教育や福祉の分野で、実証実験段階から関心を集めてきた「こどもデータ連携」の取り組みが本格的な普及フェーズに入りつつある。福祉、保健、教育など、自治体の各部門の垣根を越えてデータを連携し、子どもの見守りを強化しようとするこの取り組みは、ほとんどの自治体にとって共通の課題である“縦割りの組織制度”を解決する上でも有効となりそうだ。自治体システム標準化が完了した後に、利便性が高まったデータを用いる応用例としても注目される。先進的に取り組みを進めるITベンダーに今後の戦略を聞いた。
(取材・文/大畑直悠)
組織体制の変化とDXが追い風に
こどもデータ連携はこども家庭庁が推進する施策で、行政や学校が持つデータを横断的に活用しながら、困難を抱える子どもや家庭に対してプッシュ型・アウトリーチ型の支援を展開するためのデータ活用の取り組み。連携するデータとしては、子どもに関しては住民基本台帳や乳幼児検診などの母子保健情報、身体障害者手帳などの障害・福祉情報、学校での出欠情報や健康診断がある。家庭に関しては生活保護や児童扶養手当、児童相談記録などを利用し、ここから指標を設定して虐待や貧困、いじめといったリスクがないか判定する。複数の組織やさまざまなシステムに分散するデータを掛け合わせることで、SOSを出すことが難しい子どもや家庭を発見できるようになる。
従来の自治体業務では、子どもに問題が発生した際に、人手で関連する情報を集め、どのような状況にあるかを調査して支援につなげる必要があった。担当する課に電話などで問い合わせる必要があり、業務負担は高い。これに対して、データ連携の仕組みを整えれば、効率的な支援が可能になる。加えて、連携したデータを分析することで、問題発生前に支援を必要とする子どもや家庭を見つけられるようになり、自治体の対応力が強化される。
自治体の組織体制の変化も、こどもデータ連携の仕組みの必要性を示している。2024年に各自治体で設置が求められた「こども家庭センター」では、これまで別々の窓口が担ってきた母子保健と児童福祉の業務を一体的に担う体制ができた。一方で、組織としては統合されても、業務ごとに対応するシステムが違い、データも分断されたままで、業務効率化を進めるには依然として課題が残っている。加えて、児童虐待相談の対応件数が高い水準にあるなど支援のニーズは拡大しており、こどもデータ連携ではこうした課題の解決も目指している。
こどもデータ連携はこども家庭庁の施策として、23~25年にかけて3回の実証事業が実施された。事業に参加した複数の自治体でこどもデータ連携の有用性が証明されたことに加え、ガイドラインやモデル標準書も整備されたことで、取り組みは社会実装フェーズへと移行しつつある。
普及に向けては、自治体DXの進展が追い風となりそうだ。自治体システム標準化の取り組みが進んでいることで、これまでシステムごとのデータの持ち方に合わせて必要だった追加の開発が軽減され、自治体にとってもより小さな投資でデータ連携に取り組める状況が整いつつある。同時に、教育分野でもネットワークの見直しが進んでおり、閉域網で構築されていた校務系ネットワークが、ゼロトラストセキュリティーを用いたより柔軟な構成へとリプレースされており、情報の連携がより容易になりそうだ。
ただ、普及に向けた課題もある。首長部局における福祉や保健だけではなく、教育委員会も関わるこどもデータ連携では、プロジェクトを主導する主体が明確に定められていない。このため、福祉を所管する部局が主導するのか、教育委員会がリードするのかで、データ分析の際に重視する情報や指標が異なり、自治体の目的に即して設定する必要がある。支援を展開するITベンダーは、ガイドラインやモデル仕様書を参照しつつも、自治体ごとに合わせたデータ連携の仕組みを構築する必要がありそうだ。
両備システムズ
大規模自治体に導入
大阪府豊中市は、25年7月~26年3月に実施した実証事業で、両備システムズのこどもデータ連携基盤「こどもの杜」を活用し、6万4600人の中から支援が必要な子どもを抽出し支援につなげている。この成果を踏まえ、26年4月には本導入した。両備システムズでは今後、こどもの杜の横展開を進め、30年度までに30自治体への導入と売上高5億円を目指す。
実証実験での具体的な支援フローとしては、日次でデータ連携を実施してリスク判定を行い、高リスクの子どもを抽出した。ここから専門職の会議体による検討を経て、サポートが必要な子どもをさらに絞り込んだ。
