BIPROGYが事業者間データ連携の新たなビジネスモデルに挑んでいる。中核を担うのはデータ流通基盤の「Dot to Dot」(D2D)だ。パーソナルなデータの連携を可能としながら、プライバシーの保護も両立し、より価値の高いサービスの提供を実現する。D2Dは事業者のデータ活用をどう変えていくか。その可能性に迫る。
(取材・文/藤岡 堯)
D2Dは事業者のサービスが個別に保有していたパーソナルデータを、必要に応じてD2Dネットワークを介してつなぎ、「業種・業界を越えた多様なデータの組み合わせによる新しい価値の創出」を目指しているという。技術的な仕組みとしては、通信モジュールを各サービスのシステムに設置し、プラットフォームが取り次ぐかたちでデータを連携させる。データはサービス間の通信モジュールで直接やり取りされる。D2Dはデータ連携の手続きを仲介するだけで、データを蓄積・保有することはない。
個人のデータを扱うことにはさまざまな課題があるが、D2Dでは、「データの個人主権」の考え方に基づき、日本の個人情報保護法に則した形式で本人同意を得る機能を備えている。一度同意した内容でも、同意期限の変更や取り消しを行うことができる。また、自身のデータがいつ・どこに連携されたかの確認も可能だ。データそのものの身元保証も徹底し、事業者側は信ぴょう性の高いデータを利用することができる。
キーワードは「共創」と「個人データ」
BIPROGYがD2Dをつくりだした背景には、二つの要素がある。一つめは「共創」だ。社会課題や消費者のニーズが複雑多様化する時代において、事業者が単独で対応するには限界がある。共創によって互いの強みを持ち寄りながら、事業を進めていくことは解決に向けた有望な一手となりうるだろう。共創の効果をより高めるには、1対1ではなく、n対nの複数間連携へとシフトしていくことが考えられ、その中で他業種間のデータ流通・連携が大きなウエイトを占めることになるとBIPROGYはみる。
もう一つの要素は「パーソナルデータ」だ。消費者の要求により具体的に応えていくために、サービスはよりパーソナライズされる方向へと進んでいく。一方で、消費者のデータ主権の考え方、事業者に求められる個人情報・プライバシーの保護義務を満たすことも重要になる。個人のデータを守りながらも、よりパーソナルなレイヤーのデータを使う。それが今後の目指すべきデータ活用のあり方だと考えられる。
D2Dはn対nの連携をより円滑に活性化し、そこで求められるパーソナルデータ流通・連携の基盤となるべくつくり出されたのである。
D2Dの始まりは三井不動産とBIPROGYが主体となって「柏の葉スマートシティ」(千葉県柏市)で展開するデータ活用プロジェクトだ。住民らの個人データを利活用し、より豊かな生活を提供する取り組みを目指しており、D2Dはそのプラットフォームとして位置付けられる。D2Dの権利もBIPROGYと三井不動産が共同で保有している。
サービスの提供は2020年11月に開始され、現状はヘルスケア領域で利用されている。食事や睡眠、運動の記録・管理、記録されたデータを基にした健康改善へのアドバイスや疾病リスク予測など、複数事業者によるサービスに対して、個人がデータ提供に同意すれば、サービスの枠を超えてデータを連携させることが可能となる。
「総論賛成、各論反対」を超えて
プロジェクトが始動した18年ごろは、個人データの活用について、事業者の間には「総論賛成、各論反対」(戦略事業推進第二本部事業推進二部の石井佑介・DPプロジェクト長)の雰囲気が広がっていたという。個人データを事業者間で活用すること自体は前向きな事業者が多いものの、データ保護の観点からためらうケースが少なくなかったようだ。データ活用というと、複数の個人データを集め、匿名化・標準化した上で分析する手法が一般的である。より生に近いデータを複数の事業者間で連携させることに抵抗感があってもおかしくはない。
石井佑介・DPプロジェクト長(右)と大槻剛・主任
それでもプロジェクトが進んだ背景について、石井DPプロジェクト長はこう指摘する。
「皆さん、自社のデータがどれだけ価値があるのかがわからないようだった。であれば、価値を見出してくれる外部と手を組んだ方が早いのではという考え方があった。また、自社でのデータ活用はやり尽くし、これ以上新しいものが生まれないと感じていたところがある。データを出すことにためらいはあるものの、『出せるものから出していかないと何も変わらない』というふうに変わっていったように感じる」
