AIと電子商取引(Eコマース)を結びつけるエージェンティック・コマースが国内でも本格的に始まろうとしている。流通・小売業向けシステム開発に強みを持つ富士ソフトは「2026年はエージェンティック・コマースの立ち上がる最初の年」と位置づける。ecbeingの林雅也社長は「顧客ごとにパーソナライズされた自社ならではの顧客体験をAIで実現する」ためのプラットフォームづくりに取り組む。アイルランドAccenture(アクセンチュア)日本法人の石井達郎・Accenture Songシニア・マネジャーは「売り手が独自にAIエージェントを開発し、新しい顧客体験を創り出す動きが始まっている」と話す。エージェンティック・コマースによって小売業のビジネスはどう変わるのだろうか。
(取材・文/安藤章司)
友人の勧めより信頼度高い
エージェンティック・コマースとは、AIエージェントが人間に代わり、商品の検索や比較、候補の絞り込みなどを実行する仕組みと言われる。人間はAIエージェントに「こんな商品が欲しい」と伝えるだけで、AIエージェントがメーカーの公式サイトやSNS、口コミなどから情報を収集し、最適と思われる候補を提案する。将来的には「店舗の在庫確認から決済に至るまでAIが自動で行うケースも出てくる」(富士ソフトの柴田晃宏・執行役員ネットソリューション事業本部長)と展望されている。
富士ソフト
柴田晃宏 執行役員
大手AIベンダーは、米Google(グーグル)主導の「ユニバーサル・コマース・プロトコル(UCP)」や、米OpenAI(オープンエーアイ)主導の「エージェンティック・コマース・プロトコル(ACP)」といった電子商取引とAIを結びつける専用プロトコルの規格の整備を進めている。UCP/ACPを通じて商品や在庫の情報をAIと共有し、AIエージェントが顧客の代理人として安全に購入・決済できるようにする構えだ。
富士ソフトの室岡光浩社長は「米国では30年までに、(Eコマースにおける)AIエージェント経由の購買が全体の2割に達するとみられている」とし、エージェンティック・コマースの登場で新しい商流や販路が生み出されると指摘する。
アクセンチュアが26年6月にグローバルで実施した「消費者意識パルス調査」によれば、「ChatGPT」などAIツールへの感情的な結びつきが直近1年で強まったと回答した割合が65%に達し、45歳以下に限れば69%とさらに高かった。その結果、買い物にまつわる相談ごとについて、友人よりも先にAIエージェントに打ち明けるケースが増え、買い物の代行を任せる場合でも、「友人よりもAIエージェントを信頼すると回答した割合が全体の75%に達した」(石井シニア・マネジャー)という。現代では、AIエージェントが消費者の購買行動に大きな影響を及ぼしつつあるのは間違いないようだ。
アクセンチュア 日本法人
石井達郎 シニア・マネジャー
オウンドAIで差別化図る
エージェンティック・コマースへの対応は、ChatGPTや「Google Gemini」といった大手のAIに自社の情報を拾ってもらい、ユーザーへの推薦につなげる「AIO(AI検索最適化)」だけにとどまらない。アクセンチュア日本法人の石井シニア・マネジャーは、大手AIベンダーの汎用AIエージェントとは別に、「自社の通販サイトで運用する独自のAIエージェントをつくる動きも出始めている」と話す。
汎用AIエージェントがユーザーの立場で動くのに対し、独自開発のAIエージェントはメーカーや小売店の立場で動く。いわば「オウンドAIエージェント」だ。エージェンティック・コマースが本格化すれば、店舗や通販サイト、販売員、口コミ、展示場などと並ぶ新たな顧客接点としてオウンドAIエージェントが加わり、顧客本人だけでなく、顧客側につく汎用AIエージェントとのやりとりも担うことになる(図参照)。
「汎用AIエージェント」と「オウンドAIエージェント」の違い
オウンドAIエージェントを運用するには、従来の商品マスターが保有している基礎的な情報では不十分だ。例えば、ビールの商品マスターに商品名「シーサイド・セッションIPA」、アルコール度数4.5%、容量350mlと記述してあっても、これだけではこのビールを楽しむシチュエーションを想起しづらい。