こどもの杜は、リスク項目の設定を支援するAI機能も搭載する。連携するデータの種別に基づいて、子どものリスクを判定するための条件をレコメンドすることが可能だ。公共ソリューションカンパニー福祉・教育インテグレーション事業部こども・教育DX推進部こどもDXグループの丸川文彦・グループ長は「これまで職員の経験則にのっとって条件を策定していた部分を効率化できる」と話す。地域の環境や組織体制、政府の施策の変化などに対応するための、既存の条件の見直しや新たなリスク判定項目の設定の際に活用できるとする。
同社では豊中市の事例をもとに、全国の自治体でこどもの杜の導入を進める。拡販する上では、実証実験で蓄積したノウハウが強みになるとする。丸川グループ長は「どのような頻度でデータを連携させるかなど、妥当な運用のあり方の知見は蓄積している」と胸を張る。また、福祉や保健、教育といった領域にシステムを導入してきた実績がある点でも優位性があるとし、「どこから始まった案件であっても当社が他部門に話をしてプロジェクトを進められる」と強調する。
両備システムズ
丸川文彦 グループ長
販売ターゲットとしては、まずは大規模な自治体を狙う。丸川グループ長は「自治体システム標準化が落ち着くまでは、システム構築の費用がかさんでしまうということもあり、(標準化の取り組みが進む)大きな自治体から早めに動き出せるようになるだろう」との見方を示す。
パートナーを経由した販売に関しても取り組みが始まっている状況だ。丸川グループ長は「サービスが立ち上がった当初であるため、これからではあるが、地場のベンダーが自治体を支援しているケースは多く、全国への販売網を生かしたい」と話す。パートナーに対しても必要に応じた技術支援を展開していく構えだ。
内田洋行
教育を切り口に拡販
内田洋行は23~24年度の実証事業で神奈川県開成町を支援しており、25年5月から本運用を開始している。同町に導入した「開成町こども見守りシステム」では、首長部局と教育委員会から集めたデータを蓄積するデータベースと、同社のデータ分析基盤「Mμgen」を組み合わせた支援を展開している。例えば貧困のリスク判定が出た世帯に対して、給付金の申請・受給を促すなど、効果を着実に生み出している。
内田洋行
小森智子 部長
開成町こども見守りシステムでは、Mμgenの機能により、複数のダッシュボードを組み合わせた分析や関連情報を探索する機能を用いて、多様な角度から子どもや家庭の状態を可視化した。プロダクトデベロップメント事業部パブリックソリューション開発部の小森智子・部長は「どのような数字をどのような見え方で活用したいかに応じて、一つずつ手で組まなくても迅速にダッシュボードが構築できる」と話し、Mμgenを活用した柔軟なデータ活用が強みになっているとする。
同社では首長部局に加え、教育委員会へのアプローチに重点を置いた拡販に取り組む構えだ。実証実験においても教育委員会が主体となって取り組みを進めた事例はあり、こどもデータ連携においては、教育側が持つ多様なデータを生かす点が重要になる。地域デジタル化推進部の稲原裕介・次長は「例えばいじめや不登校の子どもを把握するには学校での出欠情報が不可欠。これが紙ベースの運用であればシステムに反映されるまでにタイムラグがある。これでは日々の集計でデータを使えない」と話し、教育DXを支援する延長線上でこどもデータ連携の導入を目指す。
製品面でも、同社がこれまで学校現場向けに展開してきた多様な製品や機能から独自の情報を取得できる点が優位性になるとする。例えば学習eポータル「L-Gate」で展開する児童・生徒に対するアンケート機能「こころとからだの記録」などをそろえている。
内田洋行
稲原裕介 次長
セミナーの展開で同社の教育系パートナーとの連携も強める方針。これまでパートナーと推進してきた校務DXや学習eポータルや校務支援システムを中心とした教育現場でのデータ活用をより高度化する仕組みとして拡販する。稲原次長は「パートナーからも前向きな評価を受けているものの、まだまだ全国的に珍しい取り組みであるため、当社でも事例をつくりながら、丁寧に説明していきたい」と意気込む。
現状では先進的な自治体で導入が進むこどもデータ連携ではあるが、人手不足などで苦しむあらゆる自治体にとって有効な施策になるとみている。稲原次長は「データを活用しながら、これまで口頭で行われてきたコミュニケーションを効率化できるだけではなく、子どもの見守りや情報収集にノウハウがあるベテランを頼らなくてもデータをもとに仕事の質を向上できる」と話し、業務の標準化に寄与すると訴える。