AIビジネスの一翼を担っているのが自然言語処理の分野だ。マーケティングや問い合わせ対応、帳票の自動仕訳といった分野で、国内においても新興AIベンダーの存在感が高まっている。自然言語処理は、グーグル主導で開発する言語モデル「BERT(バート)」や深層学習の成果を反映するなど技術的な突破口が複数登場しており、こうした技術を応用して認識精度や実用性が大幅に向上しつつある。自然言語処理の分野で新興AIベンダーがどのような事業を展開し、ビジネスを伸ばしているのかレポートする。
(取材・文/安藤章司)
企業のマーケティング業務に応用
コンピューターが言葉や文字を認識する自然言語処理。身近なところではパソコンやスマホに実装されている日本語変換ソフト、グーグル検索、自動翻訳が挙げられる。近年ではグーグル主導で2018年に公表された言語モデル「BERT」や、AIの深層学習の飛躍的な進歩で、「自然言語処理の分野でいくつかの技術的な突破口があった」と、ストックマークの林達・代表取締役CEOは話す。
ストックマーク 林 達 CEO
ストックマークは、公開されているニュース記事や企業・官公庁の報道発表文、技報などの情報を国内外から収集。自然言語処理の技術で分析し、ユーザー企業が属する業界の動向を可視化する「Astrategy(エーストラテジー)」を19年から始めている。これまでは公開されているニュース記事を要約するサービスを手がけていたが、業種・業界別に深掘りして、「ユーザー企業が属する業界の動きを把握できるようにした」(林CEO)ことで、マーケティングにより役立つサービスへと発展させてきた。
グーグルをはじめとする一般的な検索サービスでは、業種・業界に特化した検索結果を導き出すことは難しいが、Astrategyであればユーザー企業のマーケティングや企画立案の基礎的な情報を手軽に俯瞰することが可能になる。いわば、“企業向けグーグル検索”のような位置づけだ。今後は外国語の情報の自動翻訳に加え、企業が有する顧客データや人材データも検索対象にすることなどを検討。自然言語処理の技術を生かして、より幅広いビジネスに応用できるよう努めていく。
リモートワークの浸透で弾み
チャットボットは自然言語処理を駆使した定番サービスだが、「コロナ禍期間中のリモートワークの浸透など、ここ数年の働き方の変化がチャットボット普及に弾みがついた」と、チャットボット開発ベンダーのギブリーの山川雄志・取締役は話す。
リモートワークでは、業務アプリの操作方法や業務上の不明点などについて「隣の席の人に気軽に聞けない」ことから、管理部門やヘルプデスクへの問い合わせ件数が増える傾向にあった。従来のように電話やメールで対応していては効率が上がらないため、基本的な操作方法についてはチャットボットに自動で回答させる用途に需要が高まっている。
ギブリー 山川雄志 取締役
担当者がチャットボット用にFAQ(よくある問い合わせ)一覧を作成し、このFAQの内容にそってチャットボットが問い合わせに答える。曖昧な問い合わせに対しても、自然言語処理の技術を生かして的確な回答に導いていくのが強みだ。ギブリーでは、社内の問い合わせ対応を「B2E(企業の従業員対応)」領域と位置づけ、販売に力を入れている。「担当者がいかに容易にFAQを作成し、手軽に更新を続けられるかがポイント」(山川取締役)と、担当者や管理者から見た使い勝手のよさが採用の決め手となる。
B2E領域で慣れてくると、一般顧客からの問い合わせにもチャットボットで対応させる機運が高まるという。例えば、大学で教職員向けの問い合わせにチャットボットを活用していたが、これを学生からの問い合わせに応用したり、企業が従業員向けのチャットボットのノウハウを発展させて、外部の顧客からの問い合わせにも対応できるようにしたりするといった具合だ。
「B2E領域からB2C領域への応用範囲の広がりが見られる」(山川取締役)という。また、活用事例そのものはまだ少ないが、B2B(企業間取引)における問い合わせ業務にもチャットボットを採用する動きも見られる。
「雑談AI」と補完関係を築く
