NTT西日本は、地域向けITビジネスにおける新商材の開発と販路拡大に力を入れている。地元企業やスタートアップ企業との共創や、成長分野を担う事業子会社の立ち上げ、NTT西日本の担当エリアである30府県/30支店が地域のデジタル変革を推進する。さらにはデジタル変革を体験できる中核拠点を名古屋、金沢、大阪、福岡の4カ所で運営するなど多層的、多角的な仕組みを構築。NTT東日本とのクロスセルを通じた全国展開も進めるほか、2021年7月には、ITを活用した地域ビジネスの中長期の展望、研究を担う「地域創生Coデザイン研究所」を創設し、より戦略的な施策を打つことも可能になった。その狙いと現状を探る。
(取材・文/安藤章司)
分野、エリア、業種業態を越え、多層・多角的に展開
NTT西日本は、ドローンを活用して設備点検を手掛ける子会社ジャパン・インフラ・ウェイマークを19年に立ち上げたのを足がかりに、ITを活用した地域社会の課題を解決するビジネスに本格参入した。以来、スポーツ映像配信のNTTSportict(NTTスポルティクト)や、睡眠センサーによる健康管理のNTT PARAVITA(NTTパラヴィータ)、電子教科書の配信サービスのNTT EDX(NTTエディックス)などの事業会社を立ち上げてきた。成長が期待できる10の分野を「Smart10x(スマートテンエックス)」と位置づけ、今後もそれぞれの分野でビジネスの可能性を探っていく方針だ(下図参照)。
同時に、地域に密着した30府県/30支店のネットワークをフルに生かして、地域の課題を聞き込み、事業子会社の商材を活用したり、ビジネスパートナーから解決に必要な商材やサービスを仕入れたりするなどしてSmart10xのビジネスを推し進めている。
地域に密着した支店によるデジタル変革ビジネスを「地域のビタミン活動(通称:ビタ活)」と呼ぶとともに、中核拠点で実際にデジタル変革を体験できるショールーム的な役割の「LINKSPARK(リンクスパーク)」を名古屋と金沢、大阪、福岡で運営している。ビタ活が「そのお困りごとは、最新のデジタル技術を使って、このように解決できますよ」と提案するのに対して、リンクスパークは「すでに課題を抱えている顧客が最新のデジタル技術でどのように変革できるのかを確認できる場所」として機能している。
商材開発に“共創”を取り入れ
また、今年3月に異業種やスタートアップの企業とのオープンイノベーションを主軸とする「QUINTBRIDGE(クイントブリッジ)」を大阪に新設。NTT西日本の本社と隣接し、床面積は4000平米余りを誇る規模で、西日本発のビジネス共創拠点として新商材や新サービスの創出に努めている。
21年7月には、地域創生Coデザイン研究所を大阪市内に設立し、ITを活用した地域ビジネスの中長期の展望や研究を行っている。ビタ活が課題発見、リンクスパークが課題解決に重点を置き、クイントブリッジが外部企業との共創による新商材・サービスの創出を手掛ける。これにSmart10x戦略に基づく事業子会社のビジネスや、地域のデジタルビジネスの中長期を展望する地域創生Coデザイン研究所が加わることで多層的、多角的なアプローチを構築している。
NTT西日本 木上秀則 執行役員
地域創生Coデザイン研究所の所長を兼務するNTT西日本の木上秀則・執行役員ビジネス営業本部バリューデザイン部長は、「顧客企業の方々には、西日本の主要都市に配置しているリンクスパークで解決方法を探してもらっても結構だし、直接的に大阪のクイントブリッジに課題を持ち込み、さまざまな企業と共創して過去になかったような解決方法をつくり出すのもよい」と話し、地域の課題を解決するための入り口は多いほうが顧客との接点が広がり、ビジネスが活気づきやすいとの見方を示す。
NTT東西のクロスセルが進む
固定電話の事業については、NTT法の制約で東西に分かれているが、ITを活用した地域ビジネスについては制約を受けない。NTT東日本でも同様の地域ビジネスや成長分野に機能特化した事業子会社群を展開しており、NTT東西のクロスセルも進んでいる。成長分野を担うSmart10xの事業子会社の第1号として立ち上げたドローン設備点検のジャパン・インフラ・ウェイマークのサービスは、「NTT東日本のメンバーにも多く販売してもらっている」(木上執行役員)そうだ。
