複雑な画面操作を案内するガイドツールとして活用されてきた「デジタルアダプションプラットフォーム(DAP)」。生成AIとの融合により、システムを利用する人間をアシストする製品から、ユーザーの行動や業務の文脈を踏まえながら業務遂行を支援する基盤へと進化を遂げつつある。国内でDAPビジネスを展開する3社の話から、AI時代のDAPのあり方を探る。
(取材・文/南雲亮平)
デジタル摩擦を解消 受動的なガイドツール
企業では、クラウドやSaaSの普及によって多数の業務システムの導入が進む一方で、操作の複雑化やシステムごとの仕様の違いによる「デジタル摩擦」が課題となってきた。ユーザーの操作への習熟度が上がらないと、生産性向上の停滞や誤入力によるトラブルの発生に加え、情報システム部門への問い合わせ増加といった“副作用”も生じ、せっかくのIT投資がマイナスの効果につながりかねない。
こうした課題への対応策として登場したのがDAPだ。Webブラウザーやアプリケーション上にガイドなどを重ねて表示する「オーバーレイ」技術を活用し、入力支援やオンボーディングを提供してきた。ユーザーが迷いやすい場面などで次の操作を案内することで、利用定着や問い合わせ削減を支援している。典型的な活用例は、基幹業務システムを使用する業務や、経費精算、年末調整などの画面において、入力欄の意味や入力例を表示するなどして、規定に沿った操作を促すといったものだ。
もっとも、従来のDAPは基本的に受動的な仕組みだった。ユーザーの操作履歴を収集・分析する機能は備えていても、どのガイドを表示し、どのような改善策を講じるかは人間の仮説や経験に依存していた。支援の対象も個々の操作に限られ、業務全体を見渡した支援やシステム横断的な処理には限界があった。
「ガイド」から「実行支援」へ 自然言語で操作可能に
この構図を変えつつあるのが生成AIだ。グローバル市場におけるDAP大手、イスラエル/米WalkMe(ウォークミー)日本法人の野田亮代表取締役は、「DAPはガイダンスからエグゼキューション(実行)へ変わった」と表現する。単なる操作案内ツールではなく、業務の遂行そのものを支援するレイヤーへ役割を広げつつあるという考えだ。
WalkMe
野田 亮 代表取締役
進化を支える要素として最も大きいのは、データ収集・分析の高度化だ。従来は「どのボタンをクリックしたか」といった操作ログの収集が中心だった。しかし現在はAIによる分析で、ユーザーがどのような流れで、どのような目的でアプリケーションを操作しているのか、といった部分まで把握できるようになっている。「WalkMe」では、利用傾向や離脱ポイント、エラー発生前の行動パターンなどを把握し、つまずきの兆候を検知し適切にサポートできるという。注文書が存在しない状態で請求書処理を進めようとした場合などに、状況を踏まえて代替手順や次の業務プロセスを提示することも可能だ。
テックタッチ
井無田 仲 CEO
国産のDAPソリューション「テックタッチ」を提供するテックタッチの井無田仲CEOも、「AIはデータ分析に強く、人間より短時間で多くの仮説を生み出せる」と話す。同社製品は、ユーザーはどのように行動しているかを自然言語で質問すると、AIが行動ログを要約し分析を支援する機能を提供する。
Pendo.io Japan
花尾和成 カントリーマネージャー
米Pendo.io(ペンドドットアイオー)日本法人の花尾和成・カントリーマネージャーは、「ソフトウェア体験管理(Software Experience Management、SXM)」の重要性を強調する。「ユーザーがソフトウェアをどのように利用し、どのような体験をしているか」を継続的に把握・改善する取り組みで、「AI投資の成果を最大化するために重要になる」として、さらに注力する姿勢だ。現在は、DAPで得た情報をAIエージェント支援ソリューション「Pendo Agent Toolkit」と連携することで、「直前にユーザーが感じていたフラストレーションをAIへ伝え、リアルタイムの支援につなげられる」とする。
また、DAPは業務ソフトウェアの改善作業の効率化にも寄与する。通常、システム改修やアドオン開発にはエンジニアへの依頼や検証といった工数を要するが、DAPを活用すれば、画面にオーバーレイするかたちでUI/UXを改善でき、バックエンドプログラムの改修をせず、ノーコードで実装が可能だ。
