生成AIはシステム開発を担えるか──。こうした問いはもはや過去のものとなった。AIの自律性は日を追うごとに高まり、その役割はコードの補完にとどまらず、要件整理や設計、実装、テスト、保守を含む開発ライフサイクル全体へと広がっている。他方、超高速で生み出される成果物の正確性や品質を、誰がどのように確かめるのか。作業を担うだけでなく、真に信頼できる存在となるまでに、越えるべき壁は依然として高い。生成AIによるシステム開発の変遷とツールの機能、ツールベンダーらの取り組みを通じて、壁を越える道筋を考える。
(取材・文/春菜孝明、山本浩資)
開発ライフサイクル全体を効率化
開発へのAI利用は7割超「使わない」は1割切る
2026年6月、ガートナージャパンは国内でソフトウェア開発に従事する企業内個人400人に対して調査を実施した。開発業務におけるAIの利用状況を尋ねたところ、「すでに活用している」「活用を始めた」という回答が73%を占めた。25年の同様の調査では、開発の各工程における利用の平均が3~4割だったことから、大きく伸びたことがうかがえる。さらに「活用を検討している」は16%、「活用していない」「検討していない」はわずか8%だった。
Anthropic Japan
菅野 信 本部長
開発工程の中でAIの利用が最も進んでいるのはコーディングで、次に基本設計・詳細設計、ドキュメント作成、テストと続く。活用領域が工程全体に広がる背景には、AIによる開発支援ツールの進化がある。当初は、エンジニアが書きかけたコードの続きを予測して提示する機能が中心だったが、現在は設計や実装、テスト、修正までを一貫して担うようになった。「Claude Code」を提供するAnthropic Japanの菅野信・アプライドAI本部長は「今は細かく指示を出す代わりに、ゴールだけ伝えてAIに任せる使い方が広がっている」と話す。
AI開発支援ツールを手掛ける各社は、なぜコード生成にとどまらず、開発プロセス全体の自律化を目指すのか。エンジニア向けAIエージェント「Devin」を展開するCognition AI Japanの正井拓己社長は、ソフトウェアエンジニアの勤務時間に占めるコーディングの割合が2割未満にとどまるとの「Microsoft Research」などの調査結果を示し、「開発ライフサイクル全体の効率を高めることで、個人だけでなく開発チーム全体の生産性の向上を目指している」と話す。業務の多くを占めるコード作成以外の工程にAIの活用を広げることが、開発全体の効率化につながるというわけだ。
Cognition AI Japan
正井拓己 社長
エンタープライズは「仕様駆動」「ハーネス」主流に
開発作業にAIを用いる「AI駆動開発」の手法(図1参照)のうち、増加傾向にあるのが「仕様駆動開発」(本紙26年4月13日・2100号で紹介)だ。コードを書く前に明確に仕様を策定し、これを生成AIに読み込ませながら実装、検証を進めることを原則とする。ただ、ここでいう「仕様」はウォーターフォール開発のように一度決めたら変更しないものではない。ガートナージャパンの横山龍児・ディレクターアナリストは仕様を「人間とAIがコミュニケーションするためのツール」と位置付け、必要に応じて更新する柔軟性が重要だと指摘する。また、「アドホック的(一時的)なバイブコーディングを引きずっている企業は多い」と警鐘を鳴らし、開発工程の再現性や可視性を保てる仕様駆動開発への移行を促す。
ガートナージャパン
横山龍児 ディレクター アナリスト
図1 AI駆動開発の分類1
AIがどの程度関与するかで開発手法を分類することもできる(図2参照)。日本IBMでAI for IT推進責任者を務める前田幸一郎・技術理事技術戦略・変革担当は、25年半ばごろから、作業に必要な背景情報を選んで与える「コンテキストエンジニアリング」が注目を集め、26年からはAIの挙動を制御する「ハーネスエンジニアリング」が普及し始めたと解説する。直近では、基準を満たすまでAIが修正と検証を繰り返す「ループエンジニアリング」も存在感を増しているという。前田技術理事は「より自律してきたAIに開発を最大限に委ね、ハーネスで制御する」といった手法が定着しつつあるとみる。
日本IBM
前田幸一郎 技術理事
図2 AI駆動開発の分類2
このようにAI駆動開発は、この1年で大きく姿を変えた。利用者は工数の圧縮という成果を得る一方、生成物の品質維持や、人が介在するタイミング、AIによるレビューの是非といった課題に直面している。AIエージェントを組み込んだ開発支援ツールでは、こうした壁を乗り越えることができるのか。次項からは、充実の一途をたどるツールの機能を俯瞰しつつ、企業がAI駆動開発をどう実践するべきかを探る。
