Special Feature
人的資本情報の開示に向け HRテクノロジーが果たす役割とは
2022/08/08 09:00
週刊BCN 2022年08月08日vol.1934掲載

近年、投資家や株主が企業価値を判断する材料として、人的資本情報を開示する必要性が高まっている。しかし、これを実現していくには、従来通りの経験と勘に頼ってばかりの人材マネジメントを続けていくわけにはいかない。人事データは膨大であり、手作業では管理・分析できないからだ。その課題を解決するために重要な役割を果たすのが、HRテクノロジーだ。企業価値を向上させるために、HRテクノロジーをいかに活用していくべきかを考察した。
(取材・文/袖山俊夫 編集/齋藤秀平)
人材マネジメントに起きた パラダイムチェンジ
社会・経済のグローバル化やデジタル化の加速、働き方の多様化など、企業の経営環境が大きく変わりつつある。そうした中、日本においても人的資本経営という言葉がかなり認識され、人的資本情報の開示に向けた動きも加速している。日本では「企業は人なり」と社員重視を掲げる企業が多かった。それは果たして掛け声だけであったのか、それとも時代が移り変わり、人材との向き合い方や捉え方を改めなければいけなくなってきたのかが、問われようとしている。
そもそも、注目を集めている人的資本経営とは何なのか。山形大学学術研究院の岩本隆・産学連携教授は「人的資本とは、人材を資本と捉えて経営を行うこと。人的資本経営とは、データを活用して人材をマネジメントすることを言う。とりわけ重要になるのが、ROI(投資利益率)の概念を人材マネジメントに取り入れることだ。どう投資していけば、企業のリターンが最大化するかを考えていくことになる」と定義する。
従来は「人材」を「資源」と捉え、管理の対象とする企業が多かった。そうではなく、「人材」を「資本」と捉えて投資することで、「人材」の価値を見出し、活用し、育成することによって企業価値を創造していくというパラダイムチェンジが日本企業でも起きていると言っていいだろう。
人的資本情報の開示に向けた取り組みは、海外が先行していた。2018年には、国際標準化機構(ISO)が、情報開示のガイドラインとしてISO30414を制定。20年には、米国証券取引委員会(SEC)が、上場企業を対象とした情報開示を義務化している。こうした潮流を受けて、日本もこの数年、かなり力を入れている。
具体的には、経済産業省が人的資本に関する研究会の報告書として「人材版伊藤レポート」を20年9月に公表。22年5月には「人材版伊藤レポート2.0」も公表し、開示の具体的事例を明示。東京証券取引所は21年6月にコーポレートガバナンスコードを改訂し、人的資本に関する記載を追加した。まさに「人的資本の開示が求められる流れは、ますます加速している感がある」(岩本産学連携教授)状況だ。
大きな流れとして、情報の開示に向けた機運は高まっていると言える。ただ、人材版伊藤レポート2.0は、人的資本に関する取り組みは道半ばであると記述している。こうした中、日本企業の現状、特に企業の経営者や人事部長は、どこまで関心を寄せているのか。
パーソル総合研究所は22年5月、企業における人的資本情報の開示に関する理解・取組の実態についての調査結果を発表した。調査を手掛けた井上亮太郎・主任研究員は「企業価値における無形資産の高まりに投資家が着目している点は見逃せない」とし、「機関投資家に対するアンケート調査を見ても、日本企業の中長期的な投資・財務戦略において、人材投資の割合が最も高い」と言う。
調査では、従業員規模1000人以上の企業の役員と人事部長にアンケートを実施。上場企業の56.1%、非上場企業の40.2%が情報の開示について優先度を上げて議論していることが明らかになった。井上主任研究員は「上場企業が機関投資家向けだけに情報を開示していくのではなく、非上場企業も取り組み始めている点は、大きなポイントだ」と補足する。
さらに「情報開示は機関投資家との対話や評価という観点以上に、『優秀な人材の獲得』や『役員の意識改革』といった点に関心が寄せられている」や「企業の経営層や人事部長らの約8割が他社の動向を意識し、情報開示のあり方を模索している段階にある」なども要点だと説明する。
