全国でクマによる被害が相次いでいる。環境省によると、2025年度のクマによる被害者は238人に上り、13人が死亡した。被害者数、死者数ともに過去最多だ。人とクマの接触をどう減らすのか。AIによる検知から、出没情報の共有、自治体の対策支援まで、ITを生かした取り組みが動き始めている。
(取材・文/山本浩資)
「まずやってみる」現場発のシステム
石川県能美市の「いしかわサイエンスパーク」。緑豊かな丘陵地に研究施設などが集まる一角に、三谷産業のデータセンター(DC)がある。24時間365日稼働する施設として、備えなければならないのは地震や停電だけではない。クマにも脅かされているのである。
能美市がホームページで公表している26年度のクマ目撃情報によると、市内では26年9月24日時点で36件の目撃情報が寄せられている。7月19日には、DCがある旭台2丁目に隣接する旭台3丁目で、体長約1メートルのクマ1頭が目撃された。
三谷産業の酒井繁高部長(左)とコンフィデンシャルサービスの柴原敦社長
DC敷地内では16年9月、体長約1.6メートルのクマが出没した。社員が建物内から目撃し、被害はなかったという。施設では勤務時間の異なる社員が夜間や早朝にも出入りする。特に、社員用駐車場に通じる通用口には外を確認できる窓がなく、扉を開けるまで外の様子がわからない。DCを運営するコンフィデンシャルサービスの柴原敦社長は「扉を開けてそこにクマがいたらと思うと……。社員の安全を守るためにすぐできることを考えた」と話す。外に出る直前に周囲の状況を確認できる仕組みが必要だった。
三谷産業が約1カ月で開発したのが、カメラとAIを組み合わせたクマ検知システムだ。ネットワークカメラの映像をAIサーバーでリアルタイムに解析し、クマなどの野生動物を検知する。検知結果は社内で使う「Microsoft Teams」に送り、オフィスでは警告灯が音と光で注意を促す。通用口近くのモニターには現在のカメラ映像と直近に検知した対象を表示し、社員が外の状況を確認してから退館できるようにした。
クマ検知システムのモニター画面
現在の実証では、物体検知にオープンソースの「YOLO」を使っている。開発で重視したのは、最初から完成形をつくり込むことではない。三谷産業の情報システム事業部ソリューション企画部の酒井繁高・部長は「最初からいろいろな仕様を固めた上で構築するというより、まずはできるかどうかを試すことが大事」と語る。
その考え方はカメラの設置にも表れている。費用のかかる屋外設置工事を避け、ネットワークカメラを室内の窓際に置いて外を撮影する。ガラスへの映り込みを抑えるため、カメラの周囲を黒い板で覆うなど現場で工夫した。
室内から外の様子を撮影するカメラ
実際に動かすことで課題も見えてきた。夜間には木の一部を「ヒツジ」と判定したほか、飛ぶ鳥を頻繁に検知したこともあった。そこで誤認する木に照明を当てたり、人や鳥は検知しても通知対象から外したりと運用を調整している。検知と通知を分け、必要なものだけを社員に知らせる仕組みだ。
クマを検知した例はまだなく、検知精度にも「何%以上」といった基準は設けていない。クマ以外の野生動物にも注意が必要で、誤認があっても現場の状況を確認できれば良いという考えだ。
三谷産業は、青森や長野、富山にあるグループ会社の拠点で、既存の監視カメラを活用した導入実証を進めている。酒井部長は、システムを一律にパッケージ化するのではなく、「入れる先の環境に合わせて対応できる」と説明する。既存のカメラや通知手段を生かしながら、グループ会社だけにとどまらず、それぞれの現場に合わせた展開を視野に入れる。
一気通貫の対策を目指す
26年7月、ある自治体でトライアル中のトレイルカメラが、わなに入るクマを捉えた。AIがクマを識別して関係者に通知し、翌朝には猟友会が捕獲した。NTTドコモビジネスが4月に提供を始めたクマ対策ソリューションの一例だ。
トレイルカメラがわなに入るクマを捉えた映像
このサービスは、通信機能付きトレイルカメラとクラウドAIを組み合わせた「ドコモIoTマネージドサービス for 熊対策AI」。カメラは電池で稼働するため、電源を確保しにくい山林や獣道にも設置できる。動物を撮影すると画像をクラウドに送り、AIが獣種を識別。クマなどを検知すると平均約2分で自治体職員や猟友会などの関係者に通知する。
