Special Feature
性能の天井を突き抜けるエヌビディアの次世代コンピューティング
2021/12/06 09:00
週刊BCN 2021年12月06日vol.1902掲載

かつてはPCやワークステーション向けのGPUメーカーだったエヌビディア(NVIDIA)だが、同社製品はディープラーニングの高速化に適していたことから、AI技術にとってもなくてはならない存在となった。そして、データが爆発的に増大する時代を迎えた今、エヌビディアは既存のアーキテクチャーでは容易には得られないコンピューティング性能を実現すべく、新たな製品戦略を描いている。11月に開催された技術イベント「GTC」での発表内容から、次世代のコンピューティング技術の在り方を探る。
(取材・文/渡邉利和 編集/日高 彰)
グラフィックスはもはやGPU用途のワンオブゼム
GPUの分野で圧倒的な存在感を示すエヌビディアは、GPUの性能を生かせるワークロードとしてAI技術の活用にもいち早く注力し、現在ではむしろAIを始めとする次世代のコンピューティング技術の新領域を切り開くことに精力的に取り組んでいる。GPUはもはやグラフィックス処理のためのデバイスというよりも、「次世代コンピューティングを実現するための要素技術」という位置づけになったような印象さえある。同社が現在注力しているのは、AI技術のさらなる発展に加え、より複雑でよりリアルなシミュレーション技術や、広範な仮想空間である“メタバース”の実現、そしてそれらを可能とするのに必要とされる演算性能を実現するための次世代コンピューティング技術の開発と言えるだろう。
コロナ禍の影響もあってオンライン開催が続いている同社のプライベートイベント「GTC」の基調講演では、創業者のジェンスン・フアンCEOが最新の技術発表やビジョンを語るのが恒例となっている。フアンCEOは米国半導体工業会が主催する年次晩餐会で最高の栄誉となる、2021年度の「ロバートN.ノイス賞」を授与されており、「業界のアイコン」と評されている。ここでは、次世代コンピューティングに向けた同社の取り組みについて概観し、今後のコンピューティングの進化の方向性について考えてみる。
CPU・GPU・DPUの組み合わせで性能を向上
エヌビディアはGPUによって評価を高め、業績を伸ばしてきた企業だが、現在ではGPU以外の製品ポートフォリオも拡大している。20年には高速インターコネクト技術のリーディングカンパニーであった米メラノックステクノロジーズ(Mellanox)を買収し、HPC分野で事実上の標準インターコネクト規格となっていたInfiniBandおよびその技術を応用した高速イーサネット技術を獲得した。さらに、同社が開発していた「SmartNIC」を発展させ、ネットワーク関連のワークロードをシステムのメインのCPUなどからオフロードすることを可能にする新たなアクセラレーターを、「DPU(Data Processing Unit)」としてGPUと並ぶ重要な製品と位置づけた。
また同社は英アーム(Arm)の買収も発表しているが、こちらは現時点ではまだ英国政府の承認が得られておらず、完了していない。とはいえ、同社はすでにArmアーキテクチャーに基づくデータセンター向け高性能CPUの「Grace」を発表済みで、23年初頭に発売予定とされている。これで、AIなどのワークロードを高速化するためのアクセラレーターとして広く活用されているGPUに加えて、DPU、CPUの3種類のプロセッサーを組み合わせるという同社の基本的な戦略が完成する形となっている。
システムの演算性能を引き上げるには演算処理を担うCPUの性能を高めればよい、というのは事実ではあるが、現在のCPU性能向上のペースでは、今後求められる演算処理性能をまかなえないという懸念がある。かつてプロセッサーの性能向上の経験的な指標としてよく言及されていた「ムーアの法則」は、直接的には半導体の集積度の向上ペースを「18~24カ月で2倍」とし、このペースが当面続くと予想したものだが、処理性能もおおむねこのペースで向上してきた。一方、データ爆発などと呼ばれる最近のデータ量の増大ペースはもっと急激な指数関数的な上昇を示しており、CPUの性能向上だけに頼っていては増大し続けるデータ量に追い付くことはできず、結果としてデータを処理しきれなくなるとみられている。
