Special Feature
「地方版IoT推進ラボ」が目指す地域の経済発展 産業集積や人材育成などで独自施策を展開
2022/10/17 09:00
週刊BCN 2022年10月17日vol.1942掲載
経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は、地域におけるIoTプロジェクト創出のための取り組みを「地方版IoT推進ラボ」として選定している。現在、選定数は100を突破しており、各地では、地域経済の発展に向け、地元の行政や企業、金融機関が連携。産業集積や人材育成などに取り組んでおり、成果につながっている例もある。独自の施策を展開しているユニークな地域を紹介する。
(取材・文/落合真彩 編集/齋藤秀平)
経産省とIPAは、「地域性」「自治体の積極性と継続性」「多様性と一体感」の3点を選定基準とし、16年7月~今年3月まで、7回にわたって全国106地域を選定。選定を受けた地域は、ロゴマークの使用やIoT推進ラボ会員などへの広報が可能になるほか、プロジェクトの創出や推進に資するメンターの派遣を受けることができる。
助成金や補助金などの金銭的支援はないため、各地域には、金銭支援に頼らない事業設計が求められる。では、この取り組みは地域にとってどのようなメリットがあるのか。
地方版IoT推進ラボ誕生の背景について、経産省商務情報政策局情報技術利用促進課の大西啓仁・室長は「経産省では、担当者の異動スパンが短いこともあり、施策が短期・単発の実施になりがちだった。また、補助金ありきの施策では、補助金を目当てに自治体や企業が集まってきて、期間が終わると取り組み自体が消えてしまうという課題もあった」と指摘する。
その上で「本当の意味で現場の声を踏まえた施策をしようと考え直し、地方版IoT推進ラボは『継続性』に重きを置いた取り組みとした。当初は『補助金なしで自治体や企業が集まるわけがない』と笑われたが、いざ始めてみると、多くの自治体が手を挙げ、6年以上経過した今も続いている。経産省としては異例の取り組みとなっている」と話す。
金銭ではなく、「思い」や「志」に根差した取り組みともいえる地方版IoT推進ラボ。継続できている理由として、大西室長は「デジタルという横串で、地域が一体的なコミュニティを形成している点が一番の魅力」だと語る。
ただ、地域ごとに取り組み内容や温度感に濃淡がある点が課題だ。経産省は昨年から、テーマ別意見交換会を開催し、情報共有やラボ間交流の機会を設けている。
地域がラボの取り組みを進める上でのポイントとして、同課の紫芝聡・係長は、「キーパーソンの存在」を挙げ、大学教授やコンサルタント、金融機関の職員など、地域のステークホルダーと密に連携できる人物をいかに見つけられるかが大切だと強調する。
経済産業省 紫芝 聡 係長
ITツールの活用については、地方の中小企業に対し大手SIerが入り込もうとすることが多いが、地域に信頼され定着するためには、キーパーソンを介して関係を構築することが先決となる。紫芝係長は「地域は、いきなり外部の方を受け入れることに抵抗を感じる傾向がある。まずは地域との関係を持った上で、企業を支援するプロセスを踏むことが重要。ラボは地元の企業や金融機関、キーパーソンが参画するコミュニティなので、地域との関係構築のために活用すると効果的だ」と助言する。
経産省は現在、地方版IoT推進ラボのアップデート版である「地域DX推進ラボ」の制度化に向けて検討を進めている。IoTからDXへ、より多様で幅広いプロジェクトを地域が行えるような仕組みを整備することが狙いだ。
“サケモデル”でIT人材回帰を目指す
北海道東部に位置する北見市は、人口約12万人で東西の長さが110キロにわたる広い土地を持つ。空路を活用すれば首都圏から日帰り圏内というアクセスの良さや、オフィス賃料の安さ、北見工業大学の理系人材の存在などを売りに、地方版IoT推進ラボの取り組みが始まる前からIT企業の誘致を進めてきた。