加えて個人データの重要性が高まっている状況もある。「現場で生きるデータ活用を考えたとき、(標準化されたような)マクロのデータをいくら分析しても、現場の日々の活動に直結しない。現場のサービスにダイレクトに効くものを考えると、行き着くところは個人データをそのまま使うことになっていくだろう」とみる事業者が増えつつあるようだ。
匿名化・共通化を経て分析にかけ、打ち手を考えるという流れは、大きな戦略を考える上では有効だが、一人一人の個人のニーズは切り離されてしまう。同意を得た上で、個人の希望を満たせるものを与えていく。これは「究極のデータ活用」(石井DPプロジェクト長)になりうる。
もちろん消費者側にもデータを提供することへの拒否感はあるだろう。そこを解消していくことも今後の大きな課題である。データを提供することで、どのような恩恵が得られるのかを明示し、理解を得ることが必要になってくる。
柏の葉スマートシティのプロジェクトでは「一部のユーザーにはしっかり刺さっている」と石井DPプロジェクト長は手応えを感じている。対面のITコンシェルジュを置き、利用者が気軽に相談できる環境が整えられていることも利用を後押しし、中には80歳代の利用者もいるそうだ。
多企業間連携でコンソーシアム
柏の葉スマートシティでの取り組みと並行し、BIPROGYは多企業間データ連携による事業創出を目指すコンソーシアム型プログラム「DiCE(Digital Chain Ecosystem)」を立ち上げた。事業主体となる大手企業が示した共創テーマに沿って、それを具体化できるアイデアを持つパートナーを募り、共に事業を生み出す座組みで、BIPROGYは基盤となるD2Dの提供と事業検討の伴走支援を手掛ける。
大槻剛・DPプロジェクト2グループ主任は「データ連携をより多角的に増やしていく取り組みだ。当社はSIerではあるが、従来のSIとは異なるアプローチで、(参画する企業の)ビジネスを作り込むためにDiceの枠組みを設計した」と説明する。
22年10月からスタートし、これまでに四つの事業がまとまった。一例として朝日生命保険の事業を見てみよう。朝日生命保険は「日常生活からリスクをケアできるプラットフォームへ」をテーマに事業を構築し、認知症の早期発見や機能改善に資するサービスを創出した。VR機器を使った「認知機能セルフチェック」サービスを提供するFOVEと、脳の海馬の健康状態を可視化して認知機能低下の予防支援を行うCogSmartをパートナーに迎え、認知症保険の加入者を対象とした新たなサービスを開発している。本年度内の商用試行・利用開始を見込んでいるという。
企業が単独では実現が難しい試みも、複数企業とデータを連携させることで具体化できる。また企業が個別にデータをやり取りすることも技術的な課題があるが、D2Dを基盤にすれば、ハードルは大きく下がる。「ちゃんとデータを連携させることで、ある人に対する(サービスの)提供価値は深められる」(大槻主任)。これこそ、D2Dが目指す世界観である。
Diceとは別に、個人データの活用と相性のいい、最終消費財メーカーをターゲットとした取り組みも進んでいる。消費者の趣味趣向が多様化する中で、自身に最も適したものを選びたいというニーズは強くなっているからだ。実際、高単価かつ嗜好性が高い領域を中心に、メーカー直販で、ユーザーの好みや身体的特性に合った商品を提供するビジネスは増えつつある。
石井DPプロジェクト長は「マスで提供するかたちから、消費者の状態に合わせた商品を提供するモデルが伸びていく」と推測し、D2Dとの親和性は高いとみている。
D2Dは上に乗るサービスが増えれば増えるほど、その価値は高まる。自社でサービスを有していないSIerであったとしても、例えば、自社の顧客企業同士をつなぎ、共創を生み出す手立てとして、D2Dを活用することも考えられる。石井DPプロジェクト長は「つながればつながるほど、ほかの参加者とも新たなつながりをつくれる。プラットフォームとして使っていただければ嬉しい。システムだけでなくビジネスを見ていくことが、これからのSIerに求められる。顧客のビジネスに寄り添い、ビジネスのためにいろいろなところを繋ぎ合わせることが重要になってくるのではないか」と呼び掛ける。
「Dot to Dot」は「点つなぎの絵」を意味しているという。小さな点を線で結んで絵を描くように、D2Dは複数のサービスによる「点」を個人のデータという線で結び、どのような社会、経済のあり方を描いていくのだろうか。