そこで、CPUに加えて各種のアクセラレーターを活用することで、システム全体の処理性能を引き上げるという発想が生まれた。もともとGPUはグラフィックス処理に特化した設計となっているが、特に大量データを「学習」するAIの処理にも適しており、AI技術の急速な発展と歩調を合わせる形で同社のGPUの用途が拡大し、AI処理のためのアクセラレーターとして脚光を浴びる形となったのは周知の通りである。CPUだけでは不足する処理能力を、特定のワークロードに特化したアクセラレーターで補う、という手法の実効性は既に実証済みだと言え、今後はどのアクセラレーターをどのような組み合わせで利用するかが問われる局面に入ってくると思われる。
ネットワークカードがCPUの負荷を肩代わり
DPUについても簡単に紹介しておくと、NIC(ネットワークインターフェース)上に以前からあったコントローラーチップを高性能化して、汎用的なソフトウェアを実行できるようにしたもの、と考えれば良いだろう。同社がDPUとして製品化した「BlueField」は、コントローラー部分にArmコアが組み込まれた形になっている。DPUの強みは、ネットワークの入り口に当たるNICの部分でパケット処理を行なえる点だ。例えば、セキュリティチェックなどをCPUの負荷を増大させることなく実行できるため、結果としてCPUを本来専念したいワークロードの処理以外の「雑務」から解放することができる。CPU自体は何も変わっていないのにワークロードの処理量は増えるということで、大きなメリットが期待されるアクセラレーターだ。
業界での支持も広がっており、たとえばヴイエムウェアでは従来メインCPUで実行されていたネットワークやストレージのI/O処理の一部をハイパーバイザーからオフロードしてDPU側で実行する「Project Monterey」を発表している。
これによってパフォーマンスの向上が見込めるほか、ゼロトラストなど最新のセキュリティアーキテクチャーに対応したより高度な保護も可能になると考えられる。サイバー攻撃が過激化する現在、データの保護はもちろんだが、今後は「処理能力を奪われない/無駄にしない」ことの重要性も高まってくるはずだ。
データの時代ということで、大量のデータを適切かつ迅速に処理できることが収益に直結すると考えられるようになった現在、逆にデータ処理を遅延させられるような攻撃を受けてしまうと経済的な損失を被ることになる。こうした観点から、データ処理を担う中核的なシステムに関しては「処理性能を保護する」ことが今後求められるようになってくるだろう。その際にはDPUのようなアクセラレーターが効果的だと考えられる。
なお、BlueFieldに関しては、昨年のBlueField-2に続き、今年はBlueField-3が発表されている。公表されているロードマップでは世代ごとに2倍以上の性能向上を実現していくとされており、開発が始まったばかりということもあって急激な性能向上が見込まれている。業界各社の支持もあることから、普及は速いと期待される。
地球環境全体のデジタルツイン構築を目指す
また、AIと並ぶワークロードとして、処理性能がいくらあっても足りないほど負荷の重い処理であるシミュレーションに関してもエヌビディアは積極的な取り組みを行なっている。物理法則に従い、現実世界の挙動を再現できる高精度なシミュレーションはHPC分野の代表的なワークロードであり、常にその時代の最先端のスーパーコンピューターなどが投入されてきた分野である。HPCの用途として昔からよく知られる例では、天気予報が挙げられるだろう。基本的な考え方としては、三次元空間を一定のサイズの格子と見なし、各交点での気温、湿度、風速、風向といった基本データを設定、周囲の交点との相互作用の結果、一定時間後にこれらのパラメータがどう変化するかを計算で求めるという作業を、全格子点に対して実施することで一定時間後の気象変化を推測できるというものだが、精度を高めようと思えば膨大な量のデータを迅速に処理する必要があるため、まさに演算性能が現状の限界を規定している分野である。