進化するAI駆動開発ツール
モデル性能か、開発プロセスか 各社が打ち出す強み
AIが開発ライフサイクル全体を担う中、開発支援ツールはどんな作業を得意とするのか。主要ツールを手掛けるLLM開発事業者やクラウドベンダーらに、特に活用効果を発揮する領域を尋ねると、競争力の源泉の違いが見えてくる。
OpenAI Japan
石田修平 Applied AI Engineer
モデルの優位性を挙げたのはフロンティアモデルを開発する2社だ。Anthropic Japanの菅野本部長は、「Claude Codeは、大量の既存コードを読み解いて書き換える、大規模で複雑な開発を得意とする」と語り、能力の基盤となるモデル「Claude Fable 5」によって5000万行のRubyコードベースの移行を1日で完了した事例を示す。対話型AIサービス「ChatGPT」で知られるOpenAI Japanは、コーディングエージェント「Codex」を展開する。同製品を担当する石田修平・Applied AI Engineerは「Codexの強みは、既存のコードや依存関係を理解した上で、実装と検証を一つの流れとして進められることだ」と強調。9月に発表したモデル「GPT-6.1 Sol」は高い能力とトークン効率の両面で、複雑なコーディングや専門的な業務を支えられるという。
グーグル・クラウド・ジャパン
寳野雄太 執行役員
グーグル・クラウド・ジャパンはエンジニア向けに開発環境「Antigravity」を用意し、10月にはグローバルで、開発を含めた汎用エージェントの「Gemini Agent」を発表した。寳野雄太・執行役員(AI技術統括本部兼AIプロダクト開発部門・日本拠点リード)は「われわれの強みはモデルよりもハーネスにある」とし、コードだけでなくチケット管理情報や設計書の横断的な理解に基づく実行に自信を見せる。
仕様駆動開発への親和性をアピールした企業もあった。アマゾン・ウェブ・サービス・ジャパン(AWSジャパン)は「Kiro」において、段階的に仕様を固めて進行する「Specモード」を差別化要因にしている。Cognition AI JapanはDevinに関して、仕様が明確で、対象となるコード量が多く、検証可能な作業で特に有効だと説明する。
「IBM Bob」を展開する日本IBMは、大規模で複雑なシステムでも手戻りを少なく進行できる点を得意領域に挙げる。米Microsoft(マイクロソフト)は傘下の米GitHub(ギットハブ)が開発する「GitHub Copilot」について、プルリクエストやテスト、CI(継続的インテグレーション)によって結果を検証できる、範囲の明確な作業で効果を発揮する点を強みとみる。
既存の開発環境に統合 品質保つコンテキスト重視
テキストエディターやIDE(統合開発環境)など、エンジニアが使い慣れている環境はさまざまであり、AIを導入しても、従来の開発体験を損なわないことが重要になる。ツールベンダー各社はこのニーズに応え、ターミナルやIDE、デスクトップアプリ、ブラウザーなどからツールを利用できるようにしてきた。さらに、AWSジャパンが提供する「Kiro」ではiOS版をプレビューするなど、インターフェースを増やす動きもある。
生成AIのモデルは、処理速度の速さや扱える情報量で性能が比較されがちだ。しかし、エンタープライズの開発現場では、AIが生成したコードの行数や、速度だけで実用性のあるAIかどうかを評価することはできない。AIによって多くのコードを短時間で生成できても、品質が伴わなければ実際のシステムには組み込めないからだ。
AIによる生成物の評価について、ガートナージャパンの横山アナリストは、将来の拡張性や保守性の観点から「コードの重複がないか、適切なアルゴリズムを使っているかなどで判断するべき」と助言する。日本IBMが用意している評価機能「Bob tips」では、静的解析による指摘の件数や重要度によって品質を判定するほか、コードの複雑性を分析し、保守のしやすさまで計測している。
コードの品質だけでなく、開発工程全体から見てAIの貢献度を数値化する取り組みもある。米Cognition AI(コグニションエーアイ)のプログラム「AI Productivity Guarantee」だ。Devinが完了したタスクについて、同じ成果を人間のエンジニアが生み出すのに要する推定時間に換算。Devinによる価値が利用額を下回れば、差額を同社が負担する。
AIによる生成物の品質を高めるには、生成前に参照する知識や開発標準をそろえる必要がある。各社は個人の暗黙知をAIに反映し、組織内に共有する機能を整えており、熟練者の作業手順を定型化して、繰り返し実行できるようにしている。
