近年、夏に顕著な高温を記録する年が頻発し、40度超の気温が珍しくなくなった。それほどまでに、日本の夏は過酷さを増しており、熱中症はもはや個人の注意や体調管理だけでは防ぎきれない社会課題だ。こうした中、マクニカは自社の強みを生かしつつ、熱中症対策を展開する顧客との協業を進めている。取り組みを探ると、マクニカが目指す新たな企業像が浮かび上がってきた。
(取材・文/山本浩資)
暑さ指数をセンサーからデータ化
マクニカが7月14日に開催したメディア向け勉強会で、イノベーション戦略事業本部の米内慶太・ものづくりコンサルティング事業部長は、「極寒に備えるのと同じように、酷暑にも向き合わなければならない時代になった」と指摘。熱中症対策を取り巻く環境が大きく変化していると訴えた。
日本の平均気温は上昇を続けている。2025年の夏(6~8月)は平年を2.36度上回り、気象庁の統計開始以来最高を記録した。厚生労働省の人口動態統計によると、熱中症による死亡者数は右肩上がりで、24年は2160人に達した。
マクニカ
米内慶太 事業部長
消防庁によると、25年の救急搬送者数は10万510人と調査開始以来最多を更新。搬送された人のうち36.5%は中等症以上で、一時的な体調不良では済まされない実態が浮かぶ。職場における熱中症対策を巡る状況も変わった。25年6月には改正労働安全衛生規則が施行され、一定の暑熱環境下で作業を行う事業者に対し、熱中症の重篤化を防ぐための報告体制の整備や対応手順の策定が義務付けられた。米内事業部長は「これからは個人ではなく、組織として対策できているかが問われる」とし、熱中症対策には「予防」「環境管理」「体調把握」「早期対応」が重要だと説明した。
熱中症の課題に対し、マクニカが着目したのがWBGT(暑さ指数)だ。WBGTは気温だけでなく、湿度や輻射熱を含めて算出される指標で、熱中症リスクを判断する目安として用いられている。工場や倉庫、物流センターなどでは設備から発せられる熱やアスファルトの照り返しなどの影響を受けるため、気温だけでは実際の暑さを把握できない場合も少なくない。
そこで、21年から提供する空気質モニタリングサービス「AiryQonnect」をベースに、新たに「AiryQonnect熱中症対策ソリューション」の提供を開始した。従来の空気質モニタリングに加え、Watty製の輻射熱センサーと連携することで、WBGTのリアルタイム把握を可能にした。取得したデータはクラウド上で一元管理され、管理者は複数拠点の状況を遠隔から確認できる。設定した警戒レベルを超えた場合は通知を受け取ることができ、パトライトとの連携によって現場作業者への直接的な注意喚起も行える。工場や倉庫、物流センター、学校、商業施設のバックヤードなどでの活用を想定している。
AiryQonnectのセンサー群(下)と管理画面
AiryQonnect熱中症対策ソリューションの特徴は、センサーや通信、クラウド、通知機器、外部システム連携を組み合わせることで、用途や課題に応じて機能を拡張できる点にある。従来の空気質モニタリングに加え、暑熱環境モニタリングへと領域を広げたことで暑さを可視化し、企業の熱中症対策や安全衛生管理を支える仕組みとして展開する。
米内事業部長は「本人の感覚に依存した対策には限界があり、テクノロジーの活用が有効な手段の一つになる」と話す。
マクニカは半導体やネットワーク製品を扱う技術商社として成長してきた。近年は「サービス・ソリューションプロバイダー」を掲げ、IT領域のコンサルティング力やソリューション提供にも力を入れている。半導体事業で培ったセンシングデバイスの知見を基にフィジカル空間のデータを収集する力と、ネットワークやセキュリティー事業で培ったサイバー空間のデータを収集・分析・活用する力を融合させることで、新たなビジネスの創出に取り組んでいる。
加えて、先端テクノロジーによる社会課題の解決も重要なテーマに位置付けており、AiryQonnect熱中症対策ソリューションは、大きな社会課題に対して、マクニカがどのような価値を提供しようとしているのかを示した一つのケースと言えるだろう。
