Special Feature
ITソリューションはDXにどう貢献できるのか クラウドの導入・定着が導く企業文化の変革
2022/07/21 09:00
週刊BCN 2022年07月18日vol.1931掲載

もはや企業経営のみならず、政治・行政、あらゆる組織運営における必須科目となった感のあるDX(デジタルトランスフォーメーション)だが、まだその本質が広く理解されているとは言い難い。ITソリューションを提供するベンダー側も、顧客のDXにどう向き合い、どんな価値を提供すべきなのか、模索が続いているのが現状だろう。ITベンダーが盛んにアピールするプロダクトやサービスにしても、特定の課題に対する解決策としての有効性は比較的容易に測定できても、顧客のDXにどう貢献したのかを測るには、ある程度長期的な観測が必要だ。社員数140人の中小企業がクラウドとともに歩んだ約10年の歴史から、ITソリューションとDXの関係を改めて考えてみる。
(取材・文/本多和幸 編集/齋藤秀平)
Chatterでセールスフォースのエコシステムに飛び込んだ
大創(大阪府大東市、大塚雅一社長)は、段ボールなどの打ち抜き加工に使う「トムソン型」と呼ばれる抜型と関連資材の製造・販売を手掛ける。1971年(法人設立は79年)に創業し、社員数は140人。国内に抜型の生産拠点を3カ所、資材の生産拠点を1カ所、営業所を2カ所置いており、営業範囲は全国に拡大している。海外約30カ国に販売代理店網があり、ドイツとタイには社員が常駐。直近の売上高は16億円で、うち20%近くを海外市場が占める。大塚社長がトップに就いたのは2011年。創業者で先代社長の大塚攘治氏の配慮で、その数年前から若手を積極的に採用し、社員の若返りを図っていたが、ベテラン社員と若手社員の技術・ノウハウの差が新たな課題として浮上。大塚社長は「ベテランが現場で積んできた経験をいかに全社のナレッジとして共有できるようにするかは社長就任前からの問題意識だった」と話す。
最初に試みたのはEメールによる情報共有だったが、未読メールが1000通を超えているような社員も少なくない状況で利用は徹底されず、コミュニケーション基盤には向かないと判断した。情報を収集した結果、米セールスフォース・ドットコムのビジネスチャットツール「Chatter」にたどり着き、副社長だった10年、とりあえず使ってみようとの姿勢で採用に踏み切った。
「まずはコミュニケーションのハードルをとにかく下げようということを意識した。Facebookのように、こんな料理をつくったといった話題を写真付きで投稿するなど、雑談のためのツールとして積極的に使ってもらうようにした」と大塚社長。「1年くらいの時間をじっくりかけて馴らした結果、Chatterを使う心理的ハードルが下がり、ベテランと若手のコミュニケーションが自然と活発になり、仕事の話題も増えた。結果として、具体的な案件の相談を通じたノウハウの共有などが積極的に行われるようになった」と語る。
一方で大塚社長は、Chatterをきっかけにセールスフォースのエコシステムに触れ、「セールスフォースのプラットフォームの世界に飛び込んで使い倒せば、ビジネスを成長に導いてくれる」という感触を得た。セールスフォース製品の看板であるCRM/SFAのSaaSで自分たちのビジネスを可視化できるのはもちろん、PaaSや連携アプリケーションのマーケットプレース「AppExchange」を活用し、ユーザー企業が主導権を握って幅広い業務課題に対応できるIT環境を整備できることも魅力的だった。
まだ日本市場で当たり前の選択肢ではなかったクラウドのメリットに惹かれたことも大きな要素だった。「多くの中小企業にとって、サーバーを社内に置いて管理者を抱えるというのは非常に大変なこと。そこから解放されるクラウドコンピューティングの時代が来るというSaaSのパイオニアのメッセージには感銘を受けたし、セールスフォースを経営のガイド役として頼ってみようという気持ちが生まれた」と振り返る。
社長就任と同時期にCRM/SFA(現Sales Cloud)も使い始め、セールスフォース製品の活用を拡大した。営業担当者に取引先や案件の情報を日報の代わりに入力させるようにしたほか、基幹システムと連携させ、取引先や案件にひも付けて粗利率などを容易に把握できる仕組みを整えた。大塚社長は、Chatterがビジネス上のコミュニケーションに役立つという成功体験が社内で共有されていたことで、セールスフォース製品自体への心理的ハードルが下がり、導入・定着がスムーズに進んだと見ている。
それから間もなくして、Googleマップと連携して顧客情報や案件情報を可視化できるサムライシステムの連携ソリューション「カスタマーコンパス」をAppExchangeで入手し、営業活動の効率化にも取り組んだ。このあたりから「セールスフォースのプラットフォームをいかに活用して営業活動を効率的に進めるかという発想が営業の現場にも浸透していった」(大塚社長)。結果として、11年から13年までは毎年5%以上の成長を継続する成果を挙げた。
TeamSpiritで残業時間は半減 AppExchangeの力をフル活用
