日立製作所(日立)が、同社のドメインナレッジとAIを投入して社会インフラを再構築する「HMAX」のビジネスを拡大させている。2026年に10年目を迎える同社のLumada事業をさらなる成長に導くソリューション群として期待されており、日立はHMAXを勝ち筋に据える。顧客ごとの課題に合わせたソリューションの提供が重要になると見ており、協創施設「Lumada Innovation Hub Tokyo(LIHT)」を活用しながら、カスタマイズ性とスピードの両方を重視した展開を目指す。
(取材・文/大畑直悠)
「Lumada 3.0」を体現する
HMAXはもともと、日立が24年9月に発表した鉄道向けソリューション「Hyper Mobility Asset Expert」の略称として名付けられた。今では、鉄道向けで成功した方法論の適用範囲を拡大し、さまざまな社会インフラを革新するソリューション群のブランド名へと進化している。名前に込める思いも、顧客と社会に提供する価値や成果の最大化(Maximize)へと再定義している。モビリティー産業向けの「HMAX Mobility」、エネルギー産業向けの「HMAX Energy」、ビルや工場など向けの「HMAX Industry」、金融業界向けの「HMAX Finance」の四つを主要カテゴリーとして設定し、設備運用の最適化や運用コストの削減に資するソリューションを展開する。
福島真一郎 部長
HMAXは、日立が注力してきたLumada事業の歩みの最先端に位置する。同事業は、16年に発表したIoTプラットフォームに端を発する。その後、21年の米GlobalLogic(グローバルロジック)の買収を機にデジタルエンジニアリングを強化し、ITとOTの両面を生かした社会イノベーションを支援する「Lumada 2.0」へと発展してきた。そして現在、同社が取り組んでいるのが、ドメインナレッジとAIを活用して価値を創出する「Lumada 3.0」である。その中でのHMAXの位置付けについて、福島真一郎・Lumada協創本部Lumada Collaboration部長兼LIHT Directorは「Lumada 3.0の考え方を体現し、具体的に買えるソリューションとしてまとめたものだ」と説明する。
Lumada 3.0とは、ITシステムに加え、センサーなどを用いて情報を収集できるようにした機器や産業設備などの「デジタライズドアセット」を価値の源泉とし、取得したさまざまなデータと、長年にわたって同社が蓄積してきた領域ごとの知見を、Perception AI(認識AI)や生成AI、エージェンティックAI、フィジカルAIといった最先端AI技術に学習させて提供する「デジタルサービス」を展開するビジネスモデルだ。
同社では30年度までに、全社売上収益に占めるLumada関連事業の比率を80%、Lumada事業における調整後EBITA率を20%とする目標「Lumada 80-20」を掲げており、HMAXはこれを達成する成長ドライバーとしている。中期経営計画の「Inspire 2027」(24年~27年度)では、Lumada関連事業の売上収益比率50%、Adjusted EBITA率18%を目標に掲げる。
25年度のLumada事業の実績では、売上収益が前年比48%増の4兆1460億円で、全社売上収益に占める割合は40%、Adjusted EBITA率は16%だった。このうち、Lumada 1.0やLumada 2.0のソリューション、デジタライズドアセットなどを除いた、HMAX単体の売上収益は3000億円で、Adjusted EBITA率は22%だった。
HMAXはLumada事業の中でも、収益性の高さが際立っている。同社はHMAXをリカーリングサービスとして展開しており、福島部長は「サービスといっても、これまでのように導入したサービスの保守の料金をいただくわけではなく、導入した製品の価値に対価をいただくため、収益率は高くなる」と説明。現場におけるリアルタイムのデータやAIの利用を前提とした変革に対応する中で、継続的に顧客に価値を届ける点を特徴とする。福島部長は「これまで人間の勘でやっていたことを、データから予測できるようにし、より効率化できるように、精度を上げるサイクルを回して顧客を変えていく」と話す。
ベテランのノウハウをAIで伝達
HMAXの初動は好感触なようだ。先行して提供している分、モビリティー領域がけん引しているものの、全体として成長しているとする。福島部長は「社内的にもこれだけみんなの意識が集中し、“One HITACHI”として取り組んでいるものはない。HMAXは具体的なソリューションであるため、ビジネスユニットとしても動きやすい。(新しい取り組みの)仕込みも進んでいる」と力を込める。