当初はIT企業が市内に事業所を開設し、同大学の学生の新卒採用によって人材確保し、市内に転勤した本社の社員が教育を行うという流れを理想としていたという。だが実際には、本社社員が同市への転勤に難色を示し、新卒者を育成できる人材がいないなどの課題が立ちはだかった。そこで打ち出したアイデアが「サケモデル」という人材回帰モデルである。
サケモデルは、将来的に地元で暮らしたいと考える同大学の学生に対して、インターンや共同研究を実施。都市部のIT企業で採用されて数年の経験を積んだ後、地元に戻り、テレワークをベースに働くという内容だ。川から海に出て数年後に帰ってくる「サケ」をイメージしている。現在までに5人が地元に戻って働いている。
同市は、テレワークをベースとした働き方を早期から推進。15年には、総務省の「ふるさとテレワーク推進事業」に採択され、グーグルを含む首都圏のIT企業9社が同市のサテライトオフィスでテレワークを実施した。
同市商工観光部工業振興課工業係の前田泰志・係長は「首都圏のような通勤に対するストレスはない。ライフイベントによって就業形態が変わりがちな女性社員にも働きやすいという声をいただけた」と手ごたえを感じたという。この結果、実施企業のうち3社が自社でサテライトオフィスを開設し、市と地方創生に向けた連携協定を締結することになった。
北見市 前田泰志 係長
同市IoT推進ラボは、18年9月の第4弾地域として選定。同大学と北見工業技術センター、ふるさとテレワークで進出した3社、地元企業などが連携し、さまざまな実証実験を実施している。だが、同大学の学生限定では人材確保に限界がある。そこで同市は、首都圏に就職した地元出身者の親を対象としたセミナーを開催するなど、帰省型ふるさとテレワークと題して地元への回帰を促すアプローチを開始。コロナ禍でのテレワークの普及を受け、社員の同市への移住を認めたIT企業に、移住者1人から1年ごとに20万円(最大5年)を助成できるように補助金制度を拡充した。
これらの取り組みをはじめとする移住促進策の結果、18年の平昌冬季五輪に出場したカーリング選手や全国誌で連載を持つ漫画家、会計事務所に勤務する女性などのUターンでの移住が増加し、一定の成果を上げている。
昨年度は、地方創生テレワーク交付金を活用し、サテライトオフィス北見を改修し、「KITAMI BASE(キタミベース)」としてリニューアルオープンした。サテライトオフィスの利用者は、コロナ禍以前はクリエイティブ系の人材が多かったが、テレワークが普及した今は、業種や業界に関係なく幅広い人に利用されているという。
北見市IoT推進ラボ事務局 西野寛明氏
徐々に同市に人材が集まりつつある中、「KITAMI BASE」のコミュニティマネージャーを務める同市IoT推進ラボ事務局の西野寛明氏は、今後の取り組みの方向性として、「オホーツクバレー構想」を示す。
西野氏は「今はテレワークが全国的に定着した感があるが、さらにそれを一つ進める形で、大自然に根ざした地域で暮らしていきたいという個人の思いと、先端技術が混ざり合うIT都市を目指すのが『オホーツクバレー構想』だ」と説明し、「もともとは一次産業を中心とした街なので、食料生産や環境をテーマにしたオープンイノベーションやDXに注力していければと考えている」と青写真を描く。
現状の課題は、先端技術を持つ都市部の企業と地元の基幹産業を支える企業の連携。前田氏は「優秀な人材と、地元企業を上手くコーディネートしていくことがラボの重要な役割」だと認識しており、KITAMI BASEを活用したイベントやセミナーを企画するなどしてコミュニケーションを促す考えだ。NASA研究員と地元高校の縁も創出
16年7月の第1弾地域として選定された石川県加賀市では、多くの自治体と同じように人口減少が大きな課題となっていた。これを解決するため、同市IoT推進ラボは、「先進テクノロジーの導入」と「人材育成」を成長戦略の2本柱とし、産業の集積と活力のある街を目指す取り組みを進めている。
同市IoT推進ラボをはじめとする先進テクノロジーに関する取り組みは、全体として市長の強い思いと旗振りを軸に進められてきた。同市には先進テクノロジーを研究・活用する高等教育機関はない。ものづくりの街ではあるが多くは部品メーカーであり、完成品メーカーは不在となっている。