日本IBMではグローバルで展開する開発支援AIのIBM Bobに加え、日本法人が独自で「ICA ALSEA」を開発した。システム開発に必要な知見やルールを、IBM Bobで活用できるコンテキストとして体系化しており、前田技術理事は「自由度が高いIBM Bobに対して、ある程度の型にはめるのがICA ALSEAであり、暗黙知を組織の開発標準に変える仕組みそのものだ」と胸を張る。
AIへのプロンプトの巧拙も生成物の質を左右しかねないが、Cognition AI Japanの正井社長は「上手なプロンプトを書ける人に依存しない設計を製品側で進めている」とし、コードベースからのコンテキストの抽出や、ツール側から不明点を問う仕組みを設けているとアピールする。
AIにどこまで任せるか レビューは人手と併用を
開発支援ツールが自律性を増すにつれて、人間による指示や承認の重要度も高まっている。OpenAI Japanの石田Engineerは「人が担うべきは、目的と受け入れ基準の設定、曖昧な要件の明確化や設計上の判断、機密情報や本番環境へのアクセス方針の策定、変更の最終的な採用判断だ」と指摘。Codexでは、サンドボックスと承認設定によって操作範囲を制御するという。
興味深いデータもある。米Anthropic(アンソロピック)によると、Claude Codeの利用者は、AIが操作を進めていいか確認しても、93%をそのまま承認していた。Anthropic Japanの菅野本部長は「人はAIの細かい操作ではなく、AIが仕上げた成果物を確認すべき」と訴える。同製品の「オートモード」では、読み取りなどは安全な操作として人の承認を挟まず進行し、そのほかの操作も、別のAIが確認して危険があれば止める仕組みになっている。
コーディングが高速化される一方で、後工程の負担が高まっている。レビューはその代表例であり、ガートナージャパンの横山アナリストは「適切なレビューツールの導入が不可欠」と言う。Cognition AI Japanの「Devin Review」は、差分の意味を踏まえたバグや、規約違反、テスト不足などを検出できる。Anthropic Japanの「Code Review」はバグを重要度順に指摘する仕組みを備える。同社は社内の開発業務のほぼすべてのプルリクエストでCode Reviewを使い、指摘の誤りは1%未満だったとする。
もっとも、AIによる生成物をAIが確かめるという構図はブラックボックスになりかねない。この懸念に対し、各社は人間によるレビューを併用すべきとの考えで一致する。OpenAI Japanの石田Engineerは「AIは与えられた仕様を基に、実装との整合性や変更による不具合の確認を支援できる。一方で、仕様に書かれていない業務上の意図や、要件が利用者の期待を満たしているかは、人が確認することが重要だ」と解説する。
日本IBMの前田技術理事は「AIの圧倒的なスピードに対してレビューの速度が追いつかない」と話し、レビューできる人材の確保・育成がかぎになるとの見方を示す。
AIエージェントの活用が個人から部門、全社へと広がると、課題は「AI利用をどのように統制するか」にも及ぶ。グーグル・クラウド・ジャパンはAIエージェントごとに人間とは別のIDを割り当て、動きを監査できる仕組みを整えている。寳野執行役員は「寝ている間にAIエージェントが暴走した場合、エージェントのせいなのか、人のせいなのか切り分けられないとIT部門としては非常に困る」と話し、監査や権限管理の重要性を指摘する。
SIerへの普及加速へ
パートナーにノウハウ移転 開発プロセス学習の機会も
AIによる開発支援ツールの普及を担うパートナーとして、各社はSIerを重視している。SIerは販売チャネルだけでなく、自社の開発現場でツールを先行利用する「カスタマーゼロ」にもなり得るからだ。大手ではTISI(当時TIS)が6月、「Amazon Bedrock」とClaude Codeを組み合わせたAI開発手法について、全社で利用可能な標準的な開発環境としての導入を発表するなど、組織的に採用する動きが盛んになっている。
OpenAI Japan
水嶋ディノ 責任者
パートナーにコーディングエージェントの活用ノウハウを移転する動きもある。OpenAI Japanが進める「OpenAI Partner Network」は、同社とパートナーが共同でAIソリューションを構築し、顧客への提案や導入支援をするためのプログラムで、オンボーディングや研修、技術リソースなどでを提供。同社の水嶋ディノ・GTMパートナーシップ責任者は、「お客様にとっては、業界や用途に合った専門性を持つパートナーを見つけ、導入から運用まで相談しやすくする仕組み」として、パートナー、エンドユーザー双方のメリットを強調する。
