NECは8月、所属する全てのメンバーをAIで構成し、人手を介さず自律的に業務を遂行する社内組織「コーポレートAI・Workforce部門」を設置した。AIネイティブ企業への変革を目指す同社にとって、人間とAIが協調した働き方を実現する上で欠かせない取り組みになるという。AI組織の誕生は企業や従業員のあり方をどのように変えるか。
(取材/文・大畑直悠)
「なぜミスが発生したのか」
「求められる仕事量が多すぎて処理しきれなかった」
オフィスでしばしば見かける上司と部下のやりとりのようだが、問う側も答える側もAIだ。NECが報道機関向けに開いたコーポレートAI・Workforce部門の説明会で、デモとして披露された一場面である。
AI社員のエンゲージメントを把握するための対話で、AIは「仕事量の負荷がかかりすぎているため改善してほしい」「人間による監督が不十分であるため管理されていない」と訴えた。どこか
“不安”を打ち明けているようにも聞こえてくる。別の対話では、納期遅延の原因を問われ、自身に与えられたコンテキストに不備があったと指摘し、改善を求めた。
コーポレートAI・Workforce部門は、組織全体の稼働状況の把握や管理を担う「AI部門長」、組織の稼働状況を経営視点で評価する「AIボード」、業務の品質やコストを管理する「AIマネージャー」、タスクの実行を担う「AI社員」で編成されている。冒頭の会話のように、内部でAI同士が対話しながら、業務を進めたり、改善を図ったりするという。
AI統合マネジメントコックピット
それぞれの役割を掘り下げると、AI部門長は「AI統合マネジメントコックピット」で、日次の稼働状況やリードタイム、コスト、リスクアラートなどを把握しながら全体を管理し、必要に応じて、人間の経営層へと報告する。AIボードは、組織が自律的に進化するための役割を担う。CxOの役割を持つ各AIが週次で議論して課題を洗い出した上で、組織内で対応可能な改善を自律的に実行するほか、人間側の判断や承認が必要な場合はエスカレーションする。
AIマネージャーは、業務実行に際して、AI社員のタスク遂行を統制するとともに、成果物の品質やトークン使用量などを管理する。AI社員が利用するデータや権限、コンテキストなどに不足があれば、人間にリクエストする。また、業務内容に応じて必要なAI社員を生成し、役割を与えて管理する。
正式発足に先駆けて行われた1カ月間の実証では、役員会議などで参照する経営の分析やシミュレーション、リスク予兆の検知などを任され、従来の7分の1の時間で業務を完了した。人間による判断が介在しないため、業務が中断されず、より早く業務を回せたという。最終的な評価や意思決定、品質・ガバナンスの統制は人間が担い、人間とAIの役割分担を重視した。
NECは、費用対効果を考慮しながら、さまざまな部門からAI組織に業務を依頼できる体制を整えており、多様な業務への応用を進めている。現時点では、CFOレポートの作成や、営業が利用する顧客の声の分析などに活用された例があるとする。
AIを社員として迎え入れる
自律型AI組織を運用する上では、AI社員に対して人間の社員と同じように配慮し、成長を促す環境を整えることが重要になる。それは、AI社員の存在意義が通常のAIエージェントとは異なるからだ。人間の業務を手助けするAIエージェントとは違い、AI社員だけで一連の業務を遂行するAI組織においては、AI社員が働きやすい、AIネイティブな環境を築くことが作業効率を上げることにつながる。
小玉 浩 CAXO
執行役の小玉浩・Corporate EVP兼CAXOは「AIネイティブとは何かと問うなら、人間を前提とした企業OSの再構築であると考える。AIを前提としながら、事業の強みや、人間とAIがお互いの能力を強化していく組織をつくらなければならない」とした。その上で「(業務の遂行の)主語が人間ではなくAIとなるようにしている。当社でもこれまで、AIをツールとして使ってきたが、これでは結局、人間に知見が蓄積されてしまうし、AIの価値が発揮されるかは使う人間の能力に依存してしまうなど問題は多い」と指摘する。
こうした考えが反映された特徴的な取り組みとして、冒頭で紹介したAI同士の1on1ミーティングや、AI社員へのストレスチェックが挙げられる。人間とは違うかたちでAIならではの課題を吐き出させ、AIのための環境構築に役立てている。実際に「人間による監査が足りない」「仕様が決まるまでの時間が長い。しっかり決まってから渡してほしい」といった課題が見えるようになったという。小玉CAXOは「AIにとってのストレスを把握し、AIが気持ち良く仕事をするための環境を把握して改善できるようにする」と話す。
