米Microsoft(マイクロソフト)が展開する、クラウドPCサービス「Windows 365」の専用デバイス「Windows 365 Link」(Link)の販売が国内で始まって1年が経過した。デスクトップ環境をクラウドからストリーミングすることに特化したハードウェアで、強固なセキュリティーと運用管理の簡素化を武器に、国内では検証フェーズから本格導入へと移行する兆しがある。パートナーとの連携を通じて乗り越えるべき課題や、活躍が見込まれる場面など、徐々に普及への道筋が見えてきた。
(取材・文/南雲亮平)
Linkは、ユーザーが利用できるローカルストレージを搭載しておらず、データはすべてクラウド上に置いている。端末側には一時的なキャッシュすら残らないため、紛失や盗難といったトラブルによる端末内の情報漏えいリスクを物理的に排除できるのが強みだ。
手のひらサイズのWindows 365 Link
利用には、本体やインターネット回線のほか、クラウド型のIDおよびアクセス管理サービス「Entra ID」やエンドポイント管理ツール「Intune」、法人向けWindowsエディション「Enterprise」を定額制で利用できる「Windows E3」相当の法人向けライセンスが必要となる。
ハードウェア構成は、120mm四方のCDジャケットサイズというコンパクトなきょう体に、周辺機器やクラウド環境に接続するために必要な部品のみを備えている。そのため、冷却ファンやHDDは搭載しておらず、静音性と堅牢性を両立している。
利便性の面では、電源を入れてから数十秒で起動し、デスクトップPCと同等のパフォーマンスを発揮する。直近では内部ソフトウェアのアップデートにより、初期設定時からBluetooth接続のマウスやキーボードが利用可能になるなど、ソフトウェアによる機能進化を続けており、長期間の利用にも対応する。
単なる画面転送端末にとどまらず、「Teams」や「Zoom」といったWeb会議アプリケーションの処理をLink内部で最適化し、遅延のないコミュニケーションを実現している点も特徴だ。
検証から本格導入へ
Linkのリリースから約1年。日本マイクロソフトマーケティング&オペレーションズ部門モダンワーク&セキュリティビジネス本部モダンワークビジネス部の春日井良隆・エグゼクティブプロダクトマーケティングマネージャーは「市場の反応は当初の想定通り堅調に推移している」と手応えを示す。グローバルと比較しても日本市場は活発に動いており、これまでは検証目的での導入が中心だったが、直近2~3カ月でまとまった台数の導入や全社規模の展開に向けた動きが具体化してきたという。
日本マイクロソフト
春日井 良隆
エグゼクティブ プロダクトマーケティング マネージャー
主な需要層は、複数の従業員が1台の端末を共有して使う現場だ。1台の端末に複数ユーザーがそれぞれのIDでサインインし、交代で業務を行うコールセンターや店舗バックヤードなど、シフトワークの現場を重点領域に据える。
特に飲食店や小売店では、店舗長がシフト作成や発注業務に使う端末として、バックヤードの限られたスペースに設置可能であり、情報の不適切な持ち出しを防げる点が評価されている。このほか、大学や図書館といった教育機関もユーザー候補に挙げられる。省スペースで壊れにくい特性を生かし、管理負荷の高い共有PCの代替として提案できる。管理業務の負担やコストなどを理由に、一般的なPCの導入が難しい場合でも、最新の環境にアクセスできる端末としても期待されている。
提案時に多いのが、一つのライセンスを最大3人で共有できるエディション「Windows 365 Flex」との組み合わせだ。勤務時間が重ならない従業員同士でリソースを分け合うことで、導入コストを大幅に抑えられる。
エコシステムによる市場拡大
Linkの販路について、春日井エグゼクティブプロダクトマーケティングマネージャーは「法人向けストアからも提供しているが、現時点ではほぼすべてがパートナー経由」と述べ、パートナーとの連携を重視しているという。2026年6月時点で、国内ではウチダスペクトラム、オリックス・レンテック、JBサービス、ソフトバンク、TOSYS、日本ビジネスシステムズ(JBS)の6社が認定リセラーとして活動している。