Anthropic Japanは「Claude Partner Network」を設けている。パートナー向けポータルで学習コンテンツや営業資料、認定試験をそろえ、一定の基準を満たしたパートナー企業は、業種や規模で検索できるパートナーディレクトリに掲載される仕組みだ。認定技術者数や導入実績、公開事例数といった指標でランク付けしており、伊部達哉・パートナーアライアンスディレクターは「実践力を測る設計になっている」と語る。
Anthropic Japan
伊部達哉 ディレクター
ツールそのものよりも、エンジニアが検証、意思決定、監督の最終責任を保持する「AI-DLC(AI駆動開発ライフサイクル)」の浸透を図っているのがAWSジャパンだ。広域事業統括本部テクニカルソリューション本部の相澤恵奏・本部長は「AWSはアンソロピックや米OpenAI(オープンエーアイ)とパートナーシップがあり、Amazon Bedrockからそれらのモデルを呼び出すことも可能だ。AIツールのインターフェースは、Kiroだけでなく、Claude CodeやCodexも考えられる」と述べた上で、ツールに依らない開発プロセスの定着を重要視しているとする。
アマゾン・ウェブ・サービス・ジャパン
相澤恵奏 本部長
AI-DLCの普及に向けては、2日間でプロダクトを開発するトレーニングプログラムなどを開講しており、1年間で100社以上が体験したという。相澤本部長は「AI-DLCをどんどん伝達していくことが当社のソリューションアーキテクトの役割の一つ」と力を込める。
多くのAIベンダーがFDE(Forward Deployed Engineer)による支援を掲げる中、開発支援ツールの定着もその伴走の例外ではない。グーグル・クラウド・ジャパンは、グローバルで7億5000万ドルをパートナーに投資し、FDEのエコシステムを拡大する戦略を取る。日本市場ではNTTデータ、アイルランドAccenture(アクセンチュア)日本法人、デロイトトーマツと連携し、パートナー側のFDE体制を立ち上げている。
セルフホストやシングルテナント コードを外に出さない選択肢
AI駆動開発が拡大する一方で、企業からはソースコードや設計情報をAIサービスのクラウドに送りたくないという要望もある。特に基幹システムや機密性の高い業務では、顧客がSIerに対して情報の保護を求めることも少なくないだろう。開発データの取り扱いのあり方が、ツール選定の重要な判断材料となりうる。
こうした需要に対し、日本IBMは10月、IBM Bobのセルフホスト版を発表した。オンプレミスやプライベートクラウド、ソブリンクラウド、エアギャップ環境でBobが利用できる。ギットハブはオンプレミスで「GitHub Enterprise Server」を運用する企業が、自社のセキュリティー要件に沿ってGitHub Copilotを利用できるようにした(現在テクニカルプレビュー中)。グーグル・クラウド・ジャパンは「Google Distributed Cloud」やオープンモデル「Gemma」を活用し、閉域環境で運用できる選択肢を用意する。Cognition AI Japanでは、エンタープライズ向けにはシングルテナントの環境を構築して対応している。
利用量可視化やモデル振り分け
コスト抑制機能は過渡期
生成AIは利用に伴う従量課金制が主流だ。AIを開発業務で日常的に使うSIerにとって、コストの見通しを立てづらい状況は避けたいところである。
多くのツールでは利用上限をクレジットとして設定している。例えば、「GitHub Copilot」の「Business」「Enterprise」両プランの月次料金には一定量のクレジットが含まれ、組織内でプールできる仕組みになっている。「Devin」はACU(Agent Compute Unit)という単一指標で消費を測り、組織単位・ユーザーごとの上限設定と可視化を標準機能として備えている。
さらにコストの抑制を目指す場合は、高度な推論が必要な作業はフロンティアモデル、量的処理は軽量モデルといったモデルルーティングへの取り組みも選択肢になる。これを自動化するツールも増えている。
ただ、多くの導入企業がトークンコストの問題に直面する中で、ガートナージャパンの横山アナリストは「この問題を解決する決定打になっていない」と指摘する。今後は、軽い処理にはオンプレミスにオープンソースのLLMやAIエージェントを組み込んで利用しつつ、高度な推論にはクラウドからフロンティアモデルを取り入れるといったハイブリッド型が広がる可能性を示唆する。
外部ツールを頼る手もある。AIを介するAPIを管理して無駄遣いを明らかにするエージェント管理基盤が生まれており、現実的な選択肢になりそうだ(
本紙26年9月21日・2121号を参照 )。