WalkMeでは、ボタンの文言変更やポップアップの作成・表示を、自然言語による指示で実行できる機能を提供している。テックタッチも、AIとの対話によるナビゲーションの自動作成に挑戦している。こうした機能を活用することで、専門的な開発スキルがなくても改善施策を迅速に試せるようになり、UX改善のPDCAサイクルは大きく短縮される可能性がある。
AI活用の壁を乗り越えるシステム横断のインターフェース
生成AIへの投資が拡大する一方で、その成果を十分に引き出せている企業は多くない。ウォークミーの野田代表取締役は「エンタープライズAIを業務プロセスの中で有効活用できている従業員は8%にとどまる」と指摘する。課題の一つがAPIの整備不足だ。同社によれば、API経由で接続可能なアプリケーションは全体の3割未満にとどまるという。テックタッチの井無田CEOも「日本企業ではスクラッチ開発されたシステムが多く、AIエージェントが操作できない領域が少なくない」と話す。
その解決策として各社が提示するのが、ウォークミーのAIを活用したUI認識技術「DeepUI」や、既存のアプリケーションやシステムのフロントエンドで直接動作する「UIネイティブエージェント」、既存システムにAIエージェントを後付けするテックタッチの「オンスクリーンエージェント」だ。AIが画面要素を認識して操作を代行することで、APIが整備されていないシステムでも業務の自動化や複数システム間の連携を実現することができる。
また、生成AI利用の拡大に伴い、トークンコストやセキュリティー管理も重要なテーマとなっている。この点についてウォークミーは、DAPをガバナンス層として活用することを提案する。AIの利用状況を可視化するとともに、用途に応じたモデル選択をリアルタイムに促すことでコスト最適化を図る考えだ。
さらに、現場は「SAP ERP」「Salesforce」「ServiceNow」など多数のSaaSと、それぞれのサービスが備える個別のAIに囲まれ、操作性の違いやシステム間でのデータの手動転記といった悩みを抱えている。DAPはこれら分断されたアプリやAIの上に「1枚の共通インターフェース」をオーバーレイ表示し、システム横断のワークフローを設けることが可能だ。ユーザーは画面の違いなどを意識せず、単一の操作環境でAIと協働しながら業務を実行できる。
DAP前提のシステム開発へ ターゲット拡大も視野
DAPの進化に伴い、導入タイミングにも変化が生じている。かつてはシステム導入後に利用定着などを目的としてDAPを追加するケースが中心だった。しかし近年は、要件定義やユーザー受入テストの段階からDAPの活用を前提とした設計も増えているという。
一方で、ペンドドットアイオーの花尾カントリーマネージャーは「リリース前からDAPを組み込むには組織的な課題もある」と指摘する。要件定義のプロセスで「要件が漏れていた」ことを認めることになりかねないからだ。経営層から、「最初からしっかり要件定義してほしい」という意見が出る可能性もある。開発部署やSIerとの関係の中では問題はさらに複雑だ。DAPを前提としたシステム構築には、「ユーザーのニーズは変化する」という前提に立ち、継続的な改善に注力する必要性があることを顧客に認識してもらうことが欠かせない。
今後はAIによる運用効率化を背景に、中堅・中小企業への普及も期待される。テックタッチの井無田CEOは「要件定義やコンサルティングの一部をAIで簡易的に提供できるようになれば、市場はさらに広がる」と展望する。
人とAIの協働を支える基盤へ 投資対効果の最適化
AIが業務を自動化する時代においても、最終的な判断や責任まで人間が手放すわけではない。そこで重要になるのが、人間が最終確認や承認を担う「ヒューマンインザループ」の考え方だ。AIエージェントが定型業務を処理し、人間が判断を行うことで、効率性と安全性の両立を図る。
また、自動化が進むほど、従業員が業務の背景やルールを十分に理解しないまま作業を進めてしまうリスクもある。ウォークミーの野田代表取締役はその対策として、システムの利用中に必要な場面で教育コンテンツを提示する「ラーニングアダプション」の重要性を訴える。AIの価値を最大化させるには、意思決定を担う人材の教育も不可欠だからだ。
DAPは今後、業務実行支援と人材育成の両面から、人とAIエージェントの協働を支える基盤として存在感を高めていきそうだ。