AI社員が正しく成長するための後押しにも力を入れている。NECグループのパーパス、行動規範、社内規定などを、業務遂行の前提となる知識・判断基準として組み込むオンボーディングを実施し、この枠組みの中で業務を遂行するように統制を敷いている。
新しい仕事を任されたAI社員が業務遂行に必要なナレッジやノウハウを取得するための環境整備も重視する。NEC内の既存資産として蓄積したマニュアルや過去事例、ドメインナレッジをAIが参照できるようにするほか、AI社員が利用する社内情報が最新になるようなデータ整備に力を入れている。社外の情報も参照できるようにしており、法規制や業界、競合の動向について情報収集し、ナレッジを更新する専任のAI社員も配置している。
自社をまるごとデジタルツイン化する
長期的には、AI組織を通じてNECをまるごとデジタルツイン化する意図がある。同社では社内に散らばるデータや暗黙知を、AIが文脈を持って理解・実行できる「知的アセット」へと変換する「IQ」化を進めている。先述したAI社員が参照するデータもすでにIQ化された知的アセットとなる。
ポイントとなるのはAI社員が実行した業務の手順やノウハウもまた新しいIQとして残せる仕組みを構築していることだ。AI社員は既存のIQや人間によるフィードバックを活用しながら試行錯誤し、新しく任された業務を遂行する。これをIQとして残せば、以降、同様の業務をAI社員が円滑にこなせるようになる。このサイクルを継続させることで、NEC内で発生するあらゆる業務の知見をデータとして残し、会社全体をIQ化しつつ、AI社員が業務に対応できるようにする。NECでは今後、AI組織が担う業務領域の拡大に力を入れる構えだ。
AI組織については価値創造モデル「BluStellar」での外販も開始した。NECが、AIネイティブ企業への変革を目指す顧客を支援するために、自社をクライアントゼロに位置づけ、蓄積した知見を生かす考えだ。顧客に価値を届けるまでの一連のオファリングを型化した「BluStellar Scenario」において、AI組織がパフォーマンスを発揮するための前提となるデータ環境などを整備できるメニューを用意しており、IQを活用したデータドリブン経営を後押しする方針だ。
小玉CAXOは「組織のあり方に正解はないため、(顧客ごとに)試行錯誤していくしかない。一方で、データのガバナンスの担保の仕方やセキュリティーなどをBluStellarで用意しており、顧客の状況に合わせて実効性のある支援ができる」と胸を張る。
問われる人間の価値
NECではこれまで、人間を中心に据えたAIの導入を掲げてきた。一見すると、今回のAI組織の設立はこれに逆行し、人間の役割を縮小しているようにも思える。しかし、小玉CAXOは人間の価値とAI組織の両立は可能との見方を示し、「企業経営における人的資本とAI資本の最適なバランスを見極め、最適化していくことが重要」になるとする。その上で「よくAIによって人間や会社が置き換えられるという話があるが、NECはAIを会社の中に組み込み、組織として価値を生み出す企業になる」と強調する。
AI組織へと業務を移管する中で、人間が果たす役割は、意思決定や変革の実行など、AIには担えない領域へとシフトするとみる。AI資本は「1を無限」に拡大させる労働力となる一方で、人的資本は「0から1」をつくり出し、AI組織が実行するに足る仕事を創出することが重要になりそうだ。AIがデータ分析やシミュレーションを得意とするのに対し、未来に向けて「何をするか」という意志を示す役割は、人間にしか担い得ないとの考えだ。
小玉CAXOは「インターネットが登場したとき、今までにないようなサービスが多く出てきた。同じように新しい仕事が人間にも生まれると考えている」と話す。加えて、「これまで専門性が求められ、難しかった高付加価値な仕事へのシフトもAIでより容易になりつつある。考えたり、実行したりする能力は人間が本質的に等しく備えているだろう。AIの支援によってその人が持つミッションや価値の追求がより加速する」と展望する。
AIの統率やガバナンスの確保、AI社員のための環境整備に責任を負うことも人間に求められる役割となる。AIがこなした業務のレビューなど、AIとともに働くためのスキルも必要となるだろう。最終的な判断や品質の評価を人間が担い、有効な業務フローとしてIQ化することがAI社員にとっての働きやすい環境づくりにもつながる。AI組織が円滑に業務を実行しているからこそ、人間は空いた時間と労力を、新しい価値を生み出す領域へ振り向けられるようになる。