調査結果を通じて、情報の開示に向けた課題や難しさも見えてきた。具体的には「理想と現状とのギャップ」や「実績や達成度の低さ」「開示内容の範囲や深さ、切り口」「社内の意思統一」「開示内容の範囲や指標化」などがある。井上主任研究員は、ほかにも「定量化の難しさ」を指摘し、「どういうKPIを設定し、いかに定量化していけばいいのかについて悩んでいる企業は多い」と話す。
企業の間で議論は進んでいるが、情報開示に向けては慎重にならざるを得ない部分もある。岩本産学連携教授は「比較されることへの抵抗感」を挙げ「企業にとっては、開示しなければ、外部から自信がないと見られてしまう。開示したらしたで『こんなレベルなのか』と思われるのも困る。ここの調整は相当、戦略的に行う必要がある」とみる。
発想を転換し人事戦略を科学的に
情報の開示が求められる中、今後、企業はどのような人材マネジメントを実践していくべきか。岩本産学連携教授は「従業員一人一人の力を最大限に生かしていくマネジメントをしなければいけない。これを私は、金太郎飴型からプロスポーツ型へと表現している。チーム力も重要となる。異なる思考特性を持った個人を掛け合わせる企業文化をつくっていく必要があるからだ。それには、HRテクノロジーの力を借りるしかない」と訴える。また、井上主任研究員は人的資本への投資と情報の開示・可視化は車の両輪であると解説し「自社にとって大事な開示項目は何かを議論し、必要な情報・データを蓄積・精査するだけでなく、それらを開示し、投資家からフィードバックを受け、経営戦略をブラッシュアップしていくべきだ。その中で、HRテクノロジーの活用に関しても気づきが得られるだろう」と話す。
データに基づいた科学的な人材マネジメントの実践を唱えているのが、プラスアルファ・コンサルティングの鈴村賢治副社長で、「経験と勘に依存した属人的な判断で人事管理をするのではなく、マーケティング発想に切り替え、人事戦略を科学的に進めていく必要がある。そのためにも、ITを上手く活用し底上げしていかなければいけない」と説く。
3人に共通しているのは、HRテクノロジーの重要性だ。確かに、人事データは膨大な上に、定量的な情報だけなく定性的な情報もある。それらのデータを掛け合わせたり、時系列で継続的に数値を高めたりしていくとなると、HRテクノロジーが不可欠となってくる。実際、いろいろなサービスが人事領域で登場している。
そうした状況の中、鈴村副社長は、ある問題を提起する。「人事には採用・育成・配置・評価・活躍という時間軸でさまざまな業務がある。これまでのHRテクノロジーは、個別業務の効率化が目的で、データは部分最適化されてしまう。これでは、どうしても管理から活用にシフトできない」。その結果として、経営層から情報の開示を求められても単一のデータしか出せなくなってしまうというのだ。
同社が提供するタレントマネジメントシステム「タレントパレット」は、一つの社員IDにすべての社員情報が統合されて活用できる。しかも、過去と現在の情報も蓄積されていて、それを時系列で見ることによって未来を予測することも可能。「マーケティング思考を取り入れた科学的人事を実現する情報活用基盤となり得る」(鈴村副社長)仕組みだ。加えて、同社は現在、企業に向けた人的資本開示支援コンサルティングサービスにも注力。人事戦略に関する意思決定や人材活用を積極的にサポートしている。
業務ごとにレガシーシステムが縦割りとなっている弊害は、日本企業でよく指摘される。データを活用したいと思っても、それぞれがばらばらに管理されていて、クロス分析しにくい状況にある。これでは、情報の開示もDXも容易には進まない。レガシーシステムを一気に入れ替えるのが難しいのであれば、経営に関わるすべてのデータをワンストップで統合化できるツールを活用するところから進めるのも一つの施策となってくる。
HRテクノロジーにしても、人的資本経営にしろ、誰のため、何のためかという視点を間違ってはいけない。
