もはや企業経営のみならず、政治・行政、あらゆる組織運営における必須科目となった感のあるDX(デジタルトランスフォーメーション)だが、まだその本質が広く理解されているとは言い難い。ITソリューションを提供するベンダー側も、顧客のDXにどう向き合い、どんな価値を提供すべきなのか、模索が続いているのが現状だろう。ITベンダーが盛んにアピールするプロダクトやサービスにしても、特定の課題に対する解決策としての有効性は比較的容易に測定できても、顧客のDXにどう貢献したのかを測るには、ある程度長期的な観測が必要だ。社員数140人の中小企業がクラウドとともに歩んだ約10年の歴史から、ITソリューションとDXの関係を改めて考えてみる。
(取材・文/本多和幸  編集/齋藤秀平)

Chatterでセールスフォースのエコシステムに飛び込んだ

 大創(大阪府大東市、大塚雅一社長)は、段ボールなどの打ち抜き加工に使う「トムソン型」と呼ばれる抜型と関連資材の製造・販売を手掛ける。1971年(法人設立は79年)に創業し、社員数は140人。国内に抜型の生産拠点を3カ所、資材の生産拠点を1カ所、営業所を2カ所置いており、営業範囲は全国に拡大している。海外約30カ国に販売代理店網があり、ドイツとタイには社員が常駐。直近の売上高は16億円で、うち20%近くを海外市場が占める。

 大塚社長がトップに就いたのは2011年。創業者で先代社長の大塚攘治氏の配慮で、その数年前から若手を積極的に採用し、社員の若返りを図っていたが、ベテラン社員と若手社員の技術・ノウハウの差が新たな課題として浮上。大塚社長は「ベテランが現場で積んできた経験をいかに全社のナレッジとして共有できるようにするかは社長就任前からの問題意識だった」と話す。
 
大塚雅一 社長

 最初に試みたのはEメールによる情報共有だったが、未読メールが1000通を超えているような社員も少なくない状況で利用は徹底されず、コミュニケーション基盤には向かないと判断した。情報を収集した結果、米セールスフォース・ドットコムのビジネスチャットツール「Chatter」にたどり着き、副社長だった10年、とりあえず使ってみようとの姿勢で採用に踏み切った。

 「まずはコミュニケーションのハードルをとにかく下げようということを意識した。Facebookのように、こんな料理をつくったといった話題を写真付きで投稿するなど、雑談のためのツールとして積極的に使ってもらうようにした」と大塚社長。「1年くらいの時間をじっくりかけて馴らした結果、Chatterを使う心理的ハードルが下がり、ベテランと若手のコミュニケーションが自然と活発になり、仕事の話題も増えた。結果として、具体的な案件の相談を通じたノウハウの共有などが積極的に行われるようになった」と語る。

 一方で大塚社長は、Chatterをきっかけにセールスフォースのエコシステムに触れ、「セールスフォースのプラットフォームの世界に飛び込んで使い倒せば、ビジネスを成長に導いてくれる」という感触を得た。セールスフォース製品の看板であるCRM/SFAのSaaSで自分たちのビジネスを可視化できるのはもちろん、PaaSや連携アプリケーションのマーケットプレース「AppExchange」を活用し、ユーザー企業が主導権を握って幅広い業務課題に対応できるIT環境を整備できることも魅力的だった。

 まだ日本市場で当たり前の選択肢ではなかったクラウドのメリットに惹かれたことも大きな要素だった。「多くの中小企業にとって、サーバーを社内に置いて管理者を抱えるというのは非常に大変なこと。そこから解放されるクラウドコンピューティングの時代が来るというSaaSのパイオニアのメッセージには感銘を受けたし、セールスフォースを経営のガイド役として頼ってみようという気持ちが生まれた」と振り返る。

 社長就任と同時期にCRM/SFA(現Sales Cloud)も使い始め、セールスフォース製品の活用を拡大した。営業担当者に取引先や案件の情報を日報の代わりに入力させるようにしたほか、基幹システムと連携させ、取引先や案件にひも付けて粗利率などを容易に把握できる仕組みを整えた。大塚社長は、Chatterがビジネス上のコミュニケーションに役立つという成功体験が社内で共有されていたことで、セールスフォース製品自体への心理的ハードルが下がり、導入・定着がスムーズに進んだと見ている。

 それから間もなくして、Googleマップと連携して顧客情報や案件情報を可視化できるサムライシステムの連携ソリューション「カスタマーコンパス」をAppExchangeで入手し、営業活動の効率化にも取り組んだ。このあたりから「セールスフォースのプラットフォームをいかに活用して営業活動を効率的に進めるかという発想が営業の現場にも浸透していった」(大塚社長)。結果として、11年から13年までは毎年5%以上の成長を継続する成果を挙げた。