NTT東日本でもドローンを活用した事業子会社のNTT e-Drone Technology(NTTイードローンテクノロジー)を20年に立ち上げているが、こちらは農薬散布に重点を置いたもので、NTT西日本のドローン子会社とは意識的に用途を分けている。逆にNTT東日本の農薬散布ドローンをNTT西日本の各支店で販売代理店や農家に紹介するといったクロスセルも進む。また、NTT東西が地域のデジタル変革ビジネスを成長領域と位置づけることで、大口の民需・官需をターゲットとするNTTデータやNTTドコモ/NTTコミュニケーションズとの競合を避ける布陣と見ることもできる。
一方、地域ビジネスは、地域に根ざした支店の存在が重要な役割を担うことから、NTT東西の事業子会社の立ち上げに当たっては、支店がある地域に案件が偏る傾向が強い。NTT東日本の農業IT子会社であるNTTアグリテクノロジーは山梨県で多くの実証実験を進めており、家畜の糞尿を分解するバイオガスプラント事業を手がけるビオストックは牧畜が盛んな北海道を主戦場と位置づける。
NTT西日本も同様で、例えば林業が盛んな九州で、森林の二酸化炭素の吸収量を可視化するとともに、木材需要や物流費用、海外産の木材の価格、為替変動などのデータを分析して九州産木材の利益を最大化するアルゴリズムの開発に取り組む。森林の二酸化炭素の吸収量がどれくらいあり、どのタイミングで伐採すれば最も利益が最大化できるかを突き止めることで、「自然資本循環型の経済による林業の振興につなげる」と、木上執行役員は意気込む。林業は30年単位のプロジェクトとなるため、その地域の経済活動に深く根を下ろした支店の果たす役割が大きい典型例といえる。
“小規模兼業化”で産業を集積
木上執行役員は、地域創生Coデザイン研究所の研究成果も踏まえ、「地方創生には地域産業の集積度を高めるのが欠かせない」と話す。NTT東日本が岡山理科大学などと実証実験を進めるベニザケの陸上養殖と、地場の農業を組み合わせれば、海から離れた場所でも“半農半漁”の兼業が実現する、といった具合だ。少子高齢化で人材や市場が限られるなか、“大規模専業化”の対極にある“小規模兼業化”によって地域経済を活性化する道もありうるとの考えだ。
さらに一歩進め、NTT西日本がNTTアグリテクノロジー、米穀卸売などの神明ホールディングスグループ、青果物卸売業の東果大阪と取り組む、仮想取引市場を活用した農産物流通効率化を目指す実証実験の成果を連携させると、「半農半漁で生産した農水産物を低コストで効率的に最終消費者に届けられるようになる」(木上執行役員)。生産と流通、エンドユーザーの需要とのマッチングによる利益の最大化までをITプラットフォームで一体的に支え、産業の集積化を加速させる。並行して、人材のマッチングも図り、人材の集積度も高める。
木上執行役員がもう一つ注目するのはSmart10xにも含まれている旅行だ。ITの発達によって、以前のように旅行の前に立てた綿密な計画に沿って行動するのではなく、当日の天候や体調、興味の移り変わりに応じて旅行の途中で気ままに計画を変更しやすくなった。木上執行役員によると、旅行の途中(=旅中、たびなか)に向けたサービスへの需要が高まっているという。とりわけ西日本地区は、京都・奈良、沖縄など核となる観光地に加え、離島をはじめ小規模でも魅力的なスポットが多く存在しており、旅中で柔軟に行き先を決められる環境にある。旅中における観光客の誘導や、顧客満足度の向上につながるサービスへのニーズは大きいとみられる。
農業、漁業、観光は、どの地方にも存在する産業で、これらを多層的に積み上げることで経済の厚みを増やし、デジタル変革による地方創生につなげていく。こうした取り組みによって25年までに成長分野のビジネスを引き上げ、従来の固定電話のビジネスとの売上比率をイーブンとする構想を描く。