まず必要だと考えたのが、不足していた人材の育成だ。同市では、若年層からの育成が必要と判断し、全国の小中学校で必修化される前から、児童や生徒に対するプログラミング教育を実施。さらに、将来を担う人材育成を目的に、15年から毎年11月、「ロボレーブ国際大会」を全国で唯一開催している。
ロボレーブとは、米国発祥の教育プログラム。競技大会では、自分で組み立てたり、プログラミングを行ったりしたロボットを使い、黒枠の円形の土俵上で、相撲のように相手を外に出して得点を競う。
15年以降、参加者は増え続け、コロナ禍前には、国内外から400人を超える参加者を集めるイベントとなった。市内の各小学校には「ロボレーブクラブ」が生まれ、同市の子どもたちにとってロボレーブは身近な存在になっているという。
同市政策戦略部スマートシティ課でロボレーブ大会を担当する中村聡・主査は「取り組みを毎年続けてきたこともあり、大会開催にあたって市内の企業や団体からいただく協賛金は年々増えている」と話す。学校現場だけでなく、市内で広く認知され、応援されるイベントになっているのだ。
ロボレーブを機に多くの縁も生まれている。市内の実業高校の生徒が、米航空宇宙局(NASA)の研究員が行う「STARRプロジェクト」に参画し、指導を受けながら人工知能(AI)ロボットの研究を行っているという。中村主査は「日本で唯一の取り組みをしている高校があるということも、今後、市の魅力の一つとしてアピールしていければ」と期待を寄せる。
起業・創業支援策として整備した拠点である加賀市イノベーションセンターには、ハードウェアやシステム開発、ITベンダー、デジタルアーティスト関連のスタートアップ企業などが入居しており、これまでにいくつかのコラボレーションが生まれた。システム開発企業とハードウェア企業が組んで生まれたのが、子ども向けのプログラミング教材である。これは同市がこれまで取り組んできた若年層の人材育成施策の成果ともいえる。
加賀市 中村 聡 主査
中村主査は「ロボレーブ国際大会では、中国の子どもたちが非常に強い。ロボットへの思いの強さというより、単純に機器のスペックで劣ってしまっている実情があった。それを入居企業が目の当たりにし、勝てるようにサポートしてあげたいと考え、それが教材の開発につながった」と解説する。
若年層からの人材育成を軸に、企業同士の連携や実際のプロダクト創出までをつなげている同市。中村主査は「優秀な子どもたちが育つ街を目指し、それを足がかりに産業集積につなげて市をさらに元気にしていきたい」と展望を語る。
(取材・文/落合真彩 編集/齋藤秀平)

デジタルでコミュニティを形成
IoT推進ラボは2015年、日本企業のIoTやビッグデータ、AIの活用を促すことを狙いにスタートした。その流れに乗り、さらなるIoTやAIの利活用と、地域での新たな価値創造に向けたIoTプロジェクト創出のために生まれたのが「地方版IoT推進ラボ」である。経産省とIPAは、「地域性」「自治体の積極性と継続性」「多様性と一体感」の3点を選定基準とし、16年7月~今年3月まで、7回にわたって全国106地域を選定。選定を受けた地域は、ロゴマークの使用やIoT推進ラボ会員などへの広報が可能になるほか、プロジェクトの創出や推進に資するメンターの派遣を受けることができる。
助成金や補助金などの金銭的支援はないため、各地域には、金銭支援に頼らない事業設計が求められる。では、この取り組みは地域にとってどのようなメリットがあるのか。
地方版IoT推進ラボ誕生の背景について、経産省商務情報政策局情報技術利用促進課の大西啓仁・室長は「経産省では、担当者の異動スパンが短いこともあり、施策が短期・単発の実施になりがちだった。また、補助金ありきの施策では、補助金を目当てに自治体や企業が集まってきて、期間が終わると取り組み自体が消えてしまうという課題もあった」と指摘する。
