生成AIの活用がチャットから業務を自律的に処理するAIエージェントに進む中、ローカル環境でAIモデルを動かせる米NVIDIA(エヌビディア)の小型コンピューター「NVIDIA DGX Spark」の売れ行きが好調だ。100万円前後という導入しやすい価格によって、オンプレミス環境に生成AIを構築する動きが大企業から中堅・中小企業にも広がりつつある。販売各社はソフトウェアを含めたパッケージ化や、GPUサーバーへの拡張の提案を通じ、需要の取り込みを図っており、販売商戦は熱気を帯びている。
(取材・文/春菜孝明)
IT企業、学術機関が関心 低価格で裾野広がる
DGX Sparkは、CPUの「Grace」とGPUの「Blackwell」を統合した「GB10 Grace Blackwell Superchip」を搭載し、CPUとGPUが共有する128GBの統合メモリーと、最大4TBのSSDを備える。コンピューターの性能を示すFLOPS(フロップス)値では、AIワークロードでよく用いられる「FP4」の演算で、毎秒1000兆回に相当する最大1ペタフロップスを実現。扱えるAIモデルの規模を示すパラメーター数は、単体で最大2000億パラメーターのモデルに対応している。「CUDA」をはじめとするAIソフトウェアやツール、オープンソースのAIモデル、エージェント関連ソフトウェアの開発環境を利用でき、モデルの実験やファインチューニング、エージェントの開発・常時稼働、データサイエンスなどをユースケースとする。
何と言っても特徴的なのが、15cm四方で高さ5.05cm、重さ1.2kgという小型筐体だ。卓上サイズである上、100V電源で動作し、静音性が高いことから、一般的なオフィスユースを想定している。
米NVIDIA日本法人
澤井理紀 マネージャー
エヌビディアは2025年3月の「GTC2025」でDGX Sparkを発表し、同年10月に出荷が始まった。同社は具体的な販売実績を明らかにしていないものの、AI関連で「高い関心をいただいている」(日本法人の澤井理紀・シニアテクニカルマーケティングマネージャー)と認める。販売代理店の一つ、NTTPCコミュニケーションズ(NTTPC)は1年足らずで「数百台を販売した」(AIソリューション事業部ビジネスデザイン部門の山崎大樹・HPCコンサルティング部担当部長)と明かし、好調ぶりがうかがえる。
NTTPCコミュニケーションズ
山崎大樹 担当部長
需要はどこに生まれているのか。NTTPCでは、DGX Sparkの購入検討で問い合わせがあった企業の属性を集計しており、その結果から傾向が読み解ける。業界別(表参照)ではIT・情報通信業が3割で最も多く、大学・研究機関が18.9%で続いている。同社は、情報をいち早くつかんだIT企業がアーリーアダプターになっていると分析。学術機関では研究室単位などで購入しているという。AIを活用して科学研究を加速する「AI for Science」を文部科学省などが推進していることも追い風になっている。さらに、同社への問い合わせのうち年商1億円未満の事業者が3分の1以上を占めているといい、企業規模を問わずローカルでAIを開発・実行できる環境への関心が高まっている様子が見て取れる。
NTTPCコミュニケーションズに寄せられた
DGX Sparkに関する問い合わせの業界別割合
SB C&S執行役員(ICT事業技術推進担当)の榊原衛・CTOは、GPUサーバーとソフトウェアを組み合わせると1案件当たり5000~6000万円になる従来のローカルAI構築に比べ、DGX Sparkは100万円台に抑えられるため、比較的小規模な企業も関心を寄せていると分析する。
SB C&S
榊原 衛 CTO
この結果、従来は首都圏の大企業が中心だったローカルAIの引き合いが、各地のユーザーに広がっているという。SB C&Sでは、提案を検討する販売パートナーからの相談が本年度に入り大幅に増えた。DGX SparkがローカルAIの現実的な選択肢になっていると言えそうだ。
パッケージ販売を強化 パートナーと共創模索
市場の拡大を受け、各社はソフトウェアや導入支援を組み合わせ、顧客の本格利用につなげる戦略を進めている。
SB C&Sは、DGX Sparkと社内ナレッジ活用ツール「GBase」を一体にしたパッケージ「GBase on Spark」を展開している。LLM(大規模言語モデル)による推論とRAG(検索拡張生成)の機能を備え、社内文書をアップロードするだけで、その内容を参照して回答するチャット環境をオンプレミスに構築する。