連携施策として、共同イベントやパートナー向け支援プログラムを展開している。本格導入に向けた検証フェーズの顧客向けに、日本マイクロソフトが実機を貸し出す検証用プログラムも用意した。このプログラムはパートナー経由でも利用可能で、顧客が自社ネットワーク環境で事前にパフォーマンスを確認できる体制を整えている。
Linkの利用に必要となる厳格なID管理とエンドポイント管理の基盤構築を、パートナーが管理項目の設定やポリシーの整理を行うことでサポートするケースもある。こうした伴走型の支援により、ライセンスや端末の販売だけでなく顧客企業の戦略的なDX推進も後押ししている。
日本独自のモデルとしてオリックス・レンテックによるレンタル・リース提供が挙げられる。レンタルやリースを利用する企業が多い日本市場に合わせ、柔軟な契約形態を用意し、導入しやすい環境を整えている。
さらなる伸びしろとしては、部材価格の高騰によるPC価格の上昇やAI PCの需要増加が想定される。「Intel プロセッサーN250」や8GBメモリーなど、エントリー向けの部品を採用したクラウドPC専用の最小構成であるため、コスト変動の影響を受けにくく、導入コストを抑えやすい選択肢となる。
AI PCについては、プレビュー段階の「AI対応(イネーブルド)クラウドPC」を中心とした提案を検討する。一定以上のスペックを備えたNPUを必要とする処理をクラウド側で行う技術で、これが実装できれば、スペックの高くない端末でも「Copilot+PC」のようにAIを活用したWindows検索や、画面上のテキストや画像から操作可能な要素を特定してアクションを実行する「Click to Do」などを利用できるようになる。
ゼロトラストセキュリティーの推進も追い風となっている。IDベースで管理し、データをデバイス内に残さない設計により、ゼロトラストの考え方をエンドポイントで体現できるソリューションとして、大企業を中心に導入が検討されているという。
今後の需要拡大に向けては、成功事例を積み重ねていくことを重視する。そのためにも、多様なニーズに対応できるよう「導入形態の選択肢を広げることを検討している」(春日井エグゼクティブプロダクトマーケティングマネージャー)とする。
ウチダスペクトラム
意外な需要と成長のかぎ 実績を起点に市場拡大へ
Linkの販売を担うパートナーの動向にも変化が出てきている。内田洋行グループでソフトウェアライセンスなどを展開するウチダスペクトラムは、本体が約6万円(税込)という手ごろな価格と、利用開始に必要なライセンスがパッケージ化されている点を踏まえ、導入のしやすさをアピールしている。
ウチダスペクトラム
岩間 力氏
デバイス本体はシンプルな構成であることからメンテナンス負荷が低く、OSの脆弱性対策やパッチの適用はクラウド側で自動的に行われるため、ユーザー企業のIT部門が抱える煩雑な管理作業やキッティングの負担を大幅に軽減できることも魅力だ。
需要の傾向としては、当初想定していた工場やコールセンターでの共有利用だけでなく、大企業のBCP(事業継続計画)対策としての引き合いも増えている。セールスプランニング&プリセールス担当の岩間力氏は「ランサムウェア攻撃などの不測の事態に備え、業務継続のための保険や、AIエージェントの試験運用環境としての導入が始まっている」と語る。また、新入社員用の端末を用意する際、部材価格高騰などによるPC納期遅延が発生した場合の対策として活用することも考えられるという。
問い合わせが増加している一方で、導入拡大にあたって解決すべき課題も見えてきた。一つは、既にキッティングや管理プロセスが確立している企業ほど、新たな運用フローの追加に慎重になる傾向があること。もう一つは、過去のクラウドPCに対する「動作が重い」といった評価を払拭することだ。こうした課題に対し同社は、PoC向けに端末を貸し出し、性能を実感してもらう施策を進めている。「実際に触ってもらうことで、導入の検討がより進めやすくなる」(岩間氏)。
今後は、同社が強みとする製造業向けで実績をつくり、それを軸に内田洋行グループ全体の力を生かして公共や教育分野などに広げる方針だ。日本マイクロソフトと連携しながら、Windows 365を安全・安価に利用できる端末としての価値を浸透させることで導入事例を積み重ね、市場拡大を目指す。