その上で「本当の意味で現場の声を踏まえた施策をしようと考え直し、地方版IoT推進ラボは『継続性』に重きを置いた取り組みとした。当初は『補助金なしで自治体や企業が集まるわけがない』と笑われたが、いざ始めてみると、多くの自治体が手を挙げ、6年以上経過した今も続いている。経産省としては異例の取り組みとなっている」と話す。
金銭ではなく、「思い」や「志」に根差した取り組みともいえる地方版IoT推進ラボ。継続できている理由として、大西室長は「デジタルという横串で、地域が一体的なコミュニティを形成している点が一番の魅力」だと語る。
ただ、地域ごとに取り組み内容や温度感に濃淡がある点が課題だ。経産省は昨年から、テーマ別意見交換会を開催し、情報共有やラボ間交流の機会を設けている。
地域がラボの取り組みを進める上でのポイントとして、同課の紫芝聡・係長は、「キーパーソンの存在」を挙げ、大学教授やコンサルタント、金融機関の職員など、地域のステークホルダーと密に連携できる人物をいかに見つけられるかが大切だと強調する。
ITツールの活用については、地方の中小企業に対し大手SIerが入り込もうとすることが多いが、地域に信頼され定着するためには、キーパーソンを介して関係を構築することが先決となる。紫芝係長は「地域は、いきなり外部の方を受け入れることに抵抗を感じる傾向がある。まずは地域との関係を持った上で、企業を支援するプロセスを踏むことが重要。ラボは地元の企業や金融機関、キーパーソンが参画するコミュニティなので、地域との関係構築のために活用すると効果的だ」と助言する。
経産省は現在、地方版IoT推進ラボのアップデート版である「地域DX推進ラボ」の制度化に向けて検討を進めている。IoTからDXへ、より多様で幅広いプロジェクトを地域が行えるような仕組みを整備することが狙いだ。
“サケモデル”でIT人材回帰を目指す
北海道北見市
北海道東部に位置する北見市は、人口約12万人で東西の長さが110キロにわたる広い土地を持つ。空路を活用すれば首都圏から日帰り圏内というアクセスの良さや、オフィス賃料の安さ、北見工業大学の理系人材の存在などを売りに、地方版IoT推進ラボの取り組みが始まる前からIT企業の誘致を進めてきた。当初はIT企業が市内に事業所を開設し、同大学の学生の新卒採用によって人材確保し、市内に転勤した本社の社員が教育を行うという流れを理想としていたという。だが実際には、本社社員が同市への転勤に難色を示し、新卒者を育成できる人材がいないなどの課題が立ちはだかった。そこで打ち出したアイデアが「サケモデル」という人材回帰モデルである。
サケモデルは、将来的に地元で暮らしたいと考える同大学の学生に対して、インターンや共同研究を実施。都市部のIT企業で採用されて数年の経験を積んだ後、地元に戻り、テレワークをベースに働くという内容だ。川から海に出て数年後に帰ってくる「サケ」をイメージしている。現在までに5人が地元に戻って働いている。
同市は、テレワークをベースとした働き方を早期から推進。15年には、総務省の「ふるさとテレワーク推進事業」に採択され、グーグルを含む首都圏のIT企業9社が同市のサテライトオフィスでテレワークを実施した。
同市商工観光部工業振興課工業係の前田泰志・係長は「首都圏のような通勤に対するストレスはない。ライフイベントによって就業形態が変わりがちな女性社員にも働きやすいという声をいただけた」と手ごたえを感じたという。この結果、実施企業のうち3社が自社でサテライトオフィスを開設し、市と地方創生に向けた連携協定を締結することになった。
同市IoT推進ラボは、18年9月の第4弾地域として選定。同大学と北見工業技術センター、ふるさとテレワークで進出した3社、地元企業などが連携し、さまざまな実証実験を実施している。だが、同大学の学生限定では人材確保に限界がある。そこで同市は、首都圏に就職した地元出身者の親を対象としたセミナーを開催するなど、帰省型ふるさとテレワークと題して地元への回帰を促すアプローチを開始。コロナ禍でのテレワークの普及を受け、社員の同市への移住を認めたIT企業に、移住者1人から1年ごとに20万円(最大5年)を助成できるように補助金制度を拡充した。