逆に、より高精度なモデル・シミュレーションを実行できるだけの演算能力が得られるようになれば、現在のような比較的短期的/局所的な天気予報にとどまらず、中長期的な気候変動、たとえば全人類規模の課題となりつつある地球温暖化などについてもより確度の高い予測が可能になることが期待できる。こうした展望を踏まえてフアンCEOは「地球環境全体のデジタルツイン化」といったコンセプトも打ち出した。デジタルツインは、いわば特定の空間をまるごとデジタル化/モデル化してシミュレーションを行なうというものだが、現状の「生産ライン」や「工場内」といった限定的な範囲ではなく、地球全体をデジタル化してシミュレーションを行なうことで、地球規模の問題の解決に繋げようというものだ。
かつて日本で作られたスーパーコンピューターに「地球シミュレーター」と命名されたことがあったが(現在も更新されたシステムが運用継続中)、現在の最高性能のHPCシステムであっても地球環境丸ごとのデジタルツイン化を十分な精度で実現することは到底できない話だろう。とはいえ、こうした将来像をビジョンとして語ることができる企業は数少ないため、同社の今後の動きからは目を離せない。
プロセッサーが再び注目集める時代に
2010年代はおおよそクラウドとアプリの時代であり、ハードウェアやプロセッサーはあまり重視されない風潮があったように思われるが、このところ再びプロセッサーの性能向上が話題に上るようになった感がある。Armベースのプロセッサーは、もともとの強みだった電力効率の高さを維持、絶対的な演算性能も急速に高めつつあり、HPCでのArmアーキテクチャーの活用も始まっている。同じくArmベースの製品としては、アップルが開発した独自プロセッサー「M1」の高性能版として「M1 Pro」「M1 Max」が追加され話題を呼んだ。
新プロセスの導入に苦戦していたインテルも新たに第12世代Coreプロセッサーを発表、単一のCPU内部にシングルスレッド性能重視のコアと電力効率重視のコアという異なる特性のコアを混在させ、ワークロードに応じてプロセッサー内部で適切なコアに処理を振り分けることで、効率と性能を大きく引き上げるというハイブリッド・アーキテクチャーを導入した。
クラウドもアプリも、突き詰めればプロセッサー上で実行されるソフトウェアであり、サービスである。ソフトウェアとハードウェアが連携して進化することでこれまで不可能だった処理が可能になる、というサイクルをこれまでも何度となく繰り返してきたが、このところのプロセッサーの進化からはまた新たなフェーズに入ったという印象を受ける。
地球丸ごとのデジタルツイン化が実現するのはまだまだ先の話だが、処理性能が向上することでこれまでは不可能だったことが可能になり、処理コストが劇的に低下し、結果を得るまでの時間が一気に短縮される。そういった変化が連鎖反応的に一気に起こり、システムの設計や使われ方がこれまでとはがらっと変わってしまうということも起こるため、こうした大きなトレンドにも目を配っておく必要があるだろう。

かつてはPCやワークステーション向けのGPUメーカーだったエヌビディア(NVIDIA)だが、同社製品はディープラーニングの高速化に適していたことから、AI技術にとってもなくてはならない存在となった。そして、データが爆発的に増大する時代を迎えた今、エヌビディアは既存のアーキテクチャーでは容易には得られないコンピューティング性能を実現すべく、新たな製品戦略を描いている。11月に開催された技術イベント「GTC」での発表内容から、次世代のコンピューティング技術の在り方を探る。
(取材・文/渡邉利和 編集/日高 彰)
グラフィックスはもはやGPU用途のワンオブゼム
GPUの分野で圧倒的な存在感を示すエヌビディアは、GPUの性能を生かせるワークロードとしてAI技術の活用にもいち早く注力し、現在ではむしろAIを始めとする次世代のコンピューティング技術の新領域を切り開くことに精力的に取り組んでいる。GPUはもはやグラフィックス処理のためのデバイスというよりも、「次世代コンピューティングを実現するための要素技術」という位置づけになったような印象さえある。同社が現在注力しているのは、AI技術のさらなる発展に加え、より複雑でよりリアルなシミュレーション技術や、広範な仮想空間である“メタバース”の実現、そしてそれらを可能とするのに必要とされる演算性能を実現するための次世代コンピューティング技術の開発と言えるだろう。
