ビジネスにおけるSaaSの利用がもはや当たり前となる中で、企業は新たな課題に直面している。さまざまな部署で、それぞれの業務に応じたSaaSを取り入れた結果、利用実態の把握が困難となり、不要なアカウント発生による費用損失やIDの管理不十分に起因するセキュリティ面でのリスクも浮き彫りになってきた。この企業の悩みに応じるように、ここ1年ほどで複数の国内ベンダーがSaaS管理ソリューションを投入し始めた。現時点では根本的な機能に目立つ差はないものの、各社各様の戦略でユーザーの取り込みを図っている。躍動するSaaS管理市場の現状に迫る。
(取材・文/藤岡 堯、齋藤秀平)
SaaSマーケティングプラットフォーム「ボクシルSaaS」を運営するスマートキャンプが2021年12月に公開した「SaaS業界レポート2021」によると、国内SaaS市場のCAGR(年平均成長率)は約13%を維持しており、25年の市場規模は20年実績の約2倍となる1兆5000億円まで成長すると見込まれている。
SaaS利用のあり方も変わってきているようだ。少し前までは、あるブランドのソフトウェアスイートを統合的に使うケースが中心だったが、現在では用途に合わせて、それぞれの領域で使いやすいツールを選ぶ「ベスト・オブ・ブリード」での活用が増える傾向にあると語るベンダーも少なくない。
ビジネスでのSaaS利用が急拡大するにつれ、管理に関する課題も深刻化している。利用するSaaSが増えれば増えるほど、各SaaSにぶら下がるアカウントの把握に時間と手間がかかるようになる。確認が不十分となれば、異動や退職などで使われなくなったアカウントがそのまま残り、不要な費用が発生するおそれがある。管理が行き届かないアカウントは不正に利用され、情報漏洩などにつながる可能性も否定できない。
このような悩みに対し、SaaS管理ツールは企業内で使われるSaaSを一元的に集約し、利用状況を可視化することで、管理業務の効率化を図り、費用削減やセキュリティリスクの軽減を実現する。旺盛なニーズを受け、国内ベンダーによるSaaS管理市場への参入も増えてきた。
情シスに“気づき”や“発見”を提供
メタップス
スマートフォンアプリのマーケティングや決済サービスなどを柱に成長してきたメタップスは21年3月、「メタップスクラウド」の提供を開始した。同社クラウド推進事業部事業開発グループの古川和芳・マネジャーは「スタート当時は『SaaS管理とは何か』という部分から発信が必要だったが、競合が出てきたこともあり、お客様からの問い合わせも増え、市場として非常に伸びている感じがする」と手応えを語る。プレイヤーが増えたことで、SaaS管理ツールそのものの認知が高まり、市場の開拓が進んでいるようだ。
メタップス 古川和芳 マネジャー
他社製品との差別化に関しては「(SaaS管理の)機能での優位性は微々たる差しか出ないと思っている」との見方を示す。ただ、現状では機能面で磨くべき部分は多いという。古川マネジャーは、情報システム部門の担当者に“気づき”や“発見”を提供できる段階まで機能を拡張させたいと語る。
例えば、あるSaaSの契約更新が迫っていたり、使われていないアカウントを見つけたりなどの機能が当てはまる。本来であれば、棚卸しや従業員へのヒアリングという手間のかかる作業を通じて把握していたものを、メタップスクラウド上で「ボタンをポチっとするだけで最適化できる」(古川マネジャー)ようにしたい。加えて、同社のサービスの強みであるIDaaS(ID管理)との組み合わせによって、セキュリティの課題にも対応していく。
販売戦略については「正直言えば、まだPMF(Product Market Fit)の最中だと思っている。一定水準まで機能が揃ったタイミングでマーケティングに注力していきたい」と述べ、本格的な拡販までにはさらなるブラッシュアップが必要とみる。現状はエンドユーザーからの問い合わせをきっかけとした販売が中心なこともあり、当面は直販を軸としたマーケティングを進めていく構えだ。
一方で「SaaS管理ツールはパートナーとの相性はいいはず」とも分析する。SaaSを販売するパートナーは、複数のSaaSを購入した顧客に管理ツールを合わせて売り込むことで、アップセルを図ることができるからだ。ユーザーの中でさらに認知が高まれば、SaaS管理ツールの取り扱いを希望するパートナーも増えてくるとにらみ、間接販売も段階的に広げていく方針である。
市場の広がりによってSaaS管理ツールが当たり前の存在となれば、SaaSの開発段階において、ユーザーをリスト化して管理ツール側に情報提供できるような機能を標準的に備えることも期待できる。古川マネジャーは「管理ツールに非対応なら(ユーザー側が)選ばない、という状態になればいい」と期待を込める。
SaaS管理への特化が差別化ポイント
マネーフォワードi