これらの取り組みをはじめとする移住促進策の結果、18年の平昌冬季五輪に出場したカーリング選手や全国誌で連載を持つ漫画家、会計事務所に勤務する女性などのUターンでの移住が増加し、一定の成果を上げている。
昨年度は、地方創生テレワーク交付金を活用し、サテライトオフィス北見を改修し、「KITAMI BASE(キタミベース)」としてリニューアルオープンした。サテライトオフィスの利用者は、コロナ禍以前はクリエイティブ系の人材が多かったが、テレワークが普及した今は、業種や業界に関係なく幅広い人に利用されているという。
徐々に同市に人材が集まりつつある中、「KITAMI BASE」のコミュニティマネージャーを務める同市IoT推進ラボ事務局の西野寛明氏は、今後の取り組みの方向性として、「オホーツクバレー構想」を示す。
西野氏は「今はテレワークが全国的に定着した感があるが、さらにそれを一つ進める形で、大自然に根ざした地域で暮らしていきたいという個人の思いと、先端技術が混ざり合うIT都市を目指すのが『オホーツクバレー構想』だ」と説明し、「もともとは一次産業を中心とした街なので、食料生産や環境をテーマにしたオープンイノベーションやDXに注力していければと考えている」と青写真を描く。
現状の課題は、先端技術を持つ都市部の企業と地元の基幹産業を支える企業の連携。前田氏は「優秀な人材と、地元企業を上手くコーディネートしていくことがラボの重要な役割」だと認識しており、KITAMI BASEを活用したイベントやセミナーを企画するなどしてコミュニケーションを促す考えだ。
NASA研究員と地元高校の縁も創出
石川県加賀市
16年7月の第1弾地域として選定された石川県加賀市では、多くの自治体と同じように人口減少が大きな課題となっていた。これを解決するため、同市IoT推進ラボは、「先進テクノロジーの導入」と「人材育成」を成長戦略の2本柱とし、産業の集積と活力のある街を目指す取り組みを進めている。同市IoT推進ラボをはじめとする先進テクノロジーに関する取り組みは、全体として市長の強い思いと旗振りを軸に進められてきた。同市には先進テクノロジーを研究・活用する高等教育機関はない。ものづくりの街ではあるが多くは部品メーカーであり、完成品メーカーは不在となっている。
まず必要だと考えたのが、不足していた人材の育成だ。同市では、若年層からの育成が必要と判断し、全国の小中学校で必修化される前から、児童や生徒に対するプログラミング教育を実施。さらに、将来を担う人材育成を目的に、15年から毎年11月、「ロボレーブ国際大会」を全国で唯一開催している。
ロボレーブとは、米国発祥の教育プログラム。競技大会では、自分で組み立てたり、プログラミングを行ったりしたロボットを使い、黒枠の円形の土俵上で、相撲のように相手を外に出して得点を競う。
15年以降、参加者は増え続け、コロナ禍前には、国内外から400人を超える参加者を集めるイベントとなった。市内の各小学校には「ロボレーブクラブ」が生まれ、同市の子どもたちにとってロボレーブは身近な存在になっているという。
同市政策戦略部スマートシティ課でロボレーブ大会を担当する中村聡・主査は「取り組みを毎年続けてきたこともあり、大会開催にあたって市内の企業や団体からいただく協賛金は年々増えている」と話す。学校現場だけでなく、市内で広く認知され、応援されるイベントになっているのだ。
ロボレーブを機に多くの縁も生まれている。市内の実業高校の生徒が、米航空宇宙局(NASA)の研究員が行う「STARRプロジェクト」に参画し、指導を受けながら人工知能(AI)ロボットの研究を行っているという。中村主査は「日本で唯一の取り組みをしている高校があるということも、今後、市の魅力の一つとしてアピールしていければ」と期待を寄せる。