コロナ禍の影響もあってオンライン開催が続いている同社のプライベートイベント「GTC」の基調講演では、創業者のジェンスン・フアンCEOが最新の技術発表やビジョンを語るのが恒例となっている。フアンCEOは米国半導体工業会が主催する年次晩餐会で最高の栄誉となる、2021年度の「ロバートN.ノイス賞」を授与されており、「業界のアイコン」と評されている。ここでは、次世代コンピューティングに向けた同社の取り組みについて概観し、今後のコンピューティングの進化の方向性について考えてみる。
CPU・GPU・DPUの組み合わせで性能を向上
エヌビディアはGPUによって評価を高め、業績を伸ばしてきた企業だが、現在ではGPU以外の製品ポートフォリオも拡大している。20年には高速インターコネクト技術のリーディングカンパニーであった米メラノックステクノロジーズ(Mellanox)を買収し、HPC分野で事実上の標準インターコネクト規格となっていたInfiniBandおよびその技術を応用した高速イーサネット技術を獲得した。さらに、同社が開発していた「SmartNIC」を発展させ、ネットワーク関連のワークロードをシステムのメインのCPUなどからオフロードすることを可能にする新たなアクセラレーターを、「DPU(Data Processing Unit)」としてGPUと並ぶ重要な製品と位置づけた。
また同社は英アーム(Arm)の買収も発表しているが、こちらは現時点ではまだ英国政府の承認が得られておらず、完了していない。とはいえ、同社はすでにArmアーキテクチャーに基づくデータセンター向け高性能CPUの「Grace」を発表済みで、23年初頭に発売予定とされている。これで、AIなどのワークロードを高速化するためのアクセラレーターとして広く活用されているGPUに加えて、DPU、CPUの3種類のプロセッサーを組み合わせるという同社の基本的な戦略が完成する形となっている。
システムの演算性能を引き上げるには演算処理を担うCPUの性能を高めればよい、というのは事実ではあるが、現在のCPU性能向上のペースでは、今後求められる演算処理性能をまかなえないという懸念がある。かつてプロセッサーの性能向上の経験的な指標としてよく言及されていた「ムーアの法則」は、直接的には半導体の集積度の向上ペースを「18~24カ月で2倍」とし、このペースが当面続くと予想したものだが、処理性能もおおむねこのペースで向上してきた。一方、データ爆発などと呼ばれる最近のデータ量の増大ペースはもっと急激な指数関数的な上昇を示しており、CPUの性能向上だけに頼っていては増大し続けるデータ量に追い付くことはできず、結果としてデータを処理しきれなくなるとみられている。
そこで、CPUに加えて各種のアクセラレーターを活用することで、システム全体の処理性能を引き上げるという発想が生まれた。もともとGPUはグラフィックス処理に特化した設計となっているが、特に大量データを「学習」するAIの処理にも適しており、AI技術の急速な発展と歩調を合わせる形で同社のGPUの用途が拡大し、AI処理のためのアクセラレーターとして脚光を浴びる形となったのは周知の通りである。CPUだけでは不足する処理能力を、特定のワークロードに特化したアクセラレーターで補う、という手法の実効性は既に実証済みだと言え、今後はどのアクセラレーターをどのような組み合わせで利用するかが問われる局面に入ってくると思われる。
この記事の続き >>
- ネットワークカードがCPUの負荷を肩代わり
- 地球環境全体のデジタルツイン構築を目指す
- プロセッサーが再び注目集める時代に
続きは「週刊BCN+会員」のみ
ご覧になれます。
(登録無料:所要時間1分程度)
新規会員登録はこちら(登録無料) ログイン会員特典
- 注目のキーパーソンへのインタビューや市場を深掘りした解説・特集など毎週更新される会員限定記事が読み放題!
- メールマガジンを毎日配信(土日祝をのぞく)
- イベント・セミナー情報の告知が可能(登録および更新)
SIerをはじめ、ITベンダーが読者の多くを占める「週刊BCN+」が集客をサポートします。 - 企業向けIT製品の導入事例情報の詳細PDFデータを何件でもダウンロードし放題!…etc…
- 1