鈴村副社長は「HRテクノロジーを、人事部の業務効率化のためという目的に限定すると失敗してしまう。人事だけが喜べばいいというものではなく、経営層の意思決定の精度や現場管理職のマネジメント力の向上などに加え、社員の自律的なキャリア形成も支援することが重要だ」とし、全社レベルでの人材活用のためにテクノロジーを使っていくべきだと提言する。
岩本産学連携教授も「コロナ禍に入ってから、仕事や人生を考え直す人が増えている。それだけに企業は、個々の従業員の人生をハッピーにしていかないと退職につながってしまう。重要なのは、腹落ちして仕事ができているかどうかだ。その感覚が高まらないと、人的資本経営になっていない。個人が解放されていく一方、経営者にとっては難しい時代になっている」と語る。
企業からすれば、人的資本について議論し、取り組んでいくことは、これからの自社のあり方や従業員との接し方を考え直す絶好の機会となる。その実践を支援していくことは、ITベンダーにとっても価値のある取り組みになる。各ベンダーには、顧客の社内全体にとってメリットのあるITソリューションの提案が求められる。

近年、投資家や株主が企業価値を判断する材料として、人的資本情報を開示する必要性が高まっている。しかし、これを実現していくには、従来通りの経験と勘に頼ってばかりの人材マネジメントを続けていくわけにはいかない。人事データは膨大であり、手作業では管理・分析できないからだ。その課題を解決するために重要な役割を果たすのが、HRテクノロジーだ。企業価値を向上させるために、HRテクノロジーをいかに活用していくべきかを考察した。
(取材・文/袖山俊夫 編集/齋藤秀平)
人材マネジメントに起きた パラダイムチェンジ
社会・経済のグローバル化やデジタル化の加速、働き方の多様化など、企業の経営環境が大きく変わりつつある。そうした中、日本においても人的資本経営という言葉がかなり認識され、人的資本情報の開示に向けた動きも加速している。日本では「企業は人なり」と社員重視を掲げる企業が多かった。それは果たして掛け声だけであったのか、それとも時代が移り変わり、人材との向き合い方や捉え方を改めなければいけなくなってきたのかが、問われようとしている。
そもそも、注目を集めている人的資本経営とは何なのか。山形大学学術研究院の岩本隆・産学連携教授は「人的資本とは、人材を資本と捉えて経営を行うこと。人的資本経営とは、データを活用して人材をマネジメントすることを言う。とりわけ重要になるのが、ROI(投資利益率)の概念を人材マネジメントに取り入れることだ。どう投資していけば、企業のリターンが最大化するかを考えていくことになる」と定義する。
従来は「人材」を「資源」と捉え、管理の対象とする企業が多かった。そうではなく、「人材」を「資本」と捉えて投資することで、「人材」の価値を見出し、活用し、育成することによって企業価値を創造していくというパラダイムチェンジが日本企業でも起きていると言っていいだろう。
人的資本情報の開示に向けた取り組みは、海外が先行していた。2018年には、国際標準化機構(ISO)が、情報開示のガイドラインとしてISO30414を制定。20年には、米国証券取引委員会(SEC)が、上場企業を対象とした情報開示を義務化している。こうした潮流を受けて、日本もこの数年、かなり力を入れている。
具体的には、経済産業省が人的資本に関する研究会の報告書として「人材版伊藤レポート」を20年9月に公表。22年5月には「人材版伊藤レポート2.0」も公表し、開示の具体的事例を明示。東京証券取引所は21年6月にコーポレートガバナンスコードを改訂し、人的資本に関する記載を追加した。まさに「人的資本の開示が求められる流れは、ますます加速している感がある」(岩本産学連携教授)状況だ。
大きな流れとして、情報の開示に向けた機運は高まっていると言える。ただ、人材版伊藤レポート2.0は、人的資本に関する取り組みは道半ばであると記述している。こうした中、日本企業の現状、特に企業の経営者や人事部長は、どこまで関心を寄せているのか。
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