起業・創業支援策として整備した拠点である加賀市イノベーションセンターには、ハードウェアやシステム開発、ITベンダー、デジタルアーティスト関連のスタートアップ企業などが入居しており、これまでにいくつかのコラボレーションが生まれた。システム開発企業とハードウェア企業が組んで生まれたのが、子ども向けのプログラミング教材である。これは同市がこれまで取り組んできた若年層の人材育成施策の成果ともいえる。
中村主査は「ロボレーブ国際大会では、中国の子どもたちが非常に強い。ロボットへの思いの強さというより、単純に機器のスペックで劣ってしまっている実情があった。それを入居企業が目の当たりにし、勝てるようにサポートしてあげたいと考え、それが教材の開発につながった」と解説する。
若年層からの人材育成を軸に、企業同士の連携や実際のプロダクト創出までをつなげている同市。中村主査は「優秀な子どもたちが育つ街を目指し、それを足がかりに産業集積につなげて市をさらに元気にしていきたい」と展望を語る。
経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は、地域におけるIoTプロジェクト創出のための取り組みを「地方版IoT推進ラボ」として選定している。現在、選定数は100を突破しており、各地では、地域経済の発展に向け、地元の行政や企業、金融機関が連携。産業集積や人材育成などに取り組んでおり、成果につながっている例もある。独自の施策を展開しているユニークな地域を紹介する。
(取材・文/落合真彩 編集/齋藤秀平)
経産省とIPAは、「地域性」「自治体の積極性と継続性」「多様性と一体感」の3点を選定基準とし、16年7月~今年3月まで、7回にわたって全国106地域を選定。選定を受けた地域は、ロゴマークの使用やIoT推進ラボ会員などへの広報が可能になるほか、プロジェクトの創出や推進に資するメンターの派遣を受けることができる。
助成金や補助金などの金銭的支援はないため、各地域には、金銭支援に頼らない事業設計が求められる。では、この取り組みは地域にとってどのようなメリットがあるのか。
地方版IoT推進ラボ誕生の背景について、経産省商務情報政策局情報技術利用促進課の大西啓仁・室長は「経産省では、担当者の異動スパンが短いこともあり、施策が短期・単発の実施になりがちだった。また、補助金ありきの施策では、補助金を目当てに自治体や企業が集まってきて、期間が終わると取り組み自体が消えてしまうという課題もあった」と指摘する。
その上で「本当の意味で現場の声を踏まえた施策をしようと考え直し、地方版IoT推進ラボは『継続性』に重きを置いた取り組みとした。当初は『補助金なしで自治体や企業が集まるわけがない』と笑われたが、いざ始めてみると、多くの自治体が手を挙げ、6年以上経過した今も続いている。経産省としては異例の取り組みとなっている」と話す。
金銭ではなく、「思い」や「志」に根差した取り組みともいえる地方版IoT推進ラボ。継続できている理由として、大西室長は「デジタルという横串で、地域が一体的なコミュニティを形成している点が一番の魅力」だと語る。
ただ、地域ごとに取り組み内容や温度感に濃淡がある点が課題だ。経産省は昨年から、テーマ別意見交換会を開催し、情報共有やラボ間交流の機会を設けている。
地域がラボの取り組みを進める上でのポイントとして、同課の紫芝聡・係長は、「キーパーソンの存在」を挙げ、大学教授やコンサルタント、金融機関の職員など、地域のステークホルダーと密に連携できる人物をいかに見つけられるかが大切だと強調する。
経済産業省 紫芝 聡 係長
ITツールの活用については、地方の中小企業に対し大手SIerが入り込もうとすることが多いが、地域に信頼され定着するためには、キーパーソンを介して関係を構築することが先決となる。紫芝係長は「地域は、いきなり外部の方を受け入れることに抵抗を感じる傾向がある。まずは地域との関係を持った上で、企業を支援するプロセスを踏むことが重要。ラボは地元の企業や金融機関、キーパーソンが参画するコミュニティなので、地域との関係構築のために活用すると効果的だ」と助言する。