SB C&SがGBaseの提供元であるAI開発ベンダーのSparticleに依頼して開発した。榊原CTOは、以前からオンプレミス版があったGBaseの直感的なインターフェースを高く評価し、その使いやすさをDGX Sparkでも提供したいと考えたと振り返る。パッケージの導入支援も手厚く、無償体験と実データを使った有償PoCを段階的に提供。目的の業務を実現できるかを確認した上で本番導入につなげている。
NTTPCは、DGX SparkをAIインフラ投資の「最初の一歩」と位置付ける。同社は約10年前からGPUサーバービジネスに取り組み、大規模クラスターの販売や構築の実績を持つ。DGX SparkでPoCや研究開発を始めた顧客から、環境を拡張したいとの相談が出始めており、まずはDGX Sparkから小規模なGPUサーバーへ移行し、必要に応じて複数GPUやクラスター構成への拡大を提案している。
現在の購入層は、機器を導入すれば自力でモデルやソフトウェアを設定できる技術リテラシーの高い企業・組織が中心だ。NTTPCによると、現段階ではDGX Sparkに特化した導入・運用支援は限定的で、ハードウェアを入手した後は利用者自身が環境を構築するケースが多いという。
一方、今後さらに販売の裾野を広げるには、IT部門の体制やAIの専門人材が十分ではない一般企業への普及がかぎになる。
そこでNTTPCは、共創パートナープログラム「Innovation LAB」に参加するベンダーとの連携を強める方針だ。ソフトウェアを中心に幅広いユースケースを持つ各社と協業し、業界ニーズに対応したソリューションづくりを進める。
SB C&Sの榊原CTOは「AIエージェントの実行基盤となるボックスをつくりたい」と構想を明かす。経費精算や会議の日程調整など、企業に共通する業務を標準スキルとして実装し、「そのボックスの問い合わせ先のLLMをGBaseとすれば、現在の取り組みとも親和性が高い」と思案する。
エヌビディアもエコシステムの拡大を販売戦略の中心に据える。国内では台湾Acer(エイサー)、台湾ASUSTeK Computer(エイスーステックコンピューター)、米Dell Technologies(デルテクノロジーズ)、台湾GIGABYTE Technology(ギガバイトテクノロジー)、米HP(エイチピー)、中国Lenovo(レノボ)、台湾MicroStar International(マイクロスターインターナショナル、MSI)の7社が、日本法人などを通じてDGX SparkのOEMモデルを展開。各社が早い時期に製品を発表し、イベントへの出展を重ねたことも、市場への受け入れが早く進んだ一因とみており、エヌビディアはOEM各社の展示や勉強会を支援するとともに、販売パートナーには最新アップデートを情報提供するとした。
クラウドとハイブリッド主流に「フロントエージェント」が振り分け
オンプレミス環境に構築した生成AIは、自社データや顧客情報、研究データをクラウドに出さずに処理できるほか、クラウドの計算資源を都度確保する必要がない。このため、APIの従量課金を抑え、支出を予測しやすいこともユーザーの関心を高めている。
SB C&S
加藤 学 部長
ただし、関係者の間では、すべてのAI利用がオンプレミスに置き換わるわけではないという見解で一致する。SB C&SのICT事業本部技術本部第1技術統括部の加藤学・第2技術部長は「現在はクラウドの生成AIを最大限に活用する方向へ振り子が振れているが、今後は反対側にも振れ、ローカルの利用が増えていく」と語る。最終的には、機密性の高い社内データやカメラ、認証機器などに近い処理をローカルで実行する一方、高度な推論やクラウドサービスとの連携にはクラウドAIを使うなど、一つの業務の中でも両者を組み合わせるハイブリッド型に落ち着くとの見方を示す。
DGX Sparkもハイブリッド利用が想定されている。米NVIDIA日本法人の澤井マネージャーは、日常的で高度な判断を必要としないエージェント処理は、DGX Spark上のローカルモデルに任せ、数兆パラメーター規模のモデルを使う高度な用途は、クラウド上のフロンティアモデルで処理するといった使い分けを例示する。
クラウド、ローカルの両方にAI環境があるユーザーは、どちらで処理するか業務に応じて判断している。SB C&Sの榊原CTOは、今後はフロントに配置したエージェントが、プロンプトの文脈を読み取り、利用するAIを選定する仕組みが重要になると指摘した。フロンティアモデルやオープンウェイトモデル、自社で構築したローカルモデルなどの選択肢から、タスクの内容や必要な性能、データの機密性、利用コストを踏まえ、最も適切で経済的なモデルに処理を振り分けるオーケストレーター的な存在だ。オンプレミスAIはクラウドから独立した閉鎖的な環境ではなく、クラウドと役割を分担しながら企業の業務に組み込まれることになりそうだ。