米Microsoft(マイクロソフト)が近年、積極的に訴求しているメッセージが、「Frontier Transformation(フロンティア組織への変革)」である。AIやAIエージェントの先進的な活用により、組織を新たな姿へと導く試みだ。日本マイクロソフトは2026年、日本企業におけるFrontier Transformationの加速を掲げ、実現に向けて「Work IQ」「Fabric IQ」「Foundry IQ」といった新たなAIソリューションの提案に注力している。その戦略に迫る。
(取材・文/大河原克行、編集/藤岡 堯)
フロンティア組織は、複数のAIエージェントを活用し、人がエージェントと共存して業務を行う新しいタイプの組織であり、その変革のために、同社ではAIやAIエージェントの先進的な活用を提案。あらゆる業務領域で、AIの実践的活用を支援するとともに、経営層や従業員のマインドセットの変革も促す取り組みを進めている。
岡嵜 禎 常務
執行役員常務の岡嵜禎・クラウド&AIソリューション事業本部長は「フロンティア組織になるために必要なプラットフォームや管理性、ユーザビリティーの進化、それを実現するノウハウに注目が集まっている」とした上で、「26年はFrontier Transformationを実現するための製品群が出揃い、そのための方法論も提示する1年になる」と語る。
三つの「IQ」
Frontier Transformationを実現するための具体的な製品群がWork IQ、Fabric IQ、Foundry IQの三つの新たなソリューションである。
岡嵜常務は「Work IQは日々の業務に関するデータ、Fabric IQは意思決定などに必要な情報を中心に取り扱う。Foundry IQは外部からの情報を取り入れたり、AIを実行したりする際のデータ統合の役割を担う」と説明。顧客やパートナーからの反応は上々のようで、「AI戦略の立案において『マイクロソフトの考え方に乗るのも悪くないと感じた』との声もある」(岡嵜常務)という。
Work IQは仕事のために設計されたAIと位置づけられ「Microsoft 365 Copilot」で利用できる。ファイルやメール、会議などの企業データや個人データなどの「Data」、個人のスタイル、習慣、関係性、ワークフローなどで構成する「Memory」、データとメモリー全体から得られる文脈に基づいたインサイト、予測的アクションによる「Inference(推論、予測)」の3点で構成。Fabric IQ、Foundry IQとともに、マイクロソフトが打ち出すインテリジェンスレイヤーを担う。
インテリジェンスレイヤーとは、マイクロソフトにとって新しい表現だ。岡嵜常務はその構造を人間の脳に例えて説明する。「人間の脳は見たり、触れたりしたものを感じ取る感覚の層、感じたものや認識したものを覚える記憶の層、そして感覚や記憶を基に推論し、意思決定を行う層の三つに分かれている。Work IQはこれらになぞらえ、Data、Memory、Inferenceの各機能によって、業務データや個人のスタイル、関係性などをもとに、論理的な意思決定を行うことができる」。
Work IQでは、「Office」の各アプリケーションに蓄積したDataやMemoryのコンテキストを理解し、先回りして業務を提案したり、自動的に処理したりする。例えば、昨日の会議のデータや、過去のやりとりなどを基に、その日にやっておくべき作業をAIが提案するといった具合だ。
Work IQは、あらゆるAIエージェントへのアクセスの窓口になり、顧客独自のエージェントやAIアプリケーションを開発することができるほか、コネクタにより、ほかのアプリケーションに蓄積したデータも利用できる。
Fabric IQはデータ分析プラットフォームである「Microsoft Fabric」を拡張する存在で、AIが理解しやすいデータ環境を整備し、データの意味を踏まえたAI活用が可能になる。
同社が具体的な事例として示したのは、航空会社の顧客サービスの向上への応用だ。従来の仕組みでは、フライト遅延により、どの顧客に対して、どのような影響が発生し、どう対応すべきかといったことをシステムは理解できず、人による対応が欠かせない。だが、Fabric IQを用いれば、顧客とそれにひもづく予約情報、飛行機の情報、運行状況、オペレーションといった文脈をAIに渡せるため、悪天候で遅延が発生するとの予測を基に、影響が生じる顧客の特定、代替案の提示、地上係員への通知まで、人間の判断を待つことなく、AIエージェントが指示できるようになる。