直近のHMAXのソリューションの動向としては、エネルギー領域では開閉装置や変圧器をはじめとした機器、変電所、高圧直流送電(HVDC)といった高い信頼性が要求されるシステムを対象に、デジタルツインなどを用いて運用の最適化や設備の劣化の早期検知、設備の寿命の延長などを支援する。インダストリー向けでは、統合エネルギー・設備マネジメントサービスを提供し、生産計画や気象情報を理解したAIが需給計画を自動で立案して、ガスコージェネレーションシステムや蓄電池といった分散型エネルギーリソースをリアルタイムに自律制御する。また、金融機関向けでは、AIエージェントを利用した業務自動化やさまざまなリスクの予測や管理を実現するなど、各領域でソリューションを拡充している。
HMAXの提供価値は幅広いものの、福島部長は「機器をAIで直接制御する手前の、保守やメンテナンスで活用されることが多い」と話し、若手や外国人であってもベテランと遜色ないパフォーマンスを発揮できるように支援するAIシステムとして価値を発揮しているという。福島部長は「インフラ保守の知見は熟練工に伝達されてきたが、引退が進んでおり、知見の伝達はAIを使わなければ間に合わなくなっている」と指摘する。この点では、同社自身が持つ工場などでHMAXを試し、カスタマーゼロとしてノウハウを検証できることが強みとなっている。福島部長は「HMAXの開始とともに、カスタマーゼロの取り組みは強くなっている」と紹介する。
HMAXが提供する価値でポイントとなるのが、フィジカルAIを現実とデジタルをつなぐための技術として重視している点だ。つまり、日立の考えるフィジカルAIは、ロボットを制御する技術だけを指すわけではない。福島部長は「当社が手がけてきた社会インフラはリアルな世界に立脚しており、これをデジタルツインでしっかりとシミュレーションすることが重要だ。まだまだ運用・保守が中心だが、ゆくゆくは制御の部分のニーズにも対応するだろう」と説明する。
顧客ごとのカスタマイズを迅速に
価値創出に向けたソリューションの開発について福島部長は、「これまでは一から(顧客やパートナーと)一緒につくってきたものが多いが、それではデジタル技術の進歩や需要のスピードには間に合わないため、ある程度、再利用できるものをつくり、それを進化させたソリューション群として用意している」とする。その成果として、日立ではこれまで、「Lumada Solution Hub」として再利用可能なユースケース1500件超を登録している。
それと同時に、HMAXの各顧客への提供にあたっては、カスタマイズも重視している。「社会インフラを担う顧客のハードやソフトを含むシステムにはカスタマイズが必要で、基本的にはそのままのかたちで使えるという想定は難しい。やはり顧客の話を一つ一つ聞きながら、いかに早くあるものを持っていきながら合わせていくかが重要」(福島部長)となる。今後の展開では最先端のAI技術への対応を早めるほか、HMAXの提供スピードの加速に向けたAI開発の実践や提供方法の仕組み化、カスタマイズが最小限となるようなソリューションづくりを進める。
パートナーとの連携も模索し、再販形態での提供も検討する。福島部長は「カスタマイズの要素が入るほどパートナーによる販売は難しくなるが、一定のスキルがあれば売れるような商材をそろえたい」と説明。テクノロジー面でのパートナーとの連携も拡大させる。
LIHTで信頼を軸に議論を深化
日立ではHMAXやLumadaを展開する上で、顧客やパートナーと連携するための施設としてLIHT(Lumada Innovation Hub Tokyo)を用意している。21年の開所以来、すでに9万1000人が利用している。同施設のかじ取りも担うLIHT Directorの福島部長は「よくあるショールームとは全く違う。協創というのは難しい。年間数百件ある全く違うレベルの相談に相対するための場として設計されている」と説明し、顧客との議論の場として活用している。
LIHT内のMeet-Up Square
LIHTにはソリューションを体感したり、プロトタイプの検証ができる展示スペースに加え、先進事例を共有したり交流する「Meet-Up Square」や、ワークショップを開催する「Co-Creation Studio」、事業を具体化するための議論をする「Incubation Base」を用意する。HMAX関連の展示もある。加えて、施設の階下にソリューションのデザインや各領域のドメインナレッジ、データ活用といった専門知を備えたコンサルタントが常駐する体制となっている。
福島部長は「HMAXにおいては顧客も協創パートナーである」と強調する。日立がAIのプロフェッショナルであると同様に、顧客も社会インフラを担う知見を持った専門家だからだ。その上で「かつてのような“御用聞き”となってはいけない。顧客と本質的な議論をしながら、課題の発掘やAIを用いた解決策の提案をしている」と話す。
福島部長は「いきなりHMAXを売りたいというわけではない。顧客の課題ベースで話を進めることが重要だ。顧客の担当者だけではなく、関係する複数の部署の方にも来ていただき、課題に対応するには何が最適で、どのように進めるべきかを話し合っている」とする。HMAXのソリューション単体では顧客の課題を完全に解決しきれない場合もあるといい、「これができたら次はこっちと変革の範囲を広げたり、成功を隣の部署にも当てはめたりといったアプローチのほうが信頼を持った仕事ができる」と話す。