経産省は現在、地方版IoT推進ラボのアップデート版である「地域DX推進ラボ」の制度化に向けて検討を進めている。IoTからDXへ、より多様で幅広いプロジェクトを地域が行えるような仕組みを整備することが狙いだ。
(取材・文/落合真彩 編集/齋藤秀平)

デジタルでコミュニティを形成
IoT推進ラボは2015年、日本企業のIoTやビッグデータ、AIの活用を促すことを狙いにスタートした。その流れに乗り、さらなるIoTやAIの利活用と、地域での新たな価値創造に向けたIoTプロジェクト創出のために生まれたのが「地方版IoT推進ラボ」である。経産省とIPAは、「地域性」「自治体の積極性と継続性」「多様性と一体感」の3点を選定基準とし、16年7月~今年3月まで、7回にわたって全国106地域を選定。選定を受けた地域は、ロゴマークの使用やIoT推進ラボ会員などへの広報が可能になるほか、プロジェクトの創出や推進に資するメンターの派遣を受けることができる。
助成金や補助金などの金銭的支援はないため、各地域には、金銭支援に頼らない事業設計が求められる。では、この取り組みは地域にとってどのようなメリットがあるのか。
地方版IoT推進ラボ誕生の背景について、経産省商務情報政策局情報技術利用促進課の大西啓仁・室長は「経産省では、担当者の異動スパンが短いこともあり、施策が短期・単発の実施になりがちだった。また、補助金ありきの施策では、補助金を目当てに自治体や企業が集まってきて、期間が終わると取り組み自体が消えてしまうという課題もあった」と指摘する。
その上で「本当の意味で現場の声を踏まえた施策をしようと考え直し、地方版IoT推進ラボは『継続性』に重きを置いた取り組みとした。当初は『補助金なしで自治体や企業が集まるわけがない』と笑われたが、いざ始めてみると、多くの自治体が手を挙げ、6年以上経過した今も続いている。経産省としては異例の取り組みとなっている」と話す。
金銭ではなく、「思い」や「志」に根差した取り組みともいえる地方版IoT推進ラボ。継続できている理由として、大西室長は「デジタルという横串で、地域が一体的なコミュニティを形成している点が一番の魅力」だと語る。
ただ、地域ごとに取り組み内容や温度感に濃淡がある点が課題だ。経産省は昨年から、テーマ別意見交換会を開催し、情報共有やラボ間交流の機会を設けている。
地域がラボの取り組みを進める上でのポイントとして、同課の紫芝聡・係長は、「キーパーソンの存在」を挙げ、大学教授やコンサルタント、金融機関の職員など、地域のステークホルダーと密に連携できる人物をいかに見つけられるかが大切だと強調する。
ITツールの活用については、地方の中小企業に対し大手SIerが入り込もうとすることが多いが、地域に信頼され定着するためには、キーパーソンを介して関係を構築することが先決となる。紫芝係長は「地域は、いきなり外部の方を受け入れることに抵抗を感じる傾向がある。まずは地域との関係を持った上で、企業を支援するプロセスを踏むことが重要。ラボは地元の企業や金融機関、キーパーソンが参画するコミュニティなので、地域との関係構築のために活用すると効果的だ」と助言する。
経産省は現在、地方版IoT推進ラボのアップデート版である「地域DX推進ラボ」の制度化に向けて検討を進めている。IoTからDXへ、より多様で幅広いプロジェクトを地域が行えるような仕組みを整備することが狙いだ。
この記事の続き >>
- “サケモデル”でIT人材回帰を目指す 北海道北見市
- NASA研究員と地元高校の縁も創出 石川県加賀市
続きは「週刊BCN+会員」のみ
ご覧になれます。
(登録無料:所要時間1分程度)
新規会員登録はこちら(登録無料) ログイン会員特典
- 注目のキーパーソンへのインタビューや市場を深掘りした解説・特集など毎週更新される会員限定記事が読み放題!
- メールマガジンを毎日配信(土日祝をのぞく)
- イベント・セミナー情報の告知が可能(登録および更新)
SIerをはじめ、ITベンダーが読者の多くを占める「週刊BCN+」が集客をサポートします。 - 企業向けIT製品の導入事例情報の詳細PDFデータを何件でもダウンロードし放題!…etc…
- 1