「従来のAIは、文脈がないテーブルを一つずつ読み取り、データの意味を推測しながら動いていたが、Fabric IQでは、リアルタイムで統合されたビジネスコンテキストを基盤に、業務アクションに結びつけることができる。人が望むような回答をAIエージェントが出し、自動的に業務を支援できるようになる」(岡嵜常務)。
Foundry IQはAI開発基盤である「Microsoft Foundry」の中核コンポーネントとして位置付けられ、AIエージェントの統合的なインテリジェンスレイヤーとして機能する。複数のデータソースを統合した再利用可能な検索基盤となるナレッジベースを構築。ナレッジベースは複数のエージェントで共有できるため、エージェントごとにデータ環境を整備する手間が省ける。ナレッジベースの内部では、AIがユーザーのクエリーをサブクエリーに分解して、各データソースで並列的に検索し、それぞれで評価・順位付けした結果を返す。その結果をクエリーとの関連性に基づいて再度評価・順位付けしてエージェントに戻す。この工程により、回答の精度を大きく向上させている。
成功へのフレームワーク
マイクロソフトは、フロンティア組織への「成功のフレームワーク」として、「従業員エクスペリエンスの強化」「顧客エンゲージメントの改革」「ビジネスプロセスの再構築」「イノベーションの加速」の4点を掲げ、それを実現するための具体的な取り組みとして、三つのAI戦略ビジョンを新たに打ち出している。
一つめは、「AI in the flow of human ambition(人間の目標達成のプロセスの中にAIを置く)」である。岡嵜常務は、「AIを活用する際に、中心となるのは人であり、人の意図をAIがくみ取ることが重要になる」とし、「ここでは、Work IQが果たす役割が大きい」と語る。
二つめは、「Ubiquitous innovation(組織全員が利用できる場所にAIを)」だ。AIやAIエージェントを活用したイノベーションがあらゆるところで生まれることを前提に、データとビジネスの現実世界を橋渡しして、分析および推論を通じて、新しいイノベーションを促進する環境を整える。これにはMicrosoft FoundryやFoundry IQ、Fabric IQが重要な役割を果たす。
そして、三つめが「Observability at every layer(AIに関する全リソースを観測可能に)」である。AIエージェントと人の共存を踏まえた制御を行い、可視化することで、管理性やセキュリティー、ガバナンスを強化することで、攻めと守りのAI活用を両立できる。ここでは「Agent 365」を活用することになる。
Agent 365は、すべてのエージェントを安心して管理、保護できるようにするための基盤となる。ベースになるのは、「Entra Agent ID」であり、人のID管理と同じように、AIエージェントの管理と制御を行うことができる。これにより、人とAIエージェントが協調動作する世界を実現することが可能になるというわけだ。最適なAIエージェントを発見する機能のほか、そのAIエージェントが、どのデータにアクセスできるのかといった管理、AIエージェントごとの使用頻度のモニタリング、AIエージェントを不正に利用しようとする動きに対しても管理が可能だ。
「『Copilot Studio』やMicrosoft Foundryで開発したAIエージェントは、Agent 365に自動的に登録され、管理できる。また、他社のプラットフォームで開発したAIエージェントも管理でき、マルチAIエージェントの環境にも対応できる」という。
いよいよ実行フェーズ
マイクロソフトは25年11月に、米サンフランシスコで年次イベント「Ignite 2025」を開き、会期中に、70以上の新たな製品、ソリューションを発表した。岡嵜常務は、「Igniteでは、AI時代の新たなエンタープライズアーキテクチャーを提案できた。26年はこれらの製品、ソリューションを活用し、日本の企業を変革するFrontier Transformationを加速することになる」と語る。
日本マイクロソフト自らも、フロンティア組織への変革を進めており、「事業成長にあわせて人を増やすのではなく、AIやAIエージェントを活用することで、フロンティア組織への変革を進める。また、そこで得たノウハウを、日本の企業に還元していくことになる。日本におけるフロンティア組織への変革を支援していきたい」と続ける。フロンティア組織を実現するためのソリューションに厚みが生まれたことで、いよいよ、Frontier Transformationは実行フェーズに入ることとなる。