AIによる獣種の識別には、北陸を地盤に情報通信・防災システムなどを手掛けるほくつうの技術を活用する。NTTドコモビジネスIoT&フィジカルAIサービス部の菅原陽子氏は、カメラや通信回線、AIなどを設定した状態で提供するため、「申し込みをしただけで使える状態で手元に届く」と話す。クマだけでなくイノシシやシカ、サルなどにも対応し、検知する対象や通知する判定率のしきい値を設定できる。
NTTドコモビジネスの山田悠貴氏(左)と菅原陽子氏
利用先は自治体に限らない。あるキャンプ場では3台導入し、野生動物の出没を監視している。巡回はスタッフがクマと遭遇するリスクもあるため、カメラによる監視で利用者への注意喚起と巡回負担の軽減を図る。菅原氏は「『今年の夏を乗り切りたい』という切実なお客様だった」と振り返る。
NTTドコモビジネスが描くのは、クマを見つけて終わりにせず、その後の対応までつなぐ仕組みだ。ソリューションコンサルティング部の山田悠貴氏は、「検知は一つの作業で、そこだけを良くしても、ほかと接続しないと意味がない」と語る。自治体ではクマの出没情報を受けた後も、現地確認や猟友会などとの連携、住民への情報発信、対応の記録といった業務が続くからだ。
住民が写真や位置情報付きで目撃情報を通報し、出没地点を地図で確認したり、プッシュ通知で注意喚起を受けたりできる「クマアプリ」や、出没情報、捕獲状況、わなの位置などを地図上で一元管理する鳥獣対策管理DXシステム「SonicWeb-DX」を用意する。さらに、過去の出没地点と土地利用などの環境データから出没リスクの高い地域を可視化する「クマ出没可能性マップ」の導入も検証している。こうした仕組みを組み合わせ、検知から対策立案まで一気通貫での支援を目指す。
物流ドローンを対策に転用
25年度のクマによる人身被害者数が67人と全国で最も多かった秋田県で、物流用のドローンをクマ対策に生かす試みが始まる。チェンジホールディングス(HD)と子会社の東光コンピュータ・サービス、エアロネクストと子会社のNEXT DELIVERYの4社は共同企業体を組み、秋田県藤里町で10月後半から実証に乗り出す。
東光コンピュータ・サービス
佐藤大亮 部長
狙いは、固定カメラでは監視が難しい、広い範囲への対応だ。東光コンピュータ・サービス事業開発部の佐藤大亮・部長は「ドローンは広域を巡回し、里山や集落周辺、市街地などの出没エリアを面的に把握できる」と説明する。上空からクマの位置や移動方向を確認できれば、捕獲に向かう猟友会などの活動も支援できる。
実証では2台のドローンを使う。巡回用は全幅約175センチの物流用ドローンで、駆け付け用はカメラによる動物の監視に適した機体という。巡回用ドローンはあらかじめ設定したルートを自動航行し、人が撮影映像を確認してクマかどうかを判断する。発見すれば関係者に通知し、駆け付け用ドローンを飛ばしてクマの動きを追う。駆け付け用は手動操縦を含めて運用し、将来の自動化に向けて検証する。
巡回に使う物流用ドローン
特徴は、クマ対策専用のドローン運航体制を一からつくらないことだ。NEXT DELIVERYは全国11地域で物流ドローンを運用している。国が定めた遠隔・自動飛行の安全基準「レベル3.5」を取得し、現地に操縦者を置かない遠隔運航を1800回以上実施してきた。その遠隔運航員や機体、管制システムをクマ対策にも使う「デュアルオペレーション」を目指しており、佐藤部長は「今あるものに対してクマのタスクが増えるというかたち」と説明する。
遠隔運航はNEXT DELIVERYの山梨県小菅村の拠点から行う。現地でバッテリー交換などを担う人員は必要になるものの、自治体ごとに専門のドローン操縦者を育成、配置する必要はない。
将来的には、AIによるクマの自動検知・通知や、音などによる追い払いも視野に入れて検討している。佐藤部長は「過疎化が進む地域での物流の問題も解決しつつ、クマ対策も合わせてできる」と話す。物流とクマ対策。過疎化や人手不足という共通の課題を抱える地域で、一つのドローン運航基盤を二つの用途に生かせるかを探る。
クマ対策へのIT活用は広がっているが、現時点でAIやドローンだけで人身被害を防げるわけではない。それでも、クマを早く見つけ、人に知らせ、人が危険な場所に近づく機会を減らす。ITを現場で使い続けられる仕組みをどうつくるかが問われている。