顧客のアイデアを製品に仕上げる役割
マクニカは顧客のアイデアや課題を起点に製品化まで伴走する「ものづくりコンサルティング」の事業も拡大している。ここでも熱中症対策は一つのキーワードとなっているようだ。熱中症対策という新たな市場で、マクニカは半導体や電子部品を供給するだけでなく、顧客のアイデアを製品に変える役割へと踏み込んでいる。
26年7月に東京ビッグサイトで開催された「第12回猛暑対策展」で、多くの来場者の関心を集めていたのがファン付きウェアだ。
ワーキングウェアメーカーのサンエスは、建設現場などで使われるプロ向けモデルに加え、スポーツ観戦やゴルフ、通勤・通学などでの利用を想定したカジュアルモデルの展開を進めている。製品展開を支えている企業の一つがマクニカで、プロ向けモデルのバッテリー基板や、カジュアルモデルのファンなどを手掛けているという。
サンエスが展開する「FZN・空調風神服」
両社の関係は半導体の調達から始まっており、サンエスの中村剛・シーケアデザイン事業部副事業部長は「われわれが要求仕様を提示し、それに対して製品化してもらっている」と説明。製品企画を担うサンエスと、電子機器分野の知見を持つマクニカが、それぞれの強みを持ち寄り、ファン付きウェアの普及拡大を図っている。
サンエス
中村剛 副事業部長
猛暑対策展では、人そのものの状態を把握する技術にも注目が集まっていた。熱中症予防ウェアラブルデバイス「カナリア」を手掛けるBiodata Bankの技術責任者の塩津隆弘・執行役員は、「もっと人の状態が分かれば、熱中症そのものが分かるのではないかと考えた」と語る。
Biodata Bank
塩津隆弘 執行役員
カナリアは、腕に装着することで深部体温の変化を推定し、熱中症リスクが高まると音や振動で本人に知らせる。建設現場や製造業などを中心に導入が進み、累計販売台数は100万台を超えた。
猛暑対策展のBiodata Bankのブース
腕の表面温度と熱の動きを計測し、独自アルゴリズムによって深部体温の変化を推定する仕組みで、特徴は熱中症の「2歩手前」で警告を発することだ。塩津執行役員は「重要なのは深部体温の絶対値ではなく、平常時からどれだけ上昇したか」と説明する。実際、平熱には個人差があり、同じ38度でも危険度は異なるためだ。
深部体温の上昇を早期に察知することで、水分や塩分の補給、休憩といった対策につなげる。通信モデルでは管理者への通知も可能で、個人の自覚に頼らない熱中症対策を支援する。
マクニカは、ここでも製品開発を支える役割を果たしている。Biodata Bankもマイクロコントローラーなど半導体の調達が取引の始まりだったが、今では「電子部品以外の相談にも対応してくれる」(塩津執行役員)関係で、腕に装着するバンド部分や振動モーターなど周辺部材の調達や選定にも協力の範囲が広がっている。特にバンド部分は、高所作業の現場で本体が外れて落下すると事故につながる恐れがある。そこでマクニカと協議し、ピンの固定方法や部材選定など最適な部品構成の実現に力を注いだ。
商社にとどまらない新たな企業像
二つの熱中症対策製品に共通するのは、マクニカが単なる部品を供給する商社としての事業にとどまらず、製品化そのものを支援している点だ。
マクニカの米内事業部長は、「お客様が何をしたいのかを聞き、それがテクノロジーで解決できるのかを考えるところから始める。アイデアの仕様化、技術選定、試作、量産まで一貫して支援している。お客様からのメール1本から始まることも多い」と話す。
米内事業部長は、「これまではあまり(ものづくりコンサルティング事業の成果を)表には出してこなかった。事業として確立する前に中途半端にまねされるのは避けたかった」と明かす。見守りやヘルスケア、物流、小売りなど幅広い分野で協業が進み、ものづくりコンサルティング事業も一定のかたちができあがってきたという。
マクニカにとって、熱中症対策への注力は、新たな市場での伸長を図るだけにとどまらず、自社が目指す新たな企業像を示しやすいテーマとしても意義があるようだ。