・産業プリンティングは大きな成長機会が見込まれる市場になった。いずれも積極的な投資により、ラインアップの拡充も図る姿勢を見せる。この分野での課題を挙げるとすれば、ソフトウェアだろう。データの利活用やカラーコントロール、リモートコネクトなどにより、新たな価値をソフトウェアでも提案できるかが鍵になる。
ROS10%以上を目標に安定的な成長の地盤をつくる
成長領域に位置づけるもう一つの領域が生産システムだ。独自のセンシング技術やデジタル技術を活用し、スカラロボットや6軸ロボットを製品化しており、「ポテンシャルが大きい事業領域」(小川社長)としている。小型射出成形機や3Dプリンタ、立体面印刷装置、ドライファイバー生産機などと組み合わせて、コンパクトにユニット化された製造装置を市場に提供。労働力不足の解決や小ロット多品種生産、近消費地生産といったニーズに対応するという。さらに、ロボットの進化、コントローラの進化、ソフトウェアの統一による次世代プラットフォームの開発にも着手。環境負荷に配慮した生産性、柔軟性が高い生産システムを創出し、モノづくりの革新を支援する方針だ。
一方、成熟領域に位置づけているのがホームプリンティング、プロジェクション、ウォッチ、マイクロデバイスだ。特にプロジェクションはコロナ禍でイベントが減少したことや、大型フラットパネルディスプレイの台頭といった市場変化の影響を受けており、筋肉質な収益構造の確立に向けて構造改革に取り組むことになる。
新領域としては、センシングと環境ビジネスを掲げる。注目は環境ビジネスだ。インクジェット技術が環境負荷の低減に貢献できることに加え、オフィスで紙を再生する「PaperLab」を製品化するなど、環境面で優位性を発揮できる商材を揃えている。
さらに、PaperLabの中核技術である「ドライファイバーテクノロジー」を活用した新たなビジネスの創出も目指す。具体的には、使用済みの紙から、再生紙や緩衝材、断熱材のほか、トレイやコーヒーカップ、椅子などを作り出す環境ソリューションビジネスに取り組む考えだ。「紙は天然由来の資源であり、石油由来のプラスチックのような地下資源に頼らない材料として活用できる。ここにエプソンの技術が貢献できる」と小川社長は語る。
Epson 25 Renewedの経営指標は、25年度に、ROIC(投下資本利益率)で11%以上、ROE(自己資本利益率)で13%以上、ROS(売上高利益率)で10%以上。小川社長は、「ROSが10%以上あると、継続的に技術開発やビジネス開拓を行うことが可能になり、世の中に貢献できる。安定的にしっかりと企業が成長できる地盤の目安になる」と語る。次の成長を見据えた基盤づくりと、新たな収益の種を生むことがEpson 25 Renewedの重点テーマとなる。
プリンタメーカーがなぜ
抜本的なペーパーレス化に取り組む?
セイコーエプソンは現在、社内の紙使用量半減に取り組んでいる。もともとプリンタメーカーのビジネスモデルは、プリンタ本体を低価格で販売し、インクの消費量を増やすことで、インクカートリッジの販売を促進。それによって収益につなげるというものだ。つまり、紙への印刷量を増やすことが収益拡大につながる。昨今では、大容量インクタンクモデルの販売を強化し、このビジネスモデルからの脱却を図ろうとしているが、国内の個人向けプリンタではまだ約1割の販売比率にとどまる。
こうした事情を考えても、プリンタメーカーであるエプソンが自ら紙半減に取り組むのは大きな決断だ。同社によると、2021年度上期(21年4月~9月)までに、1人が1日に利用する紙を前年同期比で半減させることを目指している。そのために社内のデジタル化を推進し、承認手続きや電子署名化も進めることになる。
具体的には、ネットワークにつながるプリンタの印刷実績を把握し、部門ごとに紙半減に向けた達成度を可視化。印刷ボリュームの多い業務を見直して電子化したり、会議で配布する紙の資料も削減。保管している文書の電子化(PDF化)も同時に進める。紙で残すことを許可しているのは法律などで指定されている文書だけであり、今後は、社外との契約書も電子署名化を進める考えだ。
エプソンが紙半減に取り組む理由は、市場の変化をいち早く捉え、新たなビジネスチャンスを模索する点にある。コロナ禍におけるテレワークの広がりなどによって、デジタル化に伴うペーパーレスの流れは加速している。小川社長は「プリンタの本来の目的は、紙への印刷ではなく、業務効率をあげたり、仕事を円滑に進めたり、オフィスの環境をよくすること。紙に印刷することだけが効率性を高める手段ではない。別の手段で効率的な仕事ができるのならば、紙にこだわる必要はない。紙を減らす中で、エプソンはなにができるのかということを考えている」と話す。
本質的な狙いは、全社を挙げたデジタル変革と、ニューノーマル時代におけるプリンタメーカーとしての新たなビジネスの創出である点に注目したい。

セイコーエプソンは2025年度を最終年度とする長期ビジョン「Epson 25 Renewed」に取り組んでいる。同社の事業を成長領域、成熟領域、新領域に分け、それぞれに合わせたメリハリをつけた事業運営や投資を行い、収益性の確保と将来にわたる成長を目指すことになる。コロナ禍においてペーパーレス化が進展し(関連特集12-13面)、岐路に立つプリンタメーカーとしての新たな挑戦とは――。
(取材・文/大河原克行 編集/本多和幸)
見通しの甘かった従来のビジョン
セイコーエプソンは16年3月に、25年度までの10年間の長期ビジョン「Epson 25」を発表し、20年度まではこれを推進してきた。しかし今年3月、ビジョンを大幅に見直し、「Epson 25 Renewed」を発表。25年度までの経営指標などを新たに設定し直した。
小川恭範社長は、コロナ禍での社会環境の変化が大きく影響したことを理由の一つに挙げながらも、「事業戦略や見通しの甘さに加え、過度な売り上げ成長を前提とした計画だった。また、戦略実行のスピードも不足していた」と振り返る。ハードウェア中心のビジネスモデルから脱却できず、ソリューションビジネスを創出できなかったこと、成長分野としていた商業・産業用プリンティングでは、品揃えや販売体制の構築に遅れがあったこと、デジタル化において打ち手が少なかったことなどが反省材料だという。「顧客理解や競合視点が不足し、性能の良いモノを作れば売れるというマインドが残っていた。社会要請の変化への感度不足、全社戦略への落とし込みの弱さ、戦略実行のための能力不足と自前主義への偏重といった課題も表面化した」と自らに手厳しい。
もともとエプソンは、垂直統合や自前主義を強みとしていた。インクジェットプリンタはその最たるもので、ヘッドを製造するための装置まで自前でつくりあげている。これが他社との大きな差別化につながっていた。だが、このビジネスモデルがエプソンの手掛ける全ての製品で有効なわけではない。事業領域によっては、コア部分は自ら開発しても生産は外部委託したり、一部のテクノロジーは外販することで成長戦略を描いている。
その一つが、20年度からスタートしたプリントヘッドの外販事業の本格化だ。従来の「MACH(Multi-layerACtuatorHead)」の外販に加えて、独自技術の「PrecisionCore」の外販を強化。日本を中心とする限定的な企業への外販ビジネス体制を見直し、中国や欧米の企業にも販路を拡大。商業・産業用プリンティングのデジタル化における中核的技術としてのポジションを獲得し、収益の最大化につなげる。エプソンにとっては大きな転換だ。
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