ChatterとSales Cloudの利用開始後、次に課題として浮上したのは「働き方改革」への対応だ。大創のビジネスは、新規の受注があって初めて仕事が発生する典型的なフロー型ビジネスであり、注文が集中すれば長時間の残業で対応するのは当たり前という文化だった。大塚社長は「15年ほど前までは繁忙期なら日付が変わるまで残業することも珍しくなく、率直に言えば非常にブラックな職場だった」と苦笑する一方で、「社員の定着率を上げるためにも、このままの労働環境ではいけないという問題意識は入社当時から持っていた」と話す。
そこで大塚社長が打ち出したのが「長時間労働削減宣言」だった。「勝敗がつくまで仕事をする野球型ではなく、制限時間の中で勝敗をつけるサッカー型に働き方を変えよう」とのメッセージとともに、目安として月の残業時間を45時間以内に抑える方針を打ち出した。
しかし、掛け声だけではなかなか実態は変わらない。課題に応えるソリューションとして、当時のセールスフォースの営業担当者が、ある製品を大塚社長に紹介してくれた。それはAppExchange上で人気になりつつあり、勤怠管理など、業務効率化や生産性向上につながる多くの機能を備えるチームスピリットの働き方改革プラットフォーム製品「TeamSpirit」だった。
従来の勤怠管理では、各拠点で毎月、タイムカードの情報をExcelにまとめ、本社の総務部が集約していた。辻英樹・総務部部長は「それだけで1日を費やしてしまう負荷の大きい業務だった」と当時の苦労を滲ませる。
TeamSpiritの勤怠管理機能を導入後、全社員の出退勤時刻や勤務時間がリアルタイムに確認できるようになった。レポート画面では残業時間が多い社員を色分けして表示できるような工夫も施し、月の総残業時間が目安の45時間に近づいていたり、超えてしまったりしている社員を一目で分かるようにした。
社員の残業時間をリアルタイムに可視化した効果はてきめんだった。以前のように残業時間を月次で集計するだけでは、経営者もマネージャーも従業員本人も、過去の結果を追認するしかなく、生産性を上げて残業を減らすための方策を考えるモチベーションは高まらなかった。
しかし、TeamSpirit上で残業時間が積み上がり、45時間に迫っていく様子を目の当たりにすると、社内で変化が起こった。大塚社長は「特にマネージャーの意識は短期間で劇的に変わった。メンバー間の業務負荷の偏りに気を配るようになったし、社長である私ともTeamSpiritのデータを基にコミュニケーションするようになり、生産性向上のためのディスカッションがしやすくなった」と説明する。
効果は数字にも表れ、16年までの3年間で残業時間の50%削減を達成した。辻部長は「TeamSpiritで勤務体系ごとに時間外労働の当月合計、複数月平均、年度合計を自動で集計し可視化できるし、超過しそうな社員にアラートを送ることもできる」と説明。働き方改革関連法によって20年4月から、中小企業にも原則月45時間/年360時間の残業時間の上限規制が適用されたが、「デジタルテクノロジーによる勤怠管理に取り組んできたことで、法令対応もスムーズにできた」と胸を張る。
製造業は人手不足も重要な課題だが、TeamSpiritによって、多様な勤務形態や勤務条件を許容できる管理の仕組みが整い、人材採用の面でも競合に対する優位性を獲得しているという。現在は勤怠管理機能だけでなく、経費精算や電子稟議の機能も活用し、継続的な業務効率化を進めている。
SaaSによる変革の成功体験を 積み重ねることで社員にも変化が
SaaSを中心にクラウド活用とそれに伴う業務変革、意識変革に早くから取り組んできたことで、大創は「新型コロナ禍でリモートでの業務比重が増えても、慌てることなく対応できた」としている。事業環境の変化への対応力を長期的に養ってきた成果と見ることもできよう。大塚社長が何よりも手応えを感じているのは、一連のクラウドソリューションの導入が社員の自律性を高め、DXをけん引する人材の育成につながっている点だ。Chatterで課題だった技術・ノウハウの共有が進み、TeamSpiritの勤怠管理機能の導入で業務時間と業務の成果に関する考え方が変わった。その掛け合わせによる効果とも言えそうだが、ベテラン社員は、減った残業時間を暗黙知の形式知化をさらに推し進めるために使った。「このレベルの技能を身に付けるにはどんな訓練が必要か」「この業務に携わるには何を学ぶ必要があるか」といったスキルアップ/キャリアアップのための道筋を言語化し、「スキルマップ」としてまとめるという動きが自発的に起こったのだ。
セールスフォースのプラットフォームに可能性を感じた大塚社長は、社員に対して「セールスフォース製品やAppExchangeを使った工夫は積極的にやってほしい」と呼び掛けてきた。コロナ禍初期には対面での営業活動が難しくなったが、リモートでも顧客とコミュニケーションができるように、セールスフォースの「Visual Remote Assistant」を使って新しいオンライン営業のかたちを構築したのは、営業の現場で活躍する人材だという。
大創は経営者のリーダーシップの下、ビジネス基盤としてクラウドソリューションのプラットフォームやエコシステムの力をいち早く活用し、変革の成功体験を積み重ねてきた。結果的に、社員それぞれがテクノロジーを活用しながら市場環境の変化に応じて変革に取り組む企業文化を手に入れつつあるように見える。