チャットボット側からユーザーに注意を促す「プッシュ型」と呼ばれる活用も進んでいる。例えば、月末近くなってまだ経費精算を済ませていない従業員だけを抽出して、ビジネスチャットの通知機能と連動して精算を促すといった用途だ。プッシュ型はユーザーが常に身につけているスマホアプリと相性がよく、ギブリー製品と「LINE WORKS」の連携では、運営元のワークスモバイルジャパン主催の「LINE WORKSパートナーアワード」で「ベストコラボレーション賞」を21年に受賞している。
rinna 佐々木莉英 チーフ・ビジネス・オフィサー
ほかにも同じチャットボットを開発するrinna(リンナ)との協業も推進。一見するとギブリーのチャットボットと競合するように見えるが、rinnaは自由会話が可能なタイプのボットで、「FAQ型のボットとは競合しないどころか、補完関係を築ける」と、rinnaの佐々木莉英・チーフ・ビジネス・オフィサーは話す。同社は女子高生AI「りんな」として一躍注目を集めた自由会話ボットの開発で有名。20年6月に開発元のマイクロソフトから同事業を独立させるかたちで発足した企業だ。
自由会話ボットは「雑談AI」とも呼ばれ、人間との会話を重視した設計になっている。問い合わせに対して素早く回答を見つけ出して課題を解決するFAQ型ボットでは、「雑談」が入り込む余地はないが、一方で「雑談によってユーザーとの心の距離を縮める効果は、一般に考えられる以上に大きなビジネスチャンスとなる」と、rinna事業のエバンジェリスト役を担う得上竜一・カンバセーショナル・エーアイ・アドボケイトは指摘している。
rinna 得上竜一 カンバセーショナル・エーアイ・アドボケイト
FAQ型ボットは、問い合わせたい時しか使わないが、雑談AIであれば「最近、仕事でこんなことが辛くてさぁ」と愚痴をこぼすことも可能になる。雑談AI側は「ふぅぅん、そうなの。そりゃたいへんだね」などとそれらしい回答をして、会話を続けるよう仕向ける。従業員はチャットボットを日常的に使う習慣が身につき、いざという時に問い合わせる際はFAQ型のボットに会話を引き継ぐという補完関係が成り立つ。別の用途として、企業が運営するオンライン上の顧客コミュニティーを活性化させたり、将来的に市場拡大が期待されるメタバースの接客要員としての活躍が期待されている。
帳票の自動仕訳に応用進む
画像認識AIと自然言語処理の組み合わせによって、文書処理を効率化する取り組みも活発化している。電子帳簿保存法の改正で企業が使う帳票をデジタル的に保存しやすくなり、紙の帳票をデジタル化する需要が拡大。手書き文字の読み取りや、帳票の自動仕訳への応用が進む。
従来のOCRに深層学習を駆使した画像認識AIエンジンを組み込む“AI OCR”によって、手書き文字でも高い精度を発揮できるようになるとともに、自然言語処理の技術によって読み取った文字の意味や文脈を理解し、文書を自動的に区分けできるようにするサービスだ。
AI inside 渡久地択 CEO
AI OCRベンダーのAI insideは、昨年10月、文書処理や帳票の自動仕訳サービスに力を入れる富士フイルムビジネスイノベーション(富士フイルムBI)への技術提供を発表。複合機で読み取った文書を認識して区分けし、業務アプリに登録する富士フイルムBI製の「ApeosPlus desola」ソフトにAI insideのエンジンを提供することで、一連の業務フローを効率化した。商品名は「ApeosPlus desola Technology by AI inside」で、「技術提供元の当社名を明記しての商品化は、富士フイルムBIが第1弾。今後も提供先を増やしていく」(AI insideの渡久地択・代表取締役社長CEO)とし、他社製品との協業による販路開拓に力を入れる。
Cogent Labs 大塚登喜男 常務
同じくAI OCRベンダーのCogent Labs(コージェントラボ)は、21年12月に帳票や文書の認識・仕分けを行う新サービス「SmartRead」を投入。過去に扱ったことのないものでも、「それが請求書なのか契約書なのか、誰に宛てたもので、金額はどこで、個数はどこに書いてあるのか自動で認識することを目指す」(大塚登喜男・常務執行役員商品企画マーケティング部長)とし、従来のAI OCRの領域から文書処理の領域全体へとビジネスを広げている。