これに「最適なシーンは、サーフィンを楽しんだあと、浜辺でのバーベキュー、気楽な集まりだ。想定ターゲットはサーファーや海辺のアウトドアが好きな人、打ち解けた仲間とのちょっとした語らいをよく行う人、アルコール度数やカロリーを抑えたい人」といった商品の背景にある文脈を付け加えることで、AIエージェントが利用シーンに合ったターゲット顧客に勧めやすくなる。
数ある商品の一つ一つに詳細な利用シーンを人の手で書き加えるのは現実的ではなく、商品企画や販売促進、マーケティング、在庫管理などバックエンド業務を支えるAIエージェントが情報を取りまとめ、顧客接点を担うオウンドAIエージェントに手渡す手法が有効だとアクセンチュアはみている。
アクセンチュア日本法人によれば、ある大手消費財メーカーでエージェンティック・コマースに対応したケースと対応しなかったケースの二つのシナリオでシミュレーションしたところ、後者は最大で12%の市場シェアを失う試算が出ており、石井シニア・マネジャーは「AIエージェントへの対応は企業の経営課題になっている」と強調する。
外部AIに出す情報を絞る選択も
売り手側が、商品開発や売り場づくりにAIエージェントを駆使する動きも活発化している。通販サイト構築プラットフォームを手掛けるecbeingの林社長は、AIエージェントを使って「商品レビューの書き込みやSNSの投稿などから広く顧客の声を集め、商品開発やマーケティング、広告、接客に役立てる動きが加速する」と話す。
ecbeing
林 雅也 社長
例えば、ペットショップのECサイトで「猫砂」と検索すると100件以上の検索結果が表示されたとする。これを見たユーザーが選ぶのを諦め、結局いつもと同じ商品を購入するケースは少なくないだろう。自然素材や消臭重視など猫砂のアピールポイントとなる付帯情報を充実させれば、「消臭重視のあなたにはこれが良い」と、ピンポイントで提案しやすくなる。「AI時代は、検索ではなく、AIに相談しながら文脈重視で購買できる顧客体験が重要」(林社長)であり、キーワード検索や受動的なチャットボットにとどまらず、能動的なコンシェルジュとしてAIエージェントを機能させることが求められる。
ecbeingでは、通販サイトの管理画面で、AIと対話しながら現状を分析し、次の施策を考案する機能を実装するとともに、オウンドAIエージェントによる顧客体験の向上に取り組んでいる。また、自社で持っているデータを外部の汎用AIエージェントにすべて渡してしまうのではなく、自社サイトに来た顧客にだけ伝えて特別感を演出するといった戦略的な情報の出し方も有効だとみている。外部の汎用AIエージェントはあくまで“自動販売機”的な立ち位置で、良質な接客は自前で行うという考え方だ。
マーケットプレイスのプラットフォームを開発する仏Mirakl(ミラクル)はAIエージェントが商品の文脈を把握しやすいよう付帯情報を自動生成する機能や、出品先サイトの要件に合うよう商品カタログをAIで自動作成する機能を近く国内に投入する予定だ。例えば、皮革製のベルトに合う帽子や靴といった組み合わせ、ビジネスやパーティーなどのおすすめ利用シーン、手入れの方法に至るまで、グローバルの450サイト超のマーケットプレイスで利用されているノウハウを生かし、AIが事細かく付帯情報を生成する。
ミラクル日本法人
内藤 誓力良 シニアマーケティングマネージャー
ミラクル日本法人の内藤誓力良・シニアマーケティングマネージャーは「AIが文脈を生成しやすいよう付帯情報を充実させるとともに、マーケットプレイスの開設によってほかでは手に入りにくい専門特化型の商品が増え、結果的にAI検索の上位に表示されやすくなる」と、商品の付帯情報とマーケットプレイスの品数の多さで優位に立てると話す。
現時点でのエージェンティック・コマースでは、消費者向けのビジネスに注目が集まっているが、その次のフェーズでは企業間取引にも同様の動きが波及するとみられている。消費者向けでは豊かさや快適さといった顧客体験に比重が置かれるのに対し、企業の間接材や直接材の購買業務は効率性が重視されるといった違いがある。企業間取引におけるエージェンティック・コマースは購買業務やサプライチェーン全体の自動化につながる動きであり、「消費者向けと同様に大きな市場へと成長する可能性が高い」(富士ソフトの柴田執行役員)との見方もある。