マネーフォワードグループのマネーフォワードiは、21年11月に「マネーフォワード IT管理クラウド」を正式リリースした。競合他社がSaaS管理以外の部分で価値を提供しようとする中、今井義人社長は、SaaS管理に特化している部分が他社との差別化ポイントになっているとの考えを示す。
現在、連携可能なSaaSの数は150近くになっており、今井社長は「この数字は、他社のサービスに比べても多いはず」とし、「企業が使っているSaaSの大部分をカバーしていないと意味がない。少なくとも半分、多ければ7、8割のSaaSを管理できる世界観を実現したい」と青写真を描く。
マネーフォワードi 今井義人 社長
差別化ポイントとして挙げるSaaS管理への特化については「情報システムの担当者が一人しかいないような規模の小さい企業の場合、SaaS管理以外のこともできたほうが嬉しい」とする一方、「マネーフォワード IT管理クラウドは、SaaSの可視化が細かくできるほか、連携可能なSaaSの数が多いため、より規模の大きな企業に使ってもらいやすい」と説明。主なターゲットとする企業規模50~1000人の市場では「他社のサービスとすみ分けができるだろう」との認識だ。
サービスの拡充では、ユーザーに希望を投票してもらい、対応できる部分から着手している。3月9日には、退職者などで削除が必要になったSaaSアカウントの検知・通知、削除まで一気に処理できる「従業員オフボーディングフロー(β版)」の提供を発表した。
自社で新機能を追加することに加え、他社のサービスとの連携も進めている。これまでに、HENNGEが提供するSaaS認証基盤(IDaaS)の「HENNGE One」と連携を開始。会計ソフトの領域で競合するfreeeの「freee会計」と「freee人事労務」とのAPI連携や、freeeグループのサイトビジットが手がける電子契約サービス「freeeサイン」との連携も始めている。
今井社長は「いろいろなサービスと連携し、ユーザーに対して価値を提供していくことが最も重要。領域によっては競合するようなベンダーのサービスについても、どんどん連携していきたい」と話す。
販路は大きく二つある。一つは「マネーフォワード クラウド」シリーズのユーザーへのクロスセルで、もう一つは販売パートナーのSB C&Sとダイワボウ情報システム経由の提供だ。今井社長は「金額はまだ大きくないが、立ち上がりとしてはそこそこのペースになっている」とし、当面は闇雲にパートナーを増やすよりも、既存の枠組みで成長路線に乗せることを目指す方針だ。
ITヘルプデスクをクラウド化
ラクスル
SaaS管理から新たに法人向けIT事業に参入した事業者もある。印刷、物流、広告事業を展開するラクスルは21年9月、ITデバイスとSaaSの統合管理クラウドサービス「ジョーシス」を発表した。同社取締役の泉雄介・取締役CTOは「『初年度はこれぐらいかな』と想定していたお客様の数から数倍に達している。開発の方にも毎日のように新しい要望が入ってくる」と反響の大きさを語る。
ラクスル 泉 雄介 CTO
ジョーシスはその名の通り、情報システム部門の業務全体を効率化するサービスだ。泉CTOは「SaaS管理だけではなく、ITヘルプデスクをクラウド化したかった。その点にプロダクトとしてのユニークさがある」と強調する。
SaaS管理以外にも、外部企業と協力し、ITデバイスの調達からキッティング、台帳管理などを可能としている。多様な働き方が広がったことで、正規、非正規を含め企業へ出入りする人材が増え、デバイスもSaaSも管理コストが増大している状況を踏まえ、現場の負担を改善していくサービスとしてアピールしていく。
SaaS管理機能に関しては、SaaSアカウントのプロビジョニングを細かく設定できる点に特色があるとする。アカウント作成から権限設定、削除、削除時に残ったデータの移管など、SaaSアカウントのライフサイクル全体を管理するためにも、単純に対応するSaaS数を増やすだけではなく、できることの「深さ」も重要になると泉CTOは指摘する。
ラクスルにとって、法人向けIT事業は新たな挑戦ということもあり、確立された販路を有しているわけではないが、現時点では市場からの反響も十分にあるため、まずは顧客満足度をより高めることを最優先に取り組み、製品改良を進めて市場でのさらなる浸透を目指す。もちろん、販路拡大に向けた取り組みも検討しており、効果的なマーケティングの方法を探っているという。主要なターゲットは100~300人程度の企業に置いている。
泉CTOは「(SaaS管理市場で)明確に勝っている企業はまだ1社もない。ここから競争が激化し、今後5年ぐらいで、数社が生き残っていくのではないか」と展望する。市場での生き残りに向けては「愚直に顧客課題、顧客価値に向き合うことが大事」だとし、ユーザーコミュニティなども活用して、顧客からのフィードバックをサービスに反映させたいとしている。