大創の例を踏まえると、DXにおけるITソリューションの役割とは、デジタルテクノロジーによって業務や会社のあり方が大きく変わる価値をユーザーに広く理解・実感してもらい、変化や変革への前向きな意識を醸成することのようにみえてくる。

もはや企業経営のみならず、政治・行政、あらゆる組織運営における必須科目となった感のあるDX(デジタルトランスフォーメーション)だが、まだその本質が広く理解されているとは言い難い。ITソリューションを提供するベンダー側も、顧客のDXにどう向き合い、どんな価値を提供すべきなのか、模索が続いているのが現状だろう。ITベンダーが盛んにアピールするプロダクトやサービスにしても、特定の課題に対する解決策としての有効性は比較的容易に測定できても、顧客のDXにどう貢献したのかを測るには、ある程度長期的な観測が必要だ。社員数140人の中小企業がクラウドとともに歩んだ約10年の歴史から、ITソリューションとDXの関係を改めて考えてみる。
(取材・文/本多和幸 編集/齋藤秀平)
Chatterでセールスフォースのエコシステムに飛び込んだ
大創(大阪府大東市、大塚雅一社長)は、段ボールなどの打ち抜き加工に使う「トムソン型」と呼ばれる抜型と関連資材の製造・販売を手掛ける。1971年(法人設立は79年)に創業し、社員数は140人。国内に抜型の生産拠点を3カ所、資材の生産拠点を1カ所、営業所を2カ所置いており、営業範囲は全国に拡大している。海外約30カ国に販売代理店網があり、ドイツとタイには社員が常駐。直近の売上高は16億円で、うち20%近くを海外市場が占める。大塚社長がトップに就いたのは2011年。創業者で先代社長の大塚攘治氏の配慮で、その数年前から若手を積極的に採用し、社員の若返りを図っていたが、ベテラン社員と若手社員の技術・ノウハウの差が新たな課題として浮上。大塚社長は「ベテランが現場で積んできた経験をいかに全社のナレッジとして共有できるようにするかは社長就任前からの問題意識だった」と話す。
最初に試みたのはEメールによる情報共有だったが、未読メールが1000通を超えているような社員も少なくない状況で利用は徹底されず、コミュニケーション基盤には向かないと判断した。情報を収集した結果、米セールスフォース・ドットコムのビジネスチャットツール「Chatter」にたどり着き、副社長だった10年、とりあえず使ってみようとの姿勢で採用に踏み切った。
「まずはコミュニケーションのハードルをとにかく下げようということを意識した。Facebookのように、こんな料理をつくったといった話題を写真付きで投稿するなど、雑談のためのツールとして積極的に使ってもらうようにした」と大塚社長。「1年くらいの時間をじっくりかけて馴らした結果、Chatterを使う心理的ハードルが下がり、ベテランと若手のコミュニケーションが自然と活発になり、仕事の話題も増えた。結果として、具体的な案件の相談を通じたノウハウの共有などが積極的に行われるようになった」と語る。
一方で大塚社長は、Chatterをきっかけにセールスフォースのエコシステムに触れ、「セールスフォースのプラットフォームの世界に飛び込んで使い倒せば、ビジネスを成長に導いてくれる」という感触を得た。セールスフォース製品の看板であるCRM/SFAのSaaSで自分たちのビジネスを可視化できるのはもちろん、PaaSや連携アプリケーションのマーケットプレース「AppExchange」を活用し、ユーザー企業が主導権を握って幅広い業務課題に対応できるIT環境を整備できることも魅力的だった。
まだ日本市場で当たり前の選択肢ではなかったクラウドのメリットに惹かれたことも大きな要素だった。「多くの中小企業にとって、サーバーを社内に置いて管理者を抱えるというのは非常に大変なこと。そこから解放されるクラウドコンピューティングの時代が来るというSaaSのパイオニアのメッセージには感銘を受けたし、セールスフォースを経営のガイド役として頼ってみようという気持ちが生まれた」と振り返る。
社長就任と同時期にCRM/SFA(現Sales Cloud)も使い始め、セールスフォース製品の活用を拡大した。営業担当者に取引先や案件の情報を日報の代わりに入力させるようにしたほか、基幹システムと連携させ、取引先や案件にひも付けて粗利率などを容易に把握できる仕組みを整えた。大塚社長は、Chatterがビジネス上のコミュニケーションに役立つという成功体験が社内で共有されていたことで、セールスフォース製品自体への心理的ハードルが下がり、導入・定着がスムーズに進んだと見ている。
それから間もなくして、Googleマップと連携して顧客情報や案件情報を可視化できるサムライシステムの連携ソリューション「カスタマーコンパス」をAppExchangeで入手し、営業活動の効率化にも取り組んだ。このあたりから「セールスフォースのプラットフォームをいかに活用して営業活動を効率的に進めるかという発想が営業の現場にも浸透していった」(大塚社長)。結果として、11年から13年までは毎年5%以上の成長を継続する成果を挙げた。
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- TeamSpiritで残業時間は半減 